第210話 最後に残るもの
"愛している、カリスト"
あの夜、初めて名前を呼んでくれた声は、震えていた。
共に生き、共に戦おう。
そう言って華奢な身体を抱きしめた。受け入れてくれたのだ、と思っていたのに。
「ずるい女だよ。お前は」
カリストは呟く。
誓いの言葉まで告げておきながら・・・
ふと視線を左手に落とす。
ビビから贈られた、魔石の指輪は、すでに光を失い魔力を感じられない。
それでもこの指輪を通して、ビビの感情が流れてくるようで。
わかっていた。
ビビが立ち去ることを。
どんなに止めても・・・たとえ、誓約魔法で魂を縛りつけても。ビビはこの国を、いや世界を離れて行く。
怒りはなかった。
絶望も、虚無もなく。
心のどこかでわかっていて、覚悟をしていたかのように、心は静かに凪いでいた。
周囲は、降り注ぐ神獣ユグドラシルの祝福の光を浴びて、歓声をあげ騒然となっていた。
ステージに目を向けると、こちらを見ているビビと目が合う。
ビビとカリストだけ、切り取られた別世界のようで、時さえ止まっている感覚に襲われる。
(ビビ・・・)
心で問いかけると、聞こえたかのように、ビビの目がわずかに見開かれる。
(ごめん・・・なさい)
泣きそうな顔で、ビビはほほ笑む。
カリストもまた、口端を少し持ち上げ薄い笑みを浮かべ目を細めた。
謝るなよ。
謝るくらいなら、いますぐステージから飛び降りて、俺の元へ来ればいい。
そうしたら、抱きしめて二度と離さないから。
すぐに謝るのは、お前のわるい癖だ。
決めたなら・・・最後まで顔をあげて前を向いていろ。
でも、そんなお前だから・・・
(・・・愛しているよ)
お前が望むなら。この別れも受け入れる。
怒りも、絶望も、虚無も。全部受け入れてしまえるほど、お前を愛している。
あれほど我を失い翻弄させた、ビビに対する"執着"すら、その前には効力を失うのだろう。
結局最後に残るのは、"愛"、なのだと。いま、やっと気づいた。
心で告げた言葉に、ビビの表情が歪む。泣くかと思ったら、必死でこらえたのか、軽く首を振り
そしてもう一度カリストと目を合わせる。
(ありがとう。わたしも・・・愛している)
見せたとびきりのほほ笑みは、惹かれてやまなかった、温かな優しさに溢れていて。
視界がゆらめき、ビビの姿が滲んで見える。
何度か瞬き、クリアになった視界に映ったビビの姿がみるみるうちに霞んでいく。
そして、何度も重ねたやわらかな赤い唇が、終焉の言葉を告げるのに、動くのを見た。
(さようなら)
*
ジリリリリ・・・・
けたたましく鳴り響く目覚ましの音に、意識が浮上する。
無意識に手を伸ばし、音の出どころを探り、目覚ましの解除ボタンを乱暴に押した。
「朝・・・?」
のろのろと身体を起こし、そこがかって自分が一人暮らしをしていたアパートの一室であることに気づく。
ひとつしかない窓のカーテンから薄日が射しこんでいた。
どうやら、机に突っ伏したまま寝てしまったらしい。身を起こすと、肩と背中に鈍い痛みが走り、思わず呻いてしまった。
「・・・戻って、来た?」
ぼんやりと思いながら机に乗っているパソコンのモニターに目を向けると、画面の文字がチカチカ点滅している。
"error"
「・・・」
手を伸ばし、ENTERキーを押す。
プツリ、と画面は真っ暗になった。
※※※※※※
次回より、終章にはいります。あともう少しお付き合いください。
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