ゾンビ映画にありそうなシーン

靴屋

第1話 「いいチーム」


菅原:ハァハァ。なんでだよ! クソッ!!



菅原:嘘、だろ。バリケードが。



対馬:第一話「いいチーム」



 勢いよく扉を開ける菅原


菅原:不味いぞ、寺沢!! 石山もいるか!?

石山:どうした、菅原?

   まだ移動までは時間があるんだ、ゆっくりしていろよ。

   目障りだ。

寺沢:何かあったの、菅原? 物騒な物言いはやめてほしいね。

   心臓に悪いから。

菅原:に、西側のバリケードが突破された。アイツら、乗り込んで来る!

   だから、急げ! 出るぞ!

寺沢:な、何を馬鹿なこと。何かの冗談だよね?

石山:寺沢のパソコンは音一つしていないぞ?

   突破されたなら、通信の一つや二つ、あってもいいと思うが?

菅原:うるせぇ!

   来い、石山!! 寺沢もだ! 行くぞ!

石山:おい、いきなり手を引くな! 

   ちょ、菅原! 何をそんなに――。

菅原:もうここは安全じゃねぇ、って言ってんだよ!! 

   どうしたんだよ、お前ら!

石山:こっちの台詞だ、菅原。

   一人で喚く前に、何を見たのか詳しく説明しろ。

   リーダーになったんだろ?

寺沢:い、石山さん。あの。

石山:なんだ?

寺沢:菅原が言ってること、本当かもしれないよ。

石山:通信があったのか?

寺沢:うん。

   今、僕のパソコンにも遅れて通信が来た。

   ヤツら、もう下の階まで来てるみたい。

   それも、かなりの数だと思う。

   んー、階段の近くにハッキングできるカメラがない、

    ってのが残念でならないね。

菅原:だから、言ってんだろ!? 西側のバリケードが突破されたって!

   この事務室ももうダメだ。移動するぞ! 早く!

石山:分かった。私はもう、すぐにでも出られる。

   だが、この事務室を出たとして、

    何処に身を置くつもりなんだ、菅原。

   安全な場所は――。

菅原:知るかよ、そんなこと!

   死なねぇように、逃げ回るしかねぇだろ。逃げ回るしか。

石山:まぁ、違いないね。死ねば、元も子もないしな。

寺沢:あーあ。折角、通電してる建物に巡り会えたと思ったのにな。

   此処ともお別れか。九八パーセント。まぁ、いいか。

   このニパーセントが命取りにならなければいいけど。

菅原:早くしろ、寺沢! 置いていかれたくねぇならな!

寺沢:あー、分かってるよ! ったく。筋肉しか能がない癖に。

   よっこらせ、っと。

   ちょっと待って! 今行くから!




石山:まず、この階から何処を目指すか、だが。

   東側の階段から下を目指すか、もしくは、上を目指すか。

菅原:下の階はもう占拠されてる可能性がある。

   俺ら三人で特攻したって、数で負けんだろ。それなら、上だな。

寺沢:上しかないだろうね。

   まぁ、上に逃げたとしても、屋上で手詰まりだと思うけど。

   延命はできるかもね。

菅原:背水の陣ってわけか。笑えるぜ。

石山:私にも、菅原にも武器はある。いざとなれば闘えるんだ。

   止むを得ない戦闘があること、念頭に入れて置いてくれよ。

菅原:お前に言われなくても、闘うさ。

   できれば、そんな戦闘は避けてぇんだけどな、俺は。

寺沢:上に向かうなら 東側の階段を使う方がいいかもしれないね。

   西側のバリケードが破壊されたのなら、

    東側に逃げてから上へ向かう方が、時間稼ぎになると思うし。

菅原:そうだな。分かった! よし、走るぞ!! 遅れるなよ!

石山:心得た。

   寺沢も、足手まといにはなるなよ? 

寺沢:僕が足手まとい? まさか。周囲の警戒は任せてよ。

   無数の目が二人を上へ導くよ、ってね。

石山:それはそれは。心強いね。


対馬:あ、待って! 待ってくださいッ!!


寺沢:――え、人? 

   待って、菅原! 人だ!

対馬:助けてください! 追われてて!!

菅原:何ッ?! この階にまだ人がいたのか?

   (慌てた様子で)ま、待て! それ以上近寄るな!! 

対馬:え。

菅原:そこで、止まれ。

石山:おい、何してるんだ、菅原!

   生存者なんだぞ?! 殺す気なのか?!

菅原:いや、まだ分かんねぇだろ!

   外傷があれば、アイツらの仲間の可能性だってあるんだぞ?!

石山:た、確かにそうだが。だからと言って――。

対馬:怪我はありません!

   みなさんに危害を加えるようなことはしませんから!

   助けてください!

   お願いします! お願いしますッ!!


菅原:――本当に、ねぇんだな?

対馬:大丈夫です、傷一つありません! 至って元気です!

寺沢:不味いよ、菅原!

   ヤツら、もうその角まで近付いて来てる!

   まだ、彼女も理性があるんだ! いざとなれば切り捨てればいい!

   今は上へ向かうのが先決だよ!

   それとも、こんなところで死にたいっていうの?!

石山:私も寺沢に同意だ。

   私たちの目的と彼女の目的は同じく「ヤツらからの逃避」。

   だとするなら、この瞬間だけでも仲間だと思うべきだ。違うか?

菅原:――あーー、分かった!! 来い!

対馬:え。い、いいんですか?!

菅原:早くしろッ!! ヤツらから逃げて来たんだろ!

   急げ! 死にたくねぇならな!

対馬:あ、はい!

   ありがとうございます!

菅原:俺らも走るぞ! こっちだ!!

寺沢:良かった! やっぱり菅原だな!!

   あ、ごめんなんだけど、石山さん。

   ちょっと、このケーブル持ってもらってもいいかな。ごめん!

石山:(ため息)置いていけないのか、こんなに重たいもの。

   何のために、こんなもの。


 グループの先頭の方で


菅原:おい、お前、名前は何て言うんだ?

対馬:あ、え、名前ですか?

菅原:俺はリーダーの菅原だ。

   指示を出すためにも名前は覚えておきてぇ。教えてくれ。

   走りながらですまねぇな。

対馬:え、あ、いえ。えっと、対馬、対馬 葉奈です。

   絶対の「対」に「馬」で。

菅原:いや、字まではいらねぇよ。

対馬:あ、すみません。

菅原:対馬か。よし覚えた。

   これからの動き方だが。

対馬:はい。

菅原:このビルの上に向かって走る。

   キツいかもしれねぇけど、着いて来い! いけるか?

対馬:はい。大丈夫です。頑張ります!

菅原:いい度胸だ。頼んだぞ、対馬。

   歓迎しよう。


 グループの後尾の方で


石山:早くしろ、寺沢! 追いつかれるぞ!!

菅原:あ? 何だ?!

寺沢:待って! 此処から電波が急に悪くなるんだ! 

   これ以上進むとパソコンが機能しなくなって――。

石山:馬鹿か!

   お前は自分の命と電波、どちらが大事だって言うんだ?!

   お前の死に私を巻き込むなよ!! 置いていくからな?!

寺沢:いや、だから、そうじゃなくて!!

   痛ッ!

菅原:おい!!

   何してる、寺沢! 急げ!

寺沢:ちょ、ちょっと待って!! 

   もうすぐ終わるから!

対馬:ね、ねぇ、菅原君。あ、あれ。来てますよね?

   は、早く逃げた方がいいのでは? 私たちまで巻き込まれますよ。

石山:不味いぞ、菅原。もう寺沢は置いていこう。

   その方が私たちも走りやすいと思うが。あんなウスノロ。

菅原:馬鹿言うな、石山。

   これ以上、仲間を置き去りになんてできるか!

石山:じゃあ、どうにかしてくれ。

菅原:おい、寺沢!!

寺沢:何?! 

菅原:何分だ?

寺沢:何が!? 

   ちょっと、話しかけな――。


菅原:何分耐えればいいか、聞いてるんだ!!


寺沢:え。――あぁ、なるほどね。

   五分。

   いや、三分だな!! やれるか?!

菅原:下に見てくれたもんだな。

   上等だ。

対馬:え、え? 菅原君は何を? 

石山:(溜め息)戦うんだって。

   体力は温存しておきたかったが。

   ふぅ、血気盛んな男は嫌いではない。

   私の腕も鳴る。

   いや、この場合は「サスマタが鳴る」と言った方がいいのか? 

   ふふふ。

対馬:そのサスマタは一体、何処で手に入れたんですか?

   まさか、盗品?! 

菅原:俺だって、これを使う時が来るとは思ってなかったよ。

   このアサルトライフルをなぁ!! 

対馬:ら、ライフル?! 部活バッグじゃないんですか?!

   というか、学生がそんなものを持っていていいんですか?!

   って、どこからそんなものを?! それも、盗品なんですか?!

寺沢:来るよ!! 

菅原:よし。

   俺と石山が二人で前線を張る!

   寺沢は何をやってんのか知らねぇが、それに集中しろ!

   対馬は、そうだな。俺たちに指示を出せ! 行くぞ! 

石山:いいねぇ。久方だ。ワクワクするねぇ!!

対馬:ええ!? し、指示って何ですか!? 菅原君! ねぇ!?

   (小声になって)指示?

   えと、あー、な、何を指示すれば。

寺沢:大丈夫だよ、対馬さん。

   アイツらにもそれなりの考えがあるんだ。

   兎に角、対馬さんは対馬さんなりのプレイをすればそれでいい。

対馬:私なりって言われても、何をどうすれば。

寺沢:そうだね。

   例えば、菅原と石山、二人の危険をいち早く叫んでみるとかさ。

   僕はそうやって二人に認められたんだ。試してみてよ。

対馬:え、えぇ? そんなこと。

寺沢:大丈夫、自分を信じるんだ。

   間違った判断だったら、僕が正してあげるから。

   ま、そんな暇があればだけど。(エンターキーを押しながら)

対馬:分かりました。や、やってみます!!


 VSゾンビの前線にて

 

菅原:おらおらおら、来いよ、クソゾンビども!!

   ヘッドショットで、まとめて地獄へ送ってやるよ!! 

石山:(笑いながら)はしたない言葉遣いだな、菅原。

   まぁ、そんな菅原も嫌いではないが。

菅原:ああ? 何か言ったか、石山?

   銃声やら何やらで何も聞こえねぇよ!!

石山:楽しそうだなあ! って言ったんだよ!!

菅原:ハハハハ! 笑わせるなよ、石山!

   これはゲームじゃねえんだぞ?! 真剣に殺れっての!

石山:何を。

   デスゲームだろ、これは!!

菅原:(吹き出して)あー、確かにそうだな!

   おらおらおら! それでもゾンビか?!

   手応えがねぇな、手応えがあ!!

石山:おいおい、危ないな。

   間違っても、私のことを撃たないでくれよ? 全く。

菅原:何だってえ?!

石山:ったく。聞こえてないんだったらいいよ!

   私も好きにやらせてもらうからな!

   さぁ、来い、弱腰ゾンビども! 私のサスマタが相手だ。


 VSゾンビ後援部隊の二人は


寺沢:ここをこうして、よし。

   ねぇ、対馬さん。戦況はどうなってる?

対馬:あ、二人の圧倒的戦力で押してます。

   二人だけでこれまで「アレ」を押し込めるなんて。

   あの二人は一体?

寺沢:へぇ、勝ってるのか。ほんと凄いよ、菅原と石山さんは。

   何も変わらない。

   あ、僕ももう終わるよ。終わったら彼らをこっちに退却させて。

対馬:え、あ、分かりました。

   えっと、そう言えば、あなたの名前はお伺いしても?

寺沢:え? あー、名前ね。

   寺沢だよ。別に無理して覚えなくてもいいよ?

   僕なんてみんなの足を引っ張るだけの

    モブキャラにすぎないんだから。

   覚えるだけ損、損。

対馬:いえ、そんなことはありませんよ!

   人の名前に得も損もありません。

   菅原君と石山さんと、寺沢くんですね! 覚えました。

寺沢:ありがとう。

   っと。よし、できた!

対馬:あ、呼び戻しますね! 菅原くーーん! 石山さーーん!

   もう大丈夫だってーーっ!! 菅原くーーん!!

菅原:お? なんだ?

寺沢:(驚いて)おいおいおいおい!?

   アイツ、警戒なしに振り返るなって! 相手はゾンビで――。

対馬:菅原君、危ない!!

   後ろ!!

菅原:え――。

対馬:ゾンビが!!


 ゾンビが寸でのところで投げ飛ばされる


石山:――ったく、危ないな。

   戦闘中に余所見をしていいのは軍人だけだって習っただろ?

   誰からそのライフルを譲り受けたんだ?

   もう忘れたのか、菅原?

菅原:わ、悪ぃな。助かったよ。



対馬:よ、良かった。

寺沢:冷や冷やするよね。ま、元はと言えば僕のせいなんだけど。

   行こう。

対馬:あ、はい。

   (小声)あれ、パソコンは?



石山:早く、行くよ!

   周囲の警戒は怠らないように、常にアンテナを張っておくこと。

   いいな?

菅原:はいはい。

   はぁ、もうこうなったらリーダーも交替だな、石山。

石山:何を言ってるんだよ。

   私はそんな大役、絶対に引き受けないに決まってるだろう?

菅原:おい、責任転嫁だろ、それ。

石山:知ったことか。


 四人、合流して


寺沢:悪いな、菅原。

   ちょっと、作業に手こずっちゃってさ。

菅原:あぁ、それはもういい。

   で? 結局、お前、何してたんだよ。

寺沢:あー、えっと、それなんだけど。

   僕のパソコンはもう使い物にならなくなった。

   だから、この階に置いてくことにするよ。




石山:――え。パソコンを?


対馬:え、あんなに作業は順調そうだったのに、ですか?!

   嘘ですよ!


菅原:正気か? ついにイカれたか?

   頭のデータから再インストールしてみるか? お?


寺沢:ほら、行こう! 

   早くしないと、奴らに追いつかれるよ! 走って!

   対馬さんも!

対馬:え、え?

菅原:いやいやいや、おい待て、寺沢!

   お前、俺らに無駄な戦いを強いたのか! 許さねぇぞ!

   おい 寺沢! 待て!!

寺沢:うわぁぁあ! 速いな、菅原?! 

対馬:え、あ、ちょっと待ってください! 

石山:いいよ 対馬っち。(肩を持って)

対馬:うわっと。

石山:対馬が無理に体力を使って追いかける必要はない。

   男ってのは体力の使い方が雑だから、

    合わせるといざと言う時、お前が走れなくなるぞ。

対馬:つ、対馬っち?

   わ、私のことですか?

石山:え? あぁ、いや、女の子がほら、今までいなかったからな。

   そう呼んでみようと思っただけだ。

   嫌ならやめるぞ? 嫌か?

対馬:え?! あ、いやいやいや、そうじゃなくて!

   少し驚いただけで、呼び方はもう私と分かれば何でもいいですよ!

   はい! 何でも!

石山:ふふ。元気そうだな。

   ほら、行くよ、対馬っち! 置いていかれない程度には走るよ!

対馬:はい! って、速くないですか!?

   石山さーーん!! ちょっと!




寺沢:痛い痛い痛い痛い!! 悪かったって!

   あれ以上パソコンを運んでも意味がなかったんだって!

菅原:俺が腹立ってんのは「そこ」じゃねぇよ!

   無駄に戦わせたことを言ってんだ!!

   ハッキリ説明してもらおうか?!

寺沢:待って待って待って!

   全部が無駄だったわけじゃないんだって!!

菅原:ほーぉ?

   なら、俺らがお前に与えた時間は何の役に立ったんだ、

    そこから説明してくれよ!! 

   どうせ碌でもねぇことなんだろぉ?!

寺沢:えーっと、ほら。

   僕の秘蔵フォルダの転送に。痛い痛い痛い痛い!

   ごめんって!!

対馬:す、菅原君、そ、それくらいにしてあげてください。

   寺沢君が可哀想ですよ。

菅原:ダメだ!

   対馬が近くにいたのに、私利私欲のデータを

    安全な場所に転送するために五分も使ったんだぞ?!

   それなりの報いは――。

寺沢:三分だよ!!

   五分も使ってない!

菅原:一緒だ、馬鹿が!!

対馬:で、でも、私はこの通り助かりました!

   皆さんのお陰で助かったんです!

   だから、その、仲間内で争わないでください。お願いします!!



菅原:(ため息)な、何だよ。対馬がそこまで言うなら。

石山:ふふふ。先導者とは思えない言い込まれようだな、菅原。

   仲間に頭まで下げさせて。リーダー失格なんじゃないか?

菅原:うっせぇ。

   だったら、お前がリーダーしろってんだよ。

   なんか、調子狂うな。

対馬:ええ?! ご、ごめんなさい! 

   でも、寺沢君は私のこと――。

菅原:もういいよ。守ったんだろ?

石山:意地張って。

菅原:お前は黙ってろ。

寺沢:対馬さんが謝る必要はないよ。

   寧ろ、菅原から救ってくれてありがとう。

   あの絞め技、どこで習ったんだろう。

   痛いのなんのって。(溜め息)

対馬:あの、えっと、大丈夫ですか?

寺沢:あー、大丈夫、大丈夫!



石山:――で? これからどうするんだ?

   あの拠点からはそれなりに距離はとったと思うが。

菅原:距離をとっただけだ。逃げ切ったわけじゃねぇよ。

   ヤツらは必ず俺たちを追ってくる。

   バリケードを壊して入ってきたんだぞ?

   それくらいするに決まってる。

対馬:で、でも、さっきかなりの数、倒しませんでしたか?

   あの様子じゃあ、あの、数も少しは減っているのでは?

石山:対馬っち、ヤツらのことちゃんと見てた? ゾンビなんだぞ?

   あんな豆鉄砲、牽制にしかなってないっだろう。

菅原:豆鉄砲だと? 喧嘩売ってんのか?

石山:ん?

   だから、距離をとっている今の内に

    可能な限り策を講じないといけないんだろ?

対馬:そ、そうですね。

菅原:って言ってもな、寺沢のパソコンはもうねぇしな。

   この状況下、情報戦においても劣勢を極めてる。

   参ったな。

寺沢:ははは、大丈夫だよ。

   僕に作戦があるんだ。

菅原:はぁ?

   俺らに無駄な戦いを強いた寺沢、張本人の作戦を聞けと、

    そう言いてぇのか? 

石山:そんな言い方ないだろ、菅原。

対馬:そうですよ! 

   寺沢君は一生懸命パソコンの画面に向かって

    私たちのために作業をしてくれていたんです! 

   私、ちゃんと傍で見てましたし、それに――。

菅原:秘蔵フォルダの転送のためだぞ?

   俺たちのためじゃねぇよ。

   それが「ちゃんとしたこと」だって言えるのか?

対馬:そ、そんなの、ただの憶測じゃないですか。


寺沢:じゃあ、菅原は僕よりいい案を出せるって言うの?

   これまで積み上げてきたデータを分析して、

    結果、最適だと判断した作戦なんだけど?


菅原:――チッ。

石山:残念だけど、ここは寺沢の作戦に乗るしかないたいだな。

   どっちにしろ、今の私たちの状況は袋の鼠。

   選択肢なんてないんだから。

対馬:そうですよ! 可能性のある方へ進むべきです!

   もう生きているのは私たちだけかもしれないんですから。

菅原:なんだよ、妙に結託しやがって。

   (ため息)分かったよ。俺が悪かった! 

   寺沢のお陰でここまで助かって来られたってのもあるし。

   此処は一つ聞かせてもらうことにするよ!

寺沢:やっぱ、菅原は菅原だな。

   結局、みんなのことを仲間だって認めてくれるし。

   いいリーダーだ。

対馬:いいチームですね。

   私のことを見つけて下さったのがあなた方でよかったです。

   本当に。

石山:こっちこそ。対馬っちがいい人でよかったよ。

   もし、チームの輪を乱れさせるような人だったら、

    君もヤツらと同じ仕打ちを受けていたと思うから、ね?

対馬:ひぃぃ。

菅原:物騒なこと言って脅かすなっての。

石山:本当のことだろう?

寺沢:盛り上がってきたところ申し訳ないけど、

    作戦について、簡単に説明させてもらってもいいかな?

対馬:あ、はい。

   ごめんなさい、聞かせてください。

寺沢:よし。

   まず、今僕たちがいるのがショッピングモールの七階。

   で、ここから屋上まではあと五階ある。

   えっと、さっきゾンビと遭遇して、

    対馬さんと合流したのが三階の事務所付近。

   で、西側からゾンビが侵攻し始めているのは、

    対馬さんと合流した地点で実証できてる、っと。

   ほら、あの時、東側から現れたゾンビはいなかったから。

石山:だがだよ、寺沢?

   私たちもこれほど上の階に来たんだ。

   時間もあっただろうし、

    東側に移動をし始めるヤツもそろそろ出てくるんじゃないか?

菅原:そうだな。

   ――ってことは、次は寧ろ西側の階段を使って

    上の階を目指す方がいいのか?

   時間稼ぎにもなるかもしれねぇな。

対馬:でも、もし西の階段を使い続けているゾンビがいたら。

寺沢:その通りだよ、対馬さん。

   僕らの目的はヤツらに追いつかれないことだろ?

   それに、同じ階を地面と平行に移動するよりは、

    ひたすら上へと向かう方がいいに決まってる。

   ヤツらは確実に僕らを狙って迫ってくるんだし。

   階の真ん中で両側から挟まれてみろよ。それこそ袋の鼠だろ?

対馬:こうしている間にも、ゾンビの群れは

    ここを目指して行軍しているということですよね。

   うう。

寺沢:そ。対馬さんは理解が早くて助かるね。

   まさに、その通りだよ。

対馬:と、ということは、

    こんなことしている場合じゃないんじゃないですか?

   早く上を目指した方が。

寺沢:ええ?! それは違うよ!

   こんな時だからこそ、情報は共有しておく必要があるんだよ?

   もし移動しながら作戦を話したとしたら、

    大事な情報がきちんと全員に共有されないかもしれないし。

対馬:あー、まぁ、確かにそうですね。

寺沢:だろ?

対馬:はい!

菅原:だったら、もっと共有すべき情報ってのがあるだろぉ?

石山:それについては見逃してあげなって。

寺沢:とまぁ、以上が作戦なんだけどね。

菅原:あ? ちょっと待て。

   上の階へ向かうってのは初めから言ってたじゃねぇか。

   それが作戦って、どういうことだ?

   また無駄な作戦会議を強いたんじゃねぇだろうな?

寺沢:ちょ、違うよ! 

   いや、だから、死に物狂いで屋上を目指せ、ってこと!

   行くよ! 時間もないんだから!

   「彼ら」が来る前に急がないと!

石山:行こう、対馬っち! ヤツらに追いつかれるのは面倒だ。

   前を行け、対馬っち。

対馬:う、うん。警戒は任せて!

菅原:最後尾は俺がつく。

   二人は真ん中で周囲を警戒、先頭の寺沢に続け!

寺沢:何で、僕が先頭なんだよ。

対馬:だって、寺沢君の作戦じゃないですか!?

   言い出しっぺだからです。

寺沢:(ため息)おーけー。

   じゃあ 走るよ!

石山:慎重にな。って、お前。

対馬:(驚いて)ちょっと待って! 寺沢君!

寺沢:え、何? 

対馬:前に何かッ!

寺沢:え――?!



石山:チッ。屈め、寺沢!!

寺沢:え、うわっとと。

   危なッ!!

菅原:どうした!?

   大丈夫か、対馬、寺沢!!

対馬:は、はい。

   えっと、ぞ、ゾンビみたいなのが

    いきなり寺沢君の前から現れて、寺沢君を。

石山:私の心配はしないんだな。

菅原:お前は頑丈だからな。

石山:心外だな。

寺沢:こ、これはゾンビウイルスの末端?

   ゾンビと比べると小さいし、

    それに人間の一部と言うには異質だよ。

   これが死んだ人間を動かしているのかな。

石山:それほど、強くなさそうだったが。私のサスマタでもこのザマだ。

   ゾンビと言えど、群れなければこの程度ってことか。



菅原:――おい。

   もしかしたら、これは偵察機のようなものかもしれねぇぞ。

   生きている人間の位置を特定して

    効率的に追い詰めるつもりなのかもな。


寺沢:ま、まさか。そんな頭のいいゾンビがいるわけないよ。

対馬:で、でもどうしてそんなのがこの階に?

   私たちの先回りをした、ってことで――。

石山:これを見て、菅原、対馬っち。

寺沢:へぇ、なるほどね。

   これを使って。

石山:空調管。ダクトってやつだな。

   これを伝って先回りしたんだろう。これなら上に登って来られる。

菅原:ますます、不味い状況だな、こりゃあ。


 空調管から何か物音がする


対馬:――え、今の音って。ここから?

寺沢:この空調管からだね。

   菅原が言ってたみたいに

    もう僕たちのいる場所が特定されたのかもしれないね。

   急ごう、対馬さん。ほら。

対馬:そ、そうですね。

   みなさんも、行きましょう!

   早く上に、行かないと。上に。

菅原:――一応、念の為だ。

   その空調管、蓋しておいてくれ、石山。

石山:心得た。




菅原:ゾンビ映画にありそうなシーン




対馬:ちょ、ちょっと、待ってください!!

   これは一体?! ひぃッ!!

菅原:クソッ! どうなってやがるんだ!

   ゾンビはこの階にはいねぇはずだろ?!

   おい、寺沢!! またお前、俺らに法螺吹きやがったのか?!

   殺すつもりなのか?!

寺沢:ち、違うよ!! 僕にも何が何だか分からないんだ!

   ダクトを使って来たにしては数が多すぎるし、

    下の階のヤツらとは別のゾンビかも!!

石山:それにしても数が多すぎるぞ!

   行く道を塞がれでもしたら一巻の終わりだ!

   そっちは大丈夫、対馬っち?!

対馬:え、あ、はい! 大丈夫ですっ!!

   まだ何とか。よッと!


 対馬が消化器を振るって


菅原:ははは! 対馬も消化器がなかなか様になって来たな!

   将来の夢は消防士で決まりだな!

対馬:ええ?! 消防士ですか?!

菅原:って言っても、消化器を鈍器として殴るってのは

    どうも消防士とは言えねぇけどな!

石山:切迫したこの状況でそんな冗談を口にできるってことは、

    まだ余裕があるんだな、菅原!

寺沢:羨ましい限りだね! 僕にもそんな心の余裕が欲しかったよ!

   っと。危ない!

菅原:馬鹿言ってんじゃねぇよ。切羽詰まってんのは俺も一緒だ!!

   行くぞ!

対馬:菅原君、右後方! 二体来てます!! 

菅原:サンキュー!!

   おらおら! こっちには索敵の対馬がいるんだ、負けるかよ!!

対馬:次は前です!!

菅原:おう! 助かるぜ!

寺沢:対馬さんのその察知能力? 本当に凄いよ。

   的確すぎて、僕のパソコンのレーダー探知機より

    使えるんじゃない?

   パソコン、置いてきて正解だったんじゃない?

石山:第六感って言うのかな。

   完全に、開いてるよね、第三の目。

寺沢:石山さん、第「六」なの、第「三」なの?

石山:どっちでもいいよ。

対馬:そんなに褒めないでください。

   みなさんの立ち回りには劣りますからッ!

   過度な期待は禁物ですよ。

石山:私も負けないようにしないとな!

   お、緩んだ!! 敵の陣形が崩れるぞ!

   今なら抜けられるかもしれない。菅原!

菅原:おう、分かった!

   お前らはまとまって突っ切れ!! 俺は後方から援護する。

   急げ!! 走るんだよ、対馬!

対馬:ちょっと待って、そんなことしたら、菅原君はどうやって――。

寺沢:菅原なら大丈夫だよ!

   「そんなこと」より、自分の心配をして!

   自分が死んじゃったら元も子もないでしょ! ほら、行くよ!

菅原:俺の命を「そんなこと」って言うんじゃねぇよ、馬鹿が!

   お前のよりは上質だ!!

寺沢:そりゃ、どーも。

菅原:流すんじゃねぇよ!

石山:早く! こっちだ!



石山:お前らはここに居ろ!

   ここはまだ安全だからな。出るなよ!

対馬:寺沢君! 先に入ってください!

   私は最後まで戦況を!

寺沢:ありがとう、対馬さん!

   無理はしないで、なるべく自分の身の安全を鑑みて!

対馬:はい! ありがとうございます!

菅原:気を付けろ! 上だ!

   チッ、キリがねぇぞ。このまま特攻は無理か。

   仕方ねぇ。俺が犠牲になってでも――。

石山:うおぉぉりゃぁあ!!

   急げ、菅原! 何ボサっとしてるんだ! ヤツらに囲まれるぞ!

   死にたいのか?!

菅原:石山、お前。

石山:あ、あんまり見るな!

   急げ!


 石山の飛ばしたゾンビが対馬の近くに落下


対馬:きゃぁっ! これ、まだ動いてます!

   て、寺沢君!

寺沢:危ないよ、対馬さん!

   退がって! 

石山:ここは通さないぞ、ゾンビ如きが!

菅原:そんな頭、向こうに蹴り飛ばせ!

   閉めるぞ!

寺沢:僕が蹴るの?!

菅原:当たり前だ!

寺沢:え、えぇ。分かったよ。(ゾンビを蹴り上げて)

   いいよ! 閉めて!

石山:よし、せーのっ!!



 防火扉でゾンビとの分断に成功



対馬:ふ、ふー。ま、まだ扉の向こうで唸ってますね。

   不気味な声、です。

石山:――しばらくは足止めになるはずだ。

   流石に、ゾンビとは言っても、

    この防火扉は超えられないはずだからな。

   貫通したりするなら別だが。まぁ、ないだろ。

菅原:よく耐えたな、お前ら。怪我はねぇか?

   って、怪我なんてしてりゃあ、もう疾っくにゾンビになってるか。

   (笑いながら)

寺沢:僕は大丈夫。こ、後方援護だったから。

石山:私も大丈夫だ。掠り傷一つないよ。

   対馬っちは?

対馬:わ、私も大丈夫です!

   それより、急いだ方がいいんではないですか?

   長居もできないですし。

菅原:――あぁ、そうだな。グズグズはしてられねぇ。

   屋上まではあと少しなんだろ? 急ごう。

寺沢:だけど、東側の階段はもう使えないよ。

   防火扉で塞いでいるし西側まで歩かないといけないね。

石山:西側まで歩く、だ? 走るの間違いだろ、寺沢?

   ほら、立て! 体力がない男は嫌いだ。置いてくぞ? いいのか?

寺沢:いいよ、置いていきたきゃ行けばいいさ。僕はモブだからさ。

   休みたい、って欲求の何が悪いのさ。

対馬:行きますよ、寺沢君? 不貞腐れるなんて柄じゃないでしょ?

   仲間が減ると寺沢君も困る、でしょ?

寺沢:(ため息)対馬さんは優しいね。

対馬:え、そうですか?

菅原:何もしてねぇ奴がへたばってんじゃねぇよ。

石山:後方援護だ。前線で動く私達よりは楽なもんだろう?

寺沢:おい! 僕はずっと頭を動かしてるんだよ!

   頭を動かすってのも体を動かすのと同じなんだよ?

   これだから脳筋は。よっこらせっと。

菅原:誰が脳筋だ。

   鼻の下伸ばしてねぇで、早く歩け。

寺沢:だ、誰が鼻の下なんか!

対馬:そう言えばですけど、

    確か、この建物って通電していたんですよね? 

石山:あぁ、そうだな。

   寺沢のパソコンを充電することができていたから、

    予備電源か何かがあるのかもな。

菅原:この建物の屋上にはソーラーパネルがあったはずだぞ?

   だから、まだ通電はしてるんじゃねぇか?

   って言っても、この先、

    ソーラーパネルがヤツらに破壊されねぇ限り、

    って条件付きだけどな。

対馬:それなら、エレベーターを使った方が早く上階へ進めるのでは?

   その方が時間も短縮できて、私達も楽ができて一石二鳥だと――。

寺沢:何、馬鹿なこと言ってるんだよ、対馬さん!

   そんなの自殺行為だよ?!

対馬:――え、どうしてですか?

   確かに非常時のエレベーターは危険と言いますが、

    地震や火事ではないですし、自殺行為と言うには――。

菅原:言っておくけど、エレベーターってさ、密室なんだぞ?

   もし何らかの拍子に給電が途切れてみろ。

   ゾンビどもからしたら、餌が四人も入ってやがる入れ物だなんて、

    宝箱の何物でもねぇだろうなあ。

石山:――概ね、安全なんだろうが、残り僅かでも

    「死」に繋がる可能性があるんなら、

    その選択は避けるべきだな。

   悪くはないとは思うんだがな。

対馬:――そうですか。なら、仕方ないですね。

   足で向かいますか。

寺沢:やっぱり、対馬さんも疲れてるんじゃない?

   多分、対馬さんもこの近くを逃げ惑っていたんだと思うし、

    碌に休めてないんじゃない? そうでしょ?

対馬:――え? あ、まぁ、そうですね。長らくは走りっぱなしでした。

菅原:仕方ねぇよ。非常事態なんだからな。

   俺たちが休めてたのはカートのバリゲードがあったからだろ。

石山:確かにそうだが、体力の温存はどんな状況でも大切だ。

   力まず、リラックスしていろ。

   (深呼吸)ほら、こんな風にな。

寺沢:いや、それができるのは

    石山流の武道を嗜んでいる石山さんだけだって。

菅原:その通りだな。

   化け物の普通が常人に通じると思うな、ってさ。

石山:殺されたいらしいな。

対馬:何か、石山さんの扱いが雑になってませんか?

菅原:それか、疲れたって言うんなら、俺が負ぶってやろうか?

   対馬くれぇなら俺でも――。

対馬:いやいやいや!

   あの、そこまで疲れてはいませんので、お気になさらず!

菅原:そうか? 遠慮はするもんじゃねぇぞ?

寺沢:なら、僕を負ぶってくれよ、菅原!

菅原:お前は歩け、馬鹿! 男だろ!

寺沢:えー? それは男女差別だ!



石山:(落ち着いた声で)お、おい、菅原。

菅原:お、どうした、石山?

石山:この廊下の先。あれって、まさか、血か?

対馬:え、血?!

寺沢:あ、あれは。

菅原:グロいなぁ、ありゃあ。

石山:ここで何人かが避難していたんだな。

   食糧が少ししかないところを見ると、

    長い間ここで避難を余儀なくされていたんだろうか。

対馬:――え、こんなところで?

寺沢:見てよ、あれは子どもの。酷いな。

菅原:身体がゾンビウイルスに耐え切れずに、破裂したってところか。

   そう言えば、アイツが言ってたな。

   「幼体は破裂する」みてぇなこと。

   まさか、こんな感じになるとはな。

寺沢:此処に至っては身体なんて跡形もないよ。

   血痕が弾けたような跡はあるけど、それだけだよ、ほら。

対馬:うっ。(口を抑えて)うぇ。

石山:あ、行こうか、対馬っち。

   悪いものを見せたみたいだな。大丈夫か?

寺沢:あ、ごめん、対馬さん。

対馬:いえ、大丈夫です。

   その、少し思い出してしまったことがあって。

   だ、大丈夫ですので、ありがとうございます。

石山:(小声)――思い出して?

対馬:(深呼吸)


 離れたところで二人


寺沢:――なぁ、菅原。

菅原:なんだ? お前、また死体を調べて回ってんのか。

   気味悪いぞ?

寺沢:いや、ほら。

   もしかしたら、さっき僕らを強襲したゾンビって、

    ここから来たのかも? って思ってさ。どう思う?

菅原:あー。そうかもしれねぇな。

   小規模なクラスターを引き起こして、制御できず全滅、

    ってところじゃねぇ?

   そんで、下の階に流れ込んで来たんだろ。

寺沢:もう少し、僕らが上の階に来てここの人たちと

    遭遇するのが早かったら、僕らもあんな風に

    内臓までめちゃくちゃになってたんだろうな。

   そう考えると、怖いもんだね。

菅原:――あぁ。

   それに関してはあの時、

    お前がデータの転送に時間をかけてくれて良かったな、

    って思えるな。

寺沢:そんなこと言って。

   実際は、まだ許してもいない癖に。

   まだ、ちょっと納得いってないでしょ?

菅原:当たり前だ。

   ちょっとどころか、今でも十分に不服だ。

   秘蔵フォルダなんて、くだらねぇ。

寺沢:くだらない、ねぇ。

   それじゃあ、後で僕のとっておきのを見せてあげるよ。

   それで、まだ「くだらない」って言うなら、僕も考えるよ。

菅原:何をだよ。

   どうせ、死体の写真ばっかだろ?

寺沢:失礼な。あれは――。


石山:おーーい、急げよ、菅原、寺沢!

   そんなところで道草食って、時間を浪費してる暇ないだろ?!

   死にたいのか? 

対馬:彼らに追いつかれてしまいますよー?! いいんですかーー?!

   目指すは屋上なんでしょー?!

寺沢:分かってるよー! 今行くから待っててー!

   ――行こう、菅原。

   ゾンビより怖いのが待ってるぞ。

菅原:あぁ。そうだな。

寺沢:あ、やっぱり菅原も怖いんだね、石山さんのこと。

菅原:お前は知らねぇんだよ、石山流の本気ってやつをな。

寺沢:知ってるよ、あの目は本物だったから。




対馬:流石に、ここまで階段ってなると足腰に響きますね。

石山:そうか?

菅原:待て、お前は何も言うな。

石山:何で菅原が疲れる?

   お前はサッカー部だろ。

菅原:――うるせぇ。喋るな。

   できるものなら、お前の頭でリフティングでもしてやろうか。

寺沢:あ、見えた! その扉が屋上に繋がる扉のはずだよ!

   開けられるかな? (力を入れて)お? 開くね。

対馬:と、とうとう着いたんですね!

石山:おい、菅原。

   やったな。

菅原:そうだな。でも、油断するなよ?

   ここまで来たら、もう背水の陣だ。分かってんだろうな?

石山:あぁ。心得ているとも。お前とは違うさ。

   警戒すべきは下の階と繋がるこの扉だけでいい。

   そうなれば楽なもんだろ。

寺沢:(小声)あーあ。また、僕は生き残ってしまったかー。

   モブキャラの癖に。

対馬:あ、この音。もしかして(遮られて)

菅原:(遮って)どうした、対馬!

   まさか、ゾンビの野郎どもがもうここまで?!

対馬:い、いえ、大きな機械音のような音が。

寺沢:ふふーん、間に合ったみたいだね。

   よかった、よかった。

石山:おい、あれって。

菅原:なっ! 軍用ヘリ?!

寺沢:そ! 国の軍隊だよ。

   ほら、言ったでしょ? 「データを転送した」ってさ。

   もう忘れた?

   まだそんなに時間経ってないよね? 

対馬:ぐ、軍用ヘリ。

   どうして、こんなところに? もしかして、寺沢君が?

菅原:おい、待てよ、寺沢!

   あの時、お前は「秘蔵フォルダの転送」って言ったよな?

   死体の写真を、って。

寺沢:死体の写真って言ったのは菅原だろ。

   「フォルダの転送」とは言ったけどね。

菅原:それがなんで。

   どういうことだよ。

寺沢:ははは。知られたくなかったんだよ、単純にさ。

   驚いたでしょ? サプライズってやつ?

石山:情報は共有しておくんじゃなかったのか?

   どんな小さな情報も共有してパニックを起こさないように、

    って言い出したのはお前じゃなかったか?

寺沢:確かに。

   本当なら、僕はパソコンを手放すからさ、

    屋上に着くまでには死んでいる手筈だったんだよ。

   何せ、僕なんてのは足手纏いのモブキャラだからさ。

   でも、なんか、ここまで生き残っちゃって。

   それに、偶然ヘリが来た方が「ゾンビ映画」っぽいかな、

    とか思って。

石山:まだそんなこと言ってたのか。

対馬:――これ、寺沢君が呼んだんだよね?

   どんどんこっちに近付いて来るけど。もしかして――。

寺沢:――呼んだんじゃなくて、「呼んでる」んだよ、対馬さん。

   今もずっとね。

対馬:今も、ずっと?

石山:は? パソコンもないのに、どうやってあんなのを――。

寺沢:(溜め息)これだから脳筋は困っちゃうよね。

石山:あぁ?!

   死にたいようだな、寺沢。

菅原:お、落ち着けよ、石山!

寺沢:だから、電波のあるところに置いて来たんだよ。

   僕のパソコンをさ。

   僕のパソコンは今もずっと、

    僕らの位置情報を軍に送信し続けているはずだよ。

   三階の廊下でね?

対馬:――そこまで計算してたんだ。

   だから、あの時「時間がない」って私たちを急かしたんだね。

寺沢:うん。

   ヘリの到着時間には屋上に居たかったからね。

   おーい! こっちだ! ロープを下ろしてくれー!!

石山:――やっぱり、味方にするのは秀才だな、菅原。

菅原:なんて顔してこっち見てやがんだ。

石山:別に?

   お前があの秀才に盾突いたなんて思うと、イジりたくなってな。

菅原:悪かったな。

   ――たく、あの時、大声で怒鳴ったりしたのが

    馬鹿みてぇだよな、本当。



 ――と、その時



対馬:――石山サン。

石山:どうした、対馬っ、ち?

寺沢:対馬さん?


菅原:お、お前――。


石山:対馬っち! その顔は――。


対馬:――え。私の顔、何カ付いテますカ?



寺沢:――ゾ、ゾンビだ。



対馬:――フフ、ふふふ。

   ゾンビだナンて、酷いじゃアなイデすか。

菅原:石山! 対馬から離れろ!

   コイツ、感染してやがるぞ!

寺沢:ちょっと待って! 対馬さんはいつ感染したんだよ?!

   僕たち、ずっと一緒にいたんだよ? 

石山:寺沢、離れろ!

   今はそんなこと考えてる場合じゃない!

菅原:畜生!

   う、動くな、対馬!!

対馬:――痛イよー、石山サン。ねぇ。

   身体中ズきずキするよー。寺沢クーん。

寺沢:しまった、へ、ヘリが!!

   おーい、ちょっと待ってくれ!! ああ、折角呼んだのに――。

菅原:諦めろ。

   見捨てられて当たり前だ。こっちには感染者がいるんだぞ?

   こんな状況で救助なんてできるわけねぇだろ。

   ゾンビが群らがりゃ、軍用ヘリまで墜ちちまう。

   二次被害になり兼ねねぇ。

対馬:――チッ。

   アの時、何も考エナいでエレベーターニ乗ってレば、

    ヨかっタモノをさ。

   屋上まデ来ちャウんだもンなー。運がイイよナア。

石山:コイツ、理性があるのか?

   言葉を――。

菅原:違うぞ、石山。ゾンビが対馬の喉を使って発声してるだけだ。

   「あの時」と同じだよ。

寺沢:対馬さんが、ゾンビだなんて。

対馬:ハハハハハハ。

   あル時、君たチハ偵察機ガどうノこウノッて話、シテいたナ。

   アレハ僕が操っテイたんダヨ。コーんな感ジでね。

寺沢:(訝しげに)「僕」――?

対馬:もウ扉ノ向コうにハ、仲間のゾンビが待機シテるかラ。

   君たち二モう逃ゲ場はナイ。死ヌシかナインだよ?

   闘ウ理由は無イよネ?

菅原:――お前、何が目的なんだ?

   なぜ、俺たちを狙う? 助けてやったんだぞ、対馬。

寺沢:ヘリは旋回して僕らを伺ってるみたいだ。

   助けてもらうには、「対馬さんを殺す」しかないよ。

   僕たちの手で。

菅原:対馬、を?

石山:私は準備できてるよ、菅原。

対馬:菅原クンは「ワタシ」のこと、倒せナイよ。

   ――仲間だもンネぇ?

   歓迎しテくれタモんネぇ。

菅原:(小声)お前らにはいつも迷惑をかけるな。

   これが最後だ。行くぞ、石山! 寺沢!

寺沢:おーけー。

   まずはフィールドの整備からだね?

石山:コイツ、何をしてくるか分からない。

   今までのゾンビとは明らかに違う。気をつけろよ、菅原。

菅原:あぁ。

対馬:――ヘェ。

   (少し笑って)僕ハ不死身だっテノニ、

    そんなナマクラな武器で僕ヲ倒せるワケないジャなイカ。

   舐めテルノ? 腹が立ツなー。

菅原:俺と石山が前線を張る!

   寺沢はなるべく後ろで――。

対馬:指示ヲ出スんだッタよネ?

   厄介ダカら先にコーろそット。先手必勝。

   僕カラ行くヨ? ヨっと。

石山:な、触手だと?! てらさ――ッ!

寺沢:え。(吐血する)ゴフ。

菅原:寺沢ァ!

対馬:――まズハ、一匹。

寺沢:ぼ、僕に構うな!

   ゾンビを殺すには頭だ! 

   ヘッドショット、菅原なら、できるだろ!

   行け、菅原!! 僕も最後まで、(吐血する)カハ。

   援護を。

石山:――対馬、お前! 

対馬:アッハハハハハハハ! 飛ンだ友情劇ダな! 臭ぇんダヨ!

   ウッ――?! な、ッ、対馬?!

   あ、頭ガ。ア、あ――。


菅原:な、なんだ?

石山:対馬のやつ 動きが止まったぞ。


対馬:ア、私ヲ救っテくれタ人、ハ、傷つけサせナ、イ、カラ――。


   五月蝿ェ! 人間ノ癖に、人間の癖ニ!


   に、逃ゲテ、ミ、んナ。早、ク。お前ハ――。


寺沢:逃ゲロ、菅原! いシヤま。

   対馬が、足止メヲシてイ、る間、に! ハ、や――。

菅原:寺沢!

石山:撃て、菅原! 今なら、対馬の頭を撃ち抜けるだろ!!

   菅原! 早く!

菅原:(荒い息)俺が、対馬を?

石山:早く!! 

   撃てないなら、貸せ! 私が撃つ!!

   早くしないと、私たちまで死んでしまうぞ、菅原!! 

菅原:――畜生。畜生! 畜生! 

   おい!!! 縄を降ろせよ、軍人!!

   お前らは国民を助けるのが仕事だろうが!!

   おい! おい!! 早くしろぉぉぉお!!

   仲間を殺させて、どうしようってんだよ!!

石山:――お前、どうして!?

対馬:逃ゲるナ、僕が見つケタ、僕ノ餌だァァァ!!

   く、う、動カさなイ、カら。

   私はマ、負ケナイ。ま、ケナイ。お願イ。



 ヘリから縄が降ろされる



菅原:――よし、先、登れ石山!!

   お前が先だ!

石山:どうして、対馬を撃たないんだ、菅原!

菅原:そんなことは今どうでもいいだろ!! 早く登れよ、石山!

   頼むよ。

石山:(我に返って)あ、あぁ。

寺沢:――急ゲ、ジゃなイと僕マで。

   ッ。アア――。

菅原:チッ。引き上げてくれ!!

   俺はいい! 早くしろ、躊躇うな軍人!

   (小声)石山を頼んだぞ。

石山:おい! 馬鹿! 菅原! お前!


 石山の手は空を搔く


菅原:ふー。

   (少し笑って)――俺は、成り行きで、

    このチームのリーダーになっただけなのにな。

   (溜め息)あの軍人は俺に言った。

   「犠牲になるのが自分であったとしても、守れる人は守れ」

    ってな。

   それがリーダーって、やつなんだろ? 上等じゃねぇか。

   脳天一発でチェックメイトだぜ、ゾンビ野郎が!


 菅原は撃鉄を起こして構える


対馬:馬鹿ダナァァア! 自分カら餌ニなリに来ヤガった!

   ――ア、だメ、抑エラれナ、フフフ、アハ。

   美味ソウダナァア!

寺沢:(呻き声)

石山:菅原! なんで?!

   私にだけ生き残れって言うのか?! 私も最後まで戦っ――。

菅原:石山! 

石山:――ッ?! 



菅原:――俺らは命を呈してお前を守った。

   そういうことにしてくれよ。借りは返したぜ? 生き残れよ――。



石山:菅原。



菅原:さぁ 来いよ! 対馬!

   お前の相手はこの俺がしてやる!!

   人間を舐めてっと、痛い目に遭うってこと、身体に刻んでやるよ。

   行くぞ!!


対馬:イッダダきマァァァァァず!!


石山:菅原ぁぁぁぁ!!




寺沢:「いいチーム」完 

石山:次回、第二話「旧友の名前」 

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