第2話 幽霊なんて見たくない 2
聖地巡礼は聖女の足跡を辿る旅となるため、巡礼者は皆、同じルートを歩く事になる。荷物などは馬車で運ぶことは許されるが、基本、巡礼者は徒歩で聖地へと向かわないと御利益は望めないとも言われている。
貴族などはそんな事は無視して、徒歩ではなく馬車で向かうので、自然と平民と貴族では進むルートが若干違っていたりするのだった。
ちなみに、王都ヴィアレッジョから聖都ロンバルディアまでは、大体、大人の足で二十日程度の距離となる。巡礼者が宿泊できるように旅籠が整備されているのだが、パヴィア山脈の麓に広がるラゴア草原を抜けるまでの間は、貴族であっても野宿は確定となる。
ラゴア草原は隣国パルマと何度も戦が繰り広げられた場所だけに、多くの人々の遺体がこの大地の下には眠っているとされている。その先の聖国自体が呪われた土地とされている事もあって、ラゴアは人が好んで住み暮らそうとは思わない場所となっていた。
聖国に近づいて来るに従い禁足地も多くなり、巡礼者はあらゆる災いから逃れるために、かたまって旅を進める事になる。
今いるラゴア草原の中継地点にも天幕は20ほど並んでいるし、集まった人の数は余裕で百は超えているだろう。
聖女を信奉する人々の集まりなので、貧しい人もいれば金持ちもいる。貴族は別のルートを使って巡礼するので、平民と貴族によるトラブルはないが、巡礼者の中でも富豪と言われる人々は使用している天幕でその所在が良くわかる。
襲撃を警戒しているためだろう、見晴らしの良い小高い丘の上に立てた天幕には月桂樹の紋章が掲げられていた。大商会であるリエンツォは商会で扱う商品を印象づけるため月桂樹の紋章を使用しており、護衛の兵士たちも、商会の者であるとわかるように腕章をつけている。巨乳の僕が出向いても一瞬しかデレデレしなかった、兵の質は良いようだ。
「何用か?」
槍を片手に厳しい声で誰何されたため、霊感少女アンジェラが、僕の後に隠れるようにして移動する。
「この天幕では今、高熱を発して瀕死となっている者がいると聞いた」
僕の言葉に二人の兵士が緊張した様子で顔を強張らせた。
「僕は薬師の資格も持っているため、こちらに赴いたのだが、私の薬が必要かどうか、貴方達の主人にきいてきて欲しい」
「薬師様?ですか?」
派手な赤髪、巨乳のくせにスレンダーというけしからん体型に、女戦士が着るような革の鎧を着ているからな、怪訝な表情を浮かべられるのも致し方ない。
「ああ、そうだな、こちらを見てもらった方が早いか」
僕が肩掛けの鞄の中にまとめて入れた薬草の束を見せると、控えていた兵士が天幕の方へと走り出す。
侍従がすぐに呼びに来て天幕の方へと案内される事になったのだが、
「エリアさん、薬師だったんですか?私、巨乳の戦士だとばっかり」
僕のローブを引っ張りながらアンジェラが申し訳なさそうに見上げて来たのだが、巨乳の戦士ってなんだんだ?巨乳の戦士って?
確かに、私の両胸はたわわに実りまくっているが、さっきからこのたわわに目が行って仕方がない様子だな。
「薬草については一通り以上に教え込まれているのでな、金に困ったら売れるようにと薬草は常に常備しているわけだよ」
「お薬にも詳しいと?」
「まあな」
小柄な侍従が一際大きな天幕へと僕たちを案内すると、中から疲れ果てた様子の女性が現れて、一瞬驚いた様子で僕のたわわな胸に視線を向けながらも、両手を握って、
「レオニダを助けてください!お願いします!お願いします!」
と、涙声で訴え出した。
おそらく商会の会頭夫人なのだろう。
野宿とは思えない上質なドレスに身を包んだ夫人は、褐色の髪を後一つにまとめ金の髪飾りでとめている。胸元を飾る宝玉をあしらったネックレスは豪華そのものだったが、何故か物凄い嫌悪感を感じる。
神経質そうには見えても顔立ちが整った女で、僕たちを急かすようにして招き入れた。
天幕の中は薪ストーブで温められていて、奥のベッドには一人の少年が苦しそうに身を横たえていた。年齢は12歳といったところか、黒髪の少年は酷く苦しそうにしながら両手を胸の前で握り締めている。
顔面が紅潮し、発汗がすごい。
少年の額に手を置くと物凄い高熱を発している。
足先を見ると、皮膚が硬結して黒色に変色をしている事に気がついた。
「病気平癒を祈願して聖地巡礼を行なっていたのですが、聖地に近づけば近づくほど、息子の症状が悪くなっていってしまって、何とか助けてあげたいんです!」
「よくもまあ、呆れた事を言うものだよ。聖地に向かっていれば自分が疑われる事なんかないと思ったのかい?ルーチェ?お前の浅はかさは相変わらずのようで呆れるより他ないよ」
嗄れた声は確かにアンジェラによるものだった。
白の頭巾をかぶったアンジェラが少年の額に触れると、肩で息をしていた少年の呼吸があっという間に落ち着いた。
どういう作用でそうなったのかよくわからない。
「呪いの上に毒まで使用しているのかね?そこのあんた、持っている薬草の中にマーニャ草とシビル草、月環花の根は持っているかい?」
腰が曲がったアンジェラは、ヨタヨタしながらこちらを振り返る。
「禁足の毒花が使われたって事ですか?」
言われた解毒剤に対応するのは特殊な毒だ。
「ああ、末端から血流を止める恐ろしい毒さ」
ベッドサイドに置かれた木の椅子を自分の近くに置いて、
「よっこい、はっ、ああ、面倒だねぇ」
アンジェラは大きなため息を吐き出すと、
「ベアトリス、今すぐヨハンを呼んできな。そこの侍従、あんたはルーチェの仲間だね。巨乳戦士、ちょっと失神させておくれ。ルーチェ、今すぐ逃げ出すのなら今すぐ殺す。殺されたくなかったら大人しくしなよ?」
小柄な侍従がナイフを引き抜いて来たので、背後に回って首を絞めて落とすと、アンジェラにルーチェと呼ばれた夫人が、近くにあった果物ナイフを手に取った。
自分の首をそのナイフで斬りつけようとした為、夫人の手をはたき落とし、足をかけて床に沈めると、夫人は頭を抱えるようにして泣き出した。
僕が果物ナイフを床から拾い上げたところで、ベアトリスと呼ばれたメイドが身なりの良い男を天幕の中へと連れて来た。そうして、泣き崩れる夫人の姿に驚いた様子で固まると、椅子から立ち上がったアンジェラが老人のようにヨタヨタと歩いて男の前へと移動すると、想像以上の力の強さで男の頭を引っ叩いたのだった。
「ヨハン!このボケカスのハナタレ小僧が!ルーチェの魅了にやられているんじゃないよ!マッテオの代わりに商会を引き継ごうとでも考えたのかい?このアホタレが!」
アンジェラはバシッバシッと頭を叩きながら、
「なんでルーチェを商会に引き入れているんだい!魔女の家系には近づくなとあれほど言っておいただろう!近づくなと言われれば言われるほど近づきたくなる?バカが!だからお前はバカだって言うんだよ!」
大声で罵るので、
「おばあちゃん!ごめんよぉ!ごめんよぉ!俺も大丈夫だと思っていたんだよぉ!だって魔女とか言っても伝説みたいなもんだし!面白いなあと思っちゃっただけで」
ヨハンと呼ばれた男が泣きながら訴える。
「おばあちゃん?」
アンジェラは霊感体質で、幽霊がよく見えると言っていたけれど、まさか憑依されているのだろうか?
「もしかして!もしかして!ブルニルダ様ですか!ブルニルダ様がお話しされているんですか!」
メイドの言葉に、アンジェラは頭を叩くのを止めると、優しい眼差しでメイドを見つめながら言い出した。
「ベアトリス、あんたは随分と見ない間に大きくなったね」
「大奥様!」
「やっぱりおばあちゃんなの?」
頭を叩かれていた男まで涙を瞳に浮かべている。
混乱に乗じて逃げ出そうとする女のドレスを踏みつけながら僕は思ったね。
「マジで憑依系?インチキなしのオカルト体質?」
マジでたぎるわー〜―。
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