第204話 壮行会準備

 「ち、ちょっと、エリザベスさん・・・っ?」


 ジリジリと後ろに後退するビビ。

 「逃がしませんわよ?」

 腕を組み、相変わらずの上から目線で、エリザベスはニヤリと不敵に笑った。

 「陛下直々のご命令ですの。諦めて観念なさいませ」

 ひいっ、と逃げ出そうとするビビの腕を、左右からガッシリと掴むのは、ヴェスタ農業管理会、婦人部2名。

 「さあさあ!時間がないわ。さっさと始めましょう」

 パンパン、と手を叩き周囲の女性に指示を出すのは、巫女のヒルデガルド。


 「さ、まずはお風呂ね!ちゃっちゃと脱いで!」

 「えっ??ちょっと・・・」

 「隣でお湯が使えるわ。さ、早く!」

 「やめっ、何するんですか!」

 「あら、ビビって結構胸あるのね」

 「じゃあ、ちょっと胸元の装飾を緩めて・・・」

 「ちょっと、どこ触って・・・あうっ!」


 やめてー!いやああああ!!

 ビビの悲鳴が部屋に響き渡った。


 ※


 遠征する武術団の壮行会が夕方王立闘技場で行われるから、今年の"女神テーレの御子"として参加するように、とソルティア陛下に言われては、いた。

 壇上で代表・・・多分イヴァーノ総長だろう、に花束を渡すくらいだろうと思っていたのが、甘かった。

 "巫女を派遣させるから"と言われた時点で気づくべきだったのに。

 朝、カリストとガドル王城の前で別れ、魔術師会館へ向かおうとしていたビビは、いきなり裏門から出てきたジェマとアドリアーナに拉致され、ヴェスタ農業管理会の婦人部の事務所へ連行された。

 ノリと勢いが、女神テーレの御子コンテストで無理やり着飾されたシチュエーションを思わせ、嫌な予感に逃げ出そうとしたが・・・ジェマとアドリアーナ相手では不可能に近く・・・。


 ※


 「もう、何時までもしかめっ面していないの」

 呆れたように、エリザベスは言う。

 「・・・聞いてないですよぅ。ただ武術団の壮行会の手伝いをするよう、言われただけなのに」

 大きな鏡の前に座らされ、エリザベスに化粧を施されながら、ビビの不機嫌さはマックス状態。

 全身綺麗にオイルマッサージでお肌つやつや、爪までピカピカ、髪はツルツルサラサラ。でもビビの神経はボロボロだった。

 「あら、これも大事なお手伝いですわよ?長期遠征前に、殿方を鼓舞させるのは、誰にでもできることじゃありませんもの」

 そう言って笑うエリザベスは、出会った頃は見下し敵対心丸出しだったが・・・まつ毛事件で和解?エルナンドと結婚して落ち着いてからは、あれこれビビに対して好意的に世話をやいてくる女性の一人になっている。


 「エリザベスさんの方が、適任だと思うんですけど・・・」

 人妻になっても、その美貌は衰えることはない。モデル真っ青なプロポーションと、人形のような顔立ち。対して、自分は髪と瞳の色が風変わりなだけの、普通の女の子、だし・・・。未だに何故女神テーレの御子に選ばれたのかわからない。牧場のオーロックス牛も投票対象なのだろうか?

 「その卑屈な考え、おやめなさい」

 エリザベスは苦笑する。

 「なんと言おうと、あなたにしか出来ないの。ほら、出来ましたわ。すごく綺麗ですわよ?自信もってシャンとしておいでなさいな!」


 ※


 「準備はできたか~?」

 コンコン、とノック音が響き、ドアの向こうから聞こえるイヴァーノの声。

 「イヴァーノ総長」

 エリザベスはドアを開け、中に案内する。

 「バッチリですわ(笑)さすが、総長見立ての反物とデザインは完璧、ですわね」

 ビビはぶーたれていますが、と笑いながら衝立ての向こうのビビに声をかけた。

 ビビはちょうど仕上げで、巫女に編み込んだ髪に純白の花を飾られていて、イヴァーノを見るとホッとしたような表情を見せた。

 「おっ、こりゃまた・・・」

 イヴァーノはいつもの茶化すような口調でビビを見、そのまま動きを止める。

 「・・・」

 「イヴァーノ総長?」

 巫女は会釈して、奥に下がる。

 ビビも会釈を返し、立ち上がると、イヴァーノの元に歩み寄った。


 「・・・あの?」

 どうしましたか?とビビは首をかしげ、イヴァーノを見上げた。

 イヴァーノは黙ってまじまじとビビを見下ろしている。

 視線に耐えかねて、ビビはぷいっ、と顔を背けた。ふわり、と甘い香がイヴァーノの鼻孔をくすぐる。

 「どうせ、小猿にも衣装とか、思っているんでしょ」

 「・・・いや」

 イヴァーノは手を伸ばし、片手をビビの腰にまわし、抱き寄せる。もう片手でビビの顎をかるく掴み、顔をあげさせた。

 「あの・・・?」

 「・・・化けたな。綺麗すぎて、驚いた」

 カアッと赤くなるビビ。

 「その衣装も、良く似合う」

 言って、耳元で囁く低音ヴォイスに、思わず腰が砕けそうになるビビ。


 ああ、もう!

 ビビはぎゅっ、と目をつぶる。

 この人、わざとやっているんだろうか?


 「・・・イヴァーノ総長、無駄にフェロモン振り撒くのやめてくださいませ。ミイラとりがミイラになっても知りませんわよ?」

 エリザベスが冷ややかに告げて、イヴァーノの手をビビから引き剥がす。

 ビビは半泣き状態でエリザベスの背後に逃げた。

 「いや、でもな」

 懲りずにイヴァーノは不敵な笑を浮かべる。

 「おい、ビビ。ちょっと抱きしめさせろ」

 「絶対!イヤ!!!」

 この、セクハラ親父!!


 ※


 その日の夕刻。


 ガドル王国、王立闘技場で長期遠征に赴く武術団の壮行会が盛大に開催された。

 観客席も、すでに満席となり、戦いに赴く同胞たちの勇姿を一目見ようと闘技場の周りも人が集まり、闘技場入りする近衛兵、騎士団、魔術師団、山岳兵団の面々に大歓声をあげている。

 ステージ前に整列する武術団の中には、見慣れた顔もたくさんあった。

 ジェマ、アドリアーナ、ニエヴェス、アントネラなど、女性剣士たち。

 デリック、オーガストも緊張した面持ちで正面の玉座を見据えている。

 山岳兵団からは、カルメンと・・・久々に見る、すっかりミラー家の兵団長の風格がついたフィオンの姿も。


 ステージ横には、武術団スリートップである、イヴァーノ、オスカー、リュディガーが。遠征に参加するのは総大将で元帥の任を受けた、ハーキュレーズ王宮騎士団総長のイヴァーノのみで、オスカーとリュディガーはベロイア平議会とともに王国へ残るのだという。

 カリストは、騎士団の最前列にいた。今回が第三騎士団隊長のデビュー戦になるのだ。緊張もひとしおなのだろう。


 9年に一度に開催されるアルコイリス杯や、その後に続く極夜の日の守護龍アナンタ・ドライグ戦でも、ここまでの賑わいは見せない。

 ステージの裏で、総勢たる面々の顔を眺め、ビビは感無量となっていた。

 

 武器を装着する、加護付けの帯の納品も無事終わった。

 体力・魔力を回復する薬も、治療薬も可能な限り錬成し、ついていくキャラバンに持たせた。

 自分にできることは、すべてやりきった。

 小さな息をおとしたビビに、巫女であるヒルデガルドが労うようにそっと手を握ってきた。

 「緊張していますか?」

 「・・・大丈夫です」

 ビビは笑顔を見せる。

 「いよいよなんだな、って思うとなんかいろんなこと、感慨深いな・・・って」

 言って、隣でうなずいているエリザベスに視線を向ける。

 「エリザベスさんも・・・色々ありがとう」

 「嫌ですわ、改まって」

 うふふ、と綺麗な微笑で返すエリザベス。


 「ビビさんが思いもよらず、磨き甲斐があるのがわかりましたから!カリスト様との結婚式にはもっと磨いてさしあげますから・・・」

 す、と腕を伸ばしたビビに抱きしめられ、エリザベスは言葉を失う。

 「・・・え?ビビ、さん?」


 ビビをみかけるとオーロックス牛のように、突進していくジェマを見て、はしたない、と思う反面・・・ビビに笑顔で抱きしめ返してもらえるのが、羨ましいなと思っていた。でも同じようにビビを抱きしめる行為は、プライドの高いエリザベスにはできなかったから。

 だから、突然ビビから抱きしめられて、エリザベスは驚き・・・

 「感謝しています。どうか・・・幸せになってね」

 「・・・え?」


 「ビビさん、お時間です。ステージにどうぞ」

 ヒルデガルドに声をかけられ、ビビはエリザベスから腕を解く。もう一度エリザベスに笑いかけると、エリザベスが何か言いかけるより早く、ビビは背を向けヒルデガルドの後を追う。

 「ビビさん・・・」

 エリザベスは茫然として立ち尽くしていた。

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