第205話 沸き上がる違和感

 ステージ上の祭壇で、神官長が祈りを捧げ、ソルティア陛下が挨拶を述べる。

 神妙な顔をして、陛下の言葉を聞いていた一同は・・・ステージ裏から巫女に手を引かれ姿を現した人物に気づいた。


「続きまして・・・今年の女神テーレの御子を通し、女神ノルン様より宣託と祝福を賜ります」


 神官長の言葉にざわり、と周囲がざわめく。


 祭壇まで敷かれた赤いカーペットの上を、降りてきたソルティア陛下にエスコートされ、ゆっくりステージへあがるビビ。

 「こりゃ、また・・・」

 思わず、オスカーが低く唸った。隣でリュディガーもわずかに目を見開き、小さくため息を落とす。

 「想像以上、ですね」

 プラットも眩し気に目を細めた。


 ビビは・・・深い森の色が良く似合う。

 濃紺に近い、深緑の生地に金糸の刺繍を施された王族の衣装を身につけたビビは、森の清らかで柔らかな気を身にまとい、まるで森の緑に溶け込んでいるような。

 ぴたりとしたドレスの生地が、動くたびひらりと揺れる。編み込んである金糸がキラキラと光を放っていた。アクセサリーは、胸元のシンプルなユグドラシルの魔石を用いたネックレスのみ。腰まで伸びた髪も緩く編み込んでいるだけで、白い花で飾られている。

 でも、美しいと誰もが感じていた。目を奪われて・・・呼吸も忘れてしまうほど神々しい。

 観客席からもどよめきが起こった。


 ビビはソルティア陛下になにやら伝えられ、軽く頷くと神官長に代わり、祭壇の前に立つと礼をとった。

 無意識に、それを見る背後の一同も合わせて礼をとる。


 「我らを創り主たる天なる神々、我らを導きたまう運命を司る女神ノルンの神、来る戦禍に投じる我らが同胞に祝福を授けたまえ」


 ビビのやや低めの中性的な声が、競技場全体へ響き渡る。


 「戦神セトのごとき崇高な魂と、比類なき力を我らが同胞に与え給え」


 言って、ビビは剣帯を目元にかかげ、祈りをささげる。壇上にあがってビビと対峙した、ハーキュレーズ王宮騎士団総長のイヴァーノに差し出す。苛烈な赤を思わせる、力強い瞳に笑いかけた。

 出会った頃は、その赤い目が怖くて視線を合わせることすら躊躇していたのに。ビビから神獣ユグドラシルの加護や、オリエから引き継いだ力の告白を受けても、決して動じることはなく・・・生きる選択を与えてくれた人。

 師団長リュディガーと共に、何度もビビの背中を押し、引き上げ、正しき道へ導いてくれたこの男には、今はただただ感謝の気持ちしかない。


 「・・・ご武運を」

 イヴァーノはひざまづき、礼をとると、剣帯を受けとる。

 その流れるような所作の美しさに、ビビは思わずほぅっ、と小さな息を落とす。

 「・・・最強だな」

 ビビを見上げ、ニヤリと笑う。

 「今なら守護龍アナンタ・ドライグにも負ける気がしねぇ」


 いつもは見下ろされているのが、逆となった視線が新鮮だなと感じるとともに。その自信と力に満ちた笑みに目を奪われた。

 ああ、その不敵な笑みも、絵になりすぎているよ。この男は、ある意味一番危険な魅力を持っているのかもしれない。

 「存分に・・・暴れてきてください」

 ビビはくらくらする目眩をこらえ、辛うじて控えめに微笑む。

 「御意」

 イヴァーノはビビの手をとり、その甲に口づけた。

 周囲からどよめきが。

 ビビの表情が、今度こそ固まった。


 なんだ、この公開処刑は・・・


 プッ、とオスカーが小さく吹き出し。リュディガーの目が半目となり殺気が噴きあがる。

 そんなリュディガーを見やり、プラットは、あららと苦笑していた。三人のリアクションから、イヴァーノの暴走と悟りつつも、はねのけるわけにもいかず・・・ビビはひきつり笑いを浮かべ耐えしのぐ。

 「・・・総長には力が半減する呪い、かけてやるんだから」

 イヴァーノにだけ聞こえるように告げると、イヴァーノはうって変わって、いたずらが成功した子供のような笑みを浮かべた。


 参加するハーキュレーズ王宮騎士団は、配下の近衛兵あわせて四騎士団総勢800人。武術団の中では一番規模と人数が多い。

 総長のイヴァーノ以下、各騎士団隊長四名が代表で剣帯を受けとる手筈となっていた。その中には、もちろんカリストの名前もあった。


 そのカリストの番になり。

 場内に緊張が走る。

 カリストは第三騎士団。言わば最前線を担当する。危険度は武術団の中で一番高い。

 カリストはビビの前にひざまづいた。

 ビビは剣帯に祈りをささげる。


 「未覚醒なるこの者の身体を開放し、流れる血とともに戦神セトの肉体を宿し、眠れる力を醒まさん」


 違う言葉を紡ぐ唇に、一同がざわめく。胸元のユグドラシルの魔石がほのかに光を放ち、放たれた金色の光が剣帯に吸い込まれていく。

 「おまじないです、スペシャルで」

 カリストに差し出す。これがあなたにしてあげられる、最後のおまじない。


 カリストは顔をあげじっとビビを見つめる。

 目が合い・・・なにか言いたげなまなざしに、ビビは笑いかけた。

 「ご武運を・・・」

 「賜ります」

 言って、カリストは頭を下げる。剣帯を受け取る際に、わずかに触れた指先。

 ほんの一瞬なのに・・・それだけでぎゅっ、と心臓を鷲掴みにされたような気持ちになる。

 立ち上がり、何事もなかったようにカリストは一歩さがった。

 ビビも顔をあげ、隣に立つ近衛騎士に移動した。


 「つまらんな」

 イヴァーノが呟く。

 「お前な、何期待しているんだ?」

 呆れたようにオスカーがため息をつく。

 「いや、もう公認なんだから、ガバッとやって祝福のキスぐらい見せつけても・・・」

 濃厚なヤツを景気よく一発・・・

 「イヴァーノ、その口、きけないようにしてやろうか?」

 地の底から響くリュディガーの声に、さすがのイヴァーノも口を閉じた。


 公認。

 確かに、カリストとビビの関係は・・・すでに周囲に知れ渡っていて。

 互いの瞳の色の宝石を埋め込んだ指輪を交換し、夕方手をつないでイレーネ市場で買い物をする姿は、珍しくなくなった。

 ビビがカリストの家に身を置くようになって、ベティーの酒場では毎晩”カリストロス”に陥った若い独身女性と、後に続け!と息巻いた騎士団の独身男性が合コンをしているという噂だ。

 このまま春の長期の遠征が終わるタイミングで、ビビはガドル王国へ帰化をし、カリストと一緒になるだろうと。


 だが・・・

 リュディガーは密かにため息を落とす。

 リュディガーから見て、ビビは未だ帰化する意思を見せていない、と思う。

 周囲に揶揄われながらも、笑ってごまかしているように感じる。

 それでいて、出国する動きもない・・・出国するなら、必ずリュディガーに相談するはずだ。仮にも自分はビビの養父、なのだから。


 なにか違和感がある。

 出国しないなら、春までは滞在するはずなのに。胸騒ぎが治まらない。

 カリストも同じように感じているのだろう。剣帯を渡される時、一瞬見せたらしからぬ戸惑いの表情が物語っているようで。

 そして、それはイヴァーノもオスカーも。そしてプラットも感じているに違いない。

 ハーキュレーズ王宮騎士団への剣帯の授与を済ませ、続くヴァルカン山岳兵団の兵団長たちに帯を渡すビビの後ろ姿を見つめながら、リュディガーはもう一度ため息を落とした。


 

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