幽霊なんて見たくない!〜霊視能力を捨てるために聖地巡礼に向かいます〜
もちづき 裕
第1話 幽霊なんて見たくない 1
聖なる山と呼ばれるパヴィアナ山脈、この山脈から日出る方角に位置するオストラヴァ王国は、パヴィアナから流れ出るマグナとカラナという双生の大河により肥沃な大地がもたらされ、広大な穀倉地帯が広がる豊かな国だった。
豊かな国であるが為に周辺諸国から狙われる事も多く、異民族からの襲撃を受けた事も何度もある。聖なるパヴィアナには複数の部族が住み暮らしているという事もあって、平野部に広がる王国は襲撃するにはもってこいの場所だった。
そのため山岳部の麓には国軍の兵士が常駐し襲撃を常に警戒しているし、国軍の他にも領主軍なども防衛にあたり、山岳地帯の部族や隣国パルマへの警戒を強めているのだった。
パヴィアナ山脈を挟んで東にオストラヴァ王国、西にパルマ公国がある。山脈の終着地点に広がる小規模な領地程度の広さを持つのが今は滅びて廃墟となったロンバルディア聖国であり、どこにも所有されない二国間の緩衝地帯となっているのだった。
滅びた都市は呪われた地ともされて、神に祈りを捧げる聖人しか住み暮らさない。建物の残骸と岩や砂が広がる聖都には聖女を祀る大聖堂だけが残り、毎年多くの信者がこの地を訪れる事になる。
「あーー〜ん、嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!」
毎年、春の季節になると、王都ヴィアレッジョから聖都ロンバルディアに向けて聖地巡礼に向かう人が多くなる。
聖女オリヴィエラが歩いたとされる道を辿って聖地を目指し、大神殿に祀られる聖女像へ詣でることで、自分の願いを叶えたり、神の加護を授かる事が出来ると言われていた。
巡礼の間は野宿をする事も多いため、地方都市カタンザーロの先に広がるラルゴ草原では、天幕を張って夜を過ごす人々の姿が多く見られた。
降り注ぐような満点の星が散らばる夜空を見上げていた僕は、
「嫌だ!嫌だ!嫌だ!行きたくない!」
と、一人で騒いでいる少女が居る事に気がついた。
紺地のシュミーズの上に漆黒のローブを羽織り、腰を麻紐で作った鮮やかなベルトで締めている。巡礼者がよくかぶる白地の頭巾を被っているため、その面差しは良く見えない。
「おい、何が嫌なんだ?行きたくないとはなんなんだ?誰かに脅されてでもいるのか?」
野盗の襲撃を恐れて夜間は固まるようにして天幕が張られる事になり、護衛の兵士が巡回も行ってくれる。
草原に突如出来た天幕で作られた街のように見える場所だけれど、巡礼者を狙った犯罪が無いわけではない。特に若い女性は誘拐されることも多いのだ。
「は?脅される?確かにこれは脅されているようなものかもしれませんけど・・・」
少女は髪の毛を一つにまとめて頭巾をかぶっているのだが、頭から被ったものを額の部分で深紅の組紐で止めるような形としているため、色鮮やかに見える紫水晶のような瞳が僕にははっきりと見えた。
美しい輝きを持つ瞳は大きく見開かれると、少女は驚きの声を上げたのだった。
「お・・お・・お姉さん!美人の上に巨乳ですねぇ!」
僕の周りをくるくる回りながら少女は興奮の声で問いかけてきた。
「腰に剣を差しているという事は、女性の戦士様ですか?聖地巡礼に行く方の護衛かなんかで同行しているとかですか?」
「いや、護衛ではない。個人的な理由があって聖地を目指しているのだが」
年齢は16歳とか17歳といったところか、新緑のような鮮やかな髪色を見るに、どこかの貴族の血が入っているのだろう。
「真紅の髪色は貴族の血が混ざっている証拠ですよね?貴族家の三女とか四女とかで、嫁に行くよりかは手に職を付けようと考えて戦士になったという感じですか?」
「僕の事はどうでもいい。それよりも君は、さっきから嫌だとか、行きたくないとか言っているようだが、誰かに何かを脅迫されているのか?そんな話なら相談に乗ってやっても良いと思ったんだがな?」
「あーーー!脅迫されていると言えば確かに脅迫されているんです!」
「誰に?」
「おばあちゃんに」
少女は真面目な顔で言い出した。
「私、アンジェラって言います。幼い時から幽霊が見える体質で、この迷惑極まりない体質を改善するために聖地を目指しているところなんです」
「はあ」
「そしたら、巡礼中に、来るわ、来るわ、色々な幽霊が私の元へやってきて、うるさいし迷惑で仕方がないんですけど、特にこのおばあちゃんがうるさくて!うるさくて!」
少女は空中を指差しながら可愛らしい顔をくちゃくちゃに顰めて見せる。
「このおばあちゃんの孫が、先祖代々受けている呪いに困らされているという事で、私に助けを求めているんですよ。でも、言われて向かった天幕は超金持ちって感じで、護衛みたいな兵士さんもいるし、中では忙しそうにバタバタしているし、そんな中で私がですよ?おばあちゃんの幽霊に言われてやって来たんですけど〜なんて言い出したらどうなると思います?最悪、不敬罪で近くの街に連れて行かれて、牢獄に押し込められることになっちゃうじゃないですか!」
僕は思わずごくりと唾を飲み込んだ。
「君には、そこにおばあさんの幽霊が見えているわけ?」
「ええ、見えています」
「それで、呪われた孫を助けて欲しいと言っているわけ?」
「そうなんです、うるさ過ぎて物凄い迷惑なんです」
「マジかそれ」
正直に言って、僕はオカルトな話が大好きだ。
三度の飯よりも好きと言っても過言ではない。
もしかしたらこの少女の妄想癖かもしれないし、僕のような大人を引っ掛ける新手の技かもしれないけれど、おばあさんの幽霊が指し示す通りに、呪われた孫が居るというのなら、是非ともその孫を見てみたい。
「だったら、とりあえず僕がその金持ちが所有していると思われる天幕までついて行ってあげようか?」
「ええ?お姉さんが一緒について来てくれるんですか?」
少女は頭の先からつま先まで僕をジロジロと眺めると、
「もしもの時にはお姉さんの色仕掛けを発動して、私だけ逃げるのもありですよね?」
と、ひどい事を言い出した。
「色仕掛けってあのなあ・・・」
確かに僕は巨乳の上に、腰はコルセットが不要なほどくびれて、まろみのある素晴らしい尻をしているかもしれないが、男相手に媚を売るつもりも春を売るつもりも絶対にない。
「僕はエリア、色仕掛けなしでもそこらの金持ち相手だったら十分に対応できるから任せておけよ」
「色仕掛けがなくても大丈夫なくらいお強いって事ですね!もしかしておばあちゃん、私がなかなか孫の所に向かわないから、わざわざこの人を連れて来たとかないよね?」
少女は空中に向かって独り言を言い出した。
妄想でなく本気の霊能力者だったら面白いのに。
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