第4話  幽霊なんて見たくない 4

 僕の曽おばあちゃんはすごい人で、僕の家族はみんな曽おばあちゃんが大好き。特別寒かった冬の日に風邪をこじらせた曽おばあちゃんが亡くなって、その次の日には曽おじいちゃんも亡くなった。


 ベニートおじいちゃんが二人の葬儀を執り行ったんだけど、しばらくすると僕のお母さんの具合まで悪くなっちゃったんだ。


「お母さんはこの年まで生きられるとは思っていなかったの、だから十分に幸せなのよ」


 顔が真っ白になってしまったお母さんは、僕の髪の毛を何度も撫でながら言ったんだ。


「お母さんのネックレスは肌身離さず持っていてね?そうしたらいつの日か、呪いを解いてくれる人が現れるはずだから」

「僕の呪いを解いてくれるの?」


 僕は生まれつき皮膚が硬化してポロポロと剥がれ落ちる病気で、皮膚が強張り、亀裂が出来て激しい痛みに悩まされていた。


「ええ、いつか絶対に、絶対に現れるわ」

 お母さんはそう言って目を閉じたんだけど、その日の夜には息を引き取った。こうしてリエンツォ商会は立て続けに葬儀を行う事になったのだった。


 僕のお父さん、マッテオ父さんはお母さんと大恋愛の末結婚したというんだけど、下町の食堂で働いていたお母さんとの結婚にベニートおじいちゃんは最初、反対していたんだって。


 お父さんを資産家の娘と結婚させようと考えていたんだけど、曽おばあちゃんの後押しがあってお父さんはお母さんと結婚して僕が生まれたんだ。


 商会の後継となる僕は生まれた時から皮膚に障害があったんだけど、曽おばあちゃんはそんな僕でも愛してくれた。商会で一番偉い人は曽おばあちゃんだから、曽おばあちゃんに認められた僕は、こんな姿だけどみんなに愛されていたわけだ。


 お母さんが亡くなって一ヶ月後、お父さんが見知らぬ女性を家に連れてきた。

 僕がこんな状態だから、僕の面倒をみるために新しいお母さんを連れて来たって言うんだ。ヨハンおじさんの紹介だったらしいんだけど、何処かのお金持ちの娘さんみたい。


 ルーチェさんは僕を見て開口一番、

「貴方は私が絶対に治してあげるわ!」

と僕に言ったんだ。

 死んだお母さんは、絶対に僕の呪いを解いてくれる人が現れると言っていたけれど、ルーチェさんが呪いを解いてくれるのかな?


「レオニダを治すためには聖地を目指さなければなりません、元気なうちに移動をして、呪いに打ち勝たなくちゃ」


 聖女オリヴィエラが歩いた道を辿り、今は滅びた聖都ロンバルディアを目指す王国民は多く、聖地巡礼で奇病が治ったなんて話を僕も何度も聞いた事がある。

 お父さんは渋ったんだけど、僕はルーチェさんと旅に出ることを選び、呪いから解放される事を願ったんだ。


 まさか、その旅の行程で少しずつ毒を盛られて、旅の途中で殺すつもりだったとは知りもしないで、僕は喜んでルーチェさんについていく事を選んでしまったのだ。


「ううう・・ごめんなさい・・ごめんなさい・・」


 馬車に乗り込んだ僕が、メイドのベアトリスに抱きかかえられながら泣いていると、向かい側の席に座った少女が不思議そうに言い出した。


「なんで貴方が謝るの?その呪いは貴方の所為じゃないのに」

「え?」

「ご先祖様の呪いよね?しかも百年は昔のものらしいし」

「えええ?」

「アンジェラ、なんでそんな事を言い出すんだい?」


 僕の前に座るのは、巡礼者らしく頭に頭巾をかぶった少女と、やたらと胸が大きい女戦士の二人で、女戦士の質問に少女が空中を指差しながら言い出した。


「この子のご先祖様が言っているんです。何でも、竜を殺した時に受けた呪いらしくって、この時代の子孫にまで呪いが受け継がれることになって申し訳ないって言っているんです」

「竜?」

「竜ですって?」

 女戦士とベアトリスがほぼ同時に驚きの声を上げた。


「竜って、今では絶滅危惧種とされているあの竜?」

「そうです、牙が高値で売れるという事で乱獲されたあの竜です。竜は番といって生涯伴侶を愛し続ける性質を持っているのですが、大金を求める命知らずの人達が雌の竜を捕まえて殺してしまったのだそうで、番を失った雄の竜が近くの街に襲いかかったそうなんです。その街を治めていたのがレオニダ君のご先祖様で、民を守り、竜を殺す事は出来たんですが、血の呪いを受ける事になったと後悔をされているようです」


「えっと・・えっと・・・」


 お母さんは僕のこの体を呪いのせいだって言っていたけど、その呪いって、竜の呪いだったというわけ?


「レオニダ君の体の皮膚は、皮膚が乾燥して硬くなり、無数に裂けて硬直が解けない部分があるんじゃないですか?」

 目の前に座る少女の紫水晶のような瞳を見ていると、だんだんと怖くなってしまったのだけど、ベアトリスが僕をギュッと抱きしめながら言い出した。


「そうです、レオニダ様は生まれつき皮膚に障害があり、今、言われたような症状が続いているんです」


「無数に亀裂が入っていると思うんですが、竜の呪いが皮膚に鱗を作り出そうとしているんです。人間に怒りを向けた雄の竜は強大な力を持っていたのでしょう、彼らが下等生物とするアマイラというトカゲによく似た生物がいるんですが、アマイラは漆黒の鱗を持っているんです。彼らが蔑みの対象とするアマイラへ変異させようとする強い呪いのため、皮膚の鱗化と黒色化が進んでいくんです」


「呪いから解放される事はあるのでしょうか?」

 ベアトリスは必死に問いかけてくれたけど、少女は曖昧にしか返事をしなかった。


 そりゃそうだよね。一体いつの時代から続いている呪いなんだっていう話だよ。


 確かに僕のお母さんにも、足の付け根の近くに鱗のような皮膚の傷が残っていたもの。

 お母さんも、お母さんの家族も、みんな呪いに悩まされ続けて来たんでしょう?

 胸から下げるお母さんのペンダントを洋服の上から握り締めながら僕は俯いた。


「ルーチェさんは呪具を使うことによって、レオニダ君の呪いを増幅させようとしたみたいです。彼女は色々と試したみたいですけど上手くいかず、最後に手に入れた呪具によってレオニダ君を縛り付けることに成功した。竜の呪いがかかるレオニダ君を魅了で捕まえることは出来ないけれど、手に入れた呪具で、心を縛り付けて支配下に置くことが出来る。多分、ルーチェさんが言うことなら何でも言う事をきいてやろうって思っていたと思います」


 僕は、自分で聖地巡礼を決意したんじゃなかったの?


「心の核の部分を縛りつける呪具だったので、何でも言う事をきいていたと思いますよ?」

 確かに僕は、ルーチェさんが言う事なら何でもその通りにしなくちゃと思っていたのかもしれない。

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