第214話 騎士団総長カリスト・サルティーヌ

 ベティー・ロードの酒場を強制退出させられ、カリストはビビを連れて城下町をガドル王城に向かって歩いて行く。

 しっかり手を繋いだ二人に、すれ違うイレーネ市場の住民は驚いたように二度見をするのに、ビビは落ち着かない。

 元の世界に戻る前は・・・ほんの10日ほどだったけど、カリストの自宅から毎日通って、一緒にイレーネ市場へ買い物したりしていたから、最初こそ驚きの視線を向けられていたが、それでも最後は公認みたいな感じで受け入れられていたと思う。

 好奇な視線に、久々だなと困惑して、なんとか距離を置こうとするが、いかんせんカリストが片時も離そうとしない。

 片手でビビの手を握り、もう片手でガジュマルの鉢を抱え。イレーネ市場の住民には自分たちはどのように映っているのだろうか。


 先ほどのベティー・ロードの酒場での騒ぎを見る限りは、カリストは未だ独身であるのはわかる。

 「あの、カリスト・・・」

 「なに?」

 「その、ここら辺は道わかるから、離してもらっても」

 「駄目、俺から離れないで」

 言いながら、さらに手を握る力を強める。

 「嫌なの?」

 「嫌、っていうか・・・」

 四方八方から突き刺さる視線に、ビビは思わず苦笑する。

 「まだ、心がついてこなくて」

 「・・・ごめん」

 カリストの足が止まる。

 顔をあげて、ビビは戸惑う。自分を見下ろす青い目が、まるで迷子の子供みたいに不安げに揺れていたから。


 「あの・・・、」

 「強引だっての、わかっている。でも・・・手を離したら、お前またどっか行ってしまいそうで」

 「・・・カリスト」

 途方にくれた顔をしていたのだろう。ビビの困惑した様子に、カリストは自嘲めいた笑みを口元に浮かべる。

 「本音は、このまま縛り付けて閉じ込めてしまいたいくらいなんだ。誰の手も目も触れない場所に」

 ビビは目を見開く。

 「引いた?でも引かれたって、逃がさないから」

 言って、握る手に力がこもる。

 「もう絶対・・・逃がさない」


 「・・・っ、」

 ビビは大きく目を見開いたままよろめき、後ずさるが、手を握られているから開いた距離は、半歩にも満たない。

 「む、・・・」

 「え?」

 「無理・・・っ、」

 次の瞬間、ビビの顔は真っ赤に染まった。

 「直視不能!無理!眩しすぎる!危険危険危険!!」

 言って、空いたほうの手で、必死に顔を覆い、そむけた。

 「は?」

 「そんでそう、さらりと殺し文句を!」

 「ビビ?」

 いきなりテンションのおかしなビビに、カリストの動きが止まる。


 「10年前も強引なところ、ありましたけど!なんですかその色気、フェロモン!犯罪ですよ、わたしにどう対抗しろと?閉じ込めるなんてそんな犯罪めいたヤバいことを!でも是非お願いしますと言いそうになった自分が怖い!」

 早口でまくしたてるビビに、カリストはびっくりしたような顔をしたが、ビビが羞恥で赤くなって震えているのに、思わずプッと噴きだした。

 「何それお前、ウケるんだけど」

 「ひどい!なんで笑う・・・」

 コトン、と足元にガジュマルの鉢を置く音。次の瞬間、ぎゅっと抱きしめられ、固まるビビ。


 「え、あ、あの・・・?」

 慌てふためくビビにかまわず、カリストは無言でさらにきつくビビを抱きしめる。

 周囲はどよめき、遠巻きにこちらを伺っている視線が容赦なく突き刺さる。一瞬頭の中が真っ白になるも、小刻みに震えているカリストを拒むことはビビにはできなくて。少し考えをめぐらせたのち、そっと両手を背中に回す。

 ぽんぽん、と安心させるようにやさしく叩き、抱き返した。

 「カリスト、大丈夫、ですから」

 「・・・うん」

 やわらかな黒髪が頬に触れてくすぐったい。

 「わたし、ここにいます。どこにも行きません・・・」


 ※


 「・・・え??カリストって、騎士団の総長なんですか?」

 連れてこられたのは、以前住んでいた城下町にある一軒家ではなく、ガドル王城の騎士団総長の居室。

 王族の警護にもあたる騎士団総長は、有事の際も迅速に動けるように王族と同じガドル王城内に居を構えている。

 びっくりしてビビが尋ねると、騎士団のトップになって、もう5年になるという。25歳で総長、なんて・・・凄すぎる。

 以前ビビが贈った、ユグドラシルの加護の指輪は当たり前だが、その効力を失い恩恵は受けられていないはず。まさに彼の実力といえよう。

 よく見れば、装いもかなり変わっていた。

 騎士団は白い制服、隊長 副隊長は黒い制服。そして目の前のカリストは・・・深緑に金糸の柄が入った、王家の衣装と同色の制服を身に纏っている。

 全身白銀の鎧だったのが、ずいぶん身軽になったな、と思う。代わりに団服に加護が練り込んであるのだ、とカリストは説明する。


 「これ提案したの、ビビだろ?」

 カリストの袖口を掴み、感心したようにまじまじと観察するビビ。可笑しそうにカリストはビビを見下ろした。

 今やユグドラシルの加護の恩恵のないビビには、どう見ても普通の生地との違いがわからない。

 「・・・そうでしたっけ?」

 「10年前に、飲みの席で提案しただろ。実際正式に採用されるまで3年かかったけど・・・お陰さまで各ダンジョンの致死率が飛躍的に下がって、ここ数年はダンジョンでの戦死者数ゼロ」

 ビビは目を瞬く。

 「お前が居なくなった後の、グロッサ王国と連携を組んだ大規模なダンジョン討伐ね。結局全ダンジョンを制圧して、ゲートを封印するのに一年かかったけど・・・負傷者はあれど死者はなし。どんな魔法使ったんだ、とグロッサ王国や他国に探りを入れられて、陛下からの後報告にベロイア評議会もかわすのが大変だったらしいよ?」


 「そんなわけで、騎士団も魔術師団も山岳兵団も増員傾向。更に編成をし直す必要が出てきたわけだ」


 背後から、聞こえる懐かしいバリトンに、ビビは振り返る。

 背まで伸びた白髪を、オールバックにして片側に束ねて垂らし、相変わらずどこか凄んでいるように見下ろしてくる赤い瞳の強さは、変わっていない。

 だが、右目は眉間から頬にかけて深い傷が走り、黒い眼帯に覆われていた。


 「・・・イヴァーノ・・・総長・・・っ」


 「総長、じゃねぇよ。5年前に引退した。今はベロイア評議会の長をやっている。・・・久しぶりだな、ビ・・・」


 ビ、と言い終える前に、ビビはイヴァーノの胸に飛び込んでいた。

 両腕をまわし、ぎゅうと抱きしめる。

 「イヴァーノ総長!」

 「お、おい?」

 変わらない、厚い胸板に顔を埋め、ぐりぐりと額をすり付ける。

 「総長、総長・・・、総長っ!」

 だから、総長じゃないって・・・

 イヴァーノは呆れたように言いかけ、そして必死でしがみついてくるビビの腕が震えているのに気づくと、引き離そうとした手の動きを止めた。

 しまいには泣き出したビビに、困ったような表情を浮かべ・・・あやすように頭を撫でる。

 やはり、相変わらず女が泣くのは苦手のようだ。


 「・・・なんだ、その・・・相変わらず泣き虫だな、お前」


 よく顔を見せてみろ、とビビの頬を片手で包み、あげさせる。

 10年前、姿を消したビビの顔を・・・イヴァーノも正直あまり覚えていない。10年経って少しは大人の女性になっていると想像はしていたが、大きなアクアマリンを思わせる瞳から涙をはらはらとこぼし、しゃくりあげながら自分を見上げる顔は、思わず護ってあげたくなるような美少女だ。

 変わらないな、と呟くイヴァーノに、ビビは無理やり笑おうと表情を歪ませる。

 「だって・・・まだ18歳ですもん。イヴァーノ総長は・・・渋さが増しましたね」

 イヴァーノは笑った。大きな手がゆるり、とやわらかな髪を撫で、武骨な指先がそっとビビの涙をぬぐう。

 「お前、親父好きだったな。言っておくが俺に惚れるなよ?今カリストに本気出されたら、勝てる気がしない」

 惚れません!と言いながら、ビビはさらにイヴァーノにすがりつく。

 腹筋あたりに感じる柔らかい感触に、・・・ああそうだ、こいつは確か胸がデカかったな、と思い出し顔が緩みそうになるが。殺気混じりの視線を感じて、苦笑する。

 まったく、相変わらず危機感のない・・・。

 「・・・うん、わかったから。そろそろ離れろ。カリストの視線がこええ」

 「うう・・・っ、イヴァーノ総長~」


 嫌だ~っ、と首を振るビビの背後に立ち、両脇に腕をまわすと、無表情にばりっとイヴァーノからビビを剥がすカリスト。そのまま後ろからビビを抱きしめるように、腰に腕を回す。

 それに呆れたようにイヴァーノは息を落とした。

 「相変わらずお前も、ビビが絡むと余裕ないな」

 「ただでさえこいつ、親父キラーですから。今のイヴァーノ議長なんて一番危険です。本当は会わせたくないくらいなんです」

 頭上で聞こえる会話に、涙を拭いながらビビは首を傾げる。

 「・・・親父キラー・・・って?」

 「お前は知らなくていい」

 何故かカリストは不機嫌そうだ。

 「安心しろ。小娘には興味はねぇよ」

 可笑しそうにイヴァーノは笑い、カリストはさらに憮然とするが、ビビと目が合うと、苦笑した。

 「とりあえず・・・落ち着いて話すか。イヴァーノ議長も同席お願いできますか?」

 「いいぜ?せっかくだから久々に総長居室で飲むか。泊めてくれるんだろ?」

 「お断りします。必要なら客室を準備させます」

 「つれないな。仲良く川の字で・・・」

 「断固として拒否します」

 そういえば、自分はベティー・ロードの宿に部屋をとらなくていいのだろうか?と考えあぐねるビビ。


 王族の居室とさほど離れていないその部屋は、部屋の間取りや調度品も、王族の居室と同じつくりらしく、広さも家具の豪華さも半端ない。

 奥にはさらに部屋が続いていて、有事により団員が寝泊まりできるようになっているそうだ。

 「お茶、入れましょうか?」

 ビビはキョロキョロしながら、キッチンに茶器か置かれているのを見つけ、二人を振り返る。

 「いや、俺はこれ」

 イヴァーノはワインセラーから勝手にワインとグラスを人数分出した。

 「いいの揃えているな。マリアか?」

 ラベルを眺め、口笛を吹くイヴァーノに、カリストは呆れたようにため息をついた。

 「勝手に置いていくんですよ。好きに飲んで構いませんが、後があるので泥酔しないでくださいね」

 「後?」

 「・・・ビビには、後で・・・ソルティア陛下に会ってほしい」

 ビビの髪を撫で、カリストは目を落とす。一瞬見せた暗い色にビビは僅かに息を止め、イヴァーノに視線を向ける。

 「とりあえず座ろうぜ」


 ※


 「まず、現状を教える。お前にとって・・・酷な内容になると思う」

 イヴァーノは口を開く。

 ビビは頷く。

 「・・・俺は先ほど説明した通り、5年前に退団して、今はカリストが総長をしている。カイザルック魔術師団のリュディガー師団長、ヴァルカン山岳兵団のオスカー兵団最高顧問は・・・3年前に亡くなっている」


 ・・・


 ビビは息を飲んだ。


 

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