第202話 奏でる雨音※

  ※大人向け表現あり。ご注意ください。

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 好きだ、と思う。この男のすべてがたまらなく愛おしい。でも・・・、


 駄目なの、と何度もキスを交わしながらビビは心の中で呟く。

 離れたくない。わたしも、あなたと一緒に生きたい。

 最期まで、足掻いて、もがいて、共に戦えたら・・・。


 でも、終わりにしなきゃいけない。

 わたしに敷かれたレールは、決して皆のレールと沿うことはないのだから。

 わたしは、わたしの"けじめ"をつける。皆を護る。


 そうこれは、わたしの終焉へのけじめ、なんだと。


※※※※※※※※※※

 

 気づけば、雨が降っていた。


 「・・・約束がほしい」

 ポツリ、とつぶやいた声が暗闇に溶ける。

 「・・・約束?」

 もぞ、と傍らで小さく動く気配。


 先ほどまで激しく熱を分かち合っていた余韻のせいか、ビビの声が掠れている。

 「春までに絶対戻ってくるから・・・それまでこの国で俺を待つ、って」

 「サルティーヌ様・・・?」

 ゆっくりと身を起こし、ビビが顔をのぞき込んでいる気配。さらり、とやわらかな髪が肌に触れる。

 「・・・いっそ、今からジュノー神殿に乗り込んで結婚する?」

 言うと、ビビはくすっと噴き出し、肩をゆらしながらカリストの胸に額をつけた。

 「なんで笑うかな、俺は本気なのに」

 「ふふふ、強引なのはわかっていたけど・・・長期遠征前にけじめで婚姻する方で、神殿は大忙しみたいですよ?」

 予定はすでに埋まっていて、溢れたカップルが夜な夜な神殿に忍び込んで、形だけでも女神ジュノーをまつる祭壇で宣誓しようとしているのが、問題になっているらしい。

 そう告げると、カリストは諦めたように息を吐き、考えることは皆同じなのかと独りごちた。


 サーサー・・・


 細やかな雨音が、室内に響く。


 「わたくし、ビビ・ランドバルドは・・・」

 身を起こしそっとビビの指先が、カリストの頬をなぞる。


 「健やかなるときも病めるときも 喜びのときも悲しみのときも 富めるときも貧しいときも お互いを愛し 敬い 共に助け合い・・・」


 「ビビ?」


 カリストは頭をもたげる。ビビはカリストと目が合うと、にこりとほほ笑んだ。


 「死がふたりを別つまで 真心を尽くすことを誓います」


 告げた唇がやわらかく弧をかく。

 「わたしのいた国で結婚する時の、誓いの言葉、です。色々あるんですけど、こんな感じだったかと」

 「へぇ・・・」

 「この国は、神官長様が述べたことに対して、"誓います"って答えるだけですよね」


 カリストはビビの頬を両手で包み、引き寄せると、そっと額を重ね合わせる。

 「死がふたりを別つまで・・・ってのが不満だな」

 「え?」

 「死ぬときだって、一緒だろ?絶対お前を一人になんてしない。一緒に死んでやるよ」

 「・・・」

 ビビは目を瞬き、カリストを見返す。"不満?"と言いたげに片眉をあげてみせると、泣きそうな顔をして笑った。

 そのままカリストの肩に手を添え、少し乗り出すようにして唇を重ねる。

 くるり、と反転して背中に感じるシーツの感触。やさしく押し倒され、顔を腕で抱くようにして、お返し、のように降ってくるキスの雨。

 額に、目尻に、鼻に、頬に。そして唇を舌でなぞられて、それに応えるように口元をゆるめた。

 舌が互いに求めて絡まり合い、溢れて流れこんでくる、カリストの想い。切なくて苦しくて、溺れそうになる。


 「・・・んっ、」

 はぁ、とキスの合間に漏れる吐息ごと、更に深く口づけられ、苦し気にビビは身をよじった。

 「ビビ」

 再び身体の奥底から湧き上がってくる熱に、素直に身をゆだねるように、ビビはカリストの背中を抱きしめる。


 忘れないで・・・


 せめて、この触れ合う体温が。交わる熱が。彼の記憶の奥底に残りますように。


 「あ・・・んっ、」

 「愛しているよ、ビビ」


 守れないであろう約束も、誓いの言葉も全部、少しでも戦いに身を投じる愛しい男の糧になりますように。


 「わたしも・・・愛してる、カリスト・・・」


 愛している。どうしようもなく。あなたが・・・好き。

 つぶやくビビの言葉に、カリストの目が大きく見開かれる。


 この想いが、少しでも愛おしい男の辛いとき、苦しいときの灯になりますように。


 「ビビ、今、俺の名前を・・・」

 シーツに繋ぎ止められ、震える指先。

 「あ・・・、やっ・・・」

 「呼んで、もう一度」


 「カリスト・・・」

 ビビの唇が愛しい男の名を紡ぐ。自ら手を伸ばし、足を絡め、熱を求めた。


 「駄目、あ・・・っ、」

 「ビビ・・・!」


 ああ、溶けてゆく。


 このまま溶け合ってひとつになってしまえばいいのに、と思う。

 そしたら、離れない。死ぬ時も一緒なのに。



 "愛している"

 呟き、心に灯った小さな想いが、一滴の涙になって頬を流れ落ちる。


 「・・・っ、」


 一粒の涙がやがて、雨となり、嵐となり

 洪水のように溢れ、すべてを流して


 「カリスト・・・!」

 「ビビ・・・!」





 最後には

 なにもなかったかのように、終焉を迎える。




 季節外れの雨は止まなかった。

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