第7話 ウォルタナの事情
すやすやと穏やかな寝息が響く。
ウォルタナは長い鼻をアレンの顔に寄せ熟睡しているのを確認すると、微かに身震いした。
すると、長い獣毛はするすると身の内に収まり、しなやかな人と同じ形の肢体が現れた。褐色の肌に尖った長い耳、引き締まった痩身にこの世のものとは思えないほど美しい男の顔。そして、狼の頃の面影を感じさせる、絹糸のような長い紫紺の髪。
――大狼ウォルタナの正体は魔王だ。
彼は復活直後の弱体している時期に宰相の裏切りに遭い、能力の大半を奪われ命からがら魔王城から脱出したのだ。脚の速い狼にその身を変えて。
宰相は魔王を追う道すがら、大軍を率いてキュリア王国を滅ぼした。
臣下の裏切りに瀕死の重傷を負わされた魔王は、逃げ込んだ山奥でとうとう倒れた。そのまま力尽きようとしていた大狼の前に現れたのは……。
抜け穴から這い出したアリスレティだった。
泥だらけの銀髪に、かぎ裂きだらけのドレス。おおよそ一国の姫らしからぬ姿の彼女を一目見て、魔王は理解した。
『この者が今代の聖女だ』
と。
何度も死と復活を繰り返す魔王ならではの経験則だ。
天敵の出現に、命運尽きたかと魔王が諦めた……その時!
アリスレティは彼に、回復魔法を掛けたのだ。
多分、魔王をただの死にかけた狼だと思ったのだろう。
それにしても、自分が危機的状況なのに、見ず知らずの獣に情けをかけるとは。
内心呆れる魔王に、彼女は彼を鼓舞するように微笑んだ。
「立てる? ここは危険だから、離れるよ」
何故そうしたのか自分でも不思議だが、大狼の魔王は大人しくアリスレティの言葉に従った。
国境を越える山道の頂上で、彼女は燃え落ちる祖国を振り返った。
「必ず帰るから……!」
固い決意は、アリスレティと魔王しか知らない。
その後、魔王は狼の姿のまま彼女と旅をした。長い銀髪を切ってしまったのはもったいないと思ったが、少年の姿もよく似合う。ウォルタナという名前もアリスレティが付けたものだ。
彼女は聖女らしく魔物に対抗する魔法をよく扱えたし、魔王である大狼は本来の力は出せないものの日常的な戦力としては十分で、旅は順調だった。
難点といえば、魔王の正体に気づかないアリスレティが、彼の前で平気で着替えや水浴びをするところだろうか。
聖女と魔王の旅路は続いていく。そしてまた……珍妙な出会いがあった。
剣士のデリックと、射手のセルヴァン。
……どう考えても、勇者と聖剣の管理者の末裔だった。
奇しくも天敵が一同に介してしまった。
しかも、その事実に気づいているのは魔王だけだ。
それに……。
(こいつら、お互いに恋慕し合っておるな)
関係性がえらく難儀なことになっていた。
まあ、人間同士でくっついたり離れたりするのは勝手なのだが――
(後から来た人間共に聖女を渡すのは、余だって面白くないぞ)
――ウォルタナも複雑な糸に絡まっていた。
魔王はいずれ力を取り戻した暁には、
しかし、そうなると聖女であるアリスレティと勇者、それに支援国家である聖鞘帝国と戦わなければならなくなる。
ウォルタナは魔王だ。それはどこまでいっても変わらない事実。
「むにゃ……」
寝返りを打つアリスレティの頬を、長い爪の魔王の手が優しく撫でる。
彼と彼女は宿敵同士だ。
それでも……。
◆ ◇ ◆ ◇
『『『『ああ、このまま聖鞘帝国に着かなきゃいいのに……』』』』
四者は四様に同じことを思って、ため息をつくのだった。
冒険者たちには事情があって 灯倉日鈴 @nenenerin
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。