第198話 黒い鳥の告白④ 巡りあう時
サク、サク
踏みしめる砂の粒子が音をたてる。
ソルティア陛下は小さく息を落とした。その黒い背中は暗闇に溶けこみそうに儚く見えた。
「カリストが亡くなり・・・オリエが君に看取られ、最期を迎えて・・・約束通り僕はオリエを迎えに行ったよ」
ソルティア陛下は呟く。
例え、彼女の願う“人間としての終焉”が叶わずとも。
例え、外見が違っても魂は誓約により結ばれた、愛しき探し求めた半身に違いはなかったから。
「でも、オリエは僕の手を取らなかった。娘の君に全てを引き継いだ後、聖女であり【ルナ】と呼ばれていた頃の記憶が全て戻って、」
カリストを妻として支えられなかった呵責。
記憶を奪われていたとはいえ、過去"神獣ユグドラシルの加護"が呼び寄せた禍によって、戦争が起こり、多くの人間の命が失われた罪に。
一緒に行こう、と差し伸べた手に首をふり。
自分の魂は赦されるべきではない、と。
守護龍との誓約どおり、来るべき箱庭の最後を見届けると。
「・・・そして、僕の手で終わらせてほしい、と願った」
二人の男に愛され。
そしてどちらも選ばず、今世龍騎士という生涯を終わらせても尚、"黒き鳥"の手を取らなかった、オリエの心をビビは思う。
オリエの幸せは、どこにあったのだろうか・・・
「生きる、ってなんだろうね」
ポツリと独り言のように呟いた声が、暗闇に溶ける。
「命が、望むものを得るための力、なのだとしたら。生きることは終わりに向かうこと。誰にも訪れる終焉に向かって、人は自分が生きた何かをレールに残そうと、日々笑い、泣き、喜び、悲しみ・・・人を愛し」
でも、とソルティア陛下はビビを振り返る。
「僕は創造神ジュピターより命を賜った。この身に【時の加護】を受けている限り、その感情すらこの手のひらを零れ落ちて何も残らない・・・」
【オリエ】を探していた。求めていた。
いつか会える日を待ち望んで、手を取りあう日を夢見て。
でも、愛しき魂の半身の【オリエ】は終わりを望む。
ならば、自分の生きる意味は?
終わることを許されない、この手には何が残るというのだろう。
「ソルティア陛下」
「オリエが器であった
「なぜ・・・」
「もう片方の残された龍騎士であったオリエが生きた軌跡に、
まったく、旧友のあみだした魔法とはいえ、見事なまでに逃げ道を塞ぎ一切の妥協は赦さない完成度の高さに、ため息しか出なかった。
そこから再び、
《アドミニア》から管理を外された衝撃で、時空に散ったオリエ・エナ・ランドバルドの欠片を拾い集めながら。
オーデヘイム王国で起きた戦乱の記憶を。
"神獣ユグドラシルの加護"の記録とともに最果ての島で封印された、彼女の記録を。
寄せては、返し。
返しては、寄せる時空の狭間の片隅で。
何度目か降り立ったガドル王国。かつてそこがオリエが生きていた時代であることに気づく。
そして、突然待ち人は現れた。
入国旅人名簿に書かれた
"ビビ・ランドバルド"
入港した形跡はなく・・・後日ベルド遺跡でカイザルック魔術師団の銃士、ジャンルカ・ブライトマンに保護されたことを聞いた。
「君があのオリエの娘であることは、名前とその容姿ですぐにわかったよ。2人のオリエの力と記憶を引き継ぎ・・・最果ての地で封印されたはずの"神獣ユグドラシルの加護"を君に感じて、守護龍により解放されたことも知った」
だがその魂に宿るは娘のビビではなく、かつて箱庭を管理していた《アドミニア》のもの。
ビビは手のひらを握りしめる。
ソルティアはわずかに眉を寄せ、そこで気持ちを整理するように息をひとつ吐いた。
「何故・・・《アドミニア》でもあった君が、オリエの生きたこの時代に時戻りをし旅人として転移したのか?守護龍アナンタ・ドライグは君を《鍵》だ、と言っていた。神獣ユグドラシルに選ばれたのだと。ただ、その頃から・・・分けられたふたつの
「“神獣ユグドラシル”は・・・その力故に冥界から魔の物を引き寄せる、と聞いています」
ビビは顔をあげ、ずっと疑問に思っていたことを問いかける。
「そうだね」
「陛下は・・・その加護を受けたわたしは、この世界にとって悪しき存在になるとお考えですか?」
以前、同じ問いを師であるジャンルカに問うたことを思い出す。
ソルティア陛下は少し考える素振りで押し黙り、ゆっくり首を振った。
「わかっていることは・・・
ビビは目を見開いた。
「過去の愚かな人間同士の争いなら、まだわかる。だが今回は・・・なんの契約も予兆すらなく、ガドル王国と隣国のグロッサ王国の管轄するダンジョンで頻繁にゲートが開き、魔物が溢れ出てきているということは」
ソルティア陛下はビビを振り返る。
「神獣ユグドラシルの力に呼び寄せられ・・・冥界ハーデスの門の封印が、破られる、と」
ビビの声は震えていた。あの、聖女オリエ・エナ・ランドバルドが自害した・・・大地を戦禍に巻き込み、多くの命が消えていった歴史が、繰り返されると?
ソルティア陛下は真っ青な顔のビビを見て、目をわずかに細めた。紅蓮の瞳が、じっとビビにそそがれる。
「安心してほしい。僕だって元は太陽神と呼ばれた者。そして今はここガドル王国を護る国王でもある。そう簡単には、冥界の神ハーデスの思うようにはさせるつもりはないさ」
ただね、とソルティア陛下は小さく息を落とし、視線を暗闇に広がるオーロラの群衆に向け
「大地の浄化を止めるには、冥界の魔物を引き寄せる神獣ユグドラシルを、最果ての島世界樹に封印しなければならない」
「・・・っ、そんな!」
ビビは胸元の魔石を握りしめ、息を飲んだ。
「わたし、神獣ユグドラシルにはたくさん助けられました。この箱庭で目覚めてからずっと、一緒だった・・・離れるなんて、そんな・・・!」
「ごめんね?」
ソルティアの突然の謝罪に、ビビは驚いて顔をあげた。自分を見つめる少し困ったような笑みに・・・ああ、この人はいつもこんな何かに堪えるような表情をしていたな、とビビは思う。
「何度も《アドミニア》であった君を元の世界に戻してあげようとしたんだ。でも、
「"魂縛"の誓約魔法・・・?ジャンルカ師匠の?」
「そう。死してもなお離れることはないという、魂にすら影響を及ぼす究極の誓約魔法だ。僕と聖女オリエを繋ぐものでもある。展開する条件により、精度や強度も変化してくるけどね。さすがだよ。君の師であるジャンルカ・ブライトマンはほぼ完成されたレベルで、この奇跡といわれている誓約魔法を再現してみせ、それをカリストに付与した」
それは、龍騎士オリエ・ランドバルドの軌跡を上書きするために、必要不可欠なもの。
完成した段階で本来なら、フィオンかカリストか。どちらかビビの選んだ魂と縛りつけるはずだった。もうひとつの箱庭で、15年もビビを愛し待ち続けたフィオン・ミラーがその役目を担うかと思われたが・・・カリストの執着が勝り、あの極限の中カリスト自ら施行しビビもそれに応えた。それはまったく予測していなかったことだ。
不思議そうに目を瞬き首を傾げるビビに、ソルティア陛下は笑いかける。オリエの夫であったカリストは・・・全てを知った後、オリエを愛しながらも身を引いた。だが、今世のカリストは・・・きっと何があってもビビを手離すことはしないのだろう。
「これにより、君の母親である"龍騎士の始祖"オリエ・ランドバルドの魂は、ビビ・ランドバルドの魂に上書きされ、君の父親であったカリスト・サルティーヌは、君を愛するカリストの魂に上書きされた。ふたつに分断された
言って、ソルティアはビビの後ろへと視線を向けた。
「ああ、良かった。間に合ったんだね?」
あわてて振り返ると
「え・・・?」
ビビは呆然として背後に立つ、"龍騎士"の衣装を身にまとった女性を見た。
背を流れる少し癖のある金の髪が、緩やかに流れていく風にふわふわと揺れて輝いている。
透き通るような白い肌に、空色の大きな瞳。艶やかな赤い口元の小さなホクロ。
顔立ちも違う、でも纏う気は同じ。
目を合わせた瞬間わかった。
同じ【時の加護】を受けた人間であると。
「ビビちゃん、久しぶり」
にこり、とオリエは笑った。
※※※※※※
説明長過ぎ(涙)
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