第4話
ところが江戸時代のある晩春、とんでもない天災がこの地方を直撃した。一か月以上、雨が降らないのだ。川の水は干上がり作物は枯れ、蓮田はひび割れた。
農夫は毎日空を見上げて、おろおろするばかりだった。
ある日、農夫たちは心を一つにして遇蓮寺に集まった。和尚に相談するためだ。和尚は檀家たちの世話役であり、読み書きができた。つまり農夫たちは神のように和尚にすがったわけだ。
和尚はたしかに学はあった。しかし、農業に関しては子供同然で、しかも生まれて初めて経験する干ばつである。名案など浮かぶはずもなかった。
たまたまこの頃、遇蓮寺に一人の男が滞在していた。見るからに胡散臭い中年男だが、全国を放浪し、世情に通暁していた。男は占いが生業だった。しかし、もともと裕福な商家の次男坊で、旅先で金に困れば家に戻り、そこから再び旅を始めるといった気楽な身分だった。男は遇蓮寺に滞在するとき、最初にいくらかのお布施をして、そのうえで雲水のように掃除などの雑用を手伝うという条件で、一週間本堂において寝泊りをしていたという。
この農村地帯で占いなどに金を出す者はいない。したがって、男は昼間、蓮田の畦道をあてもなくぶらつき、夜は満天の星々を眺めて過ごしていた。風流な人間だったらしく、俳句や短歌を嗜んだそうだ。
そこに農夫たちがやって来たのだ。
和尚を中心に円座が組まれ、本堂は、異様な熱気を帯びていた。
男は、本堂の片隅で、じっとみんなの話を聞いていたが、和尚があまりにも困ったふうをしているので、助け舟を出すことにした。
男はつかつかとみんなの前にやってきて、
「今まで、皆さんの話を聞いていましたが、なんでもこの干ばつで蓮田が全滅してしまうということですが、なにぶんお天道様のすることです。どうにもなりませんよ。人間ができるのは、神仏に祈ること、そして雨乞いの儀式をすることのみです」
農夫たちは、とつぜん輪に入ってきた男に視線を集めた。胡散臭い見た目だが、言っていることはまともである。そして、雨乞いの儀式という言葉にみんなは惹きつけられた。
農夫の一人が言った。
「ほう。どこのどなたさんか知りませんが、その雨乞いの儀式というのは、霊験あらたかなものかね?」
男は言った。
「私は占い師として、日本全国渡り歩いてきました。人の悩みを聞くのが私の仕事です。その土地その土地で、いろんな問題があるものです。干ばつ、あるいは冷夏になって困った農家の話は、いやというほど耳にしました。それで干ばつのときは、雨乞いの儀式が一番だということが分かったのです」
「つまり霊験あらたかということかね。で、雨乞いの儀式は、どうするのかね?」
「私が聞いたやり方は、人身御供というものです」
「人身御供だと──」農夫は怒って言った。「そんなこと、おらたちにできるわけがないだろう」
「まあまあ、怒らないで。これには裏があるのです」
「裏がある? 人身御供に裏があるのかね? ──まあ話だけでも聞いてみよう」
「ええ、お話ししますよ。私がその話を聞いたのは、けっこう広い農村でしたが、昔、大変な干ばつで作物は壊滅状態となり、人々は飢餓に苦しみ、餓死者も大勢出ました。ところがそこの代官は、例年通りのきびしい取り立てを行ったのです。庄屋以下村人は、毎日地獄の責め苦を受けました。そんな中、誰かしら雨乞いの儀式を言い出したのです。神様に祈るのですが、雨は水の神様が支配しています。水の神様は龍です。龍に頼んで雨を降らせてもらおうというのです。しかし、ただ頼んだだけでは、龍は何もしません。龍の好きなものを捧げなければならないのです。それが若い女性でした。ヤマタノオロチを皆さんは知っているでしょう。あれも龍です。クシナダヒメが生贄にされるところでしたが、若い女性を生贄にしなければ、龍は喜ばないのです。しかし、その村に若い女性は、いませんでした。いや、いることはいたのですが、庄屋の娘でした。庄屋の娘を生贄にするわけにはいきません。といって他の女性を生贄にすることもできません。で、彼らは考えたのです。田んぼに四阿を建てて、その中に若い女性を模した人形を立たせておくというのです。四阿には屋根がありますから、本物の人間か人形か天上からは判別できません。もっとも、龍神が空にいるのか地下にいるのか、誰にも分からないわけですが、しかし、何もない田んぼより四阿の中にいた方がサマにはなるでしょう。もちろんそれだけではだめで、力量のある呪術師に祈らせる必要があります。そうして、すぐに四阿を燃やせば、本物の人間かどうか分からなくなります。一か八かの勝負ですが、この作戦はうまくいきました。立ち上る煙が真っ黒い龍の姿となって、天に昇っていくと、あれほど晴天だった空は、一転してかき曇り、雨の雫がぽたぽたと人々の頭の上に落ちてきました。と思うと、突然、雷鳴がとどろき、次の瞬間、土砂降りの雨となったのです。この雨は二日間降り続きました。これによって、大地のひび割れはもとに戻り、そればかりか、あちこちの山が土砂崩れになるほどでした」
「なるほど、それはいい」
農夫たちの顔に希望の色が見えた。場内がざわつき、皆、男の話に夢中になった。
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