第2話 「旧友の名前」

久賀:――手を貸せ! 早く! 死にたいのか、君は!?

   早くするんだ!!

石山:待ってください!! 菅原が!

   まだ菅原が屋上にいるんです! 菅原を置いて行けません!

   すぐそこにいるんですよ!! お願いです!! 彼も――!

湯藤:よし、上昇するよ?

   久賀さんはその子、ちゃんと掴んででくださいよ? 

   君も捕まってて。揺れるよ。

式町:(小声で)分かってますよ。

久賀:やめなさい!! 

   これ以上「アレ」に近付けば、

    私たちまで巻き込まれてしまうんだ!!

   すまないが、ここは離れる!!

   機体を上げてくれ、湯藤!!

湯藤:オーライ。もう上がってるっての。

石山:そんな。菅原は!

   菅原はどうなるんですか!? 

   菅原はまだゾンビになってないんですよ?!

式町:ああ。また、だ。――また。――やめてよ。



湯藤:第二話「旧友の名前」



久賀:――石山君、だったか? どうだ、少しは落ち着いたか?

   ほら、水だ。飲みなさい。脱水症は困るからな。

石山:あ、ありがとうございます、久賀さん。

   少し落ち着きました。

湯藤:いやいやいや、それは嘘だよ、石山さん。

   どうやったら、こんな状況下で落ち着けるの?

   軍人でも碌に冷静保ってる奴はいないのに。ねぇ、久賀さん?

久賀:湯藤、無駄口を利くんじゃない。

   お前はヘリの操縦に集中しろ!

   墜落事故経験者だろ、お前は!

   また、私に報告書を押し付けるつもりじゃないだろうなぁ?

湯藤:ふー、怖い怖い。

   あんな長ったらしい報告書、僕も二度とごめんだって。

   (笑って)安心して。あれから操縦技術は磨いてるからさ。

久賀:なら、黙って操縦をしろ。

   話すだけでも集中力は削がれるものだぞ、全く。

   ――えーと、石山君。

石山:はい。

久賀:まず君には謝りたいことがあるんだが。

石山:え? 

久賀:そのだな。

   (息を整えて)君の友達の子らを救えなくてすまない!

   無力な私達を許してくれ! 何と詫びればいいか。

   ――すまない! この通りだ!

石山:い、いえ、頭を上げてください、久賀さん!

   大丈夫です。彼らは私のこと、「命を呈して守った」んです。

   私だけでも助かったんですから、

    それをこんな風に謝られても困ります!

   彼らはあなた達のことを恨んではいませんよ。

   きっと、大丈夫です。

   こちらこそ、命懸けで私を助けて頂いて、ありがとうございます。

久賀:そ、そうか。いや、しかし。クッ――。

石山:本当に、大丈夫ですから。



湯藤:――いやはや、でもさ、久賀さん。

   石山さんも、一人だけ生き残ったってことは

    「あの子」と一緒ってことにならない? 

   この状況下、一人しか生き残らないよ、

    って相場が決まっちゃってるんだか、なんだか。

   笑えるなぁ。

久賀:おい、湯藤。

   お前はどうして、そう口が動くんだ、ペラペラペラペラと。

   病気か?

湯藤:口先から生まれたのかもね。

   口八丁なのは自慢なんだよねぇ。

石山:「あの子」とは一体、誰のことですか?

   私以外に救助された人がいたんですか?

湯藤:――え?

  「いた」じゃなくて、そこに「いる」でしょ?

   もう一人、女の子がさ。

   ――見えないの? そんなことないと思うんだけど――。

式町:(大声で)少し黙っててくださいよ!

   もう、私のことは、放っておいてください。もういいでしょ。

   ――一人にさせてよ。

湯藤:何だよ。みんな、僕に対して当たり強くない?

   ハハハ。(小声で)はーあ、しんど。

   なんでこんなことしてんだろ。

式町:(小声で)なんで、私だけ。


石山:久賀さん。か、彼女は?

久賀:彼女は君とは別の場所で保護したんだが、

    地元の中学に通う女子生徒らしい。

   彼女も何人かの友達と逃げていたみたいなんだが、

    私たちが発見した時には返り血を浴びたのだろう、

    彼女だけがその場に泣き崩れていてね。

   そう言えば、周りには誰も――。

式町:やめてよ!

   思い出させないで! 思い出させないでよ!

   三宅君達は生きてるの! 勝手に殺さないでよ!!

   生きてるんだから!

久賀:――す、すまない。

   そうだね。そうだ、絶対に生きている。私が悪かった。

式町:なんで、謝るの?

   もう、分かんない。

石山:えっと、まだ、彼女の心の傷は癒えていないようですね。

   この様子だと、相当な光景を目の当たりにした、

    というようですが。

湯藤:そりゃあさ、癒えるわけがないよ。

   だって、彼女の心に傷を作ったのは紛れもないゾンビだよ?

   自分の友人がゾンビになるなんて経験は――。

式町:(大声で)だから、やめてって言ってるじゃん!

   もう喋んないでよ!! 聞こえないの?!




式町:なんで、私だけ。

   ――ごめんね。ごめん。ちゃんと、私も。

久賀:――彼女、ヘリに乗り込んだ時からずっと、こんな様子なんだ。

   私たちもなるべく早く心の傷を癒してやりたい

    とは思っているんだが、生憎、心とは無縁の仕事柄でな。

湯藤:心なんてあったら、銃は扱えないもんね。

久賀:そうだな。

石山:心の傷は手を加えて癒すのではなく、

    自然と癒えるのを待つしかありませんよ。

   根気よく、粘り強く。

湯藤:途方もないね、それ。

   日が暮れて、また昇って暮れちゃう。

久賀:ところで、石山君は、これからどうするつもりなんだい?

   とりあえず、

    このヘリは近くの軍事基地に着陸する予定なんだがな。

石山:そこから、何処か避難所のような場所に

    身を置くことはできませんか?

   体力的にも精神的にも少し安息がほしいところではあるのですが。

式町:避難所?

   避難所があるの?

湯藤:あぁ、あるとも。

   ただね、今もその避難所が無事かどうかなんてのは分からないよ?

   何せ、この辺りはもう既に

    ロックダウンしちゃってるって話だからねぇ。

   あるといいね、避難所。

石山:ロックダウン?

   都市封鎖ってことですか?

久賀:あぁ。

   ゾンビウイルスの感染による被害の拡大を抑える意図がある、

    らしい。

式町:そんな、今更都市封鎖なんてしたって意味ないですよ。

   取り返しのつかないところまで来てるんですよ?

久賀:そうだな。式町君の言う通りだ。

   もう既に被害は郊外であるここまで広がっているようだし。

   やはり「アポリュオン」を見つけ出さないことには

    この事態は収拾しないか。いや、しかし――。

石山:「アポリュオン」?

   その「アポリュオン」とは誰ですか? 科学者か何か?

久賀:え、あ。

湯藤:あー、あー。

   それ、「特定秘密」ってやつじゃなかったの、久賀さん?

   そんな呼吸するみたいにポッと言っちゃうんだね。

   (笑って)口元のネジ、緩すぎない?

   軍人だって自覚、あるのー?

式町:「特定秘密」?

   わ、私たち国民に秘密にしていることがあるってことですか?!

   どうなんですか?!

久賀:いや、そういうわけではなく(遮られて)

式町:(遮って)やっぱり、街にゾンビが湧いて出てきたのは

    国のお偉い方の陰謀なんですね?! そうなんでしょ?!

   何の罪もない人達をゾンビにして、そんなに楽しいですか?!

   その中で、たまたま生き残った私やそこの人のような人たちを

    救助して、国としては精一杯の活動をしてますよ、

    ってフリをしてるんでしょ?!

   全部見え透いてるんですよ!

   私達が何をしたって言うんですか?! 

   返してください! 返してくださいよ、私の――ッ!!

石山:落ち着け! おい! おい!!

式町:(我に返って)あ。




石山:どうしたんだ、急に。決め付けで話を広げないでくれ。

   久賀さんも、どうして彼女を止めないんですか?

久賀:(溜め息)止められる理由がない。

   半分近くは事実で、私たちは

    人命救助の「フリ」をしているにすぎない、かもしれないから。

湯藤:――はは、間違いないねぇ。

   僕が今こうやって、このヘリを操縦してるのだって、

    今となってはほっぼほぼ惰性だし?

   彼女みたいに真っ直ぐな言葉で罵倒されると、

    寧ろ気持ちいいね、なんて。ねぇ?

石山:ということは、まさか、このゾンビ騒ぎは

    国が意図的に発生させた人工的なパンデミックと、

    そういうことですか?

久賀:いや、これ以上君達、国民に私の口から話すことはできない。

   ただ、今言えることは――。

式町:なんで、隠すんですか?! もう、隠さないでください!

   国のお偉い方がする隠蔽工作にはうんざりしてるんです!!

   そのせいで、

    何人が無意味に命を落としたと思ってるんですか?!

   すべて、すべて話してください!!

湯藤:(小声で耳打ちしながら)どうするんですか、久賀さん?

   これ以上隠し通そうとすれば、痛い目を見るのはきっと僕ら。

   彼女らはゾンビだらけの街で生き残ったような人間だし?

   もし、彼女らがヘリを乗っ取ろうものなら――。

久賀:(溜め息)――分かった。

   石山君、式町君、君達には「真実」を話そう。

   どうして街がこんなことになり、君達が今ここいるのかについて、

    私の知る限りのことを。

石山:お願いします、久賀さん。

   私達が友人を失うに値する理由があったかどうか、

    見極めさせてください。

式町:あの、一緒にしないでくださいよ。

   私の友達はまだ。

湯藤:(大笑いしながら)ってことらしいよ、久賀さん?

   僕らは特定秘密を一般市民、つまるところ、

    外部の人間に漏洩させた「大罪人」ってことなんだよね?

式町:そんなの、一般市民である私達の街を

    ゾンビで溢れ返らせた時点で大罪人ですよ、今更です。

石山:でも、まだ彼らが溢れさせたかは分かっていないぞ、式町?

式町:――同じ「国のお偉い方」なら同罪ですから。

石山:まぁ、それは。

湯藤:大罪人かー。大罪人がヘリコプターで少女二人を乗せて飛行中。

   なんて、ドラマチックなんだろー。

   そう思わない、式町さ――。

式町:思いません。 

久賀:何、気の浮ついたことを言ってるんだ、湯藤。

   こんな状況なんだぞ?

   秘密を秘密のままにして自分達の地位安泰を、

    なんて言ってる場合じゃないんだ。

   もう次の段階に入ってる。私達も、腹を括ろう。

石山:それでは、情報はすべて開示して頂けるんですね?

   余すところなく。

久賀:――あぁ。そうするとしよう。

式町:もう、何も隠さず、偽らず、お願いします。

湯藤:んーと、(距離を確認して)うん。

   軍事基地まではまだ時間はあるからさ、

    ゆっくり話してよ、久賀さん。

   クク、僕も聞きたいから、「その話」。

久賀:――分かった。

   それじゃあ、順序立てて話すとしよう。

   ――まずは、「この現状を作った化学兵器」についてだ。

   この化学兵器は生命化学研究所という場所で

    国が秘密裏に交配させたもので、

    これを人間に意図的に投与することで、

    その人間の身体能力を半永久的に活性化させられる、

    という代物だった。

石山:えーと、つまり、私達の知る「アドレナリン」のような、

    運動能力に作用する物質ということですか?

久賀:――まぁ、そうだ。

   式町君にも分かるよう、簡単に説明するとすればな。

式町:失礼ですね。簡単に言わなくても、分かりますよ。

   私、もう中学生ですから。

湯藤:そうだよ、久賀さん? 

   今の中学生は怖いんだから、怒らせちゃダメなんだって!

久賀:悪かったな。

   ――だが、この化学兵器には決定的な「欠陥」があった。

式町:欠陥?

湯藤:身体が壊れちゃうんだよ。

   身体能力を大幅に上げると、

    筋肉がそれに耐えられなくなって、グシャグシャ、っと――。

   だから、人間に投与したところで、

    動く前に身体の損傷が激しくなって死んじゃう、って訳。

   あれ、ついて来れてる?

式町:ば、馬鹿にしないください。

   それくらい私でも理解できます、から。うん。

石山:その欠陥が説明の通り、

    ゾンビという存在を生んだということですか?

   でも、もしそうだとすると、ショッピングモールの「アレ」は

    説明の仕様がないと思いますが? 

久賀:あぁ。――それだけならな。

石山:他にまだあるのですね?

久賀:その化学兵器を投与されただけなら、

    確かに生体は数時間も経たないうちに死んでいたんだ。

   身体を維持できずにな。

   だが、そこの「研究員」はそこで研究を諦めず、

    悪魔的な発想をするんだよ。

   筋肉諸共、身体が壊れてしまうのなら、

    筋肉の修復スピードを筋肉の損壊するスピードと

    同じまで上げればいいじゃないか、と。

石山:筋肉細胞の損壊と修復のスピードを揃えて、身体を維持し、

    身体能力の活性化という恩恵だけを得ようと。

   ――そんなことが可能なんですか? 

   現在の医療技術ではそこまでは――。

湯藤:いやさ、逆に考えてみてよ。

石山:――逆に、ですか?

湯藤:そう。

   それができちゃったから、

    君は軍事ヘリになんか乗る羽目になってるんだってこと。

   全く、笑えないよね。

石山:そうですね。

   でも、その研究員も、どうして「修復のスピードを上げれば」

    なんて考え至ったんでしょうか。

式町:そんなことしなかったら、

    ここにいる誰もがこのヘリコプターには乗らなかったのに――。



湯藤:――あぁ、そうだね。

   その通りだよ。


久賀:そうして、化学兵器「K00742-β」が完成したんだ。

石山:なるほど。

   それが人から人を伝って蔓延しているということなのですね。

湯藤:蔓延ねー。

式町:――どうして、蔓延したんですか?

   研究所で研究していただけ、なんですよね?

石山:そうですよ、久賀さん。

   その化学兵器が外部へ漏洩した理由は何ですか?

   人為的なものですか? それとも、事故ですか?

湯藤:うん。やっぱり、「そこ」だよね普通、聞きたいのは。

   僕も初めて久賀さんからその話を聞いた時、

    怒りを覚えたもんだよ。

久賀:な、お前。

式町:湯藤さんもですか?

湯藤:あ、名前覚えててくれてたんだね! 照れちゃうなぁ。

   とうとう僕にもモテ期ってのが来たのかなぁ? 

   って、中学生相手じゃ、意味ないんだけどね。

式町:はぁ?

   ふざけないでください。

石山:どうなんですか、久賀さん?

久賀:――その化学兵器を投与された被検体が逃亡したんだ、

    生命化学研究所の実験室からね。

    そこの研究員の一人から連絡を受けた時、みな激震したんだ。

石山:な、逃亡?!

   研究所の管理体制はどうなっていたんですか?!

   そんな危険な「もの」を。

湯藤:生命化学研究所の被検体管理の杜撰さが

    世間に露呈した瞬間だったよ。

   今考えれば笑えるんだよね。

   ほら、研究所が「被検体に出し抜かれた」みたいで、

    皮肉が利いてると思わない? (大笑いしながら)

久賀:湯藤、不謹慎だ。笑うのもそれくらいにしておけ。

   彼女らもいるんだぞ。

   これ以上、軍人の恥を晒すな。

湯藤:いや、笑う以外どうしろって言うんだよ?

   こんな状況なのに、何もできてないよ? ねぇ?

石山:それは違いますよ、湯藤さん。

湯藤:ん?

   何が違うっていうの?

式町:私はそんな状況でも最後まで生き抜こうと頑張って、それで――。

湯藤:それで仲間を差し置いて、堂々と生き残ったんだよね?

   傑作だね。(抑えきれず吹き出して笑い)

久賀:おい、湯藤!

   どうして、そんなことを言うんだ?!

式町:――仲間を、差し、置いて?

   ――いや、違う。違うよ。――違うもん。

   ――みんなは後から。

石山:き、気にするな式町。

   私は君と同じだから、気持ちは分かるんだ。

   みんなは、君のために――。


式町:だから、

    一緒にしないでください、って言ってるじゃないですか!!

   (落ち着いて)私は、あなたみたいに前向きになんて、

    なれないんですから。


石山:し、式町。

湯藤:(小声)楽し。

久賀:――申し訳ないな。

   湯藤がふざけた真似を。

石山:いえ。話が逸れました。

久賀:そうだな。

   ――話を戻そうか。

石山:先程の話は、研究所から逃げた被検体が

    感染を拡大させているという認識で合っていますか?

久賀:あぁ、そうだ。

   そして、その被検体を通称

   「アポリュオン」と私達は呼んでいるんだ。

湯藤:「アポリュオン」っていうのは

    ギリシア神話に登場する「アバドン」って天使のことで、

    彼は「破壊者」って異名を持ってるんだよ。

   まさに、世界の破壊者になり得る。ぴったりの名前だろー?

久賀:その被検体はこの辺りに逃げ込んだ可能性がある

    と私たちは踏んでいるんだ。

   都市封鎖は感染拡大を抑え込むためと国は報道しているが、

    実際は「アポリュオン」の逃走経路を塞ぐためなんだ。

式町:さっきはウイルスの感染がどう、って言ってませんでしたか?

   あれも嘘だったんですか?

湯藤:そうみたいだねー?

久賀:――ともかくだ、一刻も早く

    「アポリュオン」の捕獲に国が着手しなくては国が没落する。

   奴は――。



石山:私にも手伝わせてください。



式町:――え。石山さん、今何を?


湯藤:へぇ? なるほど、なるほど?


久賀:何を馬鹿なことを言っているんだ、石山君!

   相手は化学兵器を投与された生物兵器だぞ?

   どんな手段を使うか分からないし、いざ感染しようものなら!

   ――君も友人達のように。

石山:それでも、真実を知って、

    そのまま逃げるということをしたくないんです。

   それに、ここで逃げたら、菅原に笑われますよ。

   石山流の祖父から教わったことは、逃げることではなく、

    戦うことですから。

式町:(小声)――戦う、こと。

久賀:しかし、君達は真実を知ったところで子どもなんだぞ?

   私達の判断で君達を巻き込む訳にはいかないんだよ。

石山:子どもだからって、皆が皆、

    戦えない足手まといだとは思わないでください。

   私は過去に――。

湯藤:(大声で)いいじゃん、久賀さん!

   本人が進んで「死にたい」って言ってるんだから?

   やらせてあげたら?

   僕達は傍観するだけでいいんだよね?

   死んだら死んだで、それまでなんだって。勝手に死ぬだけ、

    ってさ。

石山:湯藤さん!

   (裾を引かれ)――ん?

式町:え、ちょっと、本当に戦うつもりなんですか?

   死んじゃいますよ、あなたも――。

石山:え、心配してくれるの?

式町:(戸惑って)はあ?

   ――違いますよ。

石山:ふふ。

   私は所詮、救われただけの命。

   友人らが命を呈して守ったこの命で、

    私は最後まで戦いたいだけです。

   だから、お願いします! 手伝わせてください!

式町:(小声)――救われた、命。

湯藤:だってさ、久賀さん。どうするの?

   この部隊に高校生や中学生の女の子を編隊した、となると

    除隊では済まないかなぁ?

   そうだなぁ、――罰金、禁錮、その他諸々が付きまとうね。

式町:ちょ、ちょっと! 私はまだ、何も――。

久賀:湯藤、その前に私達は特定秘密を

    ただの一般市民に漏洩させているんだ。

   君も含め、ね。

湯藤:(大笑いしながら)そうだった、そうだった!

   僕の考え違いだったよ。

   そう言えば、もう疾っくに大罪人だったんだっけ?

式町:ちょ、ちょっと?!

   大人達だけで話を勝手に進めないでくださいよ! 

   あの! 聞いてます?!

久賀:ところで、石山君、式町君。

   何か武器は使えるか?

式町:武器?! そんなもの、使ったことなんて。

石山:私は日本武道を嗜んできましたので、

    薙刀や剣、あとはこの身、拳、なんかは武器になります。

   銃火器や飛び道具は苦手かもしれませんが。

久賀:飛び道具が苦手か。それは難しいが――。

石山:あ、弓は大丈夫です。

   弓道で触れたことがありますので。

湯藤:何年前の戦いに参加するつもりなの?

   戦国時代の戦いじゃないんだから。

久賀:よし、なら石山君はこれを使え。

   「銃剣」という武器だ。使い方は分かるか?

石山:銃剣ですか。

   主に剣として使うことになりそうですが、心得ました。

   これで戦います。

湯藤:銃剣を持たせても、剣になるわけね。

   後で銃の撃ち方でも教えてあげてよ、久賀さん。

   自己防衛くらいできないと、戦えないから。

式町:わ、私の武器はどれですか、久賀さん。

久賀:君も手伝ってくれるのかい?

式町:え? あ、いや、か、勘違いしないでくださいね!

   私は私の友達のために戦うんです!

   あなた達や国のためじゃないんですからね! 

久賀:あぁ、分かったよ。

   それでも、戦うにはそれ相応の勇気が必要だ。

   それが君にはあるのかい?

式町:はあ? もう、何度も確認させないでください!

   私の武器はどれですか?! ないんですか?

湯藤:(大笑いしながら)早く渡してあげてよ、

    ライフルでも、ピストルでも、同じく銃剣でも。

   彼女は血肉に飢えてるんだから! 

   早くしないと、久賀さんが食われるよ? ガブッと。

式町:しませんよ! ちょっと黙っててください!

久賀:ならば、式町君、君にはこれを渡そう。

   受け取りなさい。

式町:うおっと、と。あれ、案外軽いですね。

   これは一体?

久賀:マシンピストルだ。

   国外でも人気がある軽量化されたピストルでな、

    女性隊員がよく使っているタイプのものだ。

   二丁渡しておこうか? 両手で使えるぞ?

式町:いえ、一つで大丈夫ですよ。

   一気に二つなんて私には無理です。

久賀:そうか。

   弾薬はこれだ。

式町:ありがとうございます。

石山:私には弾薬は。

湯藤:石山さんは剣メインなんだから、なくても大丈夫だよ。

石山:念の為ですよ。


湯藤:――お。そろそろ軍事基地に着くよ。

   衝撃があるかもしれたいから、どこかに掴まってて。

石山:似合ってるよ、式町さん。

式町:はあ?

   似合いたくないですよ、――こんな物騒なもの。

石山:それはそうだな。

湯藤:久賀さんはこの状況を上にどう説明するのか考えておいてよ?

   僕まで巻き込まれるとか嫌だから。

久賀:あぁ、大丈夫だ。

   こちらから巻き込むつもりはないが、

    火の粉が飛んだ時は(少し笑って)そっちで消火してくれ。

石山:大丈夫、式町さん?

   やっぱりまだ命をかけることは――。

式町:大丈夫。



式町:友達のために生きよう、って思ったから。

   少しでも長く。



石山:いいね、その考え方。

式町:あなたが言ってたんですけど?

石山:「友美(ゆみ)」でいいよ?

式町:――呼べないよ、そんな。

湯藤:着陸態勢に入るよ! オーライ!




石山:ゾンビ映画にありそうなシーン




石山:(ヘリから降りて)よっと。

   式町さん、降りられる? 手、貸そうか?

式町:大丈夫。

   よっと、あ、うわ!(転びそうになって)

石山:よっと。大丈夫?

式町:だだ、大丈夫。

   (小声)――ありがと。

久賀:よし、後は任せたぞ、湯藤!

   私が降りたら、次の現場へ急行してくれ。

   ――よっと。オーライ!

式町:え、湯藤さんは来ないんですか? 

久賀:湯藤は次の現場へ向かう。

   式町君を救ったように、人命救助をするのが湯藤の仕事だからな。

   あんな性格だが、任務は完遂する男だ。

   彼を待つ遭難者はまだたくさんいるんだよ。

式町:湯藤さんがいなくなるのは、それはそれで。

石山:ところで、これから何処へ向かうんですか?

   避難所へ行けると助か――。

渥美:みんなは僕のことが見えていないんでしょうか。

   悲しいですね、心から。うーん。

   大声で呼びかけてみましょうかね。

石山:――え。

式町:(絶叫してから)びび、び、びっくりした。

久賀:おお。来ていたのか、渥美。

   (笑いながら)相変わらず、影が薄いな。

渥美:やめてくださいよ、久賀さん。

   僕のことを呼んだのは久賀さんじゃないですか?

   まさか、

    生きて帰って来られる任務とは思ってませんでしたけどね。

   ゾンビらの様子はどうでしたか?

久賀:――そういうところだぞ、渥美。

   人の命を何だと思ってるんだ。

石山:だ、大丈夫か、式町。

式町:ゾンビかと思って。

   ほんと、何なの。

石山:久賀さん、この方は?

久賀:あぁ、石山君と式町君には紹介しておこうか。

   彼は湯藤の部下に当たる「渥美 秀太」二等兵だ。

渥美:――どうも。

   二等兵の渥美です。

式町:この人が軍人? で、二等兵?

   なんか頼りなく見えますね。ゾンビに見えました。

石山:それは言い過ぎじゃないか?

渥美:酷いね、君は。

   僕だってそれなりに修羅場は経験してるんだよ?

   まぁ、とは言っても、

    まだ奴らとの修羅場は経験してないんだけど。

式町:それじゃあ、私達の方が軍人ですね。

渥美:え?

   (睨みを利かせて)なんて?

式町:え、ちょ、睨まないでくださいよ。目、怖いですって。

   冗談です、冗談。

久賀:彼はあの化学兵器が蔓延し出す二週間ほど前に突然、

    ここの軍事基地に配属になってな。

   まだ、軍隊のことは右も左も分からないんだ。そうだな、渥美?

渥美:え、えぇ、まぁ。

石山:すると、現状は私達とも

    さほど変わらない経験値ということですか?

   何か親近感が湧きますね、渥美さん。

渥美:いやいやいや、これでも僕は軍人ですからね?

   いや、まぁ、二等兵だけど?

   でも、いや、だから、僕の指示にも従ってもらいますからね?

式町:な、何を急に偉そうに。上から言わなくてもいいじゃないですか。

   軍人さんの指示に逆らう気はないですよ。

   それが余程、理不尽な要求じゃない限り、ですけど。

渥美:――って、僕ずっと話してましたけど久賀さん。

   誰なんですか、この人達は?

久賀:ん? さっき、伝えただろう?

渥美:え、久賀さんが連絡で言ってた人って、

    まさか、この人達のことですか?

石山:高校二年、石山 友美です。よろしくお願いします。

式町:し、式町 万耶です。えっと、テニス部です?

久賀:彼女達はゾンビの徘徊するこの街の中を生き抜き、

    私と湯藤が保護した学生だ。

   高校生と中学生だということは把握しているよ。

渥美:へぇ。(二人を交互に見ながら)

   まぁ、久賀さんが向いてるっていうんだから、

    向いてるんでしょうね。

久賀:ゾンビとの応戦を幾度と繰り返してきたようで、

    疲労も溜まっているらしい。

   ということだから、

    彼女達を休ませてやりたいんだが、避難所は――。


渥美:ないですよ、そんなの。疾っくに。


久賀:何?


渥美:え? あの奥にあった臨時の避難所の話ですよね?

   だとしたら、ないですよ。

式町:ない?! どうしてですか?

石山:どういうことですか、渥美さん?

渥美:いや、どういうことって言われても、

    久賀さんもご存知ないんですか?

   軍事基地周辺でも集団感染が発生して、避難所諸共壊滅した、

    っていう話。

久賀:壊、滅、だと?

渥美:あー、知らないんですね。

   当時、軍事基地の上官達は皆さん出払っていて、

    二等兵や一等兵が軍事基地周辺の

    見張りを任されていたんですけど、

    その時、数体の感染者が現れて、真っ向から壊滅した、

    らしいですよ。

式町:渥美さんも二等兵なんですよね? 

渥美:そうですが?

式町:その場にはいなかったんですか?

   まさか、一般市民の避難者を置いて逃げたんですか?!

石山:二等兵だとしても、軍人であれば数体程度、

    問題なく対処できたのではないですか? 

   壊滅するまでの事態になるとは思えないのですが。

渥美:僕はその時、現場とは基地を挟んで反対のエリアにいたんです。

   もしかして、二等兵が全員一箇所に集まって見張りをするとでも?

式町:それはそうですが、でも!!

久賀:状況は何となく分かった。それは大変だったな。

   ところで、その避難所を襲った感染者や

    そこで感染したのは処理したんだろうな?

   一人として逃がすようなことなく。

渥美:もちろん。

   佐官の方々が一掃されたと聞きましたよ。

   それこそ、見ていて気持ちいい処理だった

    と噂になってましたから。

   直接は見ていないので何とも言えませんが。

久賀:被害は?


渥美:避難者を含む近隣住民、約一五〇名の尊い命と

    避難所設備、食料などの支援物資が失われました。


久賀:――な。近隣住民が。

式町:ひゃ、一五〇?! 佐官の方々が一掃されたんですよね?!

渥美:そうですが?

石山:どうして、それほどの被害が?!

渥美:仕方なかったんです。

   僕ら二等兵は応援に向かえなかったんですよ。

   確かに、僕の元にも友人の二等兵の元にも要請は何度も来て、

    向かうべきなんだろうなとは思ったんですがね。

式町:それじゃあ、どうして?!

   どうして、すぐに向かわなかったんですか?!

   あなたが欠伸をしている間にも、

    必死で逃げている人がいたはずなのに!

   見殺しにしたんですか?! 信じられない。

渥美:僕らには事前に上官から割り当てられた

    「エリア」ってのがあったんですよ!

   だから、動くわけにはいかなかったんです!

   こっちの都合も知らないで、

    好き勝手言わないでもらいたいですね。

石山:――え。そ、そんな。

   それだけの理由で、何人の人が犠牲になったと――。

久賀:――渥美、君は緊急事態にまだそんなことを言っているのか?

   軍人として恥ずかしくないのか?!

渥美:そんなこと、って。

   勝手な行動を取るなといつも口煩く言うのは

    久賀さん達、上官じゃないですか?!

   僕や他の二等兵らはその命令を忠実に遵守しただけです。

   そんな僕らを責めるのは筋違いですよ。

久賀:臨機応変に対応しろ、とも教えたはずだが?

渥美:後付けですよ、そんなの!!

   自分の都合のいいように、

    僕らに責任を押し付けているだけじゃないんですか?

式町:分かりました。

石山:式町さん?

式町:軍の人ってそんな感じなんですね。

   そんな風にして生き残ってるんですね。

   そんなの、許せないです、私は。

   (マシンピストルを構えて)許せないですよ!!

石山:待て、式町!! 撃つな!

久賀:な、式町く――!



 マシンピストルの銃声が響く



渥美:ッぐ?! あ、ああ。脚が、お、お前。

石山:式町!

   どうして渥美さんを撃ったんだ、式町――?!

式町:どうしてかって?! 

   そんなの、石山さんなら分かるでしょ?!

   あなたも必死になって

    このおかしな状況を生き残ったんですよね?!

   だったら、コイツがこんな風にして

    生き残ってることを理不尽だって思うでしょ?!

   どうして、こんな奴が生きてて、友達が生きてないのかって!!

   死んじゃったのかって!! 思うでしょ?! 

   ねぇ、「ゆみ」!!

石山:――し、式町。

久賀:だからと言って、

    君がその引き金を引くことはないだろう、式町君!

   仲間である彼に銃口を向けることが君のしたいことなのか?

   違うだろう?

式町:――仲間?

   コレが、ですか?

渥美:――お前。分かった。お前も死ねばいいんだ。

   お前も死ねば、その友達ってやらに会えるもんなぁ!! 

   ――今、送ってやるよ。

久賀:やめろ、渥美!! 

   お前がその引き金を引いたとしても、

    この場には何も生まれないぞ!!

   下ろすんだ。

渥美:――このガキの死体は生まれますけどね。

   そうすれば、僕に優越感というのも生まれてさ、

    一石二鳥ですかね?

式町:――ガキ?

   それはあなたでしょ?

石山:式町! 言い過ぎだ!

久賀:やめろ、二人とも!!

   お前もだ。そんなことだから、湯藤にも見放さているんだろう?

   お前は軍隊には向かないな。

   (少しの間)前の隊で何があったんだ?

渥美:(少しの間)すみません。

久賀:軍隊では「申し訳ありません」だと何度も教えたはずだが?

   学ばないな、君は。

渥美:も、申し訳、ありません。

石山:式町。

   式町の言いたいことはすごく理解できる。

   現に、私も友達を失ったし、

    そこへ何もせずに生き残った人間が現れたら、

    むしゃくしゃするというのも分かる。

   だが、それが直接、無条件に傷付けてもいい理由にはならない。

   そうじゃないか?

式町:じゃあ、石山さんは生かしておいた方がいいって言うんですか?!

   あんな奴、生かしておく価値もないですよ!

   一五〇人も人を見殺しにしたんです!

   それなりの制裁は――。 

石山:その時、私達は何ができたと思う?

式町:え。

   いや、私達はその時、そこにはいなかったんですから、

    何もできませんよ?

石山:渥美さんもそこにはいなかった。

   だろ?

式町:でも、要請を受けて、行こうと思えば――。

石山:離れていたんだよ、とても。

式町:――でも、渥美さんは二等兵とかいう軍人なんでしょ?!

   助けに行く責任があるじゃないですか!! 

   そこで助けに行かないっていうのは、ただの腰抜けですよ!

   そうです!

   そんな軍人の世話になんて――。

石山:そうやって、式町が渥美さんを受け入れないと、また失うよ? 

式町:いいですよ、あんな命いくら失っ――。

石山:それが、私達の「目の前」だっとしても同じことが言えるの?

式町:(我に返って)目の、前、で――。

久賀:私達はここで偶然生き残っているに過ぎない。

   冷静になって考えてみると、

    渥美も担当するエリアが違えば死んでいただろう。

   そうして、ここに来るのは別の軍人だった。

   ――だとすると、生き残るための最善手が

    「見殺しにすること」だったのかもしれないな。

   それが正解か不正解かだなんて、今分かることじゃない、か。

   私も渥美に少し強く当たりすぎたようだな。

渥美:――そうですね。

   反省してください。

式町:私も、友達を見殺しにして、生き残って。

   ――だとしたら、私も渥美さんと同じで、同じで?

   うう――。

石山:犠牲の上に生かされている、という点では

    ここにいる皆が「一緒」なんだ。

   だから、生き残った私達が傷付け合い、殺し合い、

    とするのはどう考えても建設的じゃない。

   ですよね、渥美さん?

渥美:――先に始めたのはそっちのガキですけどね。

久賀:渥美!

渥美:あーあー、分りましたよ! 僕が悪かったんですね!!

   僕が国民の皆さんの不安を煽るような、

    不適切かつ配慮のない言葉を口にしてしまったこと、

    心から深くお詫び申し上げますよ!! 

   誠に誠に、まっことに申し訳ありませんでしたね!!

   これでいいんですか、これで?!

式町:わ、私こそ、衝動的に撃ってしまって。ごめんなさい。

   ――あの、大丈夫ですか?

渥美:――大丈夫に見えるんですか、君には。

久賀:大丈夫だ。

   渥美は身体だけは丈夫だからな。

   それに、軍人だしな。

渥美:僕のこの貧弱で肉質のない腕を見ても同じことが言えますか?

   まったく。


石山:――ところで、これからはどうするんですか?

   近くで大規模な集団感染があったとなると、

    ここにいるのも危ないのでは。

久賀:――あぁ。

   だが、このまま場所を移すには少し装備が寂しいな。

渥美:本部の方にはまだ幾つか、予備の装備が残ってましたよ。

   とは言っても、中学生や高校生の彼女らに

    見合う装備があるかは知りませんけど。

   情報として。

式町:私達には重荷になるだけかもしれませんよ?

   逆に動けなくなる可能性もありますから。

   というか、久賀さんや渥美さんが闘ってくれるんですよね?

久賀:そう言われてもだな。

   万が一、君達が私達よりも先に奴らと遭遇したら、

    と考えると、装備はあるに越したことはないんだ。

   軽くて丈夫な防弾ベストくらいは着込むといい。

   何かの役には立つだろう。

石山:――確かに。

   私達は未成年の女性。

   あまりにも装備が重過ぎると逆効果になるかもしれませんからね。

   せめて、剣道の装備くらいの重さであれば、私は。

渥美:あんなにパーツがあったら、

    鍛錬された軍人でも思うように動けないと思いますけど?

久賀:石山君は問題なさそうだな。

   よし、それじゃあ、本部へ向かおうか。

渥美:僕が先導します。

   周囲の警戒を怠らないようにゆっくり急いで下さい。

   辺りに気をつけて。

式町:ゆっくり、急ぐ?

石山:渥美さんの速さに合わせれば大丈夫だろう。

   置いていかれないように、しっかりとな。行こう、対馬っち!




式町:――対馬?



石山:え? あ、いや、すまない。

   旧友の名前だ。気にしないでくれ。――行こう、式町。

式町:え、う、うん。


久賀:なるほどな。彼女もまだ癒えてない、か――。


 しばらく移動していて


石山:久賀さん! この道は安全なんじゃなかったんですか?!

   それに、本部までの近道だとも言っていませんでしたか?!

   こ、これは――。

久賀:誤算だ!

   石山君も式町君も応戦してくれ! 

渥美:だから、僕が先導すると言ったんですよ!

   どうして、横槍を入れて、こんな道に――!!

石山:しかし、このゾンビは一体何処から?!

渥美:式町さん! 銃身をしっかり、両腕で構えて――!

   ほら、頭を狙うんだ!

   焦らないで、よく見て!

式町:そ、そんなこと、一気に言われても――!

   私は今日初めて銃を握ったんですよ?!

   ましてや中学生なんですから!!

久賀:――だが、初めより大分、形になって来ているぞ、式町君!

   渥美を越すのもそう遠くなさそうだな。

石山:集中してくださいよ、久賀さん! 次また来ますよ!

   どうしてこんな視界の悪い道を選んだんですか、久賀さん!!

久賀:――私達四人なら切り抜けられる!

   大丈夫だ!

渥美:二時の方向から二体と、十時の方向から三体!

   式町さんは二時の方向を頼むよ! 僕が十時の三体を狙う!

   いいか?

式町:え、えぇ?! ちょ、ちょっと待って――!

   二時が三回? 十時がなんて言いました?!

久賀:――よし。この間に進行方向の安全を確保するぞ!

   来い、石山君!

石山:え?! しかし、渥美さんは――!

渥美:大丈夫なら合図をください、久賀さん!

   ――それまで僕らで持ち堪えます!

式町:どうして私まで?! 

渥美:仕方ないだろ! 石山さんは接近戦が得意だって言うんだから!

   それに式町さんの方が射撃精度がいいからね!

   僕の動きにくい脚の代わりにはなるし。

   来るよ! 撃って!

式町:それ、褒めてるんですか!? 

渥美:――どうだろうね。


 一方、石山と久賀の二人は


久賀:――よし、二〇〇メートル先までは安全に進めそうだ。

   周囲に気配もない、な。

   よし、渥美をここまで移動させる。

石山:(荒い息をしながら)一体、ここは何なんですか?

   どうして軍事基地の敷地内にこんな林のような場所があるんです?

   自生してるんですか?

久賀:これは実戦練習のための人工的な自然だ。

   私達、軍隊は都会へばかり派遣される、

    というわけでもないからな!

   よし、石山君、軽く耳を塞げ!

石山:――え?! あ、はい。

久賀:せーの――! 


 発砲音が人工林に響く


式町:――発砲?!

   久賀さんの方でもゾンビとの衝突があったというわけじゃ、

    ないですよね?

   そんなことになったら。

渥美:いや、そうじゃない。これは久賀さんからの合図だよ!

   四時の方向だな!

   式町さんは先に走って!

   念の為、周囲は警戒して、ゆっくり急ぐ! 

式町:――え、あ、はい!

   渥美さんも、私の後すぐに!!

渥美:大丈夫、――分かってるよ。



久賀:よし、式町を先に避難させたか。いい判断をしてくれた。

   ――だが、不味いな。

石山:一人で大丈夫でしょうか。

   援護に向かった方がいいのではないですか?

   渥美さんは軍人とは言っても、脚を撃たれてる怪我人ですよ?

久賀:いや、しかし、――渥美なら大丈夫、だろう。



渥美:(舌打ち)何処からこんな数湧いてきやがったんだ!

   これじゃあ、僕の撤退する隙がないぞ?! ――どうする?

式町:渥美さん、早く来てください! 早くしないと、渥美さんまで!!

   もういいですから、渥美さん!!



久賀:やはり、怪我人には殿(しんがり)は無謀だったか!!

   式町君を優先したのは良かったんだが。

石山:様子がおかしいですよ、久賀さん!!

   至急、戻るべきです!! 戻りましょう!!

久賀:――やはり、この状況下で二手に分かれるのは悪策だったか!!

   戻ろう、石山君!! 援護だ! 

   全く、世話をかけさせるな、渥美は!



式町:渥美さん! もういいですから!! 渥美さん!!

渥美:僕に構うな、式町さん!

   式町さんは早く、久賀さんのいる所まで走るんだ!!

   僕は一人でウ――。

式町:渥美さん?!

   危な――。



久賀:(何かに気付いた様子で)待て、石山君。止まれ!

石山:――え、渥美さんが。急がないと!!

久賀:止まれ、石山君。――命令だ。動くな。

石山:え、久賀、さん?




渥美:痛いナぁ。はは。ハハハは。

   案外、近接向きな戦い方をすルモんだナァ、ゾンビの癖二。

   もウこうなッタら、こんナ銃を使う必要もなィ、か。

   意地でもこコハ通さネぇぞ、お前ラ。かかッテ来イ!!!




石山:久賀さん!

   このままでは渥美さんが、

    渥美さんがゾンビになってしまいますよ?!

   ここは軍事基地なんですよね?!

   この化学兵器に効果のあるワクチンのような

    特効薬はないんですか?! 今ならまだ間に合います!!

   久賀さん! 何とか言ってください!



式町:――あ、ああ、渥美さん。い、今行きますね。



久賀:――そんなものはないよ。この世界の何処にも、な。

   (少し笑う)



渥美:来るナ! 僕はもう渥美じャナい!! 

   お前は久賀サン達の方へ走レ!! 早く!!

式町:でも!! そんなことしたら、三宅君は!!




久賀:この化学兵器は国が秘密裏に開発しているものだから、

    大規模な集団感染を想定した対策は取られていなかったんだよ。

   だから、今こうして私は街の中にいる。

   そんな状況で、特効薬なんて。まさかな。

石山:そんな。そ、それじゃあ、軍人は――。



石山:「感染者に対して何をしてきた」んですか?


 


渥美:「でも」なンテ言うナよ!! 僕の意識ガまだあルウちに。

   まだ僕ガ君を「式町」だとト見分ケラれテイる間に早ク。

   (悲痛な叫び)っテェな!! ゾンビ如きが、僕に!!

   死ね、死ね、死ね!!

式町:あ、ああ。やめて。やめて! 

   もう嫌だ。もう嫌だよ、「ゆみ」。




久賀:何をしてきたか。

   そうだな、私達は国民を救助してきたが、

    感染者に対しては何もしない。

   ――強いて言うとすれば、合法的な「殺人」だろうか、なぁ。

石山:な、殺人? さつ、じん?




式町:私のせいだ。私が傷を負わせたせいで!

   あああ!! また見殺しにしてる。私が?

   私が、また人を。

久賀:式町君! 急げ!!

   渥美がゾンビを引き付けている間に、こっちへ走るんだ!! 

式町:(我に返って)ダメです!!

   渥美さんは私達の仲間なんですよね?!

   もう「目の前で」仲間を失うのは嫌なんです!

   助けてくださいよ、久賀さん!!

   私も戦います! 戦いますから!!

久賀:その渥美はもう「仲間」ではない! 


石山:(溜め息)


久賀:その渥美は、今は感染者だ!!

   私の声、君の声ですらもう届かない!! 彼はゾンビだ!!

   式町君までゾンビになることはない!!

   だから、こっちまで早く走るんだ!! 

式町:あ、ああ、でも。

久賀:早く!!

   渥美を「見殺しにする」ことが、今の最善手なんだ!!





石山:――あの、久賀さん。

久賀:どうした、石山(刺される)な――、(むせ込む)


式町:え。石山さ、ん?


石山:式町が言ってた言葉の意味、少し理解できた気がします。

   やっぱり、軍人ってそんな感じなんですね。

   幻滅しました。ガッカリです。

渥美:久賀、サンが、刺さレて、――ル?

久賀:な、なぜだ、石山、く――。

石山:目の前で戦っている人間を

    「もう人間じゃない」って言いましたよね?

   私からすれば、久賀さん、

    あなたの方が人間じゃなく見えますけど?

   (少し笑って)――「雪村さん」とは大違いでしたよ。

   いや、もしかしたら、雪村さんでさえ、

    こんな人間だったのかもしれないんですよね。

久賀:雪、村? 雪村だ、と?

   それは、私の――。

石山:もういいですよ、喋らなくて。

   式町は私が守るから。最後まで絶対に守り抜く。

   私の「仲間」がそうしたように、な。



渥美:(枯れた笑い)久賀の野郎ガ死ニヤがッタァあア!!

   (大笑い) 次はお前ダナ、式町! ほら、オイデ?

   僕が先導シテアげる。死の端マで。


石山:式町、来い! 走れ!! 


式町:ごめんなさい。

   渥美さん。

渥美:ナ――? オ前、ソノ構え方ハ。



式町:銃身をしっかり。両腕で構えて。頭をよく見てから、引き金を。



渥美:(高笑い) 成長シテルじゃナイカ、式町!!

   ソウダ! ヨク見テ、撃ツンダ!! 

式町:ありがとう、渥美さん。

   おやすみ。



 銃声が響く



渥美:グ、ァ。シキま、チ。

   い、生キ、ろョ――。


石山:急げ! 走るぞ!!

式町:はい!!

渥美:それ、デイい。ソレで。しき、ま。



久賀:「旧友の名前」完

式町:次回、第三話「追いかける」

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