第7話 「さよならの」

石山:ゾンビ映画にありそうなシーン「さよならの」


古住:高級フランス料理店のフルコース、って言う話だったと思うんです

   が、湯藤くん。

湯藤:(もぐもぐしながら)そんな話ありましたね。「ボー・ボワ」とかな

   んとか。

古住:そうですよね? ここはどう見ても日本の懐石料理店だけど。しか

   も個室で、人の目がないというのも──。

湯藤:僕たちのペースで食べられていいでしょ? 二人きりの方が周りを

   気にしなくていい。一石二鳥。

古住:一石二鳥、じゃないです。それが危険なんです。

湯藤:えー? なんで? 個室にするって伝えた時、何も言わなかった癖

   に。

古住:湯藤くん、何するつもりなの? 人の目を盗んでまで私を? 私は

   懐石料理じゃないんだから、食べないでね?

湯藤:何言ってんの? 君がいなくなったらデートの意味がなくなっちゃ

   うじゃん! 食べないよ。食べるならデザート。

古住:というか私、懐石料理みたいなの苦手って、話したことなかったっ

   け?

湯藤:純日本人の君がそんな嘘ついて誰が信じると思うの? 日本人で懐

   石料理苦手な人なんていないでしょ? カルボナーラが好きなのは

   知ってたよ。

古住:あのねぇ。偏見すぎない?

湯藤:いいよ? 全部食べなくても。僕は純粋に君といる時間に価値があ

   ると思ってるから。どうせ、君の分の料理も払うのは僕だし。

古住:そういう問題じゃないでしょ。私といたいなら私の好きな店選んで

   よ。


 しばらく黙々と箸を進めて


湯藤:そう言えば、久賀さんのことだけど、聞いた?

古住:ギクゥ。な、何のこと?

湯藤:久賀さん、死んだらしいよ。だから、君はもう孤児院に帰ってい

   い。君の雇い主はもういないよ。おめでとう。

古住:あ、ああ。そうね。奏大のこと、お母さんに伝えないといけない

   し、葉奈ちゃんにも連絡しないと。

湯藤:もう、君も自由の身なんだ。好きにするといい。僕も好きにする

   し。

古住:え? 湯藤くん、軍人やめるの? 

湯藤:まさか。僕にはしっかりと教育、引き継ぎしないといけない渥美っ

   ていう憎たらしいヤツがいるから、そんな急に仕事を放っぽって辞

   めれないの! 君みたいにね。

古住:へぇ。軍人さんってのも大変なのね。ところで、一応聞くんだけ

   ど、久賀さんが死んだって言うのは誰の情報?

湯藤:石山って軍人だけど?

古住:石山? 誰? 軍人仲間?

湯藤:君が僕のお見舞いに来てくれた時、二つ隣で寝ていた女の子だよ。

   ものすごく強い軍人だった。

古住:え? いや、あの子、高校生でしょ? 制服着てたと思ったんだけ

   ど。コスプレ趣味の軍人ってこと?

湯藤:そんな馬鹿な。久賀さんが軍に編隊したんだよ。誰がなんと言おう

   とJK! っじゃなくて、軍人だよ、あの子は。

古住:へぇ。

湯藤:で、その子が久賀さんと一緒に行動してたらしいんだけど、庇って

   死んだ、ってことらしい。

古住:久賀さんが? 女子高生を? まさか。

湯藤:(鼻で笑って)やっぱり君も信じられないよね? あの人が「誰か

   を庇って死ぬ」、なんていう軍人みたいな死に方をするって。

古住:そうね。それよりは「久賀さんだけが生きてる」って方が信憑性あ

   りそうかも。(もぐもぐ)

湯藤:雪村さんならまだしもね。


 しばらくお互いに黙って


古住:そう言えば、雪村さんは一緒じゃなかったのね。ある男の子からも

   安否を問われたのだけど、湯藤くんなら知ってるんじゃないかっ

   て、はぐらかしちゃって。そのうち、高校生くらいの男の子から何

   か訊かれると思うから覚えておいて。

湯藤:って、言われてもなあ。僕もカプセルを雪村さんに預けてから見て

   ないんだよ、雪村さん。

古住:私も事後捜索で街の至る所を丁寧に捜索はしたけど、雪村さんは見

   つからなかったよ。

湯藤:やっぱり、相打ちだったのかねぇ。

古住:どうだろう。案外、どこかで生きてるかも。

湯藤:久賀さんみたいに?

古住:ッギク。

湯藤:雪村さん「は」見つからなかった。ってことは久賀さんは生きてる

   ってことになるね。違う?

古住:細かいよね、湯藤くんって。

湯藤:久賀さん譲りの細かさ? 

古住:(溜め息)証人だから、無理やりにでも蘇らせてみせる。そう思って

   保存してるんだよ、研究所に。

湯藤:ひゅー。怖いことするね。人体実験の被検体にでもするの? ゾン

   ビ化? ゾンビ化?

古住:弟の借りがあるから。

湯藤:古住は好き放題されたんだから、好き放題してやればいいよ。「嫌

   い」だし、僕はどうなろうと構わないよ。

古住:大丈夫、この肉みたいに無茶苦茶にしてやる。(もぐもぐ)

湯藤:怖ーい。食べづらーい。あげる、これ。


 店を出て


古住:今日はありがとう、湯藤くん。ご馳走になっちゃって。

湯藤:あー、いいよ。約束だったし──。


 古住から駆け寄って


古住:(頬に口付け)


 しばらくの間


湯藤:な、何の真似?

古住:約束、したから。私も。

湯藤:ああ。したっけ、そんな約束。

古住:え、忘れてたの? なら、しなきゃよかったかなぁ。

湯藤:僕がした約束は「頬にキス」なんてのじゃなかった気がするんだよ

   ね。


 次は反対に湯藤から迫り 


古住:え、な、何を(口付け)


 しばらくの間


湯藤:(乙女っぽく)今日はありがとう。ご馳走になっちゃって。

古住:バカ。金払え。キスは高いんだ!

湯藤:タダじゃないんだ。古住のくせに。

古住:失礼だ!



湯藤:第一劇

湯藤:ゾンビ映画にありそうなシーン

湯藤:「約束」



式町:そうだ。あの後、私、病院に運ばれて、石山さんと同じ病室に運ば

   れたんだっけ。私だけ生き残って、ごめん。

三宅:式町さん?

式町:え。

三宅:式町さん、だよね? 大丈夫?

式町:三宅くん。ど、どうして。

三宅:どうしてって、お見舞いだよ。良かった、助かって。酷い怪我もな

   くて安心した。

式町:それは、三宅くんのおかげで──。

三宅:ねぇ、神弥見てない?

式町:え、上能くん?

三宅:アイツ、僕のこと置いて勝手に走ってどっか行っちゃったんだ。そ

   れで、走って「追いかけた」んだけど、見当たらなくって。

式町:追いかけ、たんだ。

三宅:でも、そしたら先に式町さんの病室を見つけちゃってさ。

式町:三宅くんが一番、だったよ。

三宅:そうみたいだね。神弥のやつ、一体どこ行っちゃったんだろう。ま

   ぁ、迷子になるような柄じゃないし、そのうちケロッと現れそうだ

   けど。

式町:三宅くん。

三宅:ん?

式町:上能くんは、もう──。

三宅:そう言えば、綿中さんも深瀬さんも佐熊さんも、今こっちに向かっ

   てるよ。

式町:え。江里夏も結実も? それに、玲まで。

三宅:みんな、式町さんのことが心配で、早く元気になってもらいたく

   て、励ましに行こうって。

式町:どうして?

三宅:え?

式町:どうして、そんなことするの?

三宅:どうしてって、そんなの、式町さんとまた七人で遊びに行きたいか

   らに決まってるでしょ? あの日みたいに。

式町:七人。

三宅:ほら、七人でカラオケに行ったこと覚えてる?

式町:うん。

三宅:神弥が「みんな」と遊びたいからって、取り付けてくれたんだった

   よね。あの後、晩御飯まで一緒に食べに行って。

式町:そうだね。でも、上能くん、私と一緒に出かけたかっただけなんだ

   よ。上能くん、私のことが好きなんだって。知ってた?

三宅:え、どうしてそのこと知ってるの?! 神弥、僕にしかそのこと言

   ってないのに。

式町:(少し考えて)態度で、分かるよ。

三宅:そうかな? 神弥はかなり天邪鬼な態度を取るから、気付いていな

   いものだとばかり。

式町:バレバレ。あの時も、私を守ってくれようとして、一番に突っ込ん

   で行ってくれたんだ。

三宅:あの時? (思い出そうとして)あー、式町さんが先輩に絡まれて困

   ってた時のことだよね。

式町:え、いや、じゃなくて──。

三宅:そうなんだよ。でも、今だから言えるけど、あれ、演技だったん

   だ。

式町:上能くんの?

三宅:そう。僕も協力して。

式町:そうだったんだ。私、悪いことしたかな。

三宅:大丈夫。神弥は今もまだ変わらず式町さんのことが好きだよ。だっ

   て、このお見舞いを提案したのは神弥なんだから。

式町:上能くんが?

三宅:そう。「式町は必ず戻って来させる。そのために説得に行こう」っ

   て。ちょっと遠回しだけど、多分そういうことだと思う。

式町:三宅くんはどうなの?

三宅:え、ええ、僕?

式町:そういう三宅くんは誰のことが好きなの?


 二人の間の距離が強調される


三宅:僕はその。

式町:私は好きだよ、三宅くんのこと。

三宅:え。

式町:でも、三宅くんはもう──。

三宅:そんなことない!

式町:遮らないで!!


 静かになる病室


三宅:式町さん。

式町:私は一人で生き残ったの。江里夏も結実も玲も、上能くんも津田く

   んも、大好きな三宅くんでさえ裏切って、生き残ったの。一人で。

   私だって、できることなら七人でまた遊びたいよ。笑い合いたい。

   些細なことでけんかしたり、泣いたりもしたい。あの七人で。で

   も、もう無理なの! 三宅くんはここにいないし、上能くんや江里

   夏たちも来ないなんて、分かってるもん! 私の友達はもう誰もい

   ないの! それなのに、どうしてお見舞いだなんて言って私の前に

   現れるの?! (少しの間)どうしてなの? どうして、私を一人に

   してくれないの? もう一人だって分かってるのに。なんで、話し

   かけてくるの? もう、「死んだ」って分かってるよ!! 「追いか

   け」て来ないことくらい分かってるの! (細い声で)だから、もう

   やめて? 静かにしてよ。「見殺し」にしかできなかった私のこと

   を好きにならないで。お願い。


 俯く式町を見下ろす三宅


三宅:僕は!(少しの間)いや、僕も好きだ。

式町:え。

三宅:式町さん。僕は君のことが好きだ。

式町:やめて。

三宅:やめない! 僕は君のことが好きで、生きていて欲しい。絶対に後

   悔して欲しくないんだ。僕らが「死んだ」ことを後悔してほしくな

   い。

式町:無理だよ。一日で私一人になったんだよ?

三宅:一人じゃない。みんな、君のそばにいるよ。分からない? 七人の

   温もりがあること。

式町:(泣きながら)分かんない。分かんない! (嗚咽混じりに)分かん

   ないよ。もう、やめて。

三宅:式町さん。

式町:もう、出て来ないで。私、三宅くんたちのこと、やっぱり大嫌い。

   大嫌いなの。

三宅:え。

式町:どっか行って。

三宅:でも、約束が──。

式町:約束なんて知らない!! もうやめて!! 私の心から消えて

   よ!! 先に死んだくせに!!


 長めの沈黙


三宅:そうだよね。分かった、ごめん。


 スゥっと消える三宅


式町:(泣きながら)違う。こんなこと言いたかったわけじゃ、ないのに。

   違うのに。違う、のに。



三宅:第二劇

三宅:ゾンビ映画にありそうなシーン

三宅:「正夢」



釘沼:お、お前は。なんで。

対馬:──でね、坂下さんがね、みんなのためにパーティーを開いてくれ

   てね。

釘沼:姉ちゃん。お前、どうしてここに。

対馬:え、奏大? なんで。どうやって、ここに?

釘沼:姉ちゃん! おい、離せ! 俺の姉ちゃんに触るな! この野蛮人

   が!(そう言って対馬に走り寄る)

対馬:待って、奏大! 待って! 違うの!

釘沼:何?! コイツらも──!

対馬:この人たちは私の「今」の家族、なの!


 殴りかかろうとした手を止める


釘沼:今の、家族?

対馬:そう。私の、家族。対馬さんご夫婦。

釘沼:対馬? (気付く)ってことは、お前もしかして、対馬に。

対馬:うん。今は対馬葉奈。「坂下」って苗字が無くなったのは違和感なん

   だけど、でも、「一人じゃない」のが嬉しい。なんかほら、「チー

   ム」みたいで。

釘沼:姉ちゃん。何言って。

対馬:あ、紹介するね。こっちがお父さんでこっちがお母さん。あと、家

   に兄と姉が二人。で、弟と妹が合わせて五人。私も入れたら合計十

   人の大家族なの!

釘沼:大、家族。

対馬:そう! でね、学校にも通わせてくれて、ほら、これがその学校の

   制服なの。可愛いでしょ? この街でも有名なお嬢様学校で、とて

   も綺麗なの。友達も何人もできて、今度また紹介してあげる!

釘沼:え、あ、うん。

対馬:藍ちゃんが対馬さんご夫婦と連絡を取ってくれてね、この対馬さん

   家族の一員になることが決まったんだ! 今でもたまーに藍ちゃん

   とは連絡を取ってて、みんな元気だって教えてくれてたんだ。

釘沼:藍が? 姉ちゃんのために?

対馬:うん。奏大も元気にしてる、って言ってたから安心してた。

釘沼:ッ!


 しばらくの沈黙


対馬:奏大はどうなの? ここにいるってことは奏大も新しい家族と来た

   んじゃないの? お買い物? 奏大の「家族」はどこ? 近くにい

   るなら紹介してよ。

釘沼:(長い間)いないよ。

対馬:え? 一人でショッピングモールに来たの? あ、内緒でプレゼン

   トでも買いに──。

釘沼:逃げてきた。

対馬:逃げてきた? え。家族から? なんで?

釘沼:違う。実験施設から逃げてきたんだよ。

対馬:実験? 待って、もしかして虐待ってこと? ごめん、どういうこ

   と? 実験って、何?

釘沼:そのまんまだよ。僕を使った人体実験。その研究所には藍がいて、

   「ごめん」とだけ言われたよ。そのあとの記憶は曖昧だけど、長か

   ったことだけは覚えてる。

対馬:嘘だ。藍ちゃんがそんなことするわけ。藍ちゃんは私たちのことを

   一番に考えて──。

釘沼:それから毎日、ずっと実験尽くしだった。何回叫んだか、何回気を

   失ったか、分からないな。

対馬:実験って、何かの冗談で──。

釘沼:嘘じゃない!! 本当だ!! そんなに言うなら、これを見てみろ

   よ! これを見ても嘘だって言うのか?!

対馬:ッ!

釘沼:(腕をまくって)この痕。何か分かる?

対馬:うっ。何これ。

釘沼:何度も何度も何度も何度も打たれた注射の痕だよ。薬品投与の痕!

   一日に何度も薬品を投与されるんだ。お前にこの辛さが分かるか?

   針で腕を抉られるような、この感覚がさ!!

対馬:何度も。

釘沼:そうだ。藍は笑ってたよ。何の笑いだったのか分からないけど、あ

   れは軽蔑の笑いに見えたな。結局、藍もどこかで僕らを嘲笑ってた

   のさ。

対馬:そんな。

釘沼:姉ちゃんは別れの日、「外には幸せがあるから」って言ったよな。

   でも、それは僕には見つけられなかった。

対馬:奏大。

釘沼:姉ちゃんはいいよな。幸せそうで。

対馬:ッ。

釘沼:大家族で。学校にも通って。友達も多くて。充実してて。笑ってい

   られて。

対馬:ご、ごめん。そんなつもりじゃ。私。

釘沼:(ボソッと)人間なんて嫌いだ。僕を自分都合で捨てた親も。人身

   売買するような施設も。幸せになってく姉弟も。やっぱり、本当だ

   ったんだ。あの写真の奴のせいなんだ。

対馬:写真?

釘沼:「雪村」とかいう奴だ。

対馬:ゆきむら?

釘沼:実験を始める前に一枚の写真を久賀って男に見せられた。そこには

   娘と並ぶ軍服姿の男の姿があった。そして、久賀さんにこう言われ

   たんだよ。「悪いのは全部コイツだ」「俺たちは操られているに過ぎ

   ない」「俺は隙を見てお前を助ける、だから耐えてくれ」って。

対馬:ってことは、久賀さんって人に助けられてここまで逃げてきたの

   ね?

釘沼:うん。


 少しの間


対馬:ねぇ、奏大。

釘沼:え。

対馬:一緒に暮らそう?

釘沼:え?

対馬:私の家族なら、奏大を受け入れてくれると思うの。だから、「何の

   心配もいらないよ」? ね?

釘沼:ッ!? い、嫌だ。そんな言葉──。

対馬:なんで?

釘沼:「嘘だった」から。それは。

対馬:違うよ! 奏大は大切な弟だもん! 「不幸になってほしくない」

   の!

釘沼:ッ!? なんで、なんで? やめろよ。聞きたくない。僕をまた地

   獄に連れ戻すつもりなんだ!

対馬:ねぇ、奏大! 「私と一緒に暮らそう」?


 と、対馬が釘沼の手を取ったその時


釘沼:やめろよ!!!


 釘沼が対馬の手を払ったと同時に血飛沫が舞う

 対馬の上体が薙ぎ払われ、廊下が赤く染まる

 脚だけで立っていた身体が遅れて廊下に倒れる

 それを見下ろして赤く染った自分の右手に視線を


対馬:え。あア。

釘沼:え。


釘沼:ああ。これが藍の言ってた、「バケモノ」ってやつか。


 膝から崩れ落ち、対馬の破片を掻き集める


釘沼:(腹の底から込み上げる笑い)僕が殺した! 僕がッ!! 僕があ

   あああああ、あ、ああ──。



釘沼:第三劇

釘沼:ゾンビ映画にありそうなシーン

釘沼:「再会」



石山:うう。

菅原:お。起きたか、石山。やっぱりしぶといな。

石山:(寝惚けて)ああ、菅原か。おはよう。

菅原:お前、サスマタ失くしたらしいな。

石山:サスマタ──。あ。え、菅──原──?

菅原:なんだよ?

石山:(勢いよく起きて)菅原?! ぶ、無事だったのか、菅原!? 怪我

   は?! 

菅原:い、痛ぇって! どうしたんだよ、急に!

石山:説明してくれ! あの後、何があったのか! 対馬っちはどうなっ

   た?! 寺沢は?! どうやってここへ?! 教えてくれ!!

菅原:お、おい! 落ち着けよ、石山! 石山!


石山:(我に返って)す、すまない。

菅原:俺は、俺は気付いたらこの病院にいたんだ。それ以外のことは何も

   覚えてねぇよ。

石山:そうか。菅原も──。

菅原:石山こそ、何があったんだよ。火傷、らしいじゃねぇか。駐車場を

   離れた後のこと、教えてくれよ。

石山:ああ。あの後、あそこで寝ている軍の人と軍用ヘリで行動を共にし

   て、騒動の元凶を潰すのに少しね。

菅原:元凶? なんだ、それ。

石山:少年だよ。国軍によって人体改造された心優しき少年。彼もまた被

   害者だったってオチなんだけどね。

菅原:へぇ。大変だったんだな。俺もソイツの面を拝んでやりたかったな。

石山:おいおい、菅原も会っているんだぞ、その少年に。命さえ狙われたく

   せに。

菅原:え。

石山:対馬っちだよ。対馬葉奈。

菅原:はぁ? アイツは名門女子校の制服を着てたんだぞ。女だろ。まさ

   か、そういう趣味の──。

石山:違う。覚えてないか? アイツ、ゾンビの声で「僕」って言ってた

   ろ? 文字通り、対馬っちの中にいたんだ。対馬っちを操っていた

   元凶こそ、その少年だったんだよ。

菅原:あ。確かに、対馬の声とは別に荒々しい声があったような──。殺

   意のある、憎悪に満ちた声で俺らを──。いや、俺を──。

石山:菅原?

菅原:思い出した。あの後、俺は撃ったんだ、対馬に向かって、一発だけ。

石山:撃った? 殺した、のか?

菅原:いや、多分外した。反撃を食らってこのザマだからな。俺にはライ

   フルは向いてなかったのかもしれねぇな。

 

 菅原の左腕に大きな切り傷。


石山:おい、その傷! まさか──。

菅原:大丈夫、ゾンビの攻撃を直接受けてできたわけじゃねぇから。雪村

   さんのライフルを盾にして反撃をかわそうとした時に、左腕にライ

   フルが引っかかってできた切り傷だ。それほど深くもなかったし、

   大したことないって、医者が──。そうだ、医者が俺に──。


石山:また何か思い出したのか、菅原?

菅原:いや、医者が言ってた。俺が目を覚ました時に聞いたんだ、「なんで

   俺は生きてるんだ」って。そしたら、「ショッピングモールの地下駐

   車場にいたのは正解だったな」って笑って──。

石山:地下? 真逆だろ。私達は寺沢の指示で屋上に向かったはず。私は

   屋上で軍用ヘリに乗ったんだぞ? あの時、私を送り出したはずの

   お前が地下駐車場にだなんて。

菅原:ああ、そうなんだよ。辻褄が合わない。でも、その時は何とも思わ

   なかったんだ。今、石山と話してて「おかしい」って気付いた。

石山:扉の向こうには対馬っちの連れたゾンビがいたし、地下駐車場にな

   んか行けるわけがない。

菅原:(ボソッと)──記憶の改竄。

石山:え?

菅原:俺は屋上にいたはず、だよな?

石山:ああ。それは湯藤さんも目視しているはずだから、間違いない。お

   前も疲れているんだ。

菅原:ああ、そうかもな。


石山:あ、話を戻すが、寺沢はどうなったんだ? あの時、対馬っちにや

   られた、のか?

菅原:寺沢? アイツ「は」ダメだった。浸蝕が進んでいて、間に合わな

   かったそうだ。俺と同じように病院に搬送はされたらしいけど、

   結局会えなかった。「見ない方がいい」とも言われたよ。

石山:寺沢──。

菅原:アイツにはいろいろ助けられた。

石山:ああ。アイツが軍用ヘリを呼んでくれたおかげで、今の私は生きて

   いる。感謝しなくちゃな。

菅原:そうだな。アイツが最後に言った「生き残れ」が今も耳に残って

   る。

石山:こうやって、私達は生き残った。彼の分もしっかりと生きなけれ

   ば、面目が立たないな。

菅原:そう言えば──。

石山:また何か思い出したのか?

菅原:いや、石山に聞いておこうと思ったんだが、「寺沢のパソコン」っ

   て、動かしたりしてねぇよな?

石山:パソコン? いや、私は知らないな。

菅原:だよな。──それじゃあ一体どこに──。

石山:失くなったのか?

菅原:そうなんだよ。俺が病院に搬送された後、幾つか医療班が入ったら

   しいんだけど、回収した物の中にパソコンはなかったとか。

石山:でも、確かに私達は寺沢のパソコンを──。

菅原:これも記憶の改竄、なのかな。

石山:ま、待てよ、菅原。どういう──。

菅原:ま、話は全部アイツに会ってからだ。

石山:アイツ?

菅原:対馬だよ。アイツもいるんだよ、この病院に。


石山:え。


菅原:だから、今日は寝て──。

石山:どこにいるんだ!? 対馬っちも生きているのか?! どこに?!

菅原:わ、分からないよ! でも、医者が言ってたんだよ! 「ショッピン

   グモールで女の子も救出された。君の知り合いだったりしないか」

   って! 対馬かどうかは分からない! でも、もしかしたら──。

石山:(舌打ち)!


 ベッドから飛び降りて病室を出る


菅原:おい、石山! おい待て! おい──!


(心の中)

石山:まさか、なんで対馬っちが生きて──。対馬っちは、対馬っち

   は──!




菅原:第四劇

菅原:ゾンビ映画にありそうなシーン

菅原:「記憶」



渥美:なんで、よりにもよってこんな部隊なんだ。ゾンビの掃討作戦だけ

   なら、部隊なんて作らないでも回るだろうにさ。二等兵だけ集めた

   って意味なんかないだろ。

雪村:そんなこと言わないの、秀太くん。君ももう立派な軍人なんだか

   ら、覚悟を決めて戦わないと。(隣に座る)いよっこいしょー。

渥美:ああ、いたんですか。僕はあなたに会いたくないからこの街を離れ

   たのに、こうして対面することになるなんて。つくづく世界は自分

   都合で回らないんだなと痛感しますね。

雪村:仕方ないよ。私だって君との再会はないと思っていたんだから。で

   も、何かの縁でこうしてまたここに戻ってきた。

渥美:それがゾンビの繋いだ縁だなんて、笑えませんね。

雪村:そうだね。


 少しの沈黙を楽しんで後、雪村が口を開く


雪村:君はどこの部隊?

渥美:僕は本部に残って、被害不拡大に努める、言わば見張りです。あな

   たの部隊とは違います。あなたの部隊は救助が主な任務だと聞きま

   したが。

雪村:私は部隊には所属しないよ。父がそうだったように、遊撃で行く。

   従うつもりはない。

渥美:あなたも部隊編成が気に入らないんですね。遠回しに愚痴が漏れて

   ますよ。

雪村:(少し笑って)君も昔から人の話掻い摘んで話す癖、変わってない

   ね。

渥美:何を今更、昔話はやめましょう。気が滅入るだけですから。

雪村:そうだね。じゃあ、君はこの後、そのまま本部?

渥美:そうですね。でも、その前に久しぶりに将(まさ)に会いに行こう

   と思ってます。アイツが今回僕をここに呼びつけた張本人なので、

   犬猿の僕を呼ぶとは何事か、問い質さないと。

雪村:犬猿って、一方的に將一くんが墜落事故のこと根に持って怒ってる

   だけなんでしょ? でも、こういう時に一番に声を掛けるのが君っ

   ていうのも、なんかいいね。

渥美:何がですか。僕を利用しようって魂胆が丸見えで、僕は好かないで

   すけど。今回もきっとそうですよ。

雪村:君の実力を認めてはいると思うよ? この前だって災害の人命救助

   で三人も救ったんでしょ? 將一くんが誇らしげに言ってたよ。こ

   こじゃなくてもやっていけるんだ、渥美は、って。

渥美:たった三人です。あなたや将には遠く及ばないですよ。一桁だなん

   て、尚更ダメです。負けてますよ、まだ。

雪村:秀太くん。人命救助に勝ち負けはないから。

渥美:結局、僕は人に死なれたくないだけなんです。生きて欲しい。それ

   はあなたにも、将にも同じです。どんなに嫌いな人間でも、生きて

   いて欲しい。死ぬのだけは望んじゃダメなんだ。

雪村:それは私もだよ。君に死なれるのは嫌だ。君がどれだけ苦労してい

   るかは私だってよく知ってる。墜落事故の時だって操縦席の將一く

   んを庇って、君が一番の重傷だったし、今もまだ右目の視力は完全

   に回復してない。そうでしょ。

渥美:はい。

雪村:將一くんも君の死をきっと望んでない。君が將一くんの死を望んで

   いないようにね。もちろん、私も君との再会を望んでる。ここで。

渥美:生きて再会できればいいですね。

雪村:大丈夫。君は強いから。利用されるくらいなんだし。

渥美:それは褒めてるんですか?


 霞んだ右手を見つめていると


雪村:あ、將一くんからのメールだ。

渥美:(勘づいて)何か作戦ですか?

雪村:勘がいいね。

渥美:あなたがメールなんて現代のツールを使う時は余程の大事です。普

   段ペンと紙しか使わないアナログ人間のあなたのことです。メール

   で迅速に、かつ秘密裏に何かを動かしているんでしょう?

雪村:流石は私が鍛えただけのことはあるね。

渥美:育成係だっただけでしょ。あなたから教わったのは「変なあだ名の

   付け方」くらいです。いい加減女の子たちに「ち」を付けるのやめ

   ませんか? 男連中を下の名前で呼ぶのも。

雪村:いやいやいや、君は分かってないなあ。あれには深い意味があるん

   だよ。

渥美:深い意味? あんなふざけたあだ名に?

雪村:あの「ち」には、どんな意味があると思う? 勘のいい君なら思い

   つくかもね?

渥美:ご尊父の教えが関係していたりしますか?

雪村:うーん、少しだけ?

渥美:(少し考えて)いいえ、見当も付きません。あなたのご尊父とはお会

   いしたこともないですし、汲み取れることは微塵もありませんでし

   た。

雪村:(笑って)そうだろうね。(一拍)私の父はよく学生時代に教えてく

   れたんだ。「大切な人には名前を分けてやりなさい」って。

渥美:名前ですか。

雪村:そう。大切な人には名前の一部を分けてあげるんだって。私のこの

   名前も母から譲り受けたものらしい。「千歳」。この名前の一部を分

   けてあげてるの。

渥美:それで「ち」なんですね。どうしてそんな回りくどいことを。

雪村:気付かれたくないんだ。みんなに。


 雪村の様子を伺う渥美


渥美:それじゃあ、なんで男連中には「ち」を付けないんですか? 大切

   じゃないってことですね?

雪村:秀太。

渥美:僕も、将も、雪村さんにとっては──。

雪村:違う。大切だよ。

渥美:ならどうしてですか。

雪村:今日、君がここにいると聞いて、君にはこれを渡そうと思って来た

   んだ。受け取って欲しい。

渥美:これは、小銃?

雪村:私の名前が彫ってある。これを使え。生き残れよ、渥美っち。

渥美:こういところが嫌いだから、会いたくなかったんだよ。自分勝手だ

   な、相変わらず。

雪村:(嫌味たらしく)ごめんね。



渥美:第五劇

渥美:ゾンビ映画にありそうなシーン

渥美:「名前」



湯藤:あーあ、また明日から平凡な日常に逆戻りか。僕ももう少し貧弱な

   身体だったら、軍に復帰するのも遅らせられたかもしれないのに。

   鍛錬はサボっておいた方がいいんだろうな、渥美みたいに。

菅原:そんなことはないですよ。

湯藤:お? その出で立ち。まさか、君が石山さんの想い人?

菅原:違いますよ!!

湯藤:なんで君が否定するのさ。想い人かどうかは石山さんの判断だろう

   に。それとも何? 君も石山ちゃんのこと好きなの?

菅原:有り得ませんね。俺はあんな暴力女、好きじゃないですから。武道

   しか頭にない、竹刀と一緒に寝るようなやつ、誰が好きになんか。

   好きになんか。

湯藤:へぇー。言うねぇ。

菅原:いや、俺はそんなこと言われに来たわけじゃないんですよ。

湯藤:ふーん? 僕に何か用事が? まさか、サイン? しまったなぁ、

   生憎ペンはもう仕舞っちゃったんだよ。

菅原:違います。石山のことです。

湯藤:え、恋愛相談?

菅原:違います!

湯藤:それじゃあ、あとは──。

菅原:ありがとうございました。石山のこと、面倒見てくださって。最後

   まで、守ってくださって。

湯藤:へぇ。

菅原:俺は石山のこと、いや、誰のことも守れませんでした。寺沢も対馬

   も、雪村さんのことも。

湯藤:?!

菅原:俺が大切だと思う人はみんな。

湯藤:──そんなことはないんじゃないの?

菅原:え?

湯藤:石山さんは君のおかげで生きてるんでしょ?

菅原:いや、あなた方に助けられたから──!

湯藤:あーあ! 調子狂う。嫌いだわ。お前みたいなうじうじした男っ

   て。あー、嫌いだ、嫌い。アイツもそうだったよ。

菅原:あの──。

湯藤:いいか、菅原!

菅原:え、どうして、俺の名前を──。

湯藤:お前は誰も助けてない。

菅原:分かってますよ! だから、──!

湯藤:だからって、別に僕が助けたわけでもないんだよ!! 渥美のこと

   も雪村さんのことも、石山さんのことだって!!

菅原:──ッ!

湯藤:お前だけが特別誰かを救えなかったわけじゃないんだよ。僕らだっ

   て、石山さんだって、この騒ぎに巻き込まれた誰もが誰かを救えな

   かった。

菅原:ですが。

湯藤:菅原くんさあ、自分のこと何だと思ってるの? 君も人間なんで

   しょ? 自分のことヒーローだとか思ってる痛い子なの?

菅原:いえ。ただ、悔しくて。

湯藤:あー。その気持ちは分かるよ。理解できる。

菅原:救えたかもしれないって。

湯藤:今日で退院だってのに、また病気になりそうだよ、こんな話してる

   とさ。

菅原:すみません。

湯藤:いいよ。僕も考えなかったわけじゃないから。でも、やめた方がい

   いよ、そーゆー考え方。

菅原:いや、でも──。

湯藤:だって、結果論じゃん、そんなの。もし、別の行動をとってたっ

   て、それが正解だったのかも分かんないし、考えるだけ無駄。

菅原:湯藤さんは後悔していないんですか?

湯藤:後悔? 何に?

菅原:何にって、救えなかったことに対して。

湯藤:うるさいな、君。

菅原:え。

湯藤:これが後悔しないでいられるかよ!! 僕があの時あんなこと言わ

   なければ、僕があの時強引にでも計画を変更していれば、僕があの

   時見て見ぬふりなんてしていなければ、こんなことにはならなかっ

   たんだぞ!? 僕のせいで何人の人が死んだと思ってるんだよ、お

   前は!! 


 しばらくの沈黙と荒い息


湯藤:(溜め息)僕が軍人になった。それがそもそもの間違いだったと思っ

   てる。でも、そうだと思いたくないから僕は戦ってるんだよ。これ

   以上、自分にうんざりしたくないんだ。僕は誰よりも自分のことが

   「嫌い」だからさ。演じてるんだよね、理想の僕を。

菅原:俺もです。

湯藤:へぇ、奇遇だね。

菅原:俺もリーダーを演じました。理想のリーダーを演じたんです。みん

   なを守るのがリーダーだって。みんなを導くのがリーダーだって。

湯藤:立派じゃないか。

菅原:え。

湯藤:立派だよ、君は。

菅原:俺が?

湯藤:ああ。そのリーダーを今もまだ演じてるんだから、君は。もう終わ

   ったんだよ、全部。楽になれよ。救えなかった呪いは君の背負う荷

   物じゃない。それは僕らが背負わせたんだ。すまなかったな。


 すると、俯いたまま菅原が口を開く


菅原:俺は軍人になろうと思ってます。

湯藤:はぁ? 何を言ってるんだよ。

菅原:俺は確かに弱いかもしれません。誰も救えないかもしれません。

   でも、見てしまったんですよ、背中を。追いかけたいと思った背

   中を。

湯藤:それって、雪村さんのことだったりしない?

菅原:はい、そうです。

湯藤:そうだよね。あの人はそーゆー人だから。背中で語るんだ、何もか

   も。

菅原:湯藤さんも雪村さんを追いかけて軍隊に入ったのですか?

湯藤:そうかもね。

菅原:かも?

湯藤:菅原くん!

菅原:はい! な、なんでしょうか。

湯藤:君が僕の部下になるよう、僕が交渉してやる。いや、絶対にする。

   だから、必ず志願するんだ。

菅原:え、そんなことできるんですか?

湯藤:分からない!

菅原:え、ええ?

湯藤:(少し笑って)菅原くん。

菅原:はい。

湯藤:ありがとう。救われたよ、君に。



湯藤:第六劇

湯藤:ゾンビ映画にありそうなシーン

湯藤:「前進」



釘沼:藍。もう行くのかよ。

古住:ああ、奏大。まだ起きてたんだ。夜更かしは身体に悪いんだから、

   ちゃんと寝てないと。

釘沼:寝てたよ。姉さんのガサゴソ音で起きたんだよ。ったく。

古住:そうだったの? それはごめん。でも、坂下さんに怒られるから戻

   った方がいいよ。怒ると怖いんだから、あの人。

釘沼:関係ない。それよりさ、最後に少しだけ話そうよ、姉さん。二人

   で。

古住:え?(少し考えて)うん、じゃあ、外で。坂下さんに見つからない

   ようにね。


釘沼:仕事が決まったんだって?

古住:そう。都内の製薬会社から開発事業に携わらないか、ってお誘いを

   貰ったの。念願の開発事業。何としてでも物にしなくちゃ。

釘沼:いつも不思議だったんだけど、なんで、藍はそんなに「薬」にこだ

   わるんだ?  治したい病気でもあるの?

古住:違うよ! 孤児院のみんなが困らないように、安価で薬を提供でき

   るように、安価でかつ高性能な薬を開発する。それが私の夢、願

   いなの。

釘沼:僕たちのために、夢を後付けしたの?

古住:後付け? (少し笑って)そんなつもりはないよ。「みんなが大切

   だ」し、この先も困らずに生きていってほしいだけ。私はそのため

   に生きてる。

釘沼:へー。藍ならできるよ。

古住:奏大。

釘沼:姉さんは、「みんなのこと」一番に思ってるし、一番行動力もある

   から、孤児院を出ても絶対に大丈夫だよ。なんとかやっていける。

古住:嬉しいこと言ってくれるね。いつそんな人を励ますような言葉覚え

   たの? いつも国語なんてできたことなかったのに。

釘沼:うるさいな。本気で応援してるんだよ。応援しようと思うと、言葉

   なんて溢れるものなんだ。

古住:そうかもね。ありがとう。


 他愛ない話の後


古住:奏大も、早く新しい家族見つかるといいね。

釘沼:家族? いらないよ、そんなの。僕も藍みたいに家族が見つからな

   くたって、仕事を見つけて自立できればそれでいいんだ。

古住:ダメ。家族は必要だよ? 奏大のことを一番に応援してくれるし、

   困ったら相談に乗ってくれる。

釘沼:そんなの、孤児院のみんなで間に合ってる。幼馴染の葉奈もいる

   し、アイツらが家族だよ。もちろん、どこに行こうと、姉さんも

   ね。

古住:そうだね。でも、もし、家族ができるって決まりそうになったら、

   私のことを思い出して、必ず申し出なさい。

釘沼:──いやだ。

古住:なんで?

釘沼:僕には葉奈や藍、妹弟たちがいる。家族なんかいなくたって、十分

   幸せだよ。

古住:外にはもっと幸せがあるよ?

釘沼:ないね。ここ以上の幸せなんてあるわけない。

古住:(愛想笑い)強情だね、奏大は。

釘沼:僕が強情なんじゃない。姉さんが流されやすいだけだ。大人の世界

   は怖いんだろ? そんなので仕事できるの?

古住:うわ。失礼な弟。そんな酷いこと言う弟に育てた覚えはありませ

   ん!

釘沼:育てたのは坂下さんだから、感染ったのかもね。

古住:坂下さんのせいにしないの!


 しばらく話し込んでから


釘沼:じゃあね。そろそろ行かないと朝早い坂下さんなら起きて来ちゃう

   かもしれないよ。

古住:うん。奏大、坂下さんのこと宜しくね。

釘沼:(鼻で笑って)伝言を頼むくらいなら、面と向かって言ってから出て

   行きなよ。家族なんだろ?

古住:そうだけど。坂下さん、あんまり話すと怒りそうで怖いから。

釘沼:なんで怒るんだよ。自分の娘の門出なら祝うに決まってるのに。

   (溜め息)いいよ。伝えておく。

古住:ありがとう。弟や妹のこともきちんと面倒見てあげてね? 宿題と

   か。

釘沼:うん。宿題は葉奈にもやらせる。

古住:うんうん。協力するのはいいことだね。

釘沼:藍も頑張れ。どれだけ自立したって、僕らは家族だし、ここで待っ

   てる。逃げない。

古住:うん。

釘沼:一番応援してるし、困ったら相談に乗る。

古住:うん。

釘沼:だから、いつでも──。

古住:(遮って抱きしめる)

釘沼:──ッあ、藍?

古住:ありがとう、奏大。必ず、成し遂げるから。

釘沼:気負いすぎるなよ? 姉さんは一人で抱え込んで、一人で泣く癖が

   あるから。信頼できる人を近くに置いて、藍こそ幸せな家族を作

   ってくれ。

古住:ありがとう。

釘沼:い、痛いよ、姉さん。

古住:ごめん。もう少しだけ。


 二年後の春


古住:ただいまー。

釘沼:藍? ど、どうしてここに。

古住:あれ? 坂下さんには今日帰る、って伝えたのに。奏大、教えても

   らってなかったんだ?

釘沼:教えてもらってない。

古住:朝の会、出てないんじゃないの?

釘沼:あ。

古住:寝坊?

釘沼:違うよ。妹弟の世話してると朝の会なんてゆっくり聞いてられない

   んだよ。坂下さんも身体にガタが来てるし、そっちの世話もあるん

   だよ。

古住:なるほどね。葉奈もいなくなったし、余計大変だね。

釘沼:アイツはいてもいなくても、そんなに変わらない。むしろ、いない

   方が動きやすい。

古住:強がっちゃって。

釘沼:僕のことはいいんだよ。なんで帰ってきたんだよ、姉さんは。

古住:いや? 一人で大変そうだろうから、相談に乗ってあげようと思っ

   て。

釘沼:相談? 何の?

古住:そろそろ奏大も中学三年生でしょ?

釘沼:まだ中二だよ。

古住:進路相談とかしなさいよ、私に。

釘沼:いいよ、そんなの。

古住:私は奏大の味方だから、何でも相談して欲しいの。あの時、奏大が

   私の味方だったみたいに。私も奏大に寄り添うから。

釘沼:なんだよ、それ。じゃあちょっと待ってろよ。分からない宿題があ

   るんだ。教えろよ。

古住:はいはい。あ、そうそう、宿題が終わったら、少し話したいことが

   あってさ──。



古住:第七劇

古住:ゾンビ映画にありそうなシーン

古住:「名残」



石山:最終劇

石山:ゾンビ映画にありそうなシーン

石山:「断罪」


対馬:ありがとう、奏大。でも、ごめん、私には償いきれない──。きっ

   と、私はこの罪を贖うために生き残ったんだよ、分かってる。で

   も、私には──。


 屋上の扉が勢いよく開く


石山:対馬っち!

対馬:え? (振り返って)

石山:(荒い息)やっぱり、ここだったか。

対馬:石山さん、どうして──! あ──。


 走り寄って対馬を抱擁する石山


石山:良かった。

対馬:どうして、なの? 私、みんなのこと──。

石山:対馬っちがアイツの動きを止めてくれなきゃ、私は死んでいたと思

   う。ありがとう。そう言いたかった。

対馬:そんな、あれは──。

石山:菅原も生きてる。

対馬:え、菅原くんも?

石山:ああ。知らなかったのか? 対馬っちのおかげだよ。

対馬:寺沢くんは──?

石山:──いや、生きてる。

対馬:本当に!?

石山:ああ。今は集中治療室にいて会えないが。

対馬:そうなんだ──。

石山:対馬っち、一つ聞きたいことがあるんだが、いいかな? 菅原に関

   することだ。

対馬:え、そんな急に──。

石山:菅原は対馬っちのことを撃ったと言っているんだが、本当か?

対馬:え? あ、うん、本当。でも、私の右肩を貫通しただけ。すぐに奏

   大が治してくれたから、傷跡も残ってない。

石山:奏大って、釘沼のことか?

対馬:え、奏大を知ってるの?!

石山:え、ああ、まあな。

対馬:奏大は私の弟みたいな、優しい男の子だった。いつも、私のこと考

   えてくれてて、自分に来た養子の話を私に譲ってくれるような。

石山:養子──。

対馬:うん。私、両親死んでるの。で、孤児院で育ったから、親の温もり

   が知りたいって言ってたら。

石山:釘沼も同じ孤児院の出身なのか?

対馬:うん。私が孤児院に始めてきた時、歳が近いこともあって、すぐに

   仲良くなって。「お前はいい性格だから、すぐに貰い手が付く」

   って、大笑いする奏大を、私は好きになってた。

石山:そんな釘沼がなぜ対馬っちを?

対馬:とても恨んでたんだと思う。

石山:恨み?

対馬:奏大は孤児院の「売れ残り」って言われてて、ずっと「幸せになっ

   たら」って私に話してた。

石山:売れ残り、って──。

対馬:ちょっと顔も怖いし、皮肉めいたことも言うから里親希望の方も避

   けちゃうの。

石山:だから、周りを羨んでいたのか。

対馬:奏大は人一倍幸せを望んでいたと思う。だから、あの時、私がその

   幸せを見せびらかしなんてしなかったら──。

石山:(小声)なるほど。釘沼はその「幸せになりたい」という純真な心

   を久賀に遊ばれたということか。

対馬:久賀? 藍ちゃんじゃなくて?

石山:藍ちゃん?

対馬:古住、藍──。

石山:ああ、古住さんは違う。釘沼を助けようとしていた研究員だ。私や

   式町が実験体にされることを事前に防いでくれた恩人でもある。優

   しい人だったよ、古住さんは。

対馬:藍ちゃん──! (感極まって)やっぱり、藍ちゃんは奏大にそんな

   酷いこと、しない、よね。

石山:で、対馬っちを羨んでいた釘沼は──。

対馬:──私を殺した。

石山:え、な、今なんて──。

対馬:そのままの意味。私は奏大と同じ家族になろうと思って腕を引いた

   の。そしたら、その腕を奏大に払われ、その勢いで上半身ごと吹き

   飛ばされた。その時のことはよく覚えてないけど、奏大が必死にな

   って私に声をかけてくれていたのは覚えてる。

石山:釘沼が対馬っちを──。その時か、対馬っちの中に釘沼が入り込ん

   だのは。

対馬:そう。多分、奏大が私の体を触手で繋ぎ合わせてくれたんだと思

   う。私の中に入ることで、私を生かしたの。

石山:その後は?

対馬:その後は知ってる通り。石山さん達と会って、屋上を目指した。

石山:その時、釘沼は中にいたのか?

対馬:いた。ずっと、私に「悪いのは僕ら以外のみんなだ。みんな僕みた

   いになれば」って言ってた。逃げてる時も、笑い合ってた時も。

   「裏切れ」って。

石山:今はどうなんだ?

対馬:今はいない。多分、軍の人達に──。

石山:そ、そうだよな。

対馬:あ、そうだ。私からも、ありがとう、石山さん。

石山:え?

対馬:──仲間に入れてくれて。

石山:仲間──?

対馬:あの時、石山さんが菅原くんに呼びかけて私と奏大を仲間に引き入

   れてくれたでしょ? あの時、奏大、少しだけ嬉しそうだったの。

石山:釘沼が?

対馬:「なんで──?」って言ってた。多分、「歓迎」なんてされたことな

   かったから、戸惑ってたんだと思う。

石山:それなのに、私達は狙われたんだな。

対馬:奏大、不器用だから、気に入らなかったんだと思う。自分が悪だと

   思った人に優しくされるの。

石山:そんな理由で──。

対馬:でも、まだ残ってるの。その時の温かい気持ちが。奏大の心がフワ

   ッとするような、そんな感覚。

石山:奏大の記憶もあるのか?!

対馬:記憶までは──。

石山:──そ、そうだよな。

対馬:あ、菅原く──。

石山:え?


 石山さんが出口の方を振り向く


対馬:(小声)ありがとう、石山さん。


 フェンスを掴む音


石山:──ッ!! しまった!!


 振り向くと対馬はいない


石山:対馬ぁぁ!!

対馬:(心の声)もうダメなの。私、石山さんの前で元の姿になんて、戻

   れないから、こうするしか──。ありがとう、石山さん。奏大、今

   会いに行くから。大す──。



 静寂に響く破裂音


石山:対馬っち──。なんで──。なんで!!





 長い間を空けて

 地上では

 対馬の身体を覆う触手


対馬:(小声)やっぱり、ダメ、なんだね。奏大。私、奏大にあんな酷い

   ことしたのに、謝りたいのに。どうして、私を助けるの、奏大。奏

   大──。(震えた声)会いたいよ、奏大──。ごめん。許してよ、

   奏大。私──。



対馬:ゾンビ映画にありそうなシーン

対馬:「断罪」



……




……




……





男1:これが「湯藤」さんの書いたって言う日記? へぇ~? 

女1:あ、バカ! 勝手に触るな! 湯藤さんを呼びに来たんだろ! 行

   くぞ、ここにいないってことは整備室だ!

男1:はいはい。未来(みらい)は真面目だねぇ、昔っから。

女1:うるさい、名前で呼ぶな。早くしろよ! (少しづつ遠くなる)

男1:悪かったな。そうカッとなるなよ。(少しづつ遠くなる)

女1:カッとなってなんかない!

男1:はいはい。


 机の上に日記が置かれたまま、部屋の扉が閉まる





菅原:次回 2025年 春

菅原:第八話「僕ラの足跡」 第九話「ここで待つ」

   同時公開

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ゾンビ映画にありそうなシーン 靴屋 @Qutsuhimo_V

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