第30話 動き出した人間側


 はぁぁ……憂鬱だ。憂鬱すぎる。俺はクロムから受けた至急の連絡にため息をつく。今さっき、ほんとに少し前のことだ。クロムが息を切らしながら俺の執務室まで来た。


 いつも落ち着いていて、冷静なクロムからは感変えられないほどに取り乱していて、その姿を見ただけで何か良くないことが起きたのは分かった。まさかそれが勇者の到来だとは思いもしなかった。魔王領に踏み入ってきたわけではないけれど、実践を積みに来たのは確かだという。本当はこれを機に命を奪ってしまう方がいいのだけど、俺は勇者の命を奪うつもりはない。それに、元クラスメイトだ。多少は手加減するつもりでいる。ま、これに関しては俺より勇者が弱いことが前提となるけどね。


 実践経験を生むのはおそらくだが、命を奪うことを躊躇わせない為、俺はあまり抵抗なかったけど正義感溢れる陽キャ達には躊躇いを感じるだろう。いざ命を前にして「殺せ」と言われると躊躇う気持ちもわかるけど、生きる為には仕方がない。


 一番最初に俺が殺したのなんか同胞だぞ?それよりマシだろ?魔族と魔物は同じ仲間だ。言葉を操ることができなくても、魔族は魔物から生まれた異例の者たち。イコール、種族は同じ。ということだ。


 ま、そんなこんなで俺はその勇者たちの観察をしなくちゃいけなくて、今から森の中へ向かう予定だ。魔王としての服装を乱すわけにはいかないけど、装飾などの少ない服を選ぶ。剣を振るうつもりはないし、魔力を使うつもりもない。魔法によって魔力を使うことがなければ、もし魔力を感知する事が出来る者が居たとしても問題がない。人間は体外に放出されている魔力のみしか感知する事が出来ない為、見つかる確率はない。俺ら魔族は魔力を隠蔽する術を生まれた時から持っている。その為、全く問題がないのだ。


 俺はもっとこんな感じのセリフとか言ってみたかったんだけど……


「俺はファルヴァント、今からお前らの魂を喰らい尽くす者の名だその脳味噌に刻み込むが良い!」

とか

「貴様の命は俺のものだ!」

とか……


 こんなのが好きなのは俺の精神が中学2年生のまま止まって厨二病を患っているからだ。恐らく俺の精神年齢は高校生ではない。(実年齢は立派な高校生)


 俺の頭に生えている角や、背中に生えている羽根は自由にしまうことが出来ない訳ではないのだが、負担が大きいので魔道具に頼ることになった。いくら魔王といえど本来あるはずの物をしまって過ごすのは体に良くないらしい。


「ファルヴァント様、そろそろ出てきてください。行きますよ」


 俺は部屋から顔を出し、返事をする。


「あぁ。もう準備はできている」


「あとはこのチョーカーをつけてください。ミカ様から頂いたピアスはつけてますか?」


「ピアスは一時も外さないから大丈夫だよ」


「そうですか」


 クロムは俺を連れてどこかえ向かっている。普段行かないような場所だ。地下の方は良くない物が沢山あるから近づくなって言われてたんだけど……


「どこに向かってるの?」


「直接向かおうかと思いまして……東に」


「東?リーナの場所?」


「そうです」


 なんか気が重そう……でもわかる気がする。魔族には少ないフレンドリーな性格の子だもんね。見た目中学生くらい。明るくて接しやすいけど初め会った時は驚きすぎてフリーズした。そして一つ確信したのが俺は陽キャにはなれない。という事だ。


「この門を潜ってください。向こうには連絡してありますので何も言われないと思います。多分……」


 何その不安そうな表情……こっちまで不安になってくるんだけど。俺は言われた通りに門を潜る。すると一瞬「グワン」とし、次目を開けたときには東領についていた。


パァン


 クラッカーのような音がする。俺に向かって飛んできたのは魔物の形をしたマスコット。な、なんでこんなものが飛んで来るんだ!


「リ、リー?」


「はい、ファルヴァント様、リーナでございます!わぁ、ほんとに来てくれた!じゃあ、客間に案内するね!ゆっくりできないと思うけど、少しの間くつろいで行って!私はクロムと話してくるから!」


「あ、あぁ」


 ま、また圧倒されてしまった……そういやこのマスコットどうしよう……


「あの、これは?」


「あ、それは私が作ったの!よくできてるでしょ?」


「うん、可愛い」


「きゃー!魔王様に褒めてもらえた!リー頑張った!」


「うん、頑張った。偉い偉い」


「ファルヴァント様がリー様を完全にコントロールされていらっしゃる……」


「あのお方は異常ですから」


 という会話をするクロムの声が聞こえる。


「あ、クロム、話するわよ!」


 クロムは連れていかれ、俺は別の部屋に連れて行かれた。そこで紅茶とお菓子をもらった。なんとこの領地で作ったものだそうだ。原材料は無理だったけど、材料からは全て手作り。とてもおいしかった。


 砂糖の甘さではなく、果実の甘さが口いっぱいに広がるクッキーや果実をたっぷり使ったフルーツタルト、ピンクや水色、黄色などいろいろな色をしたマカロン、などなど沢山のお菓子を貰った。みんな遠慮しないで食べてというので俺はちょっと食べすぎたかも知れない。


 そして待女から「リー様のクラッカーなるもののを中身を受け止めたのはファルヴァント様が最初」だと言われた。なんかちょっと嬉しいかも。結構なスピードで飛んできたから咄嗟に受け止めただけだけど。


 リーがくれると言ったのは可愛いイラスト化されたブラックフェンリル。毛がもふもふしていてとても触り心地が良い。顔も鋭い瞳はしているけど、どうしても可愛く見えてしまう。このマスコットリーに他の魔物も作るように依頼するか。


「お待たせしました。ファルヴァント様、行きましょう」


 俺はクロムに続いて東の城を後にする。森に向かって歩くこと十分。あまり時間もかからず森についた。ここからは迂闊に魔力を使えない為、周囲の警戒も魔力に頼らず行わなければならない。結構精神を削られるけど、頑張る。


 勇者一行は森の入り口付近に拠点を建てており、そこから数日間滞在する予定だそうだ。何処からそんな情報を手に入れているのか気になるが、クロムもクロムで刺客などを送り込んでいるのだろう。


「あ、誰かいる。来おつけて」


「どこに、ですか?何も感じないのですが……」


「あっち」


 俺は気配の感じる方を指差す。何かいるにのだ。確実に。でも、何がいるのかわからない。魔力を感知できるほど持っていないか、魔力を隠蔽しているかであまり感じ取ることができない。俺たちは警戒しながら気配に向かって歩く。するとそこに現れたのは……


「ま、魔族?」


「赤子、ですか?」


 まだ喋れないような幼子が木の上に置かれている。捨て子だろうか?赤子の上には一通の手紙が置いてある。


「読んでみますか?」


「うん」


 内容は……うん、捨て子だね。お母さんはもうこの世にいないみたいなことが書いてある……というかなんでこんなところに?と思いつつ俺はこの子をどうしようかと考えた。ずっとここに置いておくわけにはいかないから連れて帰るようかな?


「とりあえぜ連れて帰りましょうか」


「そうだな」


 俺はそう返事をして勇者一行を探す。取り敢えず今回の目的を果たさずに帰るわけにはいかないからやる事だけやって夕方一回帰るつもりだ。赤子の名前は包まれているタオルに書いてあった。涼牙りょうがと。


「涼牙か。いい名前だな」


「読めるんですか。この漢字なんて読むかわかりませんでした。とても特殊な読み方だったので……」


 そうか、この世界ではあまり多くの漢字は使われていないからな。大体小学校一年生から3年生くらいまでの漢字だけだそれに、名前に漢字を使う人は少ないからね。晴樹も漢字だけど、よく使う漢字だったから読めたのかも。


「それより、さっきから肌にビシバシと魔力を感じるんだけど……勇者たちかな?」


「え?全く何も感じないのですが……」


「こっちの方向」


 俺は魔力を感じる方向を指指す。


「行きましょう。着いていくので先導お願いします」


「あぁ、前はまかせろ。後ろは任せた」


「はい」


 俺は茂みに隠れながら前に進む。迂闊に姿を晒す訳にはいかないから最大の注意を払う。すると今まさに戦闘中の勇者たちに出会った。


 県件の振り方も魔法の魔力使用効率もずば抜けてできているとは言い難い。他の騎士たちから比べるとまだマシなものの、やはり剣筋は鈍く、剣に重さがない。それでも下位の魔物である為なんとか太刀打ちできている状態だ。正直な話、俺はこんなんで俺倒しに来んの?と思ってしまった。多分クロムでも勝てる……


 それぞれ俺の配下達と同レベルって言ってたから相当強いのかと思ってたら、神の加護のおかげで強かったらしい。剣技だけならば勝てる……そういや、あの報告書は?あれ嘘だったの?全然話と違うんだけど……


「弱いですね。ただ、聖属性の魔力が強いです。流石異世界から来た勇者といった所ですかね」


「剣技はそうでもなくない?」


「ファルヴァント様の目が可笑しいだけですよ。剣技もある程度は出来ています。基礎が全然だからそう見えるだけでしょう」


 そうなんだ。基礎ができてないってどういう状況?基礎が出来ないと剣使いこなせないんじゃないの?


「基礎ができてなくても剣が使えるくらい肉体や体力が馬鹿げているんですよ。ファルヴァント様は頑張ってご自分でご加護を得てください。そうしないと聖属性の光に抗えません」


「だから毎日祈ってるんでしょ?」


「そうですね。これからも精神してください」


 俺は勇者を見て俺に挑む時、どのくらい強くなっているのか気になった。俺に挑みに来るのは何年後になるのだろうか?この調子だと来年に来るのは無理そうだな。


 そう思い、俺は「ふっ」と鼻で笑った。

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