第216話 国王崩御

 ビビは両手で顔を覆ったまま、嗚咽をもらす。

 「・・・」

 その華奢な身体を、カリストがそっと慰めるように抱きしめる。

 イヴァーノは目を逸らし、グラスについだワインをくゆらせ、「友に、」と呟き飲み干した。


 「ソルティア陛下から聞いた。お前が元の世界に戻った理由も。神獣ユグドラシルの加護の事も」

 コトリ、とテーブルにグラスを置き、イヴァーノが口を開く。

 「お前が神獣ユグドラシルの加護を世界樹に封印したことにより、ダンジョンのゲートの威力が弱まった。完全制圧して封印するのに時間はかかったが・・・あのまま神獣の加護を受けたお前がここに残り、俺たちと共に戦っていたら戦局はどうなっていたかわからん」

 「イヴァーノ・・・総長」

 「だから、総長じゃねえって。議長、と呼べ」

 イヴァーノは揶揄うように笑ってみせる。相変わらずどこか凄んでいるような赤いまなざしは、騎士団総長の座を譲り戦場から離れた影響もあるのか、少し和らいで穏やかに見えた。


 「無事にお前は10年かけてこの世界に戻ってきてくれたが・・・元の世界に残してきたものも多いだろう。連中の代わりに礼を言う。あと、すまなかった」

 「そんな・・・わたし、」

 「ビビ」

 抱きしめるカリストが、その言葉を遮る。

 「俺にも謝らせてほしい。お前の気持ちをわかっていたのに・・・わかっていながら止めた。俺だけでも、お前を受け止め送り出してやるべきだったと・・・お前がいなくなってずっと後悔していた」

 「カリスト・・・」

 「時間だな」

 イヴァーノが呟き、立ち上がる。

 ビビを抱くカリストの腕の力が強まり、戸惑い顔をあげると、イヴァーノの赤い目と視線が合う。


 「ビビ、今からお前をソルティア陛下の元へ連れて行く」


 ※


 王族の居室エリアに足を踏み入れた時、空気が暗く、淀んでいるのを感じた。

 王族の居室は城の最奥に位置している。王城に足を踏み入れたことは過去何度かあったが、謁見の間か騎士団総長の執務室止まりで、ここまで奥へ立ち入ったことは、以前のビビの時でもなかった。

 奥に進むにつれ、空気の淀みはさらに濃くなり、カリストの手を握る手は無意識に震えていた。

 「大丈夫か?」

 カリストに問われ、頷く。

 ドアの前に立っている二名の護衛の騎士に、カリストは目で合図をした。

 彼らは軽く会釈をして、ドアを開く。


 「サルティーヌ総長、カサノバス議長も・・・」

 若い男の声が聞こえ、顔をあげると、一人の王族の衣装を着た青年がこちらに向かって歩いて来る。

 「バートルミー殿下」

 イヴァーノの声に、ビビは顔をあげる。あげて、イヴァーノとカリストの間から見える青年と目が合い、思わず目を見開いた。

 「バートルミー・・・殿下?」

 牧場で無邪気に走り回っていた、やんちゃな少年は背が伸び、すっかり成人した大人の青年になっていて。

 ガドル王国王族思わせる黒曜の瞳をビビに向け、彼もまた驚いたようにイヴァーノを見返す。

 「議長、こちらの方は?」

 「カリストの婚約者で、ビビ・ランドバルド」

 イヴァーノの言葉に、更に戸惑ったようにビビとカリストを見比べる、バートルミー殿下。

 「え・・・でも、この方、どうみても僕と変わらない・・・」


 「殿下、詳しいことは後ほど。陛下の具合はいかがですか?お目通りは叶いましょうか?」

 何故かビビを背後に隠すように、カリストはバートルミーに問う。

 イヴァーノは軽く噴き出し、ビビはわけがわからずおどおどとカリストの背中でもがくが、カリストの手がビビをバートルミーの前に出すことを拒否しているようで。

 「・・・父からは、二人がきたら同行者も合わせて通すよう言いつかっています。どうぞ、こちらへ」

 バートルミーに案内され、さらに部屋の奥へ。

 バートルミーはドアを開き、振り返る。

 「僕はここで待っています。そう言われているので・・・なにかあったら声をかけてください」

 「ありがとうございます」


 ※


 通された部屋は薄暗く。

 空気は重く淀んでいて、息苦しさを感じる。

 部屋の中央にある天蓋付きの大きなベットに、横になっている・・・


 「やあ」


 目線だけこちらに向けて、目を細め、彼は懐かしそうに言った。


 「久しぶり、ビビちゃん」


 「・・・ソルティア・・・陛下?」

 ビビは茫然と立ちすくむ。手を握っていたカリストの手がそっと背中を支える。


 漆黒の髪はすっかり色がぬけて白髪に。肌は病的にくすみ、やつれ。彼が重い病に冒されているのが見て取れた。

 そして肩にはっきりと見える黒い影。


 ビビはよろよろとベットに近づき、膝をつくと、そのやせ細った手を握りしめる。その手は氷のように冷たかった。

 「・・・陛下」

 「良かった・・・無事にメッセージ受け取れたんだね?」

 目を細め、口元に薄い笑みを浮かべ、ビビの手を弱弱しく握り返す。

 「なぜ・・・なぜ、こんなことに・・・」

 みるみるうちに涙が溢れ、零れ落ちる。

 ソルティアはイヴァーノと同年代で、まだ五十代の壮年だったはずだ。なのに、その容姿はもう寿命間近の老人のもので。病に冒されているのは一目瞭然だったが、神獣の加護を持たない今のビビには、彼の身体の中で何が起きているのが、知る由もなかった。

 「陛下が・・・わたしを呼んでくれたんですか・・・?」

 「うん。でも・・・僕だけの力じゃない、よ・・・?」

 もう言葉を発するの億劫なのか、ソルティアは小さく息を吐きだす。

 「いいね・・・」

 「えっ・・・?」

 「さすがに、【オリエ】の器を使うわけには、いかなかったから・・・君がGAMEで作った"オリエ"の器をそのままコピーしたんだ」

 「・・・」

 「ふふふ、さすが女神ジュノーの祝福ギフトもちゃんとついてきている」

 「陛下・・・」

 「ちょっと、身体を酷使した後では、きつかったけどね・・・」

 ソルティア陛下はガドル王国歴代の国王の中で最強の魔力持ち、と言われていた。仮にも太陽神でもある男が、箱庭でその寿命がつきるまで魔力を放出する事案など・・・。ビビははっとする。


 「陛下、まさか・・・」

 冥界に繋がるダンジョンの全ゲートを制圧し、封印するのに一年かかった、とカリストは言った。創造神に定められた因果率により、大地が浄化される前触れと言われたこの禍が、たかが一国、二国の戦力で一年足らずで鎮圧でき、いくら加護を重ね付けした帯を身に着けていたとしても、死者が一人も出なかったとは奇跡に近い。定められた因果率を覆す・・・他の力が加勢したとしか思えない。ならば考えられることは、ひとつ。

 ソルティア陛下は小さく笑った。その笑みにビビの身体に震えが走る。


 「・・・陛下、最初から終わりにするつもりで・・・?」

 「ビビ、」

 後ろからカリストが背中に手を添える。

 「聞いて、ビビちゃん」

 そっと力なく伸ばされた手が、ビビの涙で濡れた頬を撫でる。

 「僕は僕の意思で動き、選んだ。今まで【オリエ】の為でしか生きることに意味を見いだせなかった僕が・・・最後の最期で統べる王、として皆を護れたんだ。後悔はない」

 「陛下、でも・・・」

 「君のおかげ、なんだよ。ビビちゃん・・・だからどうしても君にお礼がいいたかった。そして望むなら・・・僕の代わりにこの箱庭へ戻ってほしいと・・・君にメッセージを送った」

 メッセージに何が書かれていたかはわからない。でも、ビビが望んだからこそ、再びこの場所に転移したのだろうと、そう思った。

 「君を縛るものはなにもない。この国で、国民として・・・愛する者と添い遂げてほしい。・・・君の母親の分も」

 苦し気にソルティアは息をつき、そしてふりしぼるように、やわらかな笑みを向ける。

 「ありがとう・・・これで、【オリエ】の元へ行ける」

 「・・・っ、陛下!」

 「カリスト、」

 「はい、陛下」

 カリストがベットに跪く。

 「ビビを頼む・・・ね?誰よりも幸せにしてあげてほしい」

 「御意。決して、離しません」


 「神官長様と巫女様がお見えです」

 部屋に響く、声。


 「・・・つ、ぅ・・・!」

 ソルティア陛下の手を握りしめ、うつむき嗚咽を漏らすビビを、宥めるようにやさしく引き離すカリスト。

 そのまま抱きしめて、部屋に入ってきた神官長と巫女にベットの場所を譲るために移動した。

 「ビビ、」

 「・・・」

 カリストの胸に顔を埋めたまま、ビビは耳を塞ぎ、聞きたくないというそぶりで激しく頭を振る。

 「・・・か、へい・・・かっ」


 ・・・・・・

 ・・・・・・


 死者を見送る神官長の低い声が、遠くで聞こえる。


 この日の夜、ガドル王国全土に、国王ソルティア・デル・アレクサンドルの崩御が知らされた。

 そして王太子殿下であるアンセルム・アレクサンドルが次代の国王に指名されたことが、同時ベロイア評議会より発表となった。


※※※※※

お読みいただき、ありがとうございます♡

残すところ、あと3話となりました!うーん、感無量…(笑)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る