第215話 過ぎる時、巡る時

 「ヴェスタ農業管理会のプラットは2年前。あと、お前が懐いていた、ファビエンヌ・チェスロック。彼女は去年に・・・」


 ぽん、と肩に手を置かれ。

 はっとして顔をあげると、隣に座っているカリストと目が合う。


 「大丈夫か?」

 「・・・カリスト、」

 「酷な話だが。お前の居ない10年間、こちらでは確実に時間は過ぎているんだ。平等に」

 イヴァーノは懐から小さな箱を取り出し、ビビに手渡した。

 「これは・・・」

 「開けてみろ」

 箱には封印が施されていたが、ビビが手に取ると呆気なく解除された。

 箱の中には、乳白色の珠が。

 「・・・?」

 パアッと発光する。


 "うーん、位置はこんな感じ?"


 目の前に現れたのは、ファビエンヌのホノグラム


 "はぁい、ビビ元気?"


 ファビエンヌは彼女特有の、キツネを連想させる笑みを浮かべ、手を振ってみせる。


 "あなたが前に、リュディガー師団長から預かった通信具をバラして、記録魔具を作って、それにメッセージを入れて残していったでしょう?ジャンルカの研究データから、その記録魔具の設計図を見つけたから!この私が研究に研究を重ね・・・もう、複雑すぎて解析が大変だったのよ!あなた、ほんと頭の中どうなっているのかしらね"


 くすくす笑うファビエンヌの姿が涙で滲む。


 "まぁ、無事なんとか完成したからね。イケ熟メン?な親父どもと実験兼ねて、あなたにお返し☆メッセージを残そうと思います"

 言ってファビエンヌが振り返った先に、現れたのは・・・


 "ビビ・・・久しぶり"


 「リュディガー・・・師団長」


 変わらぬ、慈愛に満ちた優しい笑顔。最後に会った時より、顔のシワは深かったが・・・いつでもビビを暖かく見守ってくれた男は、ニコニコしながら手を振ってみせる。


 "お前さんってば、ドサクサに紛れて・・・なにつくってくれちゃうの"


 "でも、凄いよなぁ?音声を残したり伝える魔具はあったけど、動画まで残す技術なんてなぁ"


 後ろからひょっこり顔を見せるのは、オスカーだった。相変わらず日焼けした肌に白い歯がまぶしい。


 "これ、防犯や、王国の記録を残すのに使えるよな?まぁ、こんなん扱える人間なんて、たかが知れているが・・・おい、ファビ。これ取説なんてあるのか?"


 この頃のイヴァーノは、まだ目に傷は負っていないようだ。


 "まぁ、お陰さまでこうしてビビさんにメッセージ残せるのは喜ばしいことです。本当はこんなもの残さなくても、ビビさんが無事に戻ってくれるのが一番なんですけどね"


 プラットも笑いながら横から参戦する。

 見る限り、背後のテーブルには、ワインとつまみの盛ったお皿が並んでいる。皆で飲んでいたのだろうか。

 愛すべき親父たちは笑いながらワイングラスをかかげ乾杯をする。リュディガーはビビが居なくなってからの経緯を説明を始めた。


 ※


 まず、ビビが元の世界に戻ったと当時に、箱庭の住民から"ビビ・ランドバルド"と"龍騎士の始祖オリエ・ランドバルド"の記憶と記録がすべて消滅していたこと。

 一般の国民はそれを受け止めていたが、リュディガーや武術組織のスリートップや、他、ビビと近しい者たちははずっと違和感を感じていたこと。

 一年後のある日、リュディガー、イヴァーノ、オスカー、プラット、ファビエンヌ。そしてカリストがガドル王城に呼ばれて、そこでソルティア国王陛下から、今までの一連の出来事を語られ・・・記憶を戻されたこと。


 カリストのみ、最初から記憶がなくなることはなかった。

 それは、彼とビビを結ぶ"魂縛"の誓約魔法がまだ有効だったからで。とはいえ、ビビの器は消滅していたため、その効力が元の世界に戻った魂にも及んでいたかは、定かではない。

 ひとえに、全てにおいて、カリストのビビに対する"執着"が勝った結果、なのだろうと、ソルティア陛下は推測していた。


 ソルティア陛下はビビの記憶が完全に消えなかった彼らを選び・・・

 いずれビビをガドル王国に旅人として召喚することを告げる。

 それは5年後か10年後か、それ以上か。

 自分たちが生きているうちに、ビビが戻ってきてくれるならいい。だが、その保証もない中、彼らはビビに何を残せるか考えたのだ、という。

 そして、他の親しい人間の近況を語る。


 ジェマ・アレクサンドルは長期討伐後に妊娠が発覚し、そのまま近衛兵を辞め王家に入ったそうだ。今では二児の母親となっている。

 アドリアーナ・ソレルはイヴァーノの後を追い退団。ベロイア評議会の議長であるイヴァーノの補佐として活躍中。

 デリック・ガリガとオーガスト・キャンベルは現在もハーキュレーズ王宮騎士団に。

 エリザベスはエルナンドとの間に子供を三人授かり、現在はヴェスタ農業管理会の婦人部を通して、美容教室を開いて若い女性達の教祖となっているそうだ。

 ヴィンター夫妻には子供が一人。ヴィンターはなんと翌年に近衛兵のトーナメントに参戦して、魔銃を扱う近衛騎士団を結成し、活躍中。実はカリスト・サルティーヌにずっと憧れていたのだという。

 カルメンは山岳兵副団長となり、現在は四人の子持ちだそうだ。

 フィオン・ミラーは現ヴァルカン山岳兵団長に就任。9歳になる息子はその才覚を現し、早々にダンジョンに潜って鍛錬に励んでいるのだとか。


 "そうそう、子供といえばな?・・・ひとつビビに頼みがある"

 リュディガーは彼らしからぬ、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 "もし、カリストとの間に息子が産まれたら・・・是非、俺の名前を付けてくれないか?"


 ビビは目を見開いた。


 "なんだそりゃ、新手の嫌がらせか?"

 オスカーが爆笑している。

 "何を言うか!大事な娘がよりによって・・・騎士団の若造にもっていかれるんだぞ?これくらい許されるだろう!"

 "めんどくせージジイだな。息子がお前みたいに育ったらどうするんだ。悪いが息子は俺が立派な騎士に鍛えるからな。安心して成仏しろ"

 "許さんぞー!魔銃士に育てて将来はカイザルック魔術師団のトップにな・・・"

 "はいはい、なに当人無視してまだ産まれてもいない子供の将来決めてるの"

 オスカーが間に入る。

 "あ、でもビビの子供ならヴァルカン山岳兵団はいつでも歓迎だからね。そうそう、カルメンんとこの長子は娘だから、婿にどお?"

 "息子とは限らないでしょう?娘なら是非、ヴェスタ農業管理会の婦人部に!ビビさんの娘なら天使のように可愛いでしょうねぇ"

 "もう!いい加減にしてよね。魔力がもったいない!終わるわよ!"

 ファビエンヌが声をあらげると、イケオジ4人は慌てて身を正す。


 "失礼、じゃあ最後に"

 リュディガーは咳払いすると、ビビのいる方へ目を向ける。

 "もう会うことはないかもしれんが・・・ビビ、俺はお前さんを家族同様愛していたよ。この国に来てくれてありがとう。俺たちと出会ってくれて・・・ありがとう。これからのお前さんの人生に、女神ノルンと神獣ユグドラシルの加護がありますように"

 "孫の顔を見れないのは残念ですが・・・愚息をこれからも支えてやってください。そうそう、マリアはヴェスタ農業管理会の婦人部長なんですよ?就職の際は声をかけてくださいね"

 "ビビ、お前と出会えて楽しかった。お前がこれを見るときは・・・俺たちのうち誰かはいないかもしれないが、悲しむことはない。時は過ぎるのではなく、巡るのだから"

 "そう、だから生きていれば会えるわ。私たちは繋がっている。それを忘れないでね"


 幸せになるのよ?


 ファビエンヌは微笑み、そして画像は空気に溶け込むように消えていった。

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