第207話 役者は揃った
砂塵がおさまり、闘技場に現れたのは。
青緑の鱗に、金色の目をした巨大な守護龍。
バサリ、と背から伸びた翼が大きくたなびき、ステージに飾られた赤い段幕と飾られた花が波打つ。
守護龍アナンタ・ドライグは翼をたたみながらゆっくりと身を起こし、ゆるりと金色の視線を巡らせた。
――――――お、大きい・・・!
あまりの巨大さと迫力に、全身が震える。イヴァーノの覇気をまともに食らった時の、比ではない緊張感。アルコイリス杯の覇者が龍騎士となるべく受ける試練・・・最強と謳われた大地の守護龍アナンタ・ドライグ。
こ、こんなデカイのとオリエを闘わせていたのか汗
(対峙するのは、初めてか。ビビ・ランドバルドよ。そして・・・)
視線を、傍らに立つソルティア陛下へ。
(久しいな、我が友よ)
「・・・一体、何が・・・?どうなって、」
突然の守護龍の登場はソルティア陛下も想定外だったのか、戸惑いを隠せないようだった。金色の目は、続けてソルティア陛下に寄り添うように立つオリエに向ける。オリエは不安げに瞳を揺らせながら、さらにソルティア陛下に身を寄せた。
ふっ、と金色の目が細められ、再びビビと対峙する。
(聞くがよい、娘よ)
静かな声が降ってくる。
(神獣ユグドラシルの聖なる力は、悪しきものを呼び寄せ、滅ぼす・・・そうやって長い間、アルコイリスの世界を浄化していった)
それが、創造神ジュピターから与えられた神獣の使命。戦禍と浄化を併せ持つ神獣ユグドラシルの加護。
守護龍アナンタ・ドライグの声に、ビビは手を伸ばし、そっと傍らで寄り添う緑の神獣に触れる。何故か・・・感情を持たぬはずの神獣が、深く傷つき悲しんでいるような気がして。慰めるように何度も撫でた。神獣もまた、甘えるようにビビの腕に額をすりつける。
(戦乱を起こし、浄化を繰り返し・・・長い時を生きてきたその傍らには常に神獣の力の媒体となる存在があった)
「媒体・・・?」
(しかり、神獣ユグドラシルの加護を受けるということは、まさにその媒体となる宿命を負う。今世、《鍵》としてこの箱庭に転移したお前が、消滅した
ビビは目を見開く。
ずっと・・・神獣ユグドラシルの加護を受けた自分が、今回の禍を引き寄せているのだと思っていた。だが実際、ビビの器は龍騎士オリエ・ランドバルドの力を引き継ぐためのものであり、その器に宿る記憶は聖女オリエ・ルナ・ランドバルドのもの。
ならば、
視線をソルティア陛下に肩を抱かれたオリエに向ける。オリエもまたビビを見返し、ふ、と泣きそうな表情を浮かべる。
(ビビ、神獣ユグドラシルの加護を受けし、娘よ。今この国で起きている禍は・・・ひとえに、大地の浄化の前触。アルコイリスの世界のバランスを維持するため、創造神の定めた因果率によって最初から定められたもの)
大地の守護龍アナンタ・ドライグは語りかける。
(《鍵》の役目を果たしたお前が、《アドミニア》として元の世界に戻り、神獣ユグドラシルが最果ての島の世界樹に封印されれば・・・今起こっている禍は、人の手により最小限で鎮圧されるだろう。我が友であるソル・ティアには雑作ないこと。だが残された媒体である、聖女オリエ・ルナ・ランドバルドもまた封印されなければならぬ)
「どうして、何故…」
(聖女オリエ・ルナ・ランドバルドは元々、神獣ユグドラシルの力の媒体となるために、創造された生命体。本来であれば数百年前にオーデヘイム王国で起きた浄化の後、その役目を終え消滅する運命であったいわば幻影のようなもの)
※※※※※※
太陽神ソルの母親であった、運命の女神ノルンは告げる。
――――――――――ソル、お前の好いた娘は、神獣ユグドラシルの力の媒体となるために、創造された、本来は実体をもたぬ生命体。お前は消え行く幻に焦がれ想いを寄せただけなのです。
その幻影に惑わされ、手に入れるために太陽神の名を棄てるような、愚かな選択をしてはならない。お前は・・・比類なき太陽と戦神セトの尊き力を与えられた者なのだから。
――――――――――ソル、オリエに恋をしては、なりませんよ。
※※※※※※※
(だが因果率の法則を破り、太陽神ソルとの間に結ばれた魂縛の誓約魔法により・・・彼らの魂は結びつき、終わることは赦されぬものとなった。次に起こる大地の浄化のために、聖女オリエ・ルナ・ランドバルドは神獣ユグドラシルとともに封印される。どこかの箱庭で再び神獣ユグドラシルと共に《アドミニア》に導かれる日まで・・・)
守護龍の言葉に、ビビは息を飲み、ソルティア陛下に寄り添うオリエは、目を伏せた。
「ええ。・・・そして、またその導かれた《アドミニア》の
顔をあげ、ビビを見るその目は、深い悲しみに沈んでいた。
「ありがとう、ビビ。わたしを解放してくれると言ってくれて。でも、・・・思い出したの。龍騎士オリエ・ランドバルドの存在が消滅して、オリエ・ルナ・ランドバルドに戻って。何故わたしが記憶を失って転生したのか、全部」
「オリエ・・・」
「たとえ自害しても、終われないの。終わることは許されない・・・それが、神獣ユグドラシルの力の媒体として、課せられたわたしの宿命であり、太陽神ソルの手を取ってしまったがために・・・愛する者を天界から追放させてしまった、永遠に続くわたしの罰、だから・・・」
言って、オリエはソルティア陛下を見つめる。その深緑から涙があふれ、頬を流れ落ちる。
ソルティア陛下は傷ついたような表情を浮かべ、ゆっくり首を振った。
「あなたの手を取ったことを後悔していないわ。生きたかったの。生きて今度こそちゃんとあなたに愛しているって伝えたかった。だから、嬉しかった。ずっと、ずっとあなたを待っていたから。でも、わたしは・・・オリエ・ルナ・ランドバルドは、あなたの手を、永遠に取ることができない・・・」
「・・・」
無言でソルティア陛下は泣きじゃくる愛しい身体を抱きしめる。
「知っていたよ」
赤い髪に頭を埋め、ソルティア陛下は呟く。その声は震えていた。
「知っていても・・・僕は君を求め、追い続ける。それもまた、僕に課せられた"罰"だから」
君を永遠に失うよりは、ずっといい。
「・・・ソル、・・・!」
ビビはそれを見つめ・・・この魂縛の誓約魔法で結ばれたがために、相まみえることなく永遠に時を刻む苦しみを思う。
神獣ユグドラシルとともに封印され、大地の浄化のために目覚めるオリエ。
浄化された大地で。封印されたオリエの欠片を拾い集め、箱庭を転生しながら生き続ける、【黒い鳥】ソル・ティア。
万が一同じ
"罰"と呼ばれた、それは未来永劫彼らをしばる呪いのようにも見えた。
「・・・【オリエ】を解放できるのは、黒い鳥である【ソル】だと言っていました。・・・でも、それは龍騎士オリエ・ランドバルドのみであったんですね・・・」
ビビは守護龍アナンタ・ドライグの金色の目を見上げながら、ふと首を傾げた。
何故・・・守護龍アナンタ・ドライグは姿を現したのだろう。
神獣ユグドラシルの言葉を代弁するため?
傍らの神獣の鬣を撫でる。この神獣に感情がない、わけではないのは、感じていた。加護を与えた愛し子が生きる世界で戦いが起こり、多くの生命が消えていく。オリエの魂に寄り添い、その悲しみや苦しみや絶望を感じながらも、ただ受け止めるしかないことに、オリエ以上に心を痛めているようで。
そして・・・、
ビビは神獣ユグドラシルを従えるように、ゆっくりとステージを降り、佇む巨大な守護龍の前に立つ。
「守護龍アナンタ・ドライグ・・・本当はあなたが一番・・・傷ついている彼らの解放を願っている気がする」
守護龍アナンタ・ドライグのことを、ソルティア陛下は盟友、と言っていた。守護龍もまた、陛下のことを“我が友”と呼んでいた。
(聡い娘よ・・・)
守護龍の金色の目が優しげに揺らめく。
(神獣ユグドラシルが何故そなたをそこまで寵愛するか、理解した)
「えっ・・・?」
さあ、
(神獣ユグドラシルの愛し子よ、望みを言うがよい)
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