第213話 10年後

 カリストに手を引かれ、ベティー・ロードの酒場へと向かう。


 相変わらず笑顔で迎えてくれたベティーには、予想通り初期キャラクターの対応をされた。

 少し胸が痛んだが、しっかりと握られたカリストの手のひらの温かさと力強さに勇気づけられ、セオリー通りに入国後の説明を受けていく。


 「この子は、俺のところに滞在するから、アランチャにもそう伝えておいて、あと・・・」


 そういえば、カリストはどうして自分の記憶があるのだろう?と、少し離れたテーブルに座り、あれこれやりとりをしているその後ろ姿を眺め、ビビはぼんやり思った。まだこの身体になって馴染んでいないのか、頭がぼうっとするし身体も重い。

 そもそも、前回のオリエの力を引き継ぐための器であった身体とは違うのだ。ステータスは必要最低限、ということろだろうか。


 「大丈夫か?」

 テーブルの前に座り、カリストが心配そうに見つめてくる。

 「すみません、まだちょっと身体と精神が順応できていないみたいで・・・」

 そっと伸ばされた手が、やさしく頬を撫でる。

 「顔色が良くないな。飯食ったら少し休む?」

 「いえ、大丈夫です。それよりちゃんとこの国の状況を把握しておかないと」

 ふう、と小さく息を吐き、ビビはカリストを見返す。

 「聞きたいこと、色々あるんですけど・・・とりあえず、サルティーヌ様は何故あの時間帯、波止場へ?」

 「カリスト」

 「えっ?」

 顎の下で指を組み、カリストは怪訝そうな表情でビビを見つめる。その視線にどきり、とする。

 ずいぶん久しぶりな感覚、いや・・・


 なんか・・・ヤバイんですけど、なんですか?そのただ漏れな色気は汗


 かあっ、と顔に熱が集まり鼓動が高まる。はうはうしているビビに気づいてか、気づかないのか。カリストは目を細めじっと見つめてくる。

 「ちゃんと名前で呼んで?様も、さん、もなしで」

 「ええ~?」

 「じゃないと、俺もランドバルド様って呼ぶぞ、お前の事」

 ブッ、と思わず噴き出したビビに、ますますカリストは憤慨する。

 ああ、変なところで子供っぽいところやっぱり変わらないな、と少し嬉しくなった。

 「笑うなよ。本気だからな」

 「・・・子供みたいですよ。・・・カリスト、これでいいですか?」

 クスクス笑いながら名前で呼ぶと、名前で呼べ、と言っておきながらカリストの顔が赤くなる。

 ばっ、とビビから視線を外し、前髪をくしゃりと指でかきむしるようにしてうつむいた。その肩はわずかに震えている。

 「やばい、その笑顔で呼ばれると、想像以上のすごい破壊力なんだけど」

 「ちょっと、やめてください。こっちも恥ずかしくなります・・・」

 思わず二人揃ってうつむいて黙り込んでいるところへ、ベティーが朝食が乗ったプレートを運んでくる。


 「いいわね~朝からごちそうさま」

 顔をあげると、ベティーはほほ笑んだ。

 「意外ね、長年聞いていた噂のカリストの想い人が、こんなに若い娘さんなんて」

 「邪魔するなよ」

 「しないわよ?ただイチャつくなら場所を変えてね?朝っぱらから目の毒だから」

 ふふふ、と綺麗な笑みを浮かべベティーはビビにウィンクしてみせる。

 「カリストが強引すぎて手に負えなかったら、いつでも逃げてきてね?客室は空いているから歓迎するわよ」

 「あ・・・ありがとうございます?」

 「余計なこと、吹き込むな」

 「はいはい、ごゆっくりね~」

 ジロッとカリストに睨まれ、ベティーは笑いながらテーブルを離れて行った。

 戸惑うビビにカリストはフォークを手渡す。

 「とりあえず食べるか。久しぶりだろ?ベティーの料理」

 「あ・・・はい、いただきます」


 二人で食事をしながら、ビビはとりあえず自分がここに戻ってきた経緯を説明した。

 「そのパソコン・・・魔具のようなものなんですけど、からソルティア陛下からメッセージが届いているって表示があって・・・」

 ソルティアの名前を聞いた瞬間、カリストの表情がわずかに曇る。

 「陛下からメッセージ?」

 「はい。確認する前にこちらに転移されてしまったので・・・」

 言って、テーブルの横に置かれたガジュマルの鉢に目をやる。

 「何故かこの子も一緒で。気づいたらガドル王国行きの船に乗っていたんです」

 「そうか・・・」

 「わたし、どうやら外見が変わってしまっているし、多少年齢も・・・。でも、ここはあれから10年経過しているんですよよね?」

 

 「その、外見なんだけど」

 少し首を傾け、カリストはビビを見つめる。

 「10年経過して記憶が薄れたわけではないんだけど・・・お前の外見に関する記憶だけが曖昧になっているんだ」

 「・・・え?」

 「正直な話、10年前のお前が、どんな顔をしていたかわからなくなっている。珍しい赤い髪をしていた記憶はあるんだけど」

 「・・・あ、それは、わたしも・・・」

 ビビは息を飲む。

 「前の自分の顔じゃないのはわかっているんですけど、思い出せないんです。なにか障害が入っているみたいで」


 でも、ならカリストは何故港でビビだとわかったのだろう?

 そう不思議そうな顔をしたビビに、カリストはほほ笑む。窓から差し込むやわらかな日差しが、白い肌をさらに白く見せている。

 相変わらず、綺麗な顔しているなぁ、と内心ため息をつくビビ。


 「たとえ姿が変わっていても、俺にはわかる自信があったからね。記憶があろうとなかろうと、そこらへんは全然心配していなかった」

 言ってそっと手を伸ばし、テーブルの上のビビの手を握りしめ、指を絡める。

 「お前が居なくなって・・・俺は毎朝、船の着岸する時間に港へ通っていた」

 「・・・えっ?」

 「ソルティア陛下から、ビビがいつか旅人としてまた、ガドル王国を訪れると聞いていたから。ずっと信じて、待ち続けていた」

 「カリスト・・・」

 「今日は、なんとなく違う朝だったから」

 「違う・・・朝?」

 「ああ、お前にだけ感じる、直感みたいな」

 言って手を持ち上げ、そっと指先にキスを落とす。

 「ちょ・・・」

 真っ赤になって言葉に詰まるビビ。


 と、背後から数々の高い悲鳴があがり、バタン、バタン!と何かが倒れる音にあわてて目を向けると。周囲にいた若い女性達が真っ赤になって、鼻を押さえテーブルに仰け反ったり、うつ伏せたり、椅子ごと倒れたり・・・と。一瞬店内がパニックに陥る。一体、何が起こった??


 「・・・ちょっとカリスト」

 テーブルの前にベティーが立ち、呆れたように見下ろしてきた。

 「場所変えて、って言ったでしょう?朝から無駄なフェロモン炸裂させないでくれる??」

 ビビは思わずカリストを見る。

 10年前は、貴公子を思わせた美貌は今も変わらず。だが、にじみ出る大人の色気のようなものが加わって、フェロモンは確実に倍増されている。目があって、カリストは苦笑した。

 「・・・とりあえず、出ようか」

 「あ、ハイ・・・」


 

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