第200話 黒い鳥の告白⑥ 選択

 オリエの身体から光の粒があふれ出し、ゆっくりとその姿が薄れ消えていくのをソルティア陛下と並んで見送り。ビビはぺたり、とその場に座り込む。


 「・・・」


 そっと胸に手を当て。なにか身体の中から抜けて、消えていく感触に、頭を振った。

 「・・・そんな、」

 片手を突き出し、念じてみても。あれほど身体の一部となって馴染み、感じていた"龍騎士の銃"の存在がごっそり抜け落ち失われている。

 それ以上に、

 がくっと両手を地面に突き、手のひらを強く握りしめた。


 「母さんが・・・オリエが・・・もう、感じられない」


 嘘、こんなことって・・・とつぶやくビビを、傍らに立つソルティア陛下は見下ろす。


 「完全に君の・・・ビビ・ランドバルドの魂に上書きされたんだ。もう彼女を形成するものは存在しない。そして同じレールを歩んでいた娘のビビ・ランドバルドの記憶も、君の中から徐々に失われて行くだろう」

 「どうして・・・」

 ぽたり、と握りしめた手の甲に涙の雫が滴り落ちる。


 あの美しい"龍騎士の始祖"オリエ・ランドバルドが存在しない?

 カリストの娘として、愛され育てられたビビの記憶もなくなる?


 「それが・・・龍騎士オリエ・ランドバルドの願い、だったからね。そして彼女の解放は君の願い、でもあったはずだよ?」

 ビビは顔をあげ、ソルティア陛下を見上げる。目が合うと、ソルティア陛下は穏やかに微笑んだ。


 「ねぇ、ビビちゃん。今なら僕は君を戻してあげられる」

 「・・・えっ?」

 「僕が【ルナ】である、聖女オリエ・ルナ・ランドバルドを封印し。君を元の世界に戻し、なかったことする」

 「なかったこと、に・・・?」

 ビビはこくり、と息を飲む。

 「そう。君の姿は・・・本来は、聖女オリエ・ルナ・ランドバルドのもの。君を最果ての地へ連れて行き、"神獣ユグドラシルの加護"とともに封印する。"アドミニア"で、ビビでもある君の魂を、残るオリエ・ルナ・ランドバルドから切り離す」

 「・・・?!」

 「ビビは本来、2人のオリエの力と加護を引き継ぐための器、だから。切り離されれば器の存在はなくなる。そして、"アドミニア"であった君はもとの世界に戻る」

 ソルティア陛下の紅い目を見返し、ビビはすべてを悟る。


 器であったビビが消滅するのなら。そしてわたしが元の世界に戻り、全てなかったことになるなら・・・カリストと結ばれた、魂縛の誓約魔法も無効になる。

 そして、

 「わたしが戻ったら、皆の記憶から・・・わたしの存在は・・・なくなる?」

 「・・・」

 ソルティア陛下はひとつ息を吐き、天を仰ぐ。

 「“神獣ユグドラシル”を世界樹に封印すれば、浄化のための冥界からの侵略は収まるだろう・・・ただ創造神ジュピターより定められた因果率からは逃れることはできないから、この箱庭は近い未来君以外の、他の《アドミニア》に託され管理されることになる」

 まあ、箱庭に住んでいる住民が意識することは、ないだろうね。

 

 ソルティア陛下はしゃがむと目線をビビに合わせる。そっと手を差し伸べた。

 「帰ろうか?」

 「・・・えっ?」

 あまりに自然に言われて、ビビは目を瞬く。

 「そろそろ戻らないと、皆が心配する」

 言って、ビビの腕をとり引き上げる。粒子で汚れた衣服を軽くはたき、ビビの手を握ったまま歩き出した。


 ※


 「ソルティア陛下・・・」

 さく、さく、と砂を踏みしめながらビビは前を歩く黒い後ろ姿に声をかける。

 「なんだい?」

 「・・・陛下の・・・、いえ、【ソル】の望みって、なんですか?」

 ビビの問いに、黒い背中がわずかに反応する。

 「僕の、望み・・・か、」

 ふっ、と小さく息をはく気配がする。ソルティア陛下は足を止め、ビビに振り返った。


 「太陽神【ソル】として生を受けた瞬間が始まりなら。魂の半身である【オリエ】を探し、見つけて、共に終焉を迎えることが僕の望みだった。【時の加護】を受けた人間は・・・みなその瞬間からレールの終わりを求め、時を旅する。・・・《アドミニア》だった君もそうだろう?"キャラクター分身"を育て、引き継ぎ、見送り、また育て・・・魂と記憶を継いで箱庭の中で永遠の時を生きていく。君の終わりは、どこにあるんだい?」

 「・・・」

 ビビは黙って、その宝石を思わせる紅い目を見つめ返す。


 この男は、どれだけ長い間【オリエ】を探し続けたのだろう。出会って、その手を手放して、見送って。【時の加護】を背負いながら、いつまで続くかわからないレールを、ひたすら【オリエ】の魂を求め、終焉を求めて、これからも箱庭の中で生きていくのだろうか。

 

 「ビビちゃん」

 紅い目は、じっとビビを見下ろしていた。まるでビビの心を探っているような視線を、戸惑いながらビビもまた受け止める。


 「君は、《アドミニア》の意思を持ち、残る聖女オリエ・ルナ・ランドバルドの魂を引き継ぐ者」

 ソルティア陛下は言う。

 「だから、僕も君の母親であったオリエと同様に・・・君を愛おしいと思っている」

 「陛下・・・」

 「君は、龍騎士オリエ・ランドバルドを解放する《鍵》、としてこの世界に転移して。ジャンルカ氏や他の人たちの元、与えられたその力と向き合い多くを学んできた。僕はそれを知っている」

 だから、とソルティア陛下はほほ笑んだ。


 「君はどちらを選ぶ?僕はそれを尊重しよう」

 「選ぶ・・・?」

 「僕と最果ての地で、すべてに終止符を打ち、元の世界に戻るか。残る聖女オリエ・ルナ・ランドバルドの魂を引き継いだまま箱庭に残り、このまま来る戦禍に愛する者たちと最後まで戦うか」

 「・・・!」

 ビビは目を見開き、ソルティア陛下を見返す。


 「カリストと"魂縛"の誓約魔法で結ばれた君だ。彼と離れることが、どれだけ辛いかは・・・同じ誓約魔法で縛られた僕にでも想像がつく。後悔のない選択をするといい」

 言って、ソルティア陛下はビビを見て、少し疲れたように笑う。

 「陛下・・・」


 「選択があるだけいい。僕たちには最初からそれすら許されていない」


 【時の加護】を背負い、半身を求め、探しながら生きていく。それが太陽神の名を剥奪され、天界を追放された自分に課せられた宿命。

 それでもいい、と思っていた。

 オリエの魂を護れるなら。


 だけど、とソルティア陛下は小さく息を落とし、目を閉じた。


 「見送るのも・・・探し続けるのも、もう疲れた、かな」



 気づくと、ガドル王城の裏庭に立っていた。

 「新年あけの四日後に、いよいよ長期でグロッサ王国と合同で討伐が始まる。僕の部屋のダンジョンに繋がっている転移の魔法陣も、消去しておかなきゃね」

 ソルティア陛下は魔法陣の傍で、自分たちの戻りを待っていたのだろう、タマを抱き上げ、また万が一君が飛ばされたら大変だからね~と笑顔を見せる。いつもの王族の衣装を身にまとった、壮年の国王陛下に・・・タマは鳴きながら甘えるように、その手にすり寄った。


 「そうそう、前日に派遣される武術団の壮行会を、王立闘技場で開催するんだ。今年度の"女神テーレの御子"であるビビちゃんに、是非とも参加して花を添えてほしいんだけど?」

 あまりにも普段のソルティア陛下だったから、ビビは戸惑い目を瞬く。

 「花、ですか?」

 「うん。ちょこっと着飾って、代表者に花束でも渡してもらえば」

 「ま、まあ、それくらいなら・・・」

 「よろしくね?当日は巫女を派遣させるから」

 「・・・?はい」

 じゃあ、お疲れ様~と、タマを抱いてそのまま歩き出すソルティア陛下の後ろ姿を見送り、ビビはしばし茫然と立ち尽くす。


 あの神殿で、少女の頃の聖女オリエ・ルナ・ランドバルドと出会い。

 オーロラの広がる暗い夜空の下で、ソルティア陛下と出会い、彼が“黒い鳥”太陽神【ソル】であることを知り。

 そして、龍騎士である母親オリエ・ランドバルドと再会し・・・彼女はカリストから"魂縛"の誓約魔法により魂を上書きされ、その存在は消えて行った。


 そして自分は・・・選択を迫られたのだ。

 最果ての地へ行き、すべてをリセットするか。

 このままガドル王国へ帰化し、戦禍に身を投じて【時の加護】を受けたまま世代交代しながら生き続けるか・・・。自分以外の、《アドミニア》の手のひらの上で。


 あまりに色々なことが一気に起こり、収拾がつかなくなっていた。


 

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