第2話
兄が設計した四阿は、三日後にEメールで送られてきた。図解入りで、材料の幅、長さなど、きちっとした数値で記されていた。それは非力な蓮子でも一人で取り扱える寸法であった。
材料は兄の忠告通り最寄りの材木屋に頼んだ。細かい注文であったため多少高くついたが、従業員がトラックで家まで運んでくれた。
四阿は、上沢家の蓮田のほぼ真ん中に建つことになる。周りも蓮田だから、シーズンになるとかなり見ごたえのある眺望となるだろう。
蓮子の家は一軒家で、人目が気にならない。だから蓮子は蓮田に四阿を建てる気になったわけだが、しかし動機は他にあった。それも二つあり、一つは自分の居場所を増やしたかったこと。もう一つは、上沢家の菩提寺で見た龍の天井絵である。これについては、後で説明したい。
蓮子が、満を持して四阿を建て始めたのは、四月の中旬で、水路を土嚢で塞いだことで、蓮田は運動靴でも歩ける状態になっていた。七月までには十分な日数があった。ただ、あまりのんびりはできない。蓮の芽が吹き始めると、水を張らなければならないのだ。
それで蓮子は、学校から帰るとすぐに体操服に着替え作業に励んだ。寸法通りに切断された材料を組み立てるだけなので、作業は見る見る捗った。屋根に上らなくてもいい設計であったことも蓮子には助かった。
四阿がなんとか形になった頃、さすがの継母も気になったらしく蓮子に質問した。──何をしているのか、と。
蓮子は、何も答えたくなかった。が、それはまずい結果になるだけなので、正直に答えた。
継母も、やはり笑った。しかし、ただ笑っただけで、いいとも悪いとも言わない。この薄情な継母は、蓮子が何をしようと、まったく関心がないのだ。
話は変わるが、この継母はいったい何が生きがいなのか、と蓮子はときどき思うことがある。
継母には実子がいない。一応専業主婦であるから、料理、洗濯、掃除、と日課はある。だがそれも、蓮子は自分の洗濯は自分でするし、自分の部屋は自分で掃除する。当然のことだが。
家は代々農家であるが、二十年ほど前に新しく建て替えられたもので、掃除も毎日する必要はない。料理に関しては、継母は今のところ毎日しているが、父がいない以上、いつ放棄するか分からない。そうなる前に、蓮子は自分で料理ができるようにしておく必要を感じていた。
継母は二、三日に一度、自家用車で買い物に出かける。それ以外は、ほとんどの時間を自分の部屋で過ごしていた。部屋で何をしているのか、蓮子は気になるが、たずねたことはない。
また継母宛ての郵便も一度も届いたことがない。ほとんど世間から遮断されたような継母の日常であるが、じつを言うと、蓮子は継母の実名を知らないのだ。──父と結婚する前は、どこで何をしていたのか。
ある日突然、父が継母をこの家に連れてきた。すぐ帰るのだろうと蓮子は思っていた。が、いつまでたっても帰らない。父に聞いたら結婚したと言う。道理でみんなの食事を作るはずだ。
ところで蓮子の風変わりな性格は、父の影響を受け継いでいる。父は、肉体労働の百姓でありながら酒を飲まず、詩の同人誌に参加していた。継母とは、その同人誌で知り合ったという。
継母も変わった女で、これほど無口な人も珍しい。上沢家は田園の中の一軒家であるから、近所付き合いがないのは仕方ないとしても、継母は父以外の誰ともめったに口を利かない。父が死んでから継母の声を聞かない日も多々ある。歳はまだ四十代である。やがて歳をとって寝たきりになったとき、はたして蓮子はこの継母の面倒を見ることができるだろうかと考えて、ぞっとした。まあその頃は、蓮子もどこか別のところで暮らしているはずだから問題はないのだが。
孤独を好むという点で、蓮子は実母より継母に似ていた。
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