第3話  幽霊なんて見たくない 3

 魔法なんてものは昔に滅びて無くなったと語られるばかりで、最後の魔法使とも言われる聖女オリヴィエラが生きていたというのも、今から二百年近くも昔の事になる。


 魔法を使って自らの力を行使していた時代は遠い昔となり、魔法に代わって利用される事になったのが古代遺物(アーティファクト)、大変貴重な物となるが、その数も年々少なくなっているのが現状でもある。

 

この世の中に「魔女」と言われる人間がいるのを知っているだろか?


 魔女とは魔法を操る者を示す訳ではなく、古代遺物を収集して己の役に立てる人々の事をいう。つまりは魔道具を駆使する能力を持った女、それが魔女という呼ばれる事になるのだが、聖女オリヴィエラの最大のライバルが魔女エカテリーナであり、魔女の強大な力を封じるために聖女は己の命を使ったと史実で述べられているという事もあって、大陸では魔女は忌み嫌われる存在となるのだった。


「えーーーっと、よくわからないんですけど、私たちはどうしてアンドリアの街に戻る事になっているのでしょうか?」


 王都ヴィアレッジョから聖都ロンバルディアまで、聖女が歩いた道を辿るのが聖地巡礼の旅という事になるけれど、聖都の手前に広がるラゴア草原の手前には、大小様々な都市が点在する。


 中継都市アンドリアはラゴア草原から王都に向かって三都市ほど戻った場所にある街で、紡績で栄えていることでも有名だった。


「アンドリアの街でリエンツォ商会の人間と合流する予定でいるから、僕たちも一緒にアンドリアに戻る事になったんだよ」


「リエンツォ商会の人間と合流するのに、何故、私まで一緒に行かなければならないんでしょうか?」

「それは・・・」

「おばあちゃんと離れたくないからだよ!」

「ブルニルダ様!旦那様たちも待っているのですから!是非とも私たちと一緒にアンドリアまで戻りましょう!」


 ラルゴ草原からアンドリアの街までは馬車で移動して丸三日の距離にある。巡礼者は歩いて聖地を目指さなければならないが、行程を戻る分には徒歩である必要はない。


 リエンツォ商会の会頭の息子であるヨハンとメイドのベアトリスに両手を掴まれたアンジェラは目を白黒させると、

「もう!本当にいい加減にしてくれないかなぁ!また前に進めなくなっているんだけど!」

空に向かって大声を上げている。


 空中におばあさんの霊が漂っているのだろうか?

 その幽霊とは、おそらくブルニルダ・リエンツォの事をいうのだろう。元々は没落した男爵家の娘であり、リエンツォ商会を王国で一番と呼ばれる規模にまで成長させた女傑とも言われる人である。


「毒は解毒剤を飲ませてなんとかなったんでしょう?ええ?ルーチェって人が持っていた宝石箱?まさか、まさか、王都まで戻るっていうわけじゃないわよね?絶対に嫌よ!聖地に向かっているのにスタート地点に戻るだなんて事をするわけがないじゃない!」


 馬車に積荷を乗せている間、空中に向かって叫ぶアンジェラの近くを縄で縛り付けられた状態で歩かされていたルーチェ夫人が、顔を真っ青にさせたまま失神してしまった。


 商会の現在の会頭はヨハンの父であり、女傑の息子であるべニートが継いでいる。べニートの息子のマッテオは先妻との間に息子レオニダを授かったのだが、産まれた時から皮膚が黒色化する奇病を患っており、その事に気を病んでいた妻は流行病で死に、後妻としてマッテオの妻となったのが失神したルーチェということになる。


 レオニダの奇病は呪いであると言われていた為、病気平癒を祈願してルーチェは病の義理の息子を連れて聖地巡礼をする事にした。


 その聖地巡礼に同行したのがレオニダの叔父となるヨハンであり、ヨハンは兄嫁の魅了の魔道具に取り込まれた状態だったため、ルーチェの言いなり状態となっていたらしい。


 ルーチェは聖地巡礼の間は献身的な母親を演じながら、呪いの進行で死んだように見せかけてレオニダを殺そうとしていたようだ。

 禁足の毒花は体を硬化させて死に至らしめるため、呪いで死んだように見える特徴がある。僕がたまたま月環花の根を持っていたから良かったものの、普通はレアすぎて持っていることは少ない植物だからね。


「薬師でもある巨乳のお姉さんもアンドリアに戻りたくなんかないですよねえ?」

「ええ?僕?」

 僕はアンジェラの顔を見つめながら答えたよ。


「何でも呪具が夫人の宝石箱に残されているって言うんだろう?それがどれな物なのか君に判断してもらいたいって事なんだけど、僕はその呪具がどういったものなのかを絶対にこの目で見てみたいと思う」

「はい?」


「なんでも憑依された君が言うには、夫人が首から下げていた豪華すぎるネックレスに魅了の力が宿っていたっていうんだよね?それって魔女の遺産とか言われるものなんだろ?そんな話を聞いているだけで胸がドキドキするじゃないか!」

 僕の胸はたわわに実っているので、アンジェラだけでなく、ヨハンも視線を向けて来ている事には気がついているぞ?


「それに、大商会の秘密に触れるわけだから、君が無事に聖地に向かう事ができるかどうかも確認しなくちゃいけないしね?」


 リエンツォの女傑が慕われていたのは知っているし、ヨハンやメイドのベアトリスの反応からみても、女傑を憑依させる事ができるアンジェラを手元に置きたいと考える人間が山のように出てくるのは間違いない。


「なんで私が知らない間にこんな事になっているんですかね」

 どうやら憑依中のアンジェラには記憶というものが残らないらしい。

 こうなったら、憑依した女傑に文句を言うしかないんじゃないかな。


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