第4話 「君の手の中」
寺沢:(荒い息)ど、どうなってるんだよ。校内に不審者? 「アレ」が? 先
生たちも知らないんだ、あれが──。
雪村:ねぇ、そこの君。
寺沢:うわ!! な、なんですか──!
雪村:シッ! 静かに。
寺沢:その服、もしかして。
雪村:違うよ? 私はただの軍人。少し、君に聞きたいことがあってね。
寺沢:第四話「君の手の中」
石山:どうする、菅原? まさか、ずっとここにいるつもりじゃないだろうな?
菅原:ま、マジでゾンビなのか、アレ? だとしたら俺ら、生き残れんのか?
石山:あの様子だと十中八九、ゾンビだろうな。距離を取ればそれほどの脅威で
はないだろう。落ち着け。
菅原:(溜め息)石山にとっちゃあ、そうだろうな。だが、俺にとっちゃあ、
その脅威なんだよ!
石山:なんだよ、菅原もスポーツはやっているんだろう?
菅原:サッカーだろ? 石山のは戦闘に特化したスポーツだろうけどさ、俺のは
ただの娯楽だよ、娯楽。
石山:サッカーも敵との間合いを見る戦いのスポーツだろう? 自信を持て。
菅原:それはどうも。気が向いたら持つことにするよ、自信。
石山:そんなことより、動こう、菅原。私はこんな場所で死ぬのは真っ平ごめん
なんだ。祖父からまだ教わっていない空手の型があるんだ。生き残らない
と。
菅原:あぁ、そうかい。お気楽だな。でも、まだこの場所を動くには早い。何の
武器も持たねぇで、丸腰でゾンビとご対面なんて、笑えねぇだろ。
石山:そう言えば、これは使えないのか? サスマタとかいうやつなんだが。
菅原:おい、お前何処から持ってきたんだよ、そんなもん。
石山:防犯用具は体育倉庫にあるって、体育の先生が言ってただろ? だから、
拝借したんだ。
菅原:あのなぁ! 緊急事態だからとは言え、学校の備品をだな──。
石山:シッ! 足音がする。
菅原:な?! ぞ、ゾンビか?
石山:私に聞くな。静かに耳を澄ませ。
雪村:この辺りなら、雄作くんも少しは休めるんじゃない? どう?
寺沢:僕が休むというよりは、このパソコンを休ませてやりたいんですよね。す
みません、コンセントをまず探してください。
雪村:だから、非常事態なんだよ? そんな悠長なことを。
寺沢:悠長って。別にふざけて言ってるんじゃないですよ。終始、僕は至って
真剣ですよ?
石山:人か? ゆっくり近付いてくるみたいだが。
菅原:会話を聞く限りは正常な人間そうだな。
雪村:お邪魔しま──。
石山:待て! 止まれ!! 動くな!!
雪村:んおっと、危ないなぁ! ん、サスマタ?
石山:え? かわした? 死角からの一撃だったはずなのに。
寺沢:うわぁ! おっととと。何ですか、もう!! 急に止まらないでください
よ! もうちょっとでパソコンを落とすところですよ、まったく。何回言
わせるんですか、「急に止まるな」って。
菅原:そ、その迷彩、もしかして軍人か?
雪村:おや、こんなところにも生存者がいたのか! って、雄作くんと同じ制
服──。知り合いかい?
石山:雄作? その名前、どこかで。
雪村:お? やっぱり雄作くんと知り合い?
寺沢:あの、下の名前で呼ぶの、そろそろやめてもらえないですか? 慣れない
ので。それに、同じ制服の生徒がそのままイコール知り合いかどうかは分
からないでしょ、普通。
菅原:お前らはゾンビじゃねぇみてぇだな。何者なんだ、お前ら?
石山:見る限りゾンビではないようですが。
雪村:あぁ、ごめんね? ここは君たちの拠点のようだし──。そうだ、こうい
う時、まずは挨拶からだよね。
菅原:いや、別に拠点とかそういうわけじゃねぇけど。
雪村:私は
と言うから急遽出撃してみたけど、まだそれらしいのは見てない。で、こ
の子が──。
寺沢:僕は寺沢雄作。成り行きで逃げてきたんだけど、そのせいでモバイルバッ
テリーを学校の机に置いてきちゃって。今は八〇パーセントほど電池残量
はあるけど、いつ充電が底を尽くかなんて分からないから、今はこのパソ
コンのために電力が欲しい、って感じかな。
石山:自己紹介の七割がパソコンだったな。
雪村:こんな非常事態にパソコンを持ち歩くなんて命取りになり兼ねない、って
何回も忠告してはいるんだけど、雄作くんは強情でね。
菅原:そうだな。
寺沢:だから、こんな状況だからこそなんですって。情報収集の手段は多いに越
したことはないんです。それに、僕は他人よりパソコンを使いこなせる
し、僕の一部であるコイツを置いていくなんてできませんから。
石山:私と日本武術のようなものか。一心同体。
菅原:一緒にしてやるな。多分ちょっと違うから。
寺沢:まったくだね。
菅原:で? 雪村さんは一人で行動してんのか? こんな状況で軍人が「一人」
でいるなんて考えにくいけど?
雪村:あぁ。それなんだけど、私は一人で抜け出してきた、という方が正しい
かな? 何せ、上層部は腰が重いからね。みんなの命を守るのが私たち軍
隊の仕事。なりふりなんて構ってられないんだ。あ、後、雪村って呼び捨
ててくれて構わないよ。軍人生活のせいで、敬語呼びって慣れないから
さ。
菅原:年上を呼び捨て、ってのはこっちが慣れねぇんだよな。
石山:軍人の方がいると、やっぱり安心感が違いますよね。ほら、安心感が。
菅原:どういう意味だ。俺じゃ不満か?
石山:ああ、不満だな。
寺沢:お? なんだ、あるじゃん、コンセント。
菅原:それで、二人は今からどこへ行く予定だったんだ? もし、安地みてぇな
宛があるんなら俺らも同行させてくれよ。
寺沢:うんうん、電気も通ってるじゃん。充電開始。お待たせ、相棒。
雪村:え? いやいやいや、安地はここでしょ? 私はそうだと思ってここに入
ったんだけど、違うの?
石山:私たちもここに隠れたのはついさっきで、安全な場所かどうかは──。と
りあえず、身を隠す場所にしようと。
寺沢:遅いなぁ。そうだ。電力の供給を早めるために、まずはコンセントの配電
盤をいじって──。
菅原:──て、おい、お前はさっきから何をコソコソしてるんだ、寺沢?
寺沢:え?
菅原:あんまりこの場所を引っ掻き回さねぇでくれると助かるんだがな。一時的
な安全も長いに越したことねぇんだからよ。
寺沢:え、あー、大丈夫、大丈夫。ちょっとこのコンセントにかかる電力量を上
げるだけだから。っと。
変な音がして
寺沢:あ、あれ? 何だこれ? 見たことないパーツ。
菅原:おい、お前、公共物だぞ?! 壊すなよ?!
石山:壊れたら、菅原が直すから大丈夫だ。
寺沢:へぇ。なら遠慮なく。
菅原:なんでだよ!
石山:リーダーは菅原だからね。
菅原:はぁ?! 何のだよ!
雪村:なんか、夫婦みたいだね、君たち。
少しの間
菅原:え?
石山:え?
寺沢:ちょ、何言っ──!
菅原:いやいやいや、馬鹿言うな、雪村! 俺はこんな男みてぇな女は御免だ
よ! もっと淑やかなのがタイプだよ! 日頃から廊下でも竹刀持ち歩い
て、手当り次第喧嘩売るようなやつ、誰が──!
石山:あれは道場破りって言うんだ!
菅原:なら、道場でやれよ!
石山:人の多い廊下で仕掛ける方が効率がいいんだよ。
雪村:え、えっと。
寺沢:雪村さん、すごい地雷踏むの得意ですよね? 僕の時もそうでしたけど。
そういうプロの方ですか? ライセンスあります?
雪村:思ったことをすぐ口に出してしまう癖は、その、直した方がいいね。
寺沢:そういう考えのある方で嬉しいてますよ、僕は。あ、コンセント借りてま
すよ。
数分後
菅原:と、俺たちが見たゾンビはその程度だ。
雪村:ふーむ。人間の姿でゆっくりと歩いているだけなら、別にそこまでの脅威
にはならなそうだけど。
寺沢:いや、ゾンビは急に走ったりすることもあるから、そんな油断、絶対ダメ
ですよ。
雪村:えー、そうなの? 実戦経験がないとやっぱり相手は難しいのかな。
石山:私たちが見たのは本の一瞬でした。逃げるのに必死で横目に掠めた程度で
すよ。実際どうかは──。
雪村:でもさ、それでも逃げ切れたんでしょ? それが彼らの程度を証明してる
よ。
寺沢:本当にゾンビだとしたら、ゾンビ映画の定石を守って奥の手を隠してい
る、なんて可能性もあるけどね。急に距離を詰める術とか。
菅原:ゾンビ映画だあ?
寺沢:そう。だから、一概にアレを弱いと決めつけるのは生き残るのであれば控
えるべきだと思うよ。可能性の排除はできない。
石山:私も同感だな。人間、見た目ではないよ。
菅原:ゾンビだけどな。
雪村:うーん、それなら、幾つか武器が必要になるよね? 銃とか、銃とか、銃
とか。
寺沢:あー、嫌な予感がする。
菅原:雪村は銃、持ってんのか? って、軍人だから当たり前か。
石山:でも、ここに入ってきた時にそんなものは持っていなかっ──。
雪村:これだよ。
距離を詰めて石山の額に銃口を押し当てる
石山:な。
菅原:お、おい!
寺沢:大丈夫だよ、菅原。僕の時もあんな感じだったから。彼女なりの距離の詰
め方らしい。
菅原:ぶ、物騒だな。
雪村:マシンピストル。私が愛用している小型の拳銃だよ。二丁持ってるんだ。
ほら、これとこれ。
寺沢:でもそれ、殺傷能力はそれほど高くない銃ですよね? なぜそんな無用の
長物を?
菅原:でも、まあ足止めぐれぇにはなるんじゃねぇの?
雪村:あれ、今、私、バカにされてるの? 強いんだよ、このピストル。軽量化
されてて、軍人の機動力を損なわない造りになってるんだから。
石山:女性軍人だとは言っても、もう少し大きな銃も持っているのでは、ライフ
ルとか。
雪村:だから、それを取りに戻るんでしょ? 今からさ。
菅原:は?
石山:え? 取りに戻る?
寺沢:だろうと思いましたよ。やっぱり、あれは生存者に渡すために?
石山:渡すって、武器を、ですか? 民間人に?
菅原:軍人としてセーフなのか、それ。銃とかって精密機械なんだろ、一応?
罪には問われねぇのか? 銃刀法みたいなやつにさ。
雪村:大丈夫、大丈夫。どれも私には重すぎて扱えない代物だから。ってか、こ
の先も使わないし。なら、使える人が使う方がいい、って話。
菅原:そんなものを高校生に渡すってのか、どうかしてるな。
雪村:男の子なら使いこなせるでしょ?
寺沢:軍人なら使いこなせるでしょ?
雪村:え? あ、あはは。そうだね。
石山:ところで、その武器というのは今どこにあるんですか?
雪村:軍の保有する軍事倉庫に一時的に保管してあるんだよ。あそこには食料も
あるし、毛布や蝋燭もある。倉庫はシェルターとしても役に立つから、と
りあえずそこに移動しようか。
菅原:そんな安地みてぇな場所がありながら、なんでそれ以上の場所を探してん
だ? 贅沢したかったのか?
寺沢:あー、ごめん、それは僕のせいだよ。
菅原:寺沢の?
石山:コンセントがなかったから、だな。
寺沢:そう、その通り。電力がほしくてね。
菅原:あー、なるほど。納得だ。
雪村:で、持ち運べない武器を幾つか置いてきたんだよ。雄作くんに運んでもら
おうと思ったんだけど、パソコンを運ぶから、と断られてね。
石山:ん? 思い出したぞ。お前、うちの高校でもパソコン持ち歩いてなかった
か?
寺沢:ん? そうだよ。唯一、僕だけね。でも、許可を得ているから。竹刀とは
違うよ。
石山:む。
雪村:やっぱり、知り合いだったんだね。
菅原:いや、この場合、知り合いというより、一方的に知ってたって感じだな。
雪村:細かいね、壮火くんは。
石山:む。
菅原:よし。それじゃあ雪村が置いてきた武器とやらを回収しにいこうか。俺ら
四人いりゃ、全部運べんだろ。
雪村:私はマシンピストルがあるから。
寺沢:僕はパソコンを持ってるから。
石山:私にはもうサスマタがある。
菅原:お、お前らな。(呆れ)
雪村:冗談だって! 行こう。私と雄作くんしか知らない場所なんだ。
寺沢:ては言っても、鍵もかけてないんじゃ盗まれていてもおかしくないよ。
石山:か、鍵かけてないんですか?
雪村:え、かけた。いや、かけなかった? あれ? かけたよね、雄作くん!?
菅原:雪村、お前本当に軍人なのか?
雪村:軍人だとも! ほ、ほら、これが証明だ! いいバッチだろ?
菅原:はいはい。
寺沢:(溜め息)ここともお別れか。九七パーセント。あと三パーセントなの
に。あーあ。
菅原:行くぞ、寺沢。
寺沢:分かったよ、もう。
閑散とした街を歩く
石山:それにしても、随分と閑散としたものだね。昼間の町の騒がしさはどこへ
やら。
菅原:散り散りに走った後、あいつらがどうなったのかもまったく分からねぇ
し。生きてんのかな。
雪村:私も他の軍人をまだ見てないよ。そろそろ準備を終えて出撃する頃だとは
思うんだけど、本当に判断の鈍い上層だよね。ね?
寺沢:ね? って。一人でこっそり駐屯地を抜けた人間がいるから、混乱をきた
してる可能性もありますよ?
雪村:あー、あはは。確かに。
菅原:にしても、車一つ走ってねぇな。
石山:ゾンビ映画によくあるパンデミックは大体こんな感じに描かれることが多
いが、正にだな。
寺沢:まだまだ。窓ガラスは割れてないし、電気も通ってた。まぁ、まだ生活が
脅かされているのはこの辺り一帯だけ、って感じかなぁ。
菅原:えらくゾンビ映画にうるさいんだな、お前。
寺沢:まぁね。ゾンビ映画はよく見てたんだ。まさか 実際に巻き込まれるとは
思ってもみなかったけど。
雪村:この街ももう機能していないね。もしかしたら、この街にいるのはもう私
たちだけかもしれないよ? 昼間はあれだけ人がごった返す都会もこうな
ると鋼鉄の森だね。
菅原:そうだな。
石山:ん、この音。
寺沢:何かの駆動音だね。
雪村:軍隊もようやっと戦車を──。
石山:いや、違う!
菅原:やけに近くないか?
寺沢:菅原! 後ろだ! 避けろ!!
菅原:何?! ──ック!
菅原のすぐ傍を大型トラックが横切る
菅原:あ、危ねぇ。
雪村:大丈夫か、壮火くん!!
石山:よ、よくここまでどこにも激突せず走ってこられたな、このトラック。
雪村:まったく、危険運転にもほどがあるよ、本当。
寺沢:仕方ないよ。ほら、ゾンビに襲われて運転手が死んでる。アクセルに千切
れた脚が引っ掛かって動き続けるなんて、ますますゾンビ映画だね!
石山:暢気だな。
菅原:寺沢。
寺沢:ん、何?
菅原:お、お前が叫ばなかったら、俺は死んでた。助かったよ。だから、ありが
とう。
寺沢:いやいや。普通なら、叫んでても死んでるよ。サッカーの経験が役に立っ
てるんじゃないの?
菅原:え? な、なんでそれを。
寺沢:一方的に知ってる、ってやつかな?
石山:何を男同士で。
雪村:──いや、「人間同士」だよ。
石山:はい?
雪村:人間は助け合わないと。たとえ、それがどんな状況でもね。お互いに危険
な状況にいて、あれだけ助け合えるなんて美しいよ。君も見習うといい。
石山:は、はぁ。菅原を、ですか?
雪村:あー、大丈夫、安心して。君たちは私が守るから。絶対に、ね。大丈夫。
石山:雪村さん。
菅原:にしても、ゾンビってトラックのドアガラス、割れるもんなのか? 大型
トラックなら尚更、人間の力で割れるもんじゃねぇだろ。
雪村:人間じゃなくてゾンビだよ? 人間以上の力を持ってたとしても不思議じ
ゃないよ。
寺沢:案外、ゾンビって力は強いんだ。身体が腐っているような見た目の割には
筋肉は生きてるんだろうね。
石山:つまり、建物に避難することがあれば、窓ガラスの少ない部屋がいいと。
雪村:分析が早いね、石山っちは。
石山:い、石山っち? 私は下の名前で呼ばないんですか?
雪村:(少し笑って)男の子は下の名前で呼ぶ方がいろいろと動いてくれるんだ
よ。これは女の子同士の内緒ね。
菅原:聞こえてんだよ、雪村。
雪村:ぅえ? そんな! 盗み聞きはよくないよ。
菅原:自分のことを棚に上げるな! 向こうに着いたら雪村も何か持てよな。
雪村:勿論! 持つつもりではいたよ?
少しの間
寺沢:石山さん!
石山:どうした?
寺沢:あの、ちょっとこれ持ってくれない?
石山:パソコン? 構わないが、お、おい、どこ行くんだ! おい!
菅原:おい、寺沢! 何してんだ、行くぞ!
寺沢:写真を少しね。すぐ終わるよ。
雪村:雄作君は以前もあんなことをしてたんだ。悪趣味だよね。何をしたいのや
ら。
寺沢:データとして暇な時に分析したいからね。何か奴らゾンビの攻撃パターン
とか、攻撃を受けた時の影響とかその辺りが分かれば対策できそうで
しょ?
菅原:俺らには分からねぇ世界だ。頑張ってくれ。
石山:先行ってるぞ?
寺沢:分かった。あとで追いかけるよ。たく、危機感があるのかないのか。よっ
と。(鼻で笑う)この運転手もゾンビとして歩き出すのかな、そのう
ち──。
雪村:そろそろ、目的地だよ。
菅原:案外、遠いとこから来てたんだな。
雪村:充電できそうな場所を探すうちにだんだんね。
菅原:もっと近くに絶対あったろ。
石山:寺沢のせいなんですね。
寺沢:悪かったね。
雪村:さて、ここが軍事倉庫、あ、あれ?
菅原:どうした?
雪村:開いてるね。
石山:施錠していなかったんですから、開いてるのは当然では?
寺沢:いや、確かに施錠はしなかった。だけど、しっかりと、隙間なく閉めてい
たはず。それが開いてるのはおかしい。
菅原:ってことは、誰かが避難に使ってんだよ。
雪村:それならまだいいんだけど。ゾンビが中にいたら。
石山:私が先陣を切ろう。
菅原:おい、石山!
寺沢:彼女はサスマタを持ってるし、距離を取りながら戦える。それに、剣道の
有段者と見受けられる。君よりは役に立つかもね。
菅原:はぁ? そんなこと言っても、ただの高校生だぞ?
雪村:私も同行する。開けるタイミングは私が指示する。で、突撃も私がする。
君はサポートしてくれ。
石山:む。分かりました。
寺沢:外から見る限り中には何もいないように見えるけど、気を付けて。
菅原:外からって。そりゃあ──。
寺沢:サーモグラフだよ。熱を測るカメラ機能で。とは言っても、高性能という
わけではないから、参考に。
菅原:変に油断させるようなこと言うなよな。
寺沢:ごめんって。
石山:結局は五分五分なんだな。
雪村:行くよ。準備はいいかい?
石山:はい。
雪村:突撃だ!!
扉を勢いよく全開にする
雪村:な?! ゾン──!
菅原:──何!?
石山:雪村さん! 危ない!! 後ろへ!
雪村:──(舌打ち)!!
寺沢:ゾンビはその一体だけみたいだ! 撃ち抜くなら頭を! 頭なら動きを止
められるはずだよ!
雪村:分かってる! 私は軍人だぞ?!
菅原:ゾンビの奇襲をかわした? あの軍人、一体。
雪村:石山くん!
石山:はい!
雪村:サスマタを使うのは今日が初めて?
石山:はい。
雪村:じゃあ、何分?
石山:え。
雪村:奴の動きを完全に封じ込むまで、何分?
石山:──二分あれば上等ですよ。
雪村:いいね。
菅原:な、何をする気だ?
少しの間
雪村:寺沢は私たちの周囲に危険がないか常にアンテナを張っておけ! よそ見
はするなよ!
寺沢:おーけー。任せてよ!
雪村:菅原は倉庫の奥からライフルを引っこ抜いて来い! 一番奥の棚の後ろ
だ! 分かりにくいと思うけど、意地でも探せ! お前ならできるだろ!
菅原:分かった! 物探しは得意だからな!
石山:私はあれを押さえ込む、ですね。
雪村:そうだ。やれるだろ? 信じるぞ?
石山:まるで、性格が変わったみたいですね。
雪村:まさか。「死者を出さない」、そのために本気になってるだけだよ。
寺沢:周囲の監視カメラはハッキングしたけど、周囲に危険はないよ! でも、
モタモタしてると集まって来るかもしれないから急いで!
雪村:よし。行くぞ、石山っち!
石山:はい!
菅原:一番奥の棚、一番奥の棚、っと、ここか? って、なんでこんなに綺麗に
毛布が並んでんだ? 誰かいたのか? じゃなかった。今はライフル、ラ
イフル。
石山:あのゾンビ、少し小柄ですが、その代わりに逃げ足が! ぐっ、捕え損ね
たら逆に私たちが殺られます!!
雪村:私が奴の行動を制限する! 上手く距離を取って、動きを封じるんだ!
石山:祖父の教えに似ている。なるほど、そういうことか。つまり──。
寺沢:何をする気なんだ?
菅原:あった、これがライフルか。なんだ、意外と軽いもんなんだな。ん?
「雪村千歳」? アイツ ライフル使わねぇ癖にライフルに名前掘ってん
のかよ。ん? でも、名前の方の傷は少し新しい──。
寺沢:まずい! マシンピストルの銃声に反応したゾンビたちがこっちへ向かい
始めてるみたいだ! 五〇メートル先の監視カメラの前を何体か通過した
よ!
雪村:了解! (舌打ち)
石山:雪村さん! 弾が当たってませんよ! もっとよく狙ってくださいよ!
雪村:大丈夫!! 敢えて外してるんだよ! 次は、ここだ!!
石山:あえて!? な、ゾンビの動きが止まっ──?!
雪村:進行方向に銃弾を打ち込めばいつかはゾンビの動きが止まる瞬間が来る!
その瞬間を突くんだ!
寺沢:なるほど。瞬間的に制止したゾンビをサスマタで捕らえて、確実に頭を狙
うつもりなのか。でも、それだとサスマタを使う石山さんにかなりの精度
が求めら──!
石山:おぉぉぉぉりゃぁぁぁあああ!!
寺沢:な、何だって?!
石山が大振りでゾンビを抑え込む
石山:封じた!! 雪村さん! 今です!!
雪村:(笑顔になり)君、本当に高校生なの? こんな素晴らしいパスを私に回
した軍人は今までいなかったよ! ふふ、これでトドメだよ、ゾンビ君!
じゃあね。(何かに気付いた反応)お前──!
銃声が静寂を切り裂くように響く
しばらくして
菅原:あったぞ、ライフル! って、あれ?
寺沢:おー、やっと帰って来たのか、物探しの達人。それにしては長かったよう
な気もするけどね。
菅原:おい、石山と雪村は?
寺沢:二人なら向こうで仕留めたゾンビを観察してるよ。何せ、雪村さんにとっ
ては初めて自分の手で殺したゾンビ。興味とか何やらで興奮してるんじゃ
ないかなー?
菅原:写真は撮ったのか?
寺沢:勿論。
菅原:石山は? 雪村に付き合わされてんのか。
石山:いや、もう帰って来たよ。
菅原:お? おう、大丈夫だったのか、石山?
石山:あぁ。雪村さんのお陰で何とかね。
寺沢:でも、頭に銃口を当てて撃つなんて、余程エイムに自信がないんだね。わ
ざわざ、そんな危険を冒さなくたって──。
石山:シッ! 聞こえるぞ、お前!
菅原:でもまぁ、無事で良かった。
石山:菅原もライフル、様になっているな。菅原にもライフル、って感じだ。
寺沢:傑作だね。
菅原:いいセンスしてるぜ、本当に。
石山:そう言えば、周囲のゾンビはどうなったんだ、寺沢? かなり近くまで来
てたんだろ?
寺沢:それなんだけど、雪村さんがアレを仕留めた途端、方向転換したんだよ。奴らも殺されたくはないんだろうね。
菅原:アイツら、自我があるのか?
寺沢:さあね。あ、でも、雪村さんが言うには、さっきのゾンビ、動かなくなる
前に何か話したとか。
石山:それは確か──。
雪村:お待たせ。お、似合ってるね、壮火くん。
菅原:お陰様で。というか、俺がいない間にかなりご活躍されたようで、噂はか
ねがね?
雪村:そーだよ? 君に見せられなかったのが残念なくらいの大立ち回り、って
ね。
石山:雪村さん、私がいたからできた業ですよ。一人の手柄にはしないでくださ
い。
寺沢:そういう人だよ、雪村さんは。
菅原:分かってるって、石山。お前の方が「コイツ」よりは役に立つってのは
な。
雪村:やっぱり夫婦だね。
寺沢:おい!
雪村:おっといけない、行くよ! うん、行こう! まずは軍事倉庫の中の確認
を!
菅原:軍人の癖に気が抜けるな。
石山:あえて緊張しすぎないようにしてくれているんだろう。私といる時も無理
して明るく振る舞っているようだったし。
寺沢:あれでも軍人なんだよ。背負ってるものは僕らには分からない。全国民の
命を背負ってるような組織なんだからさ。
菅原:だったら、尚更俺らは死ねねぇな。雪村に泥は塗りたくねぇし。
雪村:お、ゾンビが中にいたにしてはあまり荒らされていないね。ん? いやで
も、いくつか食料がなくなってる? 缶詰がないね。
石山:重い扉だな。
寺沢:扉を閉めていれば安全面は保証される設計なんだろうね。
雪村:それはそうだよ。軍事倉庫なんだから。
菅原:ま、鍵を閉め忘れねぇ限りは、だけどな?
雪村:え、あ、まぁ、そうだね。あはは。
石山:ここは扉を閉めていれば一〇〇パーセント安全なのか、寺沢?
寺沢:うーん、八〇だね。ゾンビが扉を溶かすとか、貫通する、破壊する可能性
があるから、一〇〇とは言えないね。
菅原:石山がサスマタを使って一人で押さえ込めたんだろ? 破壊する可能性
はねぇだろ。
雪村:まぁ、安心してよ。ここは、いざという時のためのシェルターとしても使
えるんだから。それに私がついてるんだ。犠牲になるのが私の身であって
も、守れる人は守ってみせるからね。
寺沢:一丁前ですね。
菅原:頼もしいじゃねぇか。俺らも見習わねぇとな。
石山:私は常にそのつもりだ。武士道の心得がある。護身は仲間の身も含まれて
いるよ。
雪村:石山くん、私がいる間はそんな真似しなくていいから。でも 私がいなく
なったら、守れる人は守れ。全員で死ぬようなことがないように、な。
石山:さすがは軍人ですね。言葉の重みが。
雪村:え? いや、ごめんね、石山っち、堅苦しくてさ。あはは。
菅原:ところでさ。
寺沢:どうしたの?
菅原:雪村がゾンビの頭を撃ち抜いた時、ソイツが何か話したって寺沢から聞い
たんだが、本当なのか、雪村。
寺沢:あぁ。雪村さんが僕にそう言ったんだ。
雪村:そうなんだよ。奴は私に向かってこう言ったんだ。「かぐやが」ってな。
石山:ゾンビ映画にありそうなシーン
菅原:「かぐやが」? なんだよ、それ。
雪村:なんだろうね。意味ありげではあったけど。見当もつかないね。
石山:そもそも、どうして、彼はあの中にいたんでしょう。わざわざ空のシェル
ターをこじ開けてまで。
寺沢:何か探してたのかも。ほら、誰かがいた痕跡があるし、その誰かを探して
いたんじゃない?
雪村:──なら、少し申し訳ないことをしたのかな、私。
菅原:──しょうがねぇ、だろ。ゾンビだったんだからよ。
寺沢:いや、傷心してる場合じゃないよ! ほら、次の目的地があるんだから!
そうなんでしょ、雪村さん?
石山:次の目的地? ここには残らないのか。
寺沢:みたいだよ?
雪村:そうだね。今は自分たちの身の安全だ。「彼」のことは心の中で追悼する
としよう。
石山:ああ、そうだな。
雪村:よし、それじゃあ、武器も揃ったことだし、向かおうか。
しばらくして
菅原:なぁ、雪村。
雪村:ん? どうしたんだい?
菅原:雪村はどうして軍人なんかやってんだ?
雪村:急だねぇ。
石山:どうしたんだ、急に。
雪村:壮火くんもそれを聞くんだね。
菅原:え。
寺沢:僕も同じ質問をしたんだよ、君たちに会う少し前にね。
菅原:そうだったのか。
雪村:私が軍人になろうと思った理由は、父がカッコよかったから、だよ。
石山:お父さんも軍人なんですね。
雪村:──ああ、もう死んでいるんだけどね。
石山:え、あ。(戸惑って)そう、なんですか。なんと言っていいか、そんなつ
もりでは。
雪村:いや、気にしないで。名誉ある死、だったからさ。
菅原:雪村の父さんはどんな軍人だったんだ?
雪村:父は、正義感に溢れる、軍人の中の軍人、だったなぁ。どんな人でも助け
る。それがどんな悪人であったとしてもね。
寺沢:悪人であったとしても?
雪村:あ、いや、これは表現だよ? それくらい、正義感に溢れていたってこ
と。私は、そんな父の背中を見て育った。軍人になったのは必然だったの
かもしれない、って、最近よく思うよ。うん。
石山:私も、祖父の背中を見て育って、今こうしてあるわけだから──。
雪村:石山っちも、今のうちにしっかりと孝行しておくといいよ。
石山:孝行。
雪村:気付いたら、いなくなってる、からさ。
寺沢:雪村さん──。
菅原:俺、雪村のこと誤解してたのかもしれねぇな。
雪村:誤解?
菅原:ああ。ふざけた野郎で、調子いいことばっかり。真剣になったと思えば、
すぐにはぐらかす。バカを演じてて、掴みにくい嫌な奴だと思ってたんだ
けどな。
雪村:随分、酷いこと言ってくれるね、壮火くん。好きなの? 思春期?
寺沢:そういうところですよ。
石山:まったくだな。
菅原:だけど、今の話を聞いて、少なくとも芯のある人間だってことは理解した
よ。
石山:それは、私も同感だ。
菅原:だから、ほら。
雪村:え、何?
菅原:何って、握手だろ? (少し照れて)ほら、これからもよろしく、お願
い、します、ってさ。
寺沢:握手?
石山:なんで。
雪村:へぇ。握手ねぇ。いいよ、乗った。
雪村は菅原の手を強く握り返す
菅原:う、痛ってぇなぁ! 強ぇんだよ!
雪村:そお? 軍人では普通なんだけどなぁ、このくらいの握手は。
寺沢:あーあ。
石山:芯はあるんだろうけど、歪んでるんだな。
雪村:ほーら、行くよ! そんなに強く握ってないでしょ? 大袈裟だって。痛
がらないの!
菅原:おい、待てよ!! この!!
雪村:うわ、追いかけて来ないでよ! 何? 私の追っかけ?! 怖ーい!
石山:おい、二人とも、走ったら体力が──! (置いていかれて)もう。
菅原:このクソ軍人がよ!!
寺沢:やれやれ。(パソコン画面を見て)ん? ん、この反応は──。
少し離れたところで
菅原:よくも怪力で人の手を潰そうとしてくれたなぁ、ああ?
雪村:(棒)痛いよ、壮火くん。頭をグリグリしないでくれないかな、とても痛
いよ、壮火くん。ねぇ、聞いてる?
菅原:もっと、痛がれ!!
石山:おい、菅原。そんなに走ったら、体力を消耗してしまうぞ? それでなく
ても、お前は体力がないというのに。
菅原:うるせぇ。お前も走って来てんじゃねぇか。
石山:私は菅原とは違う。走る程度。
雪村:(棒)痛いなー。まだ続けるの?
菅原:お前はもっと反省をしろ、反省を!!
寺沢:おーい、三人とも! ちょっと、こっちに来てくれ! 三人に見せたいも
のがあるんだ! 早く!
石山:なんだ、見せたいもの?
雪村:どうしたんだろう。行ってみよう、壮火くん。
菅原:寺沢が「見せたいもの」? 嫌な予感しかしねぇな。お、おい、ちょっと
待て! (舌打ち)なんで戻んだよ。寺沢がこっちに来ればいいだろう
が!
四人、合流して
雪村:どうしたの、雄作くん。何か異変でもあった?
石山:私たちに見せたいものがあると言ったな。
寺沢:いや、それがね。急に、僕のパソコンのマップが微々たる生命反応をキャ
ッチしたんだ。生命反応は一つで、その反応がそこから移動しないことを
考えると睡眠中か瀕死状態なんだと思う。
寺沢:でも、ゾンビが睡眠するとは考えにくいから、だったら瀕死の人間だと思
うんだけど、どうしようか。
雪村:なるほど。生命反応か。
石山:ただ、瀕死の人間だということになると、ゾンビに襲われた後だろうな。
いずれゾンビになる者だとしたら、無理にこちらから近付かない方がこち
らの身のためじゃないか?
石山:さっきの「彼」のようなのかもしれないし、用心はするべきだ。
菅原:おいおいおい。その生命反応が瀕死の人間、ゾンビになりかけてるだなん
て、なんで分かるんだよ。推測だろ?
雪村:お?
寺沢:え。だって、この状況で動かないのはあまりにも不自然だし、普通な
ら──。
菅原:馬鹿! 一人で避難していて、身動きの取れない状況にいる、って可能性
だってあるじゃねぇか! 俺らがあの場所で避難してたようにな!
雪村:ふーん、私も誤解してたかな。うんうん、いい思考をしているね、壮火く
ん。その通り、避難者の可能性もあるね。閉じ込められて途方に暮れてい
る避難者の可能性が。よし、その位置はどこだ?
石山:この地図を見る限りはあのショッピングモールの一階でしょうか。案外近
い場所ですね。行きますか?
寺沢:うーん、周囲に生命反応はないから、様子を見に行くなら今しかないと思
う。もし仮に、この生命反応が生存者なら、有益な情報を得ることもでき
るかもしれないし。戦力を増やすチャンスにもなるかも。でも、違った
ら、またさっきみたいに。本当に行くんですか?
雪村:行くに決まってるでしょ? 私は軍人なんだって! たがら、私が助けに
向かっている間、君たちはここで──!
菅原:おい! 冗談じゃねぇぞ! 未成年三人をこんな場所に放っぽってくつも
りかよ! くたばれって言ってんのか?
石山:なるべく離れない方がいいですよ! それに、私たち三人は役に立つと思
いますよ。
寺沢:雪村さんが一人で行動するなんて、僕には考えられませんね。僕たちがつ
いてないと、あなたはどこで仏になるか。
雪村:みんな。──へへん、言ってくれるじゃん。それじゃあ、もし君たちが私
の足手纏いになるようなことがあったら、これから君たちの呼び名は「お
荷物」ね。もちろん、三人まとめて。
菅原:あぁ、いいとも! 足手纏いにならないことだけはここに宣言してやる
よ。このライフルに賭けたっていいぜ? なぁ?
石山:そのライフル、雪村さんのだぞ、菅原。
雪村:いい度胸だね、壮火くん。ますます気に入ったよ。
菅原:いいから、行くんだろ?! 前歩けよ、軍人!
雪村:はいはい、分かったよ。私より前には出ないこと! いいね?
石山:なぁ、寺沢? ちょっといいか?
寺沢:言いたいことは分かるよ。妙に仲がいいってことでしょ?
石山:そうだ。菅原、アイツ、雪村さんのこと気に入ってるんだろうか?
寺沢:さあね。誤解してたとか何とか言ってたけど。僕よりかは石山さんの方が
菅原歴は長いんじゃないの?
石山:いや、まぁ、そうだが。だが。
寺沢:ん? とりあえず行くよ?
石山:あ、ああ、すまない。行こう。
寺沢:(小声)ふふーん?
施設内にて
雪村:見た目より随分と荒れているね。本当に人がここで買い物を楽しんでいた
のか、疑問だね。あーあ、ラッピング途中のプレゼントもあるよ。
石山:でも、辺りに血痕などは見当たりませんね。もしかすると、その生命反応
の主も無事かもしれませんよ。
雪村:そうだといいんだけど。生命反応の位置は何処だ、雄作君? まだ遠い
の?
寺沢:いや、もう少し先くらいだよ。そんなに遠くないと思うけど?
菅原:おい寺沢、あれか? 人が倒れてるぞ!
石山:寺沢?
寺沢:うーん、そうかも。男の人かな? 何かあったんだ、急ごう!
雪村:(小声)あれは。いや、(戸惑って)ま、まさかな──。
石山:何をしてるんですか、雪村さん? 急ぎましょう。
雪村:あ、うん。
倒れている人の傍で
菅原:外傷はなさそうだが、どういうことなんだ? こんな開けた場所で倒れて
いるなんて、不自然じゃないか?
雪村:お、おお、恐らく何かの拍子に倒れたんだろう。例えば、ショック性、急
性とかの症状。まぁとにかく、応急処置がしたいね。
寺沢:サーモグラフで見る限り、体温が著しく低下しているよ。約三四度。この
ままじゃ、重度の低体温症になりかねないね。
石山:どこかから毛布か何か、温められそうなものを持ってきた方がいいな。幸
い、ここは大型のショッピングモールのようだから、調達は簡単そうだ。
寝具店を漁るか。
菅原:だったら、俺が探してきてやるよ! 探すのは得意だからな!
雪村:へぇ。頼りになるね。じゃあ、頼むよ。あんまり無理して遠くまで行かな
くていいからね! 単独行動になると面倒見切れないから、私が見える範
囲でで構わないよ!
菅原:はいはい。分かったよ、過保護な軍人さん。
雪村:君のために言ってるんだって! 守りなよ?
寺沢:残った僕たちにできることは何かないですか? 僕は応急処置の手伝いと
かはできそうにないですが、システム的なことなら。
石山:私たちも何か毛布を持って来ましょうか? 数が多い方がこの人の回復も
早く見込めるのではないですか? それとも薬──。
雪村:いや、君たちはこのショッピングモールの二階、もしくは三階のどちらか
に拠点を作ってほしい。少し広い方がいい。
石山:拠点? そこでこの人の手当てを?
寺沢:えーと、だったら、拠点になりそうなのは三階の事務所ですね。事務所な
ら道具も揃ってるだろうし 救急箱程度なら用意できるかもしれません
ね。食料は地下から調達する必要がありそうですが。
雪村:仕事が早いね、雄作くんは。さすが、ハッカー。
寺沢:当たり前ですよ。って、ハッカー呼ばわりはやめてください!
石山:それじゃあ、そこに行って拠点を確保すればいいですね。できるだけ衛生
面も考慮して、最悪の場合、別の場所になりますが、その時は追って連絡
します。
寺沢:そうだね。よし、行こう、石山さん!
石山:心得た。慎重に、迅速にだ、寺沢。
雪村:私は「コレ」の周囲を警戒しているから、安全そうなら呼びに来てくれ!
あんまり無理はしないようにね! 何かあったら、雄作くんを頼るんだ
よー?
石山:心得ました! 頼んだぞ、寺沢。
寺沢:う、うん。(小声)ん? 今、雪村さん、「コレ」、って言ったよう
な──?
三人が視界から消えたところで
雪村:行ったか。はぁ。こんなところでくたばってたんだな。気分はどうだ?
この町を混沌に陥れた気分ってのは。
それは返事をせず
雪村:(溜め息)まぁ、返事はなしか。派手に身体を動かしたんだろう? いい
気味だね。「君」はどうして、「アイツ」を信じてしまったんだい?
──ま、君はもうここで終わりだから。──君に罪がないとはもう言えな
いんだ。悪く思わないでくれよ?
と、そこへ菅原が戻る
菅原:雪村! 持ってきたぞ! こんなもんでどうだ? ブランド物のいい生地
だから、保温性もあんだろうと思ってな。ほらよ、受け取れ!
雪村:うわっととと! へ、へぇ。いいんじゃないの、これ? それじゃあ、こ
れで君は足元を縛っ、じゃなかった、くるんで! 私は胴の方をくるんで
いくから。
菅原:お? オーケー。そーいや、アイツらはどこ行ったんだ? 入口の方で見
張りでもしてんのか?
雪村:いやあ? あー、えっとね。二人には拠点を作りに三階まで行ってもらっ
ているよ。応急処置をするための安全な場所を確保したくてね。
菅原:なんで三階なんだよ。この階の方が絶対に運びやすいだろ? 何か理由が
あったのか?
雪村:よし。えーとね、三階にしたのには二つの理由があって、事務所があるら
しいから、っていうのがまず一つ目の理由。
菅原:あるらしいから? なんだ、らしい、って。
雪村:雄作くんがハッキングで見つけてくれてね。三階に事務所があるらしいん
だ。実際に見たわけじゃないから、知らないけど。
菅原:へー、ここショッピングモールだよな?
雪村:で、もう一つがバリケードを設営しやすいから、っていう理由。階段にカ
ートを流し込めばそれだけでも十分なバリケードになるんだよ。そのため
に二人で向かってもらった、ってわけ。
菅原:なるほどね。つまり、コイツを運ぶ力仕事は俺に回ってくるようになって
た、ってそーゆーことか? (溜め息)何もかも計算ずくってか? よ
し、それじゃあ、三階まで運ぶぞ!
雪村:いや、二人が帰ってくるまではここにいた方がいい。もし、これを運ん
でいる最中にゾンビにでも遭遇したら、守りきれないだろ? そうだ、壮
火くんには食料を──!
菅原:はぁ? 寺沢がさっき周囲にゾンビの反応はねぇって言ってただろ!
雪村:え、そんなこと言ってた?
菅原:は、はぁ? どうしたんだよ、雪村。
寺沢:雪村さん! 上の階は見たところ危険はなさそうですよ! 菅原もいるの
か?
菅原:おう! そっちに運んでも大丈夫か?
雪村:(溜め息)(小声)悪いな。守んなきゃいけないものが増えちゃって。
寺沢:菅原もいるなら上がって来てくれ!
石山:(荒い息)雪村さん、大丈夫ですか? 寺沢は今、二階の階段の傍で辺り
を警戒しています。その間にその人を三階まで運んでしまいましょう。私
が先導します。
寺沢:こっちは大丈夫そうだよ。急いで!
雪村:三階にカートはあった? 買い物用のカート。
石山:はい。バリケードに使えるだろうと言って、寺沢が階段の近くまで幾つか
運んでいましたが。
雪村:聡明な判断だ。そう言えば彼はゾンビ映画に詳しいんだったっけ。頼りに
なるね。
菅原:ほら、雪村! 運ぶんだろ、ソイツ。俺が片方の肩を担ぐから、もう片方
を任せるぞ。いくぞ?
雪村:はいはい。せーの──。
石山:(何かに気付く)雪村さん! 菅原! 離れろ!! ソイツ、様子がおか
し──!!
雪村:ゴフ。ふふふ、来たか。待ってたよ。
菅原:おい、雪村! こ、コレは?!
石山:離れろ、菅原! コイツ、人間じゃないぞ! 雪村さんも早く離れて!
寺沢:どうしたの?! 何があったの?!
雪村:(小声)ようやく、目を覚ましたか、アポリュオン。
菅原:おい、雪村!! 立てるか? おい! 石山も手を貸せ!! アイツはもうい
い!! 避難だ!! 距離を取るぞ!
石山:わ、分かった!!
菅原:寺沢!! 止血用の布を用意しておいてくれ!
寺沢:何があったんだよ?! 雪村さんは無事なのか?!
石山:雪村さんの背中を触手のようなものが貫通したんだ!! 寺沢! 拠点まで
の道は確保できているか!
寺沢:だ、大丈夫だよ! 急いで! 今、エントランスの監視カメラはハッキン
グした! 周囲には反応はない! 早く!
雪村:(荒い息)壮火くん、私は大丈ブだから、君たちだけでも、逃げて。じゃ
なイと君たチまで。う。ここは、私が何とかすル。だから、私を──。
菅原:ふっざけんな!! ここでお前を置いてけってのか! 死にかけてる仲間を
見殺しになんかにできるかよ! お前も逃げるんだよ! 立て!
雪村:私は、死なないよ。ほら、「君の手の中」にいるじゃないか。大丈夫。必
ずまタ会えるカラ。
菅原:これはライフルだろ! お前じゃねぇ!
雪村:はは、名前。彫ってあったろう? 私の。
菅原:雪村。お前。やっぱり、お前は──。
寺沢:まずい! 生命反応が異常値を示してる! 早く、離れて! みんなを襲
い始めるのも時間の問題だよ!
石山:雪村さん! あなたを置いては行けませんよ!!
菅原:(舌打ち)こうなったら。コイツをぶっ飛ばして──!!
ライフルを構える菅原
石山:菅原!! そんなことしたら!!
菅原:仕方ねぇだろ! こうでもしねぇと 雪村は!
寺沢:菅原!! 今ソレを刺激するのはよくないよ!! ゾンビなんだよ?! もし、
急に暴れ出しでもしたら──!!
菅原:じゃあ、どうしろってんだよ! コイツさえブッ殺せば雪村は! 雪村は
助かるかもしれねぇんだぞ!!
寺沢:二人で雪村さんを担ぐしかないよ!!
雪村:君たチニ私は担げないよ。置いていくシかないんだ。分かるだろう?
(吐血)時間も、ナい。
石山:雪村さん! 血が。
寺沢:──い、異常値の生命反応が増えた──。
石山:え。
菅原:どういう意味だよ。雪村がゾンビになったってことか? なぁ! 寺
沢ぁ!!
寺沢:僕に聞くなよ! 僕だって信じたくないよ! でも、こうなったら、菅
原、石山。二人の方が僕にとっては大事だ!! 走れええぇぇ!!
石山:い、行こう、菅原! 雪村さんとは後で合流できると信じるんだ! 置い
て行くんじゃない。任せるんだよ!!
菅原:──雪村ぁぁ!! こんなところでくたばったら、承知しねぇからな!! 分
かったな!!
雪村:ふふーン。保障はできなイけど。精々、頑張ルよ。またな、菅原壮火く
ん。──楽しカッたよ。
石山:三階で待っています!! 必ず、来てください!! そして、また「石山っ
ち」と──。
雪村:そウだね。必ず。
寺沢:僕は何も言いませんよ。
雪村:案外、薄情なんだね、「寺沢」くンは。
寺沢:──呼べるじゃないですか、上の名前で。
雪村:何ノことだカ。
菅原:急げ、バリケードも張らなくちゃいけねぇんだぞ!! 雪村の遺志は俺が継
ぐ!! もうこれ以上、死者は出さねぇ!! 早く!! 上だ!!
雪村:(小声)似てるよ、父さんに。
そのまま三人は上の階へ
遠くでカートを流し込む音がする
雪村:(溜め息)変ナ情が湧くヨ。イシヤマ、か。イシヤマね。ふふ、覚えた。
シキマチと、イシヤマ。僕ノ敵──。
菅原:「君の手の中」完
雪村:次回、第五話「守るべき者」
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