第209話 閑話 愛する者達へ~壮行会前日

 「うーん、位置はこんなもんかな?」


 ビビは机に置かれた、白い珠の前に座り、身を正す。

 髪を整え、エリザベスから借りたコンシーラーで目の下の隈を隠して、カリストが褒めてくれた、黒のハイネックのニットを着用。鏡で左右全身チェックよし完璧!と気を引き締め、白い珠に手をかざす。


 ポッと白い魔法陣が白い珠を包み、鈍い光を放つのをスタートとみなし、ビビはごほん、と白い珠に向かって咳をひとつ。


 「えっと・・・この記録を見る時は、多分わたしに関する記憶は皆さんの頭の中には残っていなくて、"なんか変な娘が頭のおかしなこと、ぬかしている?"と思われるかもしれませんが・・・」


 自分で言っていて、かなりシュールな絵図だなと思い苦笑するビビ。


 「これは、音声と画像を記録として残す魔具です。設計図は、ジャンルカ師匠の残した研究項目の一番最後に残っていますから、ご興味あれば・・・って、多分解析できるのは、ファビエンヌさんしかいないと思いますが。まぁ、色々便利なので、今後何十年か先に普及されたらいいですね。話は逸れましたけど、この魔具を使って・・・お世話になった方々にメッセージを残したいと思います」


 結局、お世話になった人に挨拶することは叶わなかった。

 正直なところ・・・説明するのも難しかったし、感極まって泣いてしまうのがオチだろうし。

 ちなみに、メッセージを確認できるのは、一人一回と設定している。

 あくまでも一方的な自己満足だから。後々残さない方が、良いのだと自身を納得させる。

 ふう、と呼吸をひとつ吐いて心を落ち着かせた。


 ※


 「リュディガー・ブラウン師団長へ」

 始めてお会いした時、龍騎士なのにあまりに気さくで、でもカッコよくて興奮してしまったのを覚えています。

 わたしのこと、娘のように愛してくれてありがとうございました。

 元居た世界では、両親とは疎遠だったから・・・あんなに愛情オープンで接してくれて、戸惑いもあったんですけど・・・

 本当に、お父さんのように温かくて強くて、大好きでした。どうか、いつまでもお元気でいてください。


 「イヴァーノ・カサノバス総長へ」

 相変わらず怖い顔しているのでしょうか?

 セクハラもほどほどにしておかないと!いつか背中刺されますからね?あと、書類ため込んでアドリアーナの手を煩わせないようお願いします。・・・でも、色々相談に乗ってくれて、背中を押してくれて感謝しています。実は総長は恋愛の達人?愛妻家と言われつつ、女を惑わすタラシだったり?これ以上好き勝手言うと怖いので・・・。ま、サルティーヌ様に総長の座を奪われないよう、日々精進してください。


 「オスカー・フォン・ゲレスハイム最高兵団顧問へ」

 自動洗濯機の魔具の共同開発、結局叶わなくて申し訳ありません。一応、図案と回路図はジャンルカ師匠の研究データに残しています。アナクレトさんならひょっとしたら、なんとか組み立てできるかもしれません。働く主婦のために頑張ってください!

 これからも、リュディガー師団長とイヴァーノ総長とスリートップで仲良くしてくださいね?


 「プラット・サルティーヌ組合長へ」

 義父さん、ってお呼びできなかったのが心残りです。うふふ、たくさんお茶してお菓子食べながら色々なお話ができて、楽しかったです。奥様のエレクトラさんの件、意外すぎてびっくりしました。

 わたし、次にもしガドル王国を訪れたら・・・絶対ヴェスタ農業管理会の婦人部に就職するって決めているんです。やっぱり土や植物や動物に触れているのが一番好きだから。その時はよろしく口添えお願いしますね?


 ・・・・・・


 ・・・・・・


 「・・・最後に、カリスト・サルティーヌ様」


 最後に呼びかけた名前を口にしただけで、じわりと視界が滲む。


 ほんの10日くらいだったけど・・・一緒に過ごした。

 朝起きて、ご飯食べて、夕方迎えにきてもらってイレーネ市場で買い物して。まるで、長年連れ添った夫婦みたい、なんて。


 夕飯食べながら、たくさん話をした。

 夜は寄り添って寝て、熱を分かち合って。もう、お互い離れられないくらいに。


 言えなかった。どうしても・・・

 自分が元の世界に帰ったら、皆の記憶から自分の存在がなくなる。最初から居なかった、なかったことになる。

 たとえ、誓約魔法で魂が結びついているとしても。なかったことにされる存在に、なんの効力があるというのだろう。


 忘れてほしくない。

 わたし以外の女性を愛してほしくない。

 自分にこんな醜い独占欲があったなんて。


 ふ、と小さく息をはき、断ち切るように首を振ると、ビビは顔をあげる。


 「第一印象はお互い最悪だったけど・・・それが最愛になるなんて人生ってわからないですね。最後まで一緒に戦おうって言ってくれたのに、その手を取れなくてごめんなさい。同じレールを歩むことは叶いませんが、あなたのことは忘れません。遠く離れた、違う世界の時の中で、ずっとずっと、あなたを思っています」


 カリスト、あなたを愛してる。


 どうか・・・幸せになってください。

 

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