第40話 人間って怖い1

 兄が死んでから2ヶ月が経った。許さない、許さない、許さない。僕の兄を殺したのは魔王ファルヴァント。国の為にと戦争へ出かけた兄は帰ってこなかった。


 僕の家はすごく貧乏だ。母さん、兄さん、僕、妹の4人家族で、父親は魔物に殺され帰らぬ人となっている。それを知っていた僕は兄に戦争になんか行って欲しくなかった。戦争になんて行かなくなって兄さんと僕が頑張って働けば母さんの治療費も、妹の生活費も稼ぐことが出来ると思ったからだ。


 でも、現実はそう甘くなかった。母さんの治療には結構なお金がかかり、毎月医者に見て貰っても良くなる気配が全くない。それ所か処方された薬ですら効果がないのだ。もっと高度な医学が発展している貴族街に住む医者を訪ねれば良いのかもしれない。そうすれば母さんの病気が何なのかも分かる筈だ。だけど、そのためには相当な額の金が必要になるだろう。だが、今の状況ではそこまで払える金額がない。


 無料で治癒してくれるという教会で受けた治癒の魔術は全く効果がなかった。寄付をすればもっと強い効果の魔法を望むことができただろう。だが、所詮は教会側が勝手にやり始めたよく分からない運動でしかない。


 兄さんは「俺が戦争に行けば多額の金が入ってくる。お前らがこれで楽に暮らせるようになるなら頑張るから。絶対帰ってくるって約束するから」そう言って魔王領へ向かった兄さんは帰ってこなかった。兄さんが帰ってこない代わりにそう少なくない金額の金が支払われたが、兄さんの命と引き換えになった金を使う気にはなれなかった。


 兄さんの代わりに俺の手に戻ってきたのは愛情ではなく、ずっしりと重く固い金属の塊だ。こんなもので僕の心が満たされるわけなんかないだろう!





「ファルヴァント様、今日は楽しみにしていらした視察の日ですよ」


「あ、うん。そうだね。あぁ、人間界ってどんなところなんだろ。ちょっと楽しみなんだよなぁ」


「ではそろそろ行きますよ」


「うん、涼牙も行くよ」


「うん、今行く」


 元気よく出発した俺達はまさか自分達が魔族だとバレることになるなんて微塵も考えてなどいなかったのであった。


 魔王領と人間界を結ぶ間には仕掛けが施されているだろう。人間のことだ。こちらに魔族が入ってこないように徹底的に策を練っているに違いない。そう思っていた俺達は空路で人間界まで向かうつもりでいた。


 空路など使える魔族は限られてはいるものの、この4人は天才の中の天才なので問題なく空を飛行してる。魔力探知なども使いつつ、何か異変がないかを調べながら順次進んでいく。ここから先は完全に俺の領地では無い為、大雑把な地図しか頭に入っていないので、記憶だけでは不十分に感じないこともないが、そこら辺は俺の知識ではなく、よく人間界に潜り込んでいる春樹の知識が役立つ時だ。


 魔界のことに関しては俺愛知版よく知っていると胸を張る事が出来るが、人間界に関しては、初めてこの世界を訪れた人とそう変わらない程度の知識しか備え付けていない。


 正直に言えば、人間界のことは何も知らない。


「まずは屋台から見ていきましょうか。屋台は魔界とあまり変わりがないので馴染みやすいでしょうし」


「屋台を回ったら、神殿へ行って有力候補者を見つけてきましょう。相手側のある程度の力量がわかればこれから活動しやすいでしょう」


「そうだねぇ、涼牙はあんまり関係ないかも知れないけど、知ってるに越したことはないと思うから。なんとなく気配だけ覚えておいて」


「了解」


 まず最初に向かったのは王都近くの森だ。いきなり空から人間が降ってきたら魔族だと疑われかねないから、なるべく姿を隠していくそうだ。


 因みに俺らはみんなローブを着ている。色違いで作られたローブの内布には変装の魔法陣が描かれている為、魔法を展開させっぱなしにしなくても返送が出来る上、魔力が外に漏れないという利点がある。魔力が完全に外に漏れないのは外側の布に仕掛けがしてあるからなのだが、それに気づく者などそうそういないだろう。勇者などはまだ魔力感知をしっかり行う事が出来ない為、俺達のローブの仕掛けに気づくことはない。


 あの魔法バカの春樹でさえすぐに気づくことは出来なかった。


 俺はね。違和感を感じたんだけど、春樹同様瞬時に気づく事は出来なかった。


 魔道具には流石に勝てなかったけど。魔法に関しては自信がある。魔族特有の魔道具。魔族派のドワーフ達が作ってくれた魔道具は一級品で、とてもお高いが、それなりの出来なのである。そんな代物が人間界にも存在するのかを確かめるのも俺たち今回の視察の目的でもある。


 本来視察なんかに魔王が出向くまでもないのだが、人間界を知る上でも役立つ為、今回ばかりは仕方ないとクロムからのお許しが出た。


「そろそろですね」


「あそこら辺におりましょうか。ファル様、展開を」


「ん」


 俺は言われた通り魔法陣を展開する。


 姿を完全に開隠すのではなく、認知しづらくする魔法だ。あまり高難度な魔法を使って怪しまれるのはゴメンだからな。



「ではここから街まで沿う距離はないので走っていきましょうか。私を先頭に、涼牙様、ファル様、クロムの順でお願いします」


「了解」

「りょ」

「ん」


 春樹に続き森の中を全力で走り回る。人間が加速できるスピードを優に超えている気がしなくもないが、誰も見ていないのだ。問題はないだろう。


 陰で覗く黒い影に気づかなかたのは彼らが迂闊だったとしか言いようがない。



 街を出入りする為の門が存在している。その門の前には兵士がいて、警備をしている。問題はそれをどう通り抜けるか?だけど、それに関しては対策を練っている為問題はない……筈。ちょっとこれは難しい問題なんだよね。怪しいと言われて魔力探知を使われたり、魔法を解除させれれたりしなければ問題がないだろう。と思っていたのだけど……


「まぁさかねぇ、見破られるなんて思わなかったよ?」


「そうだねぇ、ていうか、魔族専用の拘束具とは言え、凄く柔らかいねぇ」


 俺は呆れたような声で自分の手に嵌っている拘束具をグニャリと曲げながら言った。恐らくこの金属は純粋な鉄だけで作られているのではなく、魔石が砕かれて混ぜてある。


 その為、魔石特有の性質を使えばこんなモノ直ぐにでも砕き散ることができる。


 魔石は魔石の容量を大きく超えると強い光を発して粉々になる。その性質を利用すれば簡単に抜け出す事が出来る……のだが、壊したら隙を見て逃げ出せないので。これも視察の一環だと思って我慢する。転移しちゃえば早かったかなぁと思うけど、ちょっと情報を漏らして欲しいから大人しく、ね。


 人間には魔族の様に直接魔石に干渉する事は出来ない。だから、干渉されるなど微塵も考えていなかっただろう。これは魔族の魔力回路の関係で可能になった事で、才能などは関係ない。人間でも才能があるからと言って魔法陣を使わずに干渉ができる訳ではないし、魔族で才能がなくても干渉だけならば出来る者も少なくはない。


 まぁ、人間も愚かだよね。人間よりも余程語感が優れている魔族に対して、結界使わずに機密情報をベラベラと話しちゃうんだから。


『ファルヴァント様、逃げますか?このまま重要情報を漏らして貰いますか?』


『漏らして貰いたいかなぁ。やばくなったら俺の転移で逃げるからいいよ』


『その時は頼みますね』


『では、そういうことで』


『了解』


 なんか大変な事になったなぁ。と他人事の様に考えているけど、内心少し焦ってもいる。

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