第6話

登場人物 振り返り

・菅原壮火  (すがわら そうか)

・石山友美  (いしやま ゆみ)

・寺沢雄作  (てらさわ ゆうさく)

・対馬葉奈  (つしま  はな)

・久賀登吾郎 (くが   とうごろう)

・湯藤将一  (ゆとう  まさかず)

・式町万耶  (しきまち まや)

・三宅柊真  (みやけ  とうま)

・上能神弥  (うえの  かぐや)

・綿中玲   (わたなか れい)

・深瀬江里夏 (ふかせ  えりか)

・佐熊結実  (さくま  ゆみ)

・津田優也  (つだ   ゆうや)

・渥美秀太  (あつみ  しゅうた)

・雪村千歳  (ゆきむら ちとせ)

・雪村甲三  (ゆきむら こうぞう)

・古住藍   (こすみ  あい)

・釘沼奏大 (くぎぬま かなた)





石山:式町──。

式町:石山さん。私たち、正しかったんでしょうか。助けられたのに、こ

   んな。こんなの、自分勝手、ですよね。

石山:そうだな。

式町:本当は私たちこそ死ぬべきなんじゃ──。

石山:約束したんだ。

式町:約束──。

石山:生きて会う、って。

式町:──私も、生きてまたみんなと会う。きっと追いかけて来てくれる

   から。

石山:──行こう、ヤツらももうそこまで来ている。立てるか、式町?

式町:うん。


 石山の伸ばした手を取る


式町:(小声)ありがとう、渥美さん。

石山:走れるか?

式町:うん! 行きましょう!


 ヘリコプターにて


湯藤:にしても、君、よく生きてたね。あんな状況で、そんな格好で。

津田:いや、まあ。

湯藤:まるで、──。ん? あれは? ──なんだ、女子高生かー。

   ──って、あれ? よく見たら、石山さんじゃない!? ってこと

   は、あれは式町さんかな? 丁度いいじゃーん。掴まってー、揺れ

   るよー。

津田:え、式町? 式町って──。うわっとと。


湯藤:おいおい、なんて数のゾンビを引き連れているんだよ。避難所のゾ

   ンビは一掃されたんじゃなかったのか? チッ、仕方ないか。後ろ

   の君!

津田:は、はい!

湯藤:今から、生存者二名を救出する! 扉を開けて、救助用ロープを垂

   らして、君が救助しろ!!

津田:何を言ってるんですか?! 僕はまだ中学生ですよ! そんなこと

   できるわけが。それに──。

湯藤:なんだ。ミリタリー好きだって言うから、そういうのもできるのか

   と。所詮は横好きってこと?

津田:人命救助なんて、僕には──。操縦ならシミュレーションもしたこ

   とがあるし、できるかもしれませんが。

湯藤:本当か!! じゃあ、代われ! 僕が救助に回る。お前がここをし

   ろ。ほら!

津田:え、ええ! ちょ──!

湯藤:急げ!! 人命を救うんだ!

津田:(少し考えて)ああああ!! 分かりましたよ! 墜落しても知りま

   せんからね!!

湯藤:大丈夫、墜落は経験済みだよ、だいぶ前にね。操縦桿を離すな

   よ!!

津田:高度、下げます!! 何かに掴まってください!

湯藤:オーライ!! 電線には気をつけろよ! 絡まったら死ぬぞ!?


 扉を開けて


湯藤:石山さーーん! 式町さーーん! こっちだーッ!! おーーい!

石山:湯藤さん! こっちは近くにゾンビが──、危険です! 一度、離

   れてから──!

湯藤:いや、離れてどうこうなる量じゃない! ロープを投げるから、と

   にかく掴まるんだ!

石山:──ッ! 分かりました!! お願いします!

湯藤:よし。君!

津田:はい!

湯藤:僕が合図したら、すぐに上昇だ!

津田:任せてください! それくらいなら!

湯藤:いい返事だ! ──よし、石山さん、式町さん! ロープに掴ま

   れ! 絶対に離すなよ!

式町:そんな、握力だけなんて無理ですよ!

石山:ロープは脚に絡ませるんだ、こんな風に。自信がないなら、私に掴

   まっていろ。

式町:いえ、石山さんに負担をかける訳には。

石山:無理はするなよ。

湯藤:よし、しっかり掴まったな?

石山:はい! お願いします!

湯藤:今だ! 上昇!

津田:はいッ!! 

湯藤:ロープが揺れると救助者に負担がかかる、慎重に上昇しろ! オー

   ライ!! 

津田:何回シミュレーションしたと思ってんですか!

石山:大丈夫か、式町?

式町:な、なんとか。

石山:それにしても、また湯藤さんの世話になるなんて、頭が上がらない

   な。

式町:そう、ですね。

石山:あ、そうだ。下を見るなよ、式町。

式町:見ませんよ!



 安全圏まで移動して



湯藤:手を貸せ! 大丈夫か!?

式町:石山さん! 手を!

石山:悪いな、式町! 湯藤さんもありがとうございます! 何度も何度

   も──。

湯藤:あーーー、ごちゃごちゃ喋るのは後だ。舌噛むだろ。引くぞ、せー

   の! っと。


石山:──ありがとうございます。助かりました。何とお礼を言えば。

湯藤:礼には及ばないよ。これが軍人の仕事だからね。それに、ほら、可

   愛い子には目がないから、僕って。

式町:あれ? ゆ、湯藤さんですよね?

湯藤:ん? そうだけど──?

式町:あ、あの、そ、操縦は? これ、湯藤さんのヘリコプターですよ

   ね? 自動操縦ですか?

石山:お、おい。そんな恐ろしいこと聞くなよ。代わりになる人間がいた

   に決まってるだろ。ヘリコプターに自動操縦なんて、そんな──。

湯藤:大丈夫。腕利きの「中学生」に任せてある。

津田:「大丈夫」じゃないですよ!! 機体の安定を維持するので手一杯

   なんですから!! 早く代わってくださいよ!!

式町:(小声)え、その声──。


湯藤:あー、分かった分かった。戻るから! はいはい、代わって。慎重

   に退いて。

津田:は、離しますよ?

湯藤:いいよー? もう、僕持ってるから、後はその席から退いてくれれ

   ば。


津田:ふぅ。怖かったぁ。

石山:まさか、中学生が操縦するヘリコプターが私たちを救っただなん

   て。

式町:津田くん?

津田:湯藤さん、これからどこに向かうんですか?

湯藤:ん? ロックダウンしたエリアの外だよ。そっちの方が安全だから

   ね。街の外は初めて?

式町:津田くん。

津田:そんなことをしてもいいんですか? エリアの外に検疫もなく入る

   なんて──!

式町:津田くん!!

石山:ど、どうした、式町! 

湯藤:お? 喧嘩? 呼ばれてるんじゃないの、君?

津田:え、僕?


式町:津田くん。津田くんなんでしょ?

石山:知り合いか?

湯藤:あー。もしかして、君の「仲間」の子だったの?

津田:君が式町、さん? 無事だったのか。

式町:江里夏と結実は?! 無事、だよね?

湯藤:あれ? 「ゆみ」ってこの武道派なお姉さんじゃなかった? そう

   だよね?

石山:いや、確かに私も「ゆみ」だが。私のことじゃないみたいだ。

津田:ごめん。い、生き残ったのは、僕、だけ、なんだ。みんなは──。


式町:(口元を覆って)っ。

湯藤:仕方ない。聞けば、君達は中学生だけで逃げ回っていたそうじゃな

   いか。全滅を避けられただけでも奇跡じゃない?

石山:そうだ。生き残って謝るなんておかしい。君が謝る必要はない。悪

   いのは「国」なんだから。

津田:悪いの──。


式町:あの後、どうなったの?

津田:え──。

式町:江里夏と結実は、どうなったの? 最後まで一緒にいたんで

   しょ?!

石山:式町。それは──

式町:知りたいの! 友達がどうなったのか! 教えて! はぐれただ

   け、なんだよね?

湯藤:どれだけ残酷でも、知りたいって言うの? この世界の死なんて、

   どれも綺麗なものじゃないけど。

式町:当たり前です。私にはその権利があって、その使命もあると思いま

   すから。

石山:──使命か。そうだな。確かに、式町も真実を知っておく必要はあ

   る。私たちも知っておいて損はないだろう。

湯藤:甘いねー、石山さんは。知らないよ?

式町:だから、お願い。

津田:分かった。(ため息)僕は後方のチームだった。それは覚えてるよ

   ね、式町さん?

式町:うん。結実と津田くんと玲と三宅くんが初め、後方で私たち前方の

   援護をしてくれてた。

石山:ちょっと待て。結局、何人のグループだったんだ、式町たちは。

式町:七人です。男子が三人、女子が四人の。男子は三宅柊真くん、上能

   神弥くん、津田優也くんの三人で、女子は深瀬江里夏、佐熊結実、

   綿中玲、そして私の四人です。

石山:いや、言われても分からないが。

津田:その後、前方のチームがゾンビの群れと衝突して、応援のために三

   宅が後方から前方へ上がった。それも──。

式町:覚えてる。あのとき、三宅くんが来てくれなかったら、私や江里

   夏、上能くんは危なかった。上能くん一人じゃ、無理だっただろう

   し。私達もいたけど、力にはなれそうになかったから。

津田:その後、すぐだったよ。綿中さんが、僕と佐熊さんを転ばせたん

   だ。

石山:転ばせた?!

湯藤:それは意図的に?

津田:分からない。けど、確実に僕たちの足を狙って──。

式町:違う。

津田:違わないよ。現に僕と佐熊さんは転んだ。で、そのとき、ヤツらは

   見定めたかのように佐熊を狙ったんだ。僕には目もくれずに、佐熊

   だけを。

湯藤:へぇ。(小声)女、子供から狙うっていう噂、本当だったんだ。

石山:それで、どうなったんだ? 君が生き残っていることを考えれば、

   何となくの想像はつくが。

津田:佐熊は喰われたくないから、大声で叫んでたよ。そしたら、ヤツ

   ら、より一層、佐熊に群がって。「助けて」って言われたけど、僕

   は。うッ──!

石山:無理に細かく思い出すな。大まかにでいい。君が苦しむ必要はな

   い。

津田:は、はい。

式町:結実が、食べられ、た?

津田:そしたら、深瀬さんが転んでいる僕を助けに来てくれたんだ。前方

   のチームからね。

式町:うん。途中で深瀬さんとははぐれて、上能くんが戻ろうとして大変

   で。

津田:そして、僕を庇うように喰われた。僕はそのおかげで生き残ったん

   だ! 佐熊さんと深瀬さんは僕の命を。こんな僕を──。なん

   で?!

石山:待て、津田くん。

津田:(我に返って)ハッ! な、何ですか?

石山:どうして、生き残った君は「式町たちと合流できなかった」んだ?

   一緒に行動していたんだろう?


式町:え。

湯藤:そうだよね。同じグループなら、みんなで助け合うはずだし。その

   深瀬さんって人のように、手を差し伸べるはずだよね。

石山:はい。なのに、今の今まで式町たちとはぐれたままというのがうま

   く納得できず。


津田:逃げられたんだ。

式町:違う! 私たちは──!

津田:いや、式町さんは悪くないよ。アイツが悪いんだ。上能が。アイツ

   が!!

湯藤:前方チームにいたとかいう子か。

津田:「上能が」チームの指揮を執っていた。僕ら後方チームはみんな上能

   に嫌われていたから、捨て駒として使われた。後方チーム、囮とし

   てね。

石山:嫌われていた?

津田:深瀬さんが前にいたのはアイツが好意を寄せていたからだし、式町

   さん、君が前にいられたのは深瀬さんに告白して捨てられた後で

   も、君に乗り換えることができるから、だったんだよ。知ってた?

式町:え。

津田:アイツは初めから、そうやってチームを分けたんだ。僕はチーム分

   けが決まったときにそう分かったよ。

湯藤:へー。なんて、人間らしいんだろう。こんな非常事態でも自分の好

   き嫌いを尊重する、なんて。

石山:人間らしい、ですか。湯藤さんらしい感想ですね。ただの人でなし

   ですよ。

湯藤:そう? 人間なんて、好き嫌いで生きてるようなものだよ。実際、

   僕もそうだし。

式町:じゃあ、三宅くんはどうなるの?

津田:どうって?

式町:三宅くんは途中で前へ、自分で駆け上がって来た。嫌われていると

   三宅くんが気付いていたかは分からないけど、三宅くんはその壁を

   越えた。あなたはそれすらしないで──!

津田:お前も上能の肩を持つのか? 「悪いの」の肩を持つんだな!

石山:違うぞ。肩を持つかどうかじゃない。

津田:じゃあ、どういうことなんですか!!


式町:三宅くんはどんな状況でも上能くんを信じていた! 親友だから

   って!だから、私たちと一緒に生き残って、こうして──ッ! 生

   き、残っ、て。あ、あれ?

石山:よせ! 式町、お前──!!

津田:生き残った? じゃあ、「アイツらは今、何処にいるんだ」よ!!

式町:あ──。

湯藤:あーあ。(小声)また、傷口が開くみたいだ。

式町:生き、の──。あ、あれ? みんな。

石山:式町! しっかりしろ!

式町:(我に返って)ハッ。

津田:式町?

湯藤:(大きめ)式町さん! 彼らは今、軍事基地にいるんだろ? 安全

   な「避難所」にいるからね! 大丈夫、安心しなよ。

式町:うん。後から「追いかける」って。約束、したから。約束、したか

   ら、ね。

石山:そうだな。私の仲間もそこにいる。

式町:そのためにも、死ねない。

津田:式町。

湯藤:ふん。(小声)慣れないこと言うもんじゃないね。(あくび)


石山:ところで、その、彼はどこで回収したんですか?

湯藤:回収って。人を物みたいに言うね。

石山:え? あ、いや、それは。

湯藤:いいんじゃない?  あの子は「君たちを回収したショッピングモー

   ル」の近くで回収したよ。

石山:あのショッピングモール、ですか。

湯藤:ああ。

石山:式町を拾った場所はもっと離れていたんじゃ──?

湯藤:そう、僕も思った。明らかにおかしい。場所が違いすぎるな、

   って。そこに地図があるだろう?

石山:え、あ、はい。これですかね。

湯藤:彼と式町を拾った場所は少なくても二五キロは離れているんだ。

石山:そうですね。人間に走れない距離ではないですが。中学生には厳し

   いですね。


湯藤:──なるほど。「君の見解」はそうなんだな。

石山:見解──?


 ヘリの後方では


津田:式町。アイツらのこと、全部、知っておきたいって言ったよね?

式町:え?

津田:佐熊や深瀬のことだよ。

式町:うん。言った。

津田:それさ、後悔してる? 全部聞いて。

式町:ううん。一つも。

津田:僕はちょっと後悔してるよ。上能や三宅のことを聞いてさ。

式町:なんで? 嫌いだったんでしょ? 後悔なんてする必要あるの?

津田:案外、冷たいんだね。

式町:え? いや──。

津田:あ、いや。その、謝れなかったんだ、最後まで。素直な「友達」に

   なれてなかったって思うんだよ、ずっと。

式町:津田くん。


 操縦席付近


湯藤:──それに、彼を初めてヘリに乗せたとき、「何も話さなかった」

   んだ。記憶喪失でもしているんじゃないかと思うくらいにね。

石山:記憶喪失、ですか。

湯藤:そりゃあ、ショッキングな同級生の最期を見たんなら、記憶に蓋を

   してもおかしくはないと僕も思うよ。

石山:そうですね。私も祖父から受け継いだ竹刀を折った時には記憶を少

   し。今もその頃の記憶は曖昧ですから。

湯藤:んー、変わらないね、君は。でも、彼の様子を見ただろう?

石山:はい。難なく話していましたね。本当に記憶喪失だったわけではな

   さそうで──。

湯藤:そこだよ。僕は軍人だ。恐怖による記憶喪失、ってのに陥った仲間

   を何人も見てきた。でも、「あれ」は違う気がする。恐怖による記憶

   喪失ではなく──。

石山:それが湯藤さんの「見解」、ですか。

湯藤:ん? そうだよ?


津田:湯藤さん! また何か変な話でもしていたんですか? 女子高生相

   手にミリタリーの話しても通じないでしょう?

湯藤:いやいや、石山さんはミリタリーもいける口だけどね?

式町:「また」ってことは前にも変な話してたんですか?

津田:うん。「ゾンビが現れたから、デートに行き損ねた。可愛い女の子と

   行く予定だったフランス料理専門店も壊滅だし、これはゾンビとデ

   ートするしかないね。でも、デートしたら僕生きて帰って来れるか

   な」って。

式町:私たちが初めて会った時もそんな感じでしたよね、湯藤さん。

湯藤:よく一言一句間違わずに覚えてたね、君。さすがに怖いよ? 記憶

   力お化け?

石山:言ったってのは認めるんですね。というか、湯藤さんも変わってな

   いじゃないですか。少しは真面目になったかと思えば。

湯藤:え? 僕は真面目でしょ? 任務をしっかりと遂行してるんだし

   さ。

式町:誰と比べてかは別とすれば、まぁ。

津田:僕たちの命を救ってくれたのは、確かに真面目だったのかもしれま

   せんね。頭は上がらないです。

湯藤:へへーん。崇めろ、崇めろ。大人の凄さを思い知るがいいさ。

石山:(小声)中学生相手に、そんなことで威張れるとは。

湯藤:ま、久賀さんより真面目に働いてる自信はあるよ? というか、久

   賀さんはどうしたの? 一緒にいたんじゃなかったの?

式町:──ッ。


津田:誰ですか、それ? 久賀さん?

湯藤:僕の上官だよ。彼はいつも──。

石山:彼なら、死にました。



湯藤:ゾンビ映画にありそうなシーン



石山:彼なら、死にました。


津田:──し、死んだ? 湯藤さんの上官が?

湯藤:──へぇ?

石山:私たちをゾンビから守ろうとしてくださったんです。おかげで私た

   ちは生きていますので名誉ある死だったと、そう思います。

式町:そう、ですね。そう、です。

湯藤:あのさ。いや、久賀さん、最後になんて言ったの?

石山:「最後まで生き残れ。ここは私が引き受ける」と。潔い姿でした。ま

   だ、目に焼き付いていますよ、最後のあの笑顔は。

津田:軍人としては当然じゃないですか? 自分の身を呈して二人を守る

   なんて。い

   い軍人だったんですよ、きっと。

湯藤:そうだね。軍人が最期に残す言葉としては最高の言葉だよ。尊敬し

   ちゃうなー。

式町:最期まで私たちのことを導いてくれました。



湯藤:──ップ、あっははは!! なんだよそれ! よっくもまぁ、そん

   な「嘘」がつけるよね! ね、石山さん! ククク。はははは!

石山:え。

式町:嘘じゃありません! 久賀さんは庇ってくれたんです! 本当なん

   です!

津田:なんで嘘だって分かるんですか?

式町:そうですよ! 久賀さんはとても心優しい人でしたし──!

湯藤:あはははは! 僕の知る久賀さんはそんなに正義感に溢れた人じゃ

   ないし、それに、石山さん。君が嘘をついている証拠が一つ、僕の

   手の中にあるんだよね、残念ながら。

石山:手の中に?

湯藤:ふふーん。えーっと、これさ。ほら、投げるよー。ちゃんと受け取

   ってねー?


 湯藤は携帯を放り投げる


式町:え、あ、おっとっと。

石山:これは?

湯藤:古住。彼女との連絡履歴だよ。問題なのは古住が僕に送り付けてき

   た「久賀さんとのやりとり」なんだけど。そこに添付されているか

   ら、津田くんと式町さんの二人で読んでみてよ。津田くんが久賀さ

   んの方ね?

津田:え、なんで僕が音読なんか。

式町:早く読んで。津田くんからだから。

津田:なんで、やる気満々なの? 素直なの?

石山:早く読んでくれ。

津田:えー?(溜め息)分かりましたよ。

湯藤:しっかりと感情を込めてね? なりきって、なりきって。



津田:え、えー? えっと、「新しい被検体が二人、見つかった」

式町:「被検体、ですか?」

津田:「今からそちらに向かう。応援として渥美を寄越してくれ」

式町:「どうして、渥美君を?」

津田:「万が一逃げようとした時、彼なら女の一人や二人、抑えられるから

   だ」

式町:「分かりました。こちらから連絡しておきます」

津田:「実験の準備も任せたぞ? 次はもっと明確な成果を出すんだ」

古住:「勿論です。尽力します」



石山:それで、終わりか?

津田:うん。ここで途切れてる。

式町:私たちが、「被検体」、ってこと?

湯藤:そ。ついさっき、これが古住から送られてきてね。まずいと思って

   引き返していたところだったんだ。ま、すぐに見つかったけどね。

石山:ありがとうございます。

湯藤:だから──。

石山:え。

湯藤:だから、久賀さんが君たちのことを身を呈して「守る」わけがない

   んだ。

式町:被検体の代わりなんていくらでもいるから、死んでも別に問題はな

   い、と。

津田:いや、ちょっと待って。被検体って何? ごめん。初めて聞くか

   ら。みんなは知ってるの?

石山:この子には、まだ話してなかったんですか、湯藤さん。もう隠し事

   はないんじ

   ゃなかったのですか?

湯藤:いやね、君たちが特別なんだよ! 分かってる? 彼もさっき乗っ

   たばっかりだし──。

式町:こんな状況で特別も何もないですよ! 情報は大事なんですよ? 

   誰彼構わず共有するべきです。ゾンビがいる世界が今までの世界と

   同じだとは思わないでください。

湯藤:(ため息)分かった、分かった。──ったく、言うことが立派にな

   ったね。あの人みたいだよ。

津田:ありがとう、式町さん。

式町:私は最後まで「見捨てない」から。誰一人。絶対に。

津田:式町さん。強くなったんだね。

式町:う、気のせい、だよ。


湯藤:被検体というのは軍の研究所が秘密裏に行なっていた実験に協力し

   た人間。ということになってる。

津田:ことになってる? ってことは──。

石山:表向きは、ということですか?

湯藤:そういうこと。実際は違った。本当は「身寄りのない人間を騙し、

   非人道的な実験をする」というもの、なんだ。

式町:え、ちょっと待ってください! それは初耳です! そんなことを

   国が率先して行なっていたんですか?!

石山:お、落ち着け、式町。話は最後まで聞こう。

式町:あ、はい。そうですね。じゃないと、またあの人の時みたいに。

津田:あの人?

湯藤:前に話したのは久賀さんでしょ? 僕じゃないんだから。僕は話す

   と決めたら、とことん包み隠さないよ。だから、よく聞いてほし

   い。

津田:湯藤さんはどこまで知ってるんですか? 湯藤さんも、その加害者

   なんです か?

石山:湯藤さんは多分、すべてを知ってる。実験の終始も。

津田:(大きめ)だったら──!

石山:でも、敵じゃない。それだけは言っておく。

湯藤:へぇ。

津田:なんでですか?! このまま僕らをその研究所へ連れて行く気かも

   しれないんですよ? なんで信じられるんですか?! もしかした

   ら、僕らも非人道的な実験の餌食に──。

式町:この人はそんなことしないよ。

湯藤:なんでそんなこと、言いきれるの? 確固たる証拠でもあるの?

石山:当人であるあなたがそれを聞くんですか。

湯藤:まぁ、気になるからね、普通に。

石山:まず、あなたの携帯電話が今こちらにある、というのが一つ。そし

   て、二度にわたり私たちを九死から救ったこと、それがもう一つ。

式町:この状況下。この二つは信頼に値しますね。湯藤さんが私たちを信

   頼して下さっている証拠ですよ。

津田:そんな簡単に人を信じる、のか。

石山:なら聞くが、君は誰に助けられたんだ?

津田:え。いや、それは。

石山:信じられたいなら、信じろ。君の中学ではそんな簡単なことも教え

   てくれなかったのか?

湯藤:いいね。これで僕も君たちの仲間になれたのかな。嬉しいね、クク

   ク。

石山:リーダーは湯藤さんでしょう? 私たちはついて行くだけですから。

湯藤:責任転嫁じゃないの、それ?

石山:(間をおいて)それもそうですね。リーダーなんて、必要ないのか

   も。


湯藤:で、話を戻すんだけど、さっき言った「被験体」の中には名前を持

   つ個体がいるんだよ。それが? はい、式町さん。覚えてる?

式町:え、あ、「アポリュオン」でしたよね。意味は──。

津田:──「破壊者」。

式町:え。どうして、それを?! 初めて聞くんじゃないの?!

津田:三宅とやってたゲームの中にいたんだよ。「破壊者 アポリュオン」

   ってのが。僕のお気に入りのモンスターだったよ。

湯藤:ゲームの教養か。悪くないね。でだ、そのアポリュオンってのが、

   今もこのエリア内のどこかを徘徊してるってわけ。この騒ぎの元凶

   だね。

石山:やはり、まだ見つかっていないんですね。

式町:何の情報もないんですか?

湯藤:何も? 一つでも情報があれば、僕がこんなところ飛んでる理由は

   ないんだよねー。いないかなあ? 石山さんみたいに偶然さ。

式町:惰性で飛んでるんですもんね、湯藤さん。

湯藤:不必要なことばかり覚えてるよね、君たち。

津田:他に今、分かっていることはないんですか?

湯藤:え? あー、そうだなー。「逃げた」じゃなくて「逃がした」ってこ

   とくらいかなー? ま、僕は後から聞いたんだけど。

式町:逃がした?!

津田:それって、人為的に逃がしたってことですか?

石山:確か、あの時は──。

湯藤:あの時は「逃げた」って言ってたね。研究所の杜撰な管理のせい

   だ、って久賀さんは。

式町:嘘、だったんですね。

湯藤:僕は久賀さんの話に乗っただけだよ。上官が隠すんなら、僕が晒す

   わけにはいかないから。ああ見えて、久賀さんって怖いんだよ?

式町:──ッ。た、確かに。

津田:人為的に、ですか?

石山:確かに。そこは重要ですよ、湯藤さん。「取り逃がした」のですか?

   それとも「進んで逃がした」のですか?

湯藤:そんなに希望が欲しいのかい? クク、残念ながら、「進んで」だ

   よ。


津田:どうして。

湯藤:どうして、たって。このウイルスを蔓延させるためなんじゃない

   の?

津田:だから、どうしてそんなことをするんだよ!! 平穏に暮らしてい

   た人達を地獄に突き落とすような真似を!!

石山:お、落ち着くんだ、津田くん!


湯藤:あ、今更だけど、僕は関わってないからね? その「逃がした」

   ってのには。ほら、言ってないと怖いからさ。変な殺意とかが僕に

   向きそうでさ。

式町:久賀さんだけ、ですか? それに関わった軍人さんは。

湯藤:んー、まぁ、そうだね。それで、その後が問題なんだ。アポリュオ

   ンを逃がした後も、第二、第三のアポリュオンとして、君たちを放

   とうとしていた。って、それがさっきのメールの内容なんだけど

   ね?

石山:だとしたら、古住という研究員も味方なのですね。

津田:──内部告発。

式町:もし、久賀さんサイドの人間なんなら、わざわざ湯藤さんにあんな

   連絡する必要もないし。

湯藤:そ。だから、今とてもホッとしているんだ。間に合ってよかった、

   てね。僕、いい軍人でしょ?


 石山さんが携帯のメッセージを開く


石山:ちょっと待ってください、湯藤さん。

湯藤:んー? どうしたの、石山さん。まだ何かある? もうヘリ操縦し

   ながらの事情聴取みたいなの、終わりにしたいんだけど?

石山:古住さんって、さっき言ってた「デートの相手」ですか?


湯藤:え?


津田:えええ?! こ、こんな非常事態に、付き合って? っていうか、

   あの話、本当だったんですか?

式町:なるほど、恋人同士だから、情報交換が早かったのですね? もし

   かしたら、このヘリもその恋人さんのところへ?

湯藤:さぁ。どうだろうね。僕は恋人だと思ってるんだけど、って、変な

   詮索はよしてくれない? 早く返してくれよ、僕の携帯。

石山:あ、すみません、つい。えっと、では、これはお返しします。あり

   がとうございました。


湯藤:はい、どうも。

津田:こんな状況でも好きな相手のことを考えてるなんて、とんでもない

   惚気野郎ですね。上能と同じだなんて、吐き気がするよ。

式町:でもそれが活力になって生きようって思えるなら、それもアリなん

   じゃないかな。

津田:愛の力で生還? じゃあ、僕も恋の一つや二つ、しておくんだっ

   た。アイツに倣って。

式町:恋は一つでいいの! 二つも三つもしたって、結ばれるのは一つな

   んだから。

津田:へぇ、式町さんは一途なタイプなんだね。

式町:はぁ?


湯藤:ところで──。

石山:はい?

湯藤:久賀さんの行方なんだけど、何か隠してるなら、本当に君たちのた

   めにならないからさ、やめた方がいいよ? 

石山:あ、そのことなんですが、さっき言った通りで事実です。

湯藤:え、庇って死んだってこと?

式町:いえ、私たちを庇ってはいませんが、亡くなったのは事実です。生

   きてはいません。

津田:え、なんで、死んだの? 

石山:その、私が刺し殺したから、ですね。あの銃剣で。


 長めの間


湯藤:あっははははははは!!

石山:ゆ、湯藤さん?

湯藤:それは傑作だね! 助けた相手に殺される軍人だなんて。飼い犬に

   手を噛まれるどころか、ボッコボコって感じだね!!

式町:う、嬉しいんですか、湯藤さん? 急に元気になって。

石山:湯藤さんは久賀さんのことを嫌っている様子だったし、嬉しいって

   のは、あながち間違っていないかもしれないよ、式町。

津田:自分の上官が死んで笑うなんて、どうかしてますよ。精神病院紹介

   しましょうか? 「僕」がよく通った病院に精神科がありますよ。

石山:それは湯藤さんにとっては褒め言葉、かな。

湯藤:間違いないね。

津田:なんでだよ。ん?


 津田が窓の外を見て


津田:あ、あれは。

式町:どうしたの、何かあった?

津田:こんな街の中に車両? もしかして。

式町:あれは救急車? にしては物々しいような気もするけど。

津田:いや、救急車ならもっと白いだろ。

式町:ま、まぁそうだけど。

石山:軍の救護班だな。

湯藤:そうみたいだねー? ようやく、国の軍が重い腰を上げて動き出し

   たって感じかなー? 久賀さんが死んだからかな。──クク。この

   話も収束が見えてきたんじゃない?

石山:そう言えば、ふと気になったんですが、「ロックダウンしていた期

   間」ってどのくらいなんですか?


湯藤:聞きたい? ──「君たちが平穏に生活していた頃から、この街は

   表面的にロックダウンしていた」だなんて怖い話。

石山:──聞かなければよかったですね。

津田:これでこの騒ぎも終わるのかな。

式町:うん。これから、私たちはどうなるんですか?

湯藤:そうだなぁ。まずは検疫を受けて、人間であることを証明しないと

   ね。

石山:「検疫」があるんですか?

湯藤:そりゃあね。あんな「化け物」をエリアの外に連れて行くわけには

   いかないから。エリアの外でゾンビ騒ぎなんてごめんだし。

津田:やっぱり、検疫あるんですね。(雰囲気が変わって)それじゃあ、

   話が変わってくるね。

式町:え、あ、ちょ、どうしたの?

津田:別に? 検疫なんて受けたくないから。

式町:あ、え、津田くん?


 ナイフを式町の首に当てる


津田:ほら、静かにしてよ。

式町:ひッ。

石山:式町!

湯藤:ほら。おかしいと思ったんだ。僕の見解、もしかして正しかった?

   嬉しいなぁ。

津田:ねぇ、湯藤さん。このままエリアの外に出てよ。勿論、検疫はナ

   シ。お前の独断で外に出るんだよ。いいよね?

石山:お前。なんの真似だ。

式町:どうしたの、津田くん。ちょっと!

津田:やっぱり、気付いたのは軍人だけってわけか。石山さんなら気付い

   てくれると思ったのになァ。

石山:何?

津田:あー、「助けてください、追われてて」って言えば、気付いてもらえ

   る?


式町:ゾンビ映画にありそうなシーン



津田:「助けてください、追われてて」って言えば、気付いてもらえる?

石山:それは──。

津田:ふふ。気付いたァ?

石山:対馬が、初めて私たちにかけた言葉だ。

式町:「対馬」って。

石山:お前、対馬なのか?

津田:はーぁ? この僕があんな女に見える? お前、ゾンビより目、腐

   ってんじゃない? 

石山:「あんな女」だと?

津田:対馬は君たちに会った時から死んでいたし、向こうは何の記憶もな

   いよ。今更、あんな女の名前を呼んだところで──。

湯藤:えらく人間のことを下に見ているんだね、君は。面白いじゃん。劣

   等感?

津田:あぁ? お前──。

湯藤:人間様に喧嘩売ったのはお前だろ?

津田:あんまり舐めた口利いてると、コイツから死ぬんだからな? 分か

   ってるの、身の程弁えろよ。

式町:ひっ?! ちょっと待って、待って待って!

湯藤:ハハ。それがどうしたんだよ! やりたいんなら、やりゃあいいだ

   ろー? 

津田:だとよ、式町。

式町:うッ──。


石山:お前は、殺す。

式町:本当にゾンビなの、津田くん?

津田:うん。君には申し訳ないけどね。ここに乗ったときからずーー

   っと、ゾンビだよ?

式町:そ、そんな。津田くんは──。

津田:でもさ、式町さん。僕は「ただのゾンビじゃない」んだぁ?

石山:ただのゾンビじゃない、だと?

湯藤:なるほど。(小声)それが古住の言ってた──。

津田:死んだ人間の言葉を借りて言うなれば、「人間の死体を動かせる」ゾ

   ンビ。かな? 僕が動かしているんだよ。凄いだろ? 「僕は津田だ

   よ! 君の仲間だよ、式町!」っていった風にね。ふふ。

石山:そうやって、お前は対馬も演じたのか?

津田:そうだよ? ショッピングモールで死んだ「対馬」の身体を借りた

   んだ。場所はショッピングモールの屋上近くの廊下だよ。君たちも

   一度は通ったろう?

石山:廊下?

湯藤:悪趣味だよね、男が女の身体を操るだなんて。

式町:どうして、そんなことをするの。津田くん。

津田:津田っていう男はそんなことしてないよ。僕が悪いんだから。外側

   の子のことは責めちゃあダメだよ?

式町:(震えた声)外、側。なんで。

湯藤:古住はどうしてコイツに「モラル」ってのを組み込んでくれなかっ

   たんだろうな。代謝率ばっかり上げて──。

津田:うるさいぞ、湯藤。ちょっと黙れよ。

湯藤:やれやれ、とうとう呼び捨てか。偉くなったものだね、君も。

津田:そう言えば、お前もお前だよ、式町さん。

式町:え、え?

津田:どうして、僕が「逃げてくれ」って行ったとき、すぐに逃げなかっ

   たの? ねぇ?

式町:え、わ、私は津田くんからは指示なんて何も。そ、それに、津田く

   んは後方チームで──。

石山:やめろ、式町! それ以上考えるな! 津田はお前を──!

津田:違うよ? 僕は式町さんの傍にいただろう? ほら、名前はなんて

   言ったっけな。えーっと。

湯藤:(小声)あーあ、式町さん、壊れちゃうかな。

石山:式町!


津田:そうだ、「三宅くん」とか呼んでくれたっけ、僕のこと。嬉しかった

   なあ。

式町:三宅、くん? うそ。津田くんが、三宅くん?


津田:アハハッ! そうそう! 僕は対馬も動かしたし、三宅も動かした

   んだ! 楽しかったよー? みんな人間のように僕と接してくれる

   んだもんなぁ。

石山:式町を離せ! お前は何が目的なんだ?!

津田:やだな、石山さん。僕はきちんと君のこと「石山」って呼んでるん

   だから、僕のことも名前で呼んでよ。ほら。

湯藤:うるさいぞ、「釘沼」。

釘沼:へぇ、僕の名前知ってるんだ、お前。ってことは、研究所の人、な

   んだねー? 無関係じゃなかったの? 嘘だったんだ?

湯藤:僕は知り合いに研究員がいるだけだよ。彼女とは違う。お前のこと

   も、名前しか知らない。

式町:どういうこと? 釘沼さんが三宅くんで津田くんで、対馬さんで。

釘沼:え、式町さんが僕の名前を呼んでくれてる! でも、その名前、嫌

   いなんだよね。僕は「アポリュオン」。名前の通り「破壊者」って

   ね。

石山:お前が、この騒ぎの元凶、なのか。


釘沼:僕の望みは初めから一つだ! エリアの外に出してくれ。それだけ

   だ。それができないって言うんなら、仕方ない。このサバイバルナ

   イフで式町さんの喉をかっ裂く。その次はお前だよ、石山、湯藤。

湯藤:ナイフなんて使わなくたって、殺せるだろう、お前なら。「触手」

   っていう武器があるそうじゃないか。妙に人間味があって嫌だよ

   ね、お前。

釘沼:触手のことも知ってるのか。──僕はその力を使って人を殺すのに

   は、もう飽きたんだよ。人間として人を殺そうとしているのは褒め

   てほしいね。

湯藤:人間は人間を殺そうとはしないんだよ? みんな仲良しだからね。

釘沼:気持ち悪。

湯藤:褒め 言葉、どーも。

石山:どうしますか、湯藤さん。エリア外に出なければ式町が──。しか

   し、出てしまえば取り返しが。

式町:エリアの外に出てください。それからでも処置は考えようがあり

   ま──!

釘沼:うるさいよ、式町さん。君は人質なんだから、相場は喋っちゃダメ

   なんだ。

式町:ひっ! あ。

釘沼:このナイフが見えないの? もしかして、人質って自覚ないの?

   死にたい? 死にたいの? ねぇ。

式町:そ、そんなの、別に怖くな──!

釘沼:あー、そっか。僕が刺さないって、そう思ってるんだね? そっ

   か、そっか。

式町:だって、津田くんはそんなこと。

釘沼:だから、違うって言ってるだろ!! 僕はね、釘沼奏大って言うん

   だよ!! 分かる?! 釘沼!


 プツッと式町の首を刺す


式町:あ、あ。

石山:釘沼ッ!!

釘沼:んー? エリアの外に出してくれる気になったの? 勿論、僕の身

   体は無傷で、だよ?

石山:お前がここを出て、被害をこれ以上拡大させない、という保証はな

   い。だから、お前はここで死ぬんだよ、釘沼。お前の好きにはさせ

   ない。

釘沼:へぇ。そしたら、君たちも助からないね。僕がお前らを道連れにし

   て墜落してやるよ。僕は本気だよ? 本気。

湯藤:それについてだけど、彼女らはそーゆーの、承諾済みなんだよね、

   実際。

釘沼:はぁ? 何言って──

石山:私たち三人の命より、

式町:この国の何万ある生活を優先する。



湯藤:ククククク。彼女たちはただの学生じゃない。久賀の部隊に編隊さ

   れた「軍人」なんだよねー。そうなる覚悟くらい、疾っくにできて

   るんだよ、って話。

釘沼:何を戯けたこと。ふふーん。エリアの外に出られないようじゃ、仕

   方ないね? ほーら。ごめんね、式町さん。君が死んだら、「絶対

   に追いかけるから」さ。バイバイ、式町さ──。

式町:(落ち着いた声で)やめてよ。


 式町が釘沼のナイフを持つ腕を撃ち抜く


釘沼:な、あ。はぁ?

式町:私の大切な友達の真似、しないでくれる? 

釘沼:お前、僕の腕を──。

式町:今だよ、友美!!

湯藤:せっかく僕に支給されたヘリなのに、中で銃撃戦だなんて、勘弁し

   てくれよな。

石山:よくも、菅原と寺沢を喰ってくれたよ、対馬。いや、釘沼。お前は

   私がかっ裂いてやる。来い。

釘沼:キャハハハハハハハハハハ。馬鹿だねー? 馬鹿だよ、馬鹿

   だッ!! お前ら本ッ当にさー?!

湯藤:まさか──。

釘沼:僕はゾンビだよ? 復活くらい、いくらでもでき、ぐ、うぐ、なん

   で?! 

湯藤:おや?

釘沼:復活が、できない??


石山:復活ができない?

式町:油断はしないでください、石山さん。演技かもしれませんから。

石山:当たり前だ。油断は禁物。日本武道の基本だ。大丈夫、気は抜かな

   いよ。

湯藤:へーぇ、「復活ができない」かぁ。そうか、そうかぁ。当たり前だ

   よねぇ? ククク。

釘沼:お前。

湯藤:僕は。君の弱点を知ってる。


釘沼:「弱点」だと。

湯藤:だって、お前を作ったのって、「古住藍」。僕の彼女なんだから。忘

   れた?

式町:え、あのメールの人?

石山:釘沼を、作った? それって。

湯藤:あぁ。久賀に命令されて嫌々ね。だから、少しくらいの弱点は僕も

   把握してる、ってわけ。

式町:なら、どうしてもっと早くにそれを言ってくれなかったんです

   か?! それが分かっていれば──!

湯藤:確証がなかったから。それに、雪村さんからも抑止されていたか

   ら。言う訳に はいかなかった。

石山:雪村さんが? 

湯藤:君さ──。



湯藤:──「分身できる」んだろう? ウイルスを介して、いくらでも。

釘沼:──ック。

湯藤:対馬とかいう女子高生の中。三宅とかいう男子中学生の中。そし

   て、津田とかいう男子中学生、お前の中。

石山:待て。それって、もしかして。

湯藤:そうさ。どれも「本体」じゃないんだよ。

式町:釘沼の、本体じゃない?

湯藤:お前らゾンビは本体である「アポリュオン」からウイルスの力を受

   け継ぐ。だが、そこには致命的な弱点があるんだよね。

石山:弱点って、「体が壊れること」だったんじゃ? それは解決したと

   以前──。

湯藤:それは古い話だよ。僕が言ってるのは「感染力」の話さ。

式町:「感染力」?

釘沼:何故だ!? 復活だ! 復活しろよ、アポリュオンッ!

湯藤:無駄だ。「あのウイルス」は「本体」が生きていて初めて感染する

   んだ。勿論、それは再生力にも影響が出るから、って古住が自慢げ

   に話していたよ。

釘沼:まさか、お前らが僕の、本体を。

湯藤:僕らじゃない。まさか、上空から本体を殺すって言うの? 無理無

   理。「ここにいない誰か」だろうね。

石山:その誰か、って雪村さんですか?

湯藤:さぁ。僕は知らない作戦だから、何も答えられないな。

式町:「本体が死んだ」ってこと?

釘沼:そんな馬鹿な。(小声)本体は。


 釘沼とバックミラー越しに睨み合う湯藤


湯藤:ゲームオーバーだ、釘沼くん。

釘沼:チッ。クソが。人間なんかに。お前らなんかに。

湯藤:はははは! 残念だったね! 君の力を使いこなせるのは、君だけ

   じゃないんだ。僕ら人間を舐めるなよ! こうなったら君はただの

   人間だよなあ! さて、僕はデートの服でも考えるかなー。

石山:待ってください、先にトドメを──。


釘沼:お前らは、許さない。決して、許さない。なんで、お前らはいつも

   いつも、いつも、いつも──。

式町:(何かに気付く)ハッ! 「その目」はッ!!

釘沼:ぐ、ユルサナイッッ!!

式町:上能くんのときの──。

石山:しまった!

式町:湯藤さん、身体を──ッ!!

釘沼:死ね、湯藤。お前が一番だ。

湯藤:んぐぅ?! フフーん。ようやく、本気を出したのか、釘沼。お前

   の敗北は決まっているって言うのに、しぶといなぁ。

式町:湯藤さんッ!! 大丈夫ですか?!

湯藤:大丈夫。本体が死んだのなら、もう感染はしない。ただの刺し傷

   だ。

石山:釘沼! クソ! 大人しく──!

釘沼:僕は平和に暮らしたかっただけだったのに!! 静かに、みんな

   と──!! なのに──! 

湯藤:なら、どうして、今、平和にできねぇんだ、馬鹿。お前は人を襲わ

   なけりゃ、ただの人間としても生きられるんだぞ? 「これ」はただ

   簡単に死なないだけの薬なんだ! 平和を願うんだったらな

   あ──!

釘沼:お前らが裏切ったから、僕も裏切る。何が悪いんだ!! お前らに

   「僕ら」の何が分かるんだ!!



石山:何が平和だ。馬鹿らしい。

式町:待って、石山さん。

石山:止めるな、式町! 私たちは此処で終わらせなくちゃいけないん

   だ!! 負の連鎖を!

式町:でも──!

釘沼:お前らは特にユルサナイ。僕を置いて行った罪は果てしなく大きい

   よ、石山、式町。


湯藤:(ため息)(小声)雪村。もしかしたら、僕は今日ここで死ぬかもし

   れないよ。もし死んだら、一番に労ってくれよ?


湯藤:(大声で)何かに掴まれ、石山、式町! これは上官からの命令

   だ!! 急げッ!

石山:なっ!? 何を!

式町:っ?! 痛ッ!

湯藤:縦旋回ッ!! 手を離すなよ。離したら、死ぬかも知らねぇぞ!!

石山:はいッ!!

釘沼:何を、する気だ。

湯藤:お前の負けだってことを証明させてやるんだよ、お前にな!!

釘沼:ぐ、身体が動かな──。なんでッ!!

式町:過剰重圧ですね! 遠心力で釘沼さんの身体を押さえ付けてるん

   だ!

湯藤:よく分かったな、式町! 及第点だ!

釘沼:そんなことをしても、ただの時間稼ぎにしかならな──!

石山:湯藤さん!! ここの扉を開けてください!! 早く!  いい考え

   があります!!

湯藤:ダメだ! ここから落としたとしてもコイツは死なないぞ!! 傷

   ですら、一つも──。

石山:違います!! 守れる人を、守るんです!! だからッ!!

湯藤:守れる、人?

石山:お願いします!!


湯藤:なるほどね。分かった!! いわゆる、賭けってやつだろ、石

   山?! 乗ったァ!!

釘沼:生意気な真似を。重力がなんだ!! お前らは残らず僕が喰うんだ

   よ!! 逃 がすか!!

湯藤:開けるぞ!! 吹き飛ばされるなよ!!

式町:きゃあああ! 湯藤さん、危ないですよ!

石山:式町。お前、パラシュートは着けてたな?

式町:うん。乗り込んだ時に湯藤さんから「万が一のためにも着けてお

   け」って口うるさく言われたから。

石山:よかった。私もだ。(一拍)じゃあな、式町。


 式町をヘリコプターから突き落とす石山


式町:え──。



 その刹那、式町の足は空中に投げ出される

 そして、徐々に石山の掌が離れていく



湯藤:パラシュートを開け、式町!! 早く!! 紐を引くんだ!!

釘沼:逃がすか!! 誰も逃がさない!! 僕は、逃がさない!! だっ

   て、式町! お前は僕のこと、「見捨てない」って!! 言ったよ

   な!! 式町ッ!! 式町ッ!!

式町:釘沼さ──!


 釘沼が触手を伸ばす


石山:させないぞ、釘沼。お前の相手は私だ!


 銃剣で釘沼の触手を斬断


釘沼:アあ。式、町──。

石山:そこまでお前が私たちに執着する理由は全くと言って分からない

   が、私が、私たちがお前をここで終わらせる。苦も楽も全部、此処

   でな。

釘沼:変わらないな、お前らは。アイツが身を呈して守るだけはある。

湯藤:もう喋るなよ、あとは目を瞑るだけでいい。お前は負けたんだ。

釘沼:なんでだよ。なんでお前らは!!


 触手を広げ始める釘沼

 すると、外から


式町:絶対だからッ!! 待ってるからッ!! 負けるな、友

   美ーーッ!! 絶対だぞーーーッ!! 

湯藤:あんな大声出せるなら。初めての自己紹介も大きくしてほしかった

   もんだね。下の名前を聞きそびれたのを惜しむよ。式町、なんだっ

   たっけ。

石山:さぁ、釘沼 奏大!! 後はお前を殺すだけだ。じっくりと素早

   く、な。

湯藤:「焼き殺す」。お前を完全に殺すにはこれしかない。皆の苦しみを味

   わわせるには、じわじわと焼くのが一番だ。

釘沼:焼き殺す? こんな上空で火なんて、すぐに起こせるものか。そん

   な妄言──。

湯藤:起こせるんだよねー。こんな場所でも。

石山:準備はできたぞ、湯藤さん!!

釘沼:何をする気だ!!

湯藤:お前の負けだ、じゃあな。

石山:お前が最後の「釘沼」だ。焼け死ね。

釘沼:グッ?! あれは!! まさかおま──!!



 一方


式町:湯藤さん!! 石山さ──!


 爆発音


式町:え、うそ。


 地上では


救護班1:なんだ、今の爆発は?! 近かったぞ!!

救護班2:見て! パラシュートで人が! 子ども?! 子どもよ!

救護班3:C班から本部! 緊急事態発生! 市内の大型ショッピングモ

     ールに軍用ヘリコプターが追突! 火災が発生している模様!

救護班2:あのショッピングモールって確か、まだ「古住」とかっていう

     研究員が事後調査してるんじゃなかった?

救護班3:知らねぇよ。とにかく、報告はした。消防隊も来るだろう。ま

     ずは、その子をどうにかしないと。

救護班1:大丈夫かい、君。ここは危ない。早く、こっちへ。移動する

     よ。

式町:待ってください!! まだ、石山さんが!!

救護班2:石山さん? 同級生の子かな?

救護班1:分からない。ヘリコプターの操縦士かも。

式町:いえ、石山さんは私の──!

救護班3:ん? あれは──。なっ!? 人だ!! 人が二人、パラシュ

     ートで降下してくるぞ!!


式町:(心の声)石山さん、よかった。

石山:(心の声)言ったろ。追いかけるって。


救護班3:急ごう! 学生二人とヘリコプターの操縦士だろう。

救護班1:大丈夫ですか、石山さん!!

湯藤:いや、僕は湯藤だよ。石山はあっちの女の子だ。勇敢な女の子だ

   よ。

救護班1:え、あ、失礼しました!

救護班2:大丈夫? 首元の傷。

式町:え、あ、はい。

救護班2:どうしたの? こんなところ。

式町:サバイバルナイフが少し。

救護班2:サバイバルナイフ? あっはは。そんなまさか、映画じゃある

   まいし。

式町:な──。あなたは──!

救護班3:おい。人の傷をなじる暇があるなら、上官に報告でもしろ!

     帰還だ! 急げ!

救護班2:あ、はい!

救護班1:へへ。また、アイツ、何か言ったのか?

救護班3:まぁな。すまないな、君は、えっと。

式町:式町です。

石山:この子、怒らせない方がいいですよ、救護班の方々。

救護班1:え、怖いの? こんなに可愛いのに?

石山:足が一本、使いものにならなくなりますよ?

救護班1:ひゅーぅ。それは怖い怖い。

式町:そんなことしませんよ!! 石山さん!!

救護班1:それじゃあ、早く運びましょっか。ほら、動かないでねー。

救護班3:そうだな。病床にはまだ空きがあるらしい。君たちの同朋も生

     きていればいいな。

石山:──はい、そうですね。


湯藤:僕は動けるよ!! それに、明日はデートの予定なんだよ! それ

   とも、君が看病デートでもしてくれるっての?!

救護班2:安静にしてください!!

湯藤:ぐはっ!!



 研究所にて



古住:ふーーむ。湯藤君が言ってた触手の新種ってコイツのことかな。へ

   ぇー、確かに妙だね。こんな触手が自然に生えるとは思えないんだ

   けど。それに、こっちで何かを施したわけでもないし。うーん。特

   質ってやつかな?


古住:んー。まぁ、いいか。でも、この「触手ちゃん」は誰に倒されたん

   だろうなー。ショッピングモールの屋上には「この触手ちゃんに倒

   された人間がいたようには見えなかった」けど。自爆? いや、そ

   んなわけは。あのウイルスに限ってそんなことは──。


古住:にしてもいい収穫だったなあ。何せ、「久賀さんの死体」まで手に入

   ったんだから。(ため息)まさか、敷地内でくたばってるとはね、コ

   イツ。しかも、この傷から推測するに、人間に殺られたみたいだ

   ね。ゾンビによる致命傷ではなさそう。湯藤君がやったのかな?

   裂傷痕を調べる必要があるね。


古住:んふふ。やっぱり見れば見るほど、久賀さん、無様ですね? この

   次は、「あなたがゾンビになる番」ですよ。次はそうですね、もっ

   と派手に世界でも巻き込んじゃいます?



石山:ゾンビ映画にありそうなシーン 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゾンビ映画にありそうなシーン 靴屋 @Qutsuhimo_V

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ