終章
第211話 未来への灯火
「つ、疲れた・・・」
よろよろと部屋に入り、肩にかけていたバックをテーブルに落とすと、そのままベットにダイブした。
化粧くらい落とさなきゃいけないとわかっていつつ、脳みそが疲弊して動くことを拒否している。
頭だけ動かして壁の時計を見ると、すでに日付更新しているのが見えた。かれこれ一週間はこの時間帯に帰宅している気がする。
「納期前とはいえ、これ、ブラックだよなぁ・・・有能すぎるのも問題ってか」
はぁ、と身を起こしとりあえずスーツをハンガーにかけ、部屋着に着替えると、化粧も落としてくれるという夜用美容パックシートを顔に貼り付け、冷蔵庫を開けた。
缶ビールを取り出しプルタブを開けると、ごくごく飲みながらソファーへ。
「あーうま」
ふう、と息を吐いて缶をテーブルに置くと、棚に置いてある水差しを手に取る。
水を入れて、窓辺に置いてある鉢植えに水やりをした。
「うん。イイ感じで復活してきたね」
満足そうに頷き、緑の葉をなでる。
先日、同棲していた彼氏と別れ、マンションを出ることになった実姉の引っ越しの手伝いをした際、"彼氏と関わったものはすべていらない!"と鼻息荒く、ゴミ捨て場行きになっていたものの中に、投げ捨てられていた大きめのガジュマルの鉢。
陶器の鉢は割れ、枝は折れ、無惨な状態になっていたそれを、姉に頼んでもらい受け、アパートに持って帰った。
近所の園芸屋さんに持ち込み、店員のお姉さんに相談して、大きめの素焼きの鉢に植え替え、土も入れ替えた。ちょっとお値段はったけど・・・その綺麗な葉の色と、どっしりした木の幹。まるっとした葉の生い茂る感じが・・・神獣ユグドラシルを思わせたから。
あの日。
箱庭から無事?に現実世界へ帰還を果たした朝。GAMEのデータは見事にパソコンから消えていた。
運営会社に念のため確認してみたけど、アカウントさえサーバーに残っていなかった。まるで最初から存在していなかったように。
ここにきて、また最初からPLAYする気にもなれず・・・まぁ、浮気していた他の国でのアカウントは残っていたから、違うキャラクターでPLAYすることもできたけど・・・あまりにも記憶が濃厚すぎて。オープニングを見た瞬間、号泣してしまい続行は不可能。
いろいろ考えて、これを機にGAMEから卒業することにした。
(ビビ、)
最果ての地へ送ってくれたのは【オリエ】だった。
すでに神獣ユグドラシルの加護はなくなり、母親であった龍騎士オリエ・ランドバルドの存在も消え、オリエ・エナ・ランドバルドを解放し、ビビの器も無くし。気づけばただの生命体のまま、ふわふわと大気を漂っていた。解放する前は、ちゃんと見えていた"元の世界へ帰る道"の気配すら感じられなくなっていて、正直かなりヤバイ状態だったから、オリエに捕獲してもらえて助かった。
太陽神に返り咲いた?ソルティア陛下は、大騒ぎになっている王立闘技場や王国周辺を鎮圧するために、しばらく裏から操作するそうで。さすが太陽神、なんでもありなんだなぁ、と感心する。
(まったく、君の予測不可能な行動に、これほど驚いたことはない)
器を持たない今の君は、下手したら時空をさ迷う迷子になってしまうところだったのに。
呆れながら、それでも泣きそうな表情を浮かべ・・・そっと手を翳すと、わたしを形どる球体?をオリエから離れないよう施してくれた。
(【オリエ】はこれからどうするの?)
オリエの傍を漂いながら・・・肉体がないって、不思議な感じだ。とりあえず会話ができることに安堵しながら尋ねると【オリエ】は可笑しそうに笑った。
(わたしはここで、【ソル】を待つつもり。ソルティア・デル・アレクサンドルとしての生を全うしたら迎えにきてくれるって)
(ひとりで?)
(大丈夫!もうわたしを縛るものはなにもない。すごく今楽な気分)
言って、手のひらをそっとわたしに翳すようにする。
(ありがとう。・・・約束を守ってくれて。記憶が戻ってわたし・・・もうあきらめていたから)
(【オリエ】・・・)
(終わりがあるから、希望が持てる。頑張れる。生きられる。でも、終わりがないのは・・・まるで暗闇の中に放り出されたみたいで、怖くて辛かった。わたしは、まだユグドが傍にいてくれた。ビビの魂と寄り添えていた。でも【ソル】はずっと一人、だったのね)
魂縛の制約魔法が消滅し、【時の加護】から解放され、神獣ユグドラシルの媒体から外れ・・・自分の心が自分のものだけになり。見つめられるようになったのだろう。
ぽろぽろ流れる涙を、拭ってやりたくても叶わず、ふわふわと手のひらの上で漂いながら。思えば泣き虫なのは・・・ビビと同じなんだな、と感じた。そこで自身がまた、無意識に元の《アドミニア》感覚と視線に戻っていることに気づく。
(あなたが幸せなら、わたしも嬉しいよ。【オリエ】、今度こそ【ソル】の手を離さないでね)
【オリエ】は解放されたが、未だ【ソル】の状況は変わっていない。神様の世界の事情はわからないけれど、彼なら【オリエ】のために最善の方法を見つけ出すだろう。
それが二人の未来にとって、明るいものであれば良いと心から思う。
(やあ、いらっしゃい。待っていたよ)
声がかかって、意識を向けると。いつぞや夢で会った不思議な仮面で顔半分を覆い、灰色のローブに身を包んだ人物が立っていて、手を振っているのが見える。
(あなたは・・・?)
【オリエ】は慌てたように礼をとった。
(時の賢者様にご挨拶申し上げます)
ああ、そうだ。そんな名前だったな。
相変わらず胡散臭さ全開で、賢者は口元に笑みを浮かべ、こちらに向かって手を差しのべた。ふわふわと意思に関係なく、その手元に引き寄せられる。
(胡散臭いなんて、酷いなぁ。友に頼まれて、君を無事に《アドミニア》の世界へ送り届けてあげようとしているのに)
クックッと笑い、賢者が手を翳すとふんわりやわらかな光に包み込まれていくのがわかった。
ん?この感じ。ジャンルカ師匠から
(流石だね。守護龍の契約の前には、私の制約魔法も及ばず、か。今度はもっと強力なやつつくってみようかな?でも君は良い選択をしたよ。私からもお礼を。友を、ソル・ティアを解放してくれて、ありがとう)
ってね、魂縛の制約魔法をつくったのも、彼らに施したのも私なんだけどさ。まさか、こんな面倒ごとになるとは思わなかったんだよね。
賢者の声が心地よく響く。自分たちの魂を縛った本人を前に、【オリエ】は戸惑ったように数歩後退する。うん、その気持ちすごくわかるわ、と思った。
(さっき、ユグドを世界樹まで送ってきた。君の首にさがっていた鎖ね・・・あれも見事な出来だった。あれだけのものを錬成できる人間がいるなんてね。ああ、そう、その鎖だけど・・・ユグドがどうしても、ってごねるから渡してしまったよ)
どうせ、君の世界には不必要なものだからね、と賢者は言った。そして、【オリエ】を振り返り軽く肩を竦めてみせた。
(生きている君に会うのは初めて、だよね。君のことは、ソルに託されているんだ。君はこれからやるべきことがあるからね。まぁ、ソルが迎えに来るまでここでのんびりしているがいいよ)
あっけにとれている【オリエ】と、放っておいたらずっと一人で話し続けていそうな、胡散臭ささ全開の人物を前に、思わず口を挟んでしまった。
(あの・・・賢者様と、ソルティア陛下の関係って?)
*
太陽神ソルと、時の賢者、そして守護龍アナンタ・ドライグは、かつて天界と冥界が争いを続けていたラグナログと呼ばれた暗黒時代で、共に戦った戦友なのだという。
「ラグナログ・・・か。スペクタクルすぎて頭が追い付かないわ」
ガジュマルの葉をなでながら呟く。
時空の狭間で【オリエ】と時の賢者に見送られ、無事こちらの世界に帰還した。
あれから数か月が経過して、GAMEを卒業して、その分仕事に没頭するようになってしまった。
結局のところ、GAMEに時間を費やしていた分、仕事に振り替わっただけで睡眠時間はさほど変化はないが・・・脳みその疲労は確実に溜まってきている。
考えてみたら、箱庭でのビビはピッチピチの16歳。かたや現実はアラサーの体力のない独身女だし。
GAMEをやめたと聞いた友人が、こぞって合コンに誘ってくるが、あれだけレベルの高い男とあれやこれやしてしまった記憶を塗り替えるほどのいい男が、合コンごときで巡り会えるはずもなく、
「・・・カリストも罪な男だよなぁ」
ビビの時は・・・カリストと離れる、と考えただけで苦しかったのに。現実に戻ってそれこそ魂が切り替わったかのように、客観的に箱庭で生活していた自分を見つめることができていた。
置いてきた恋人、しかも今の自分よりかなり年下だし!いくら最高の男であったとしても、魂で結ばれた半身であったとしても、それは箱庭で生きてきたもう一人の自分の話。想い出にに縋って泣き暮らすほど、若くはない。・・・寂しいけど。
と、いいながら緑を見れば神獣ユグドラシルを思い出すし、白いモフモフを見ればラヴィーを思い出すし・・・。
約一年過ごした箱庭での生活と想い出は・・・なかなか心から消えず。考えたくないから仕事に没頭してしまう、この悪循環。
残る缶ビールを一気飲みして、ゴミ箱へ放った。
「さて、シャワーでも浴びて寝るかぁ」
パックシートをはがし、立ち上がり。そこでふとノートパソコンの電源のライトが緑に点滅しているのに気づく。
「・・・メールかな?」
机に乗せられたパソコンをテーブルに移動し、パカッと開く。
「えっ・・・?」
見慣れたゲームのオープニング画面が目に飛び込んでくる。
「ちょ、あれ?確かアンインストールしたはずなのに・・・」
そして、中央に浮かぶメッセージに息が止まりそうになった。
"ガドル王国国王 ソルティア・デル・アレクサンドル陛下さんからメッセージが届いています"
「え・・・へい、か?」
震える手がマウスに触れ、指先がカチリ、とマウスのボタンをクリックする。
画面が白く光り、思わず目を閉じた。
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