第28話 床で寝た代償

 床で寝たから腰が痛くて起き上がれなくなった俺は、魔法で癒しているのにも関わらず治らないのはなぜだろうか?そんな疑問を持った。何度も試しているのだが、一度も成功してない。おかしい、おかしいのだ。本の通りなら魔法を使えば必ず痛みは引くはずなのに痛みを取り除くことができない。魔力がうまく使えていないとか、術が発動していないわけではないのだ。


「っ、いった」


 体制を変えるたびに軋む体。そのうちどこかからギシギシと音が鳴りそうだ。今はまだ体におかしなところはないとはいえ時期に壊れそうである。そんな危険な状態の体に魔力を送られている俺はもう死にそうだ。


「そろそろお昼ですが、ここに食事を置いておきますね」


「ねぇクロム、なんか俺の体治癒魔法聞かないんだけど」


「そもそも魔族に人間用の魔法が効果あるとでも?人間からすれば聖の光は薬ですが、魔族からすれば聖の光は毒ですよ?もっと具合が悪くなりますよ」


 なのに聖の光を俺の体に送ってるの?バカなの?アホなの?それとも俺を苦しめたいの?俺はもう十分苦しんだから十分なんだけど。


「とりあえずこの魔術具を取ってほしいんだけど……ダメ?」


「食事の時だけなら。その代わり食事が終わったら自分でつけてくださいね?」


「わかった。何もしてないけど腹へった」


「じゃあ、召し上がってください」


 クロムはそう言って部屋を去って行った。こういう時って無断で部屋に入ってくるんだね。寝てないから鍵を閉めていないっていうのも理由の一つなんだろうけど。クロムは部屋の鍵開ける鍵持ってると思うんだよなぁ。


 俺は魔道具を外して、食事を頂く。今日のメニューはカレーにハッシュドポテトに米のような人間界の穀物に豆腐。今日の豆腐は醤油とネギがトッピングだ。


 米のような人間界の穀物は多分地球で言う餅米だと思う。もちもちとした感触からそれに近いと考えた。まぁ、その米をついてみればわかるだろう。ついてみて、餅になったら餅米だ。餅米を平たい形に整えて焼くと美味しい。うるち米と餅米を混ぜて焼くのが一般的なせんべい作り方だけど、もち米で作っても美味しい。まぁ、平たい餅だからね。もう、せんべいじゃないんだけどね。


 因みに、うるち米は地球で普通に普段食べてる米のことだ。


 ん〜!うまい!やっぱクロムのご飯は最高だよ。カレーという日本でもよく食べることのあった料理だけど、異世界のカレーはまたちょっと違った風味で美味しい。


 俺は食事をとりながら魔道具のことについて考えた。晴樹からと言われ、クロムから渡された魔道具は聖属性の魔力を体内に送り込むものである。それではいつまで経っても腰が治らないのではないか?と考えた俺は言いつけを守らずに寝台へと向かった。だが、魔道具は近くに置いておいて、クロムが来たら着けるようにする。


 この頃のクロムはというと……ファルヴァントの今日やる筈だった書類を片付けていた。横に積まれているのはこれから片付ける膨大な書類だ。元々クロムはファルヴァントの書類を手伝っていたので、ある程度の量は毎日こなしていた。攻撃魔法を使うのはあまり好まないが、攻撃魔法でなければ日常生活でよく使っている。火おこしや発酵、自動筆記などなど便利な魔法で自分の仕事を軽減させていた。そして今も自動筆記を使って自分の腕と羽ペン3本を操り、普段の3倍速で仕事をこなしている。それにも関わらず膨大な書類が積まれているのだ。普段ファルヴァントは一体どれだけの量を行なっているのだろう?と思ってしまうのは致し方ない事だと思わずにはいられない。


 普段家事全般を行なっているが、書類にかかる時間はせいぜい3〜4時間程度。他の仕事もあるから量が少なくなっているのもあるけど、今ファルヴァントがこなしている書類の量は多すぎる。これは部下を増やすべきかと考えつつ、今日の城の最奥部の掃除は諦めるべきかと思考を巡らせる。


「クロム、クロム、手伝うぞ?」


 ファルヴァント様から敬語はいらないという許可を得たらしい使い魔の亜陸はクロムの隣にある書類を見て手伝うと申し出てきた。正直言って今の状況はかなり厳しかったから助かる。


「頼んでもよろしいですか?」


「じゃあ、半分ね」


 そう言い、亜陸は書類をドサッと他の机へ持っていく。その小さな体で重い紙の束を運ぶのは難しそうだが、亜陸は何食わぬ顔でそれをやってのける。


 その後は黙々と書類を片付けた。色々と国内で問題が起きているみたいだけど、その大半が喧嘩報告なのである。クロムはケンカをするほど仲がいいのだからこれくらい問題ないだろうと思ったが、最近やけに喧嘩報告が多いな、と頭を悩ませた。これが何か悪いことの象徴ではない事を祈る事しか今は何もできない。


 クロムはファルヴァントの印が必要なものだけをまとめ、それをファルヴァントの自室まで持って行き、寝室には入らずに書類と伝言だけ残して帰った。


 そしてそのまま食堂へ向かい、ファルヴァントの夕食を作る。今日のメニューについて全く考えていなかったので、ファルヴァントの好きなチーズインハンバーグを作ることにした。それに玉ねぎスープと、餅米を用意する。本当はうるち米がいいのだが、餅米の方が値段が安い。それに、ファルヴァントは餅米を気に入っているみたいだからうるち米にする予定はない。


 夕食の支度を終えるとファルヴァントに夕食ができたと伝えに行き、歩けるのなら寝室から出てくるように促した。



「ファルヴァント様、夕食の時間です。起きられるのならこちらまで来てください」


 そう声がしたので俺は手首に魔術具をつけ、寝室から出る。これをしなかったおかげでだいぶ楽になり、座る、立つ、歩くぐらいはできるようになった。


「あ、ハンバーグ!」


「今日はデミグラスソースのチーズインハンバーグです。それに玉ねぎスープと餅米です」


「うん、今日も美味しそう」


 俺は席に座って食事を頂く。こういうときだいたいクロムは俺のことを眺めてる。食べずらいが、気にしないようにして夕食を頂く。


「美味しかった。ご馳走様でした」


「だいぶ元気になりました?」


「うん、寝てたおかげでね」


 俺はそう言ってさっき作ったブレスレットをクロムに渡す。紐だけで編んだからあまり丈夫じゃないけど、結構かっこよくできたと思う。


「くれるのですか?」


 その問いに俺は頷き、クロムの腕につけてあげる。特殊な編み方をしたからそう簡単には解けないはずだ。術式も結界という魔力攻撃や物理攻撃を跳ね返すものの術式を組み込んでおいたから護身としても使えるだろう。これは我ながらいい案だと思った。


「もしかしてこれ、術式付与しました?ファルヴァント様の魔力を感じます」


「うん、付与したよ。クロムを守れるくらい強力な術式を組んでおいたから安心して」


「安心できません。このような魔法が付与された魔道具はそう簡単に手に入るものではないのですから。作らないでください」


 クロム曰く、こういった術式の付与されたものは専門の職人が行なっている為、数が少ないのだそうだ。それも一つ一つ手作りだから、値が張るらしい。


 だから作るなと言われた。ちょっと悲しいかも……クロム喜んでくれると思ったのに……と凹んでいると、


「これは嬉しいです。ですがあまり不用意に作らないでいただきたいのです。分かりましたか?」


「あぁ」


 俺は返事をし、チェスの作りかけのコマを削る。その間にクロムは開いた食器を持って出て行ったようだ。寝る前にはもう既にいなくなっていた。

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