第197話 黒い鳥の告白③ カリスト・サルティーヌの苦悩
"子供たちを王族の監視下に置く?どういうことです"
ガドル王城に呼び出しを受けた、当時ハーキュレーズ王宮騎士団第三騎士団隊長カリスト・サルティーヌは、謁見の間、国王陛下他、ベロイア評議会の重鎮たちを目の前に、声を荒げた。
あまりに理不尽な国の上層部の物言いに、身体の中の魔力が沸騰するような感覚に襲われる。
"オリエはオリエです。いくら国の英雄であろうと、希代の龍騎士であろうと!彼女は俺の妻であり、母親です。それを奪うつもりですか?!"
怒りのあまり、噴きだす魔力を押さえられず、王城の温室のガラスにヒビが入る。
"子供たちと、オリエの得た力は無関係です。国の勝手な希望と都合で子供の未来を壊さないでいただきたい!"
守護龍アナンタ・ドライグから与えられた力と"龍騎士の銃"。その類まれな力故に、オリエもまた・・・そしてその血を継ぐ子供たちも、国から監視され利用されようとしていた。
子供を護らねば。もっと強くあらねば、とカリストは誓う。
自分に力があれば・・・家族を護ることができる。オリエを護ることができる。
血の滲む鍛錬に耐えられたのは、ひとえに家族のため。なにかを背負い、一人で戦っている妻のため・・・。
オリエはいつも何かと戦っていた。笑顔は日々失われ、思いつめたようにそれを悟られぬように、自分に背中を向けるようになっていた。
そして、9年に一度のアルコイリス杯で。
見事大地の守護龍アナンタ・ドライグの試練に打ち勝ったオリエ。
ガドル王国第四代目龍騎士の誕生に、沸き上がる闘技場に突如降り立った黒衣の男。
背中に黒曜石を思わせる漆黒の翼を持ち、闇に溶け込む髪に紅い目をした男は、騒然とする周囲に構わず真っ直ぐオリエの元へ歩み寄る。驚きに目を見開いたまま固まっているオリエに笑いかけた。
(見つけた)
そう呟く男の声は震え、その表情は泣きそうで。
次の瞬間、人目はばからずオリエを抱き締めていた。
(やっと、会えた)
男の腕の中、身動ぎしたオリエが男の名を呼ぶ。銃を持たぬ腕を上げ、そっと男の背中を抱き締めかえした。その頬には・・・涙がつたっていた。
その様を目の当たりにして、夫であるカリストはあまりに突然の出来事に呆然としていた。
そして、間を空けず・・・オリエが身籠ったことを知らされ。
産まれた娘は、オリエにも、カリストにも、似も似つかない紅い髪をしていた。
オリエがヴェスタ農業管理会から、カイザルック魔術師団へ転職し、魔銃士を目指すようになってからはすれ違い生活が続き、第2子のアレックス成人後は殆ど閨を共にしていなかった。
その最中でのオリエの妊娠、そして自分の血を引いているとは思えぬ外見で産まれた娘。ビビ、と名付けられたその娘を見るたび何度も問いかけようと思い、でも決定的な事実を知らされるのを恐れ、妻の背中を見続けること数年が経過し。
突然その時はやってきた。
庭でオリエが娘をあやしているのをぼんやり眺めていると、ふいに目の前に舞い落ちた不思議な光沢を放つ、黒い羽。慌てて顔をあげオリエを探すと、抱き合う2人の姿が飛び込んできた。
1人は最愛の妻であるオリエ。もう1人は……翼はなくとも、いつか闘技場で見た黒衣の男。
オリエの腕には、まだ幼い三番目の娘ビビが、不思議そうな顔をして彼らを見ている。
(この娘が、ビビ、なんだね)
言って、男はビビを抱き上げ、目を細める。
(ああ、【オリエ】、君の子供だった頃の面影そのままだ)
・・・これは、一体どういうこと、なんだろうか。
そして、"黒い鳥"と名乗った男に全てを告げられる。
オリエが背負っている【時の加護】のことを。
オリエがかつて数百年前に、"神獣ユグドラシルの加護"を受けたがために戦禍に巻き込まれ、最果ての地で自害した"オリエ・エナ・ランドバルド"の転生者である、ということ。
その容姿をそのまま受け継いだ三番目の娘のビビ。
娘が、その【時の加護】を引き継ぐ受け皿として、生をうけたということ。
(赦して、なんていう資格もないことは、わかっているの。でも、でも信じてほしい。わたしは・・・)
信じてほしい、と妻は言う。
運命の半身である男の腕に抱かれ、何を信じろ、と言うのだろうか。絶望がカリストを襲う。
愛している、と妻は言う。
でも、長い長い時を経て、互いに求め惹きあうふたつの魂を前に・・・自分に向けられるその言葉はあまりにも陳腐に感じた。
・・・一体、自分は何のために戦ってきたのだろう。
(パパ!)
絶望からカリストを救ったのは、カリストの外見に似つかない、赤い髪の幼い娘だった。
妻のオリエは、"黒い鳥"が現れてから、ますます家に寄り付かなくなり・・・成人した上の子供たちの遠巻きに心配そうに様子を伺う視線が辛かった。
そんな中、花が咲きこぼれるような笑顔で、小さな腕を必死で伸ばして、自分だけを求める愛おしい娘。
抱きしめると、いつも髪からは花の甘い香りがした。その笑顔を見ているだけで、癒され心が浄化される気がする。
なのに・・・オリエを【時の加護】から解放する受け皿になるために、ただそれだけのためにオリエの胎内に宿ったのだという。
血が繋がらずとも・・・カリストの愛情は自然にビビに注がれていった。
(ビビ、大きくなったら、何になりたい?)
(女神テーレの御子になりたいなぁ~)
(そっか、なれたらいいね?)
属性が"水"であった、幼いビビは、ガドル王国最北にある水源の滝が大好きだった。
広大な滝のたもとで、噴きあがる水しぶきを受けながら、カリストはビビを抱きしめる。
(パパ、大好き!わたし、パパのような龍騎士になる!)
(女神テーレの御子になりたいって、言っていなかった?)
(ううん。パパのほうがカッコいいもん)
(・・・そっか、なれるよ?ビビなら)
(お父さん!)
自分のあとを追って、成人後にハーキュレーズ王宮騎士団に入団したビビ。
暇さえあれば剣を片手に、総長である自分に手合わせを願い出て、都度こてんぱんに負けてもめげずに立ち向かってくる姿は、まさにイヴァーノに憧れ周囲の反対を押し切って、近衛騎士になった若き頃と重なる。
早々に幼馴染のフィオン・ミラーと婚約してしまったのは、いささか不満でもあったけれど。
騎士団に入団した本当の理由が、フィオンの鍛錬につきあうため、ダンジョンに入る権利が欲しかったから・・・と聞いたときは、"俺より弱い男にビビは嫁にやれん!"と言いそうになってしまったのは、秘密だ。
フィオンはいい男だ。彼ならビビを任せられる。その課せられた運命を、彼となら乗り越えていけるだろうと、信じた。
運命を変えることができぬのなら、この愛おしい娘が少しでも幸せでありますように、と願わずにいられなかった。
そして、死期が近づき、わかったことがひとつ、ある。
オリエを愛したからこそ、ビビを愛せたということ。
例え、彼女の魂がかつて【聖女オリエ・ルナ・ランドバルド】と呼ばれる存在であっても。心が自分の元になかったとしても。オリエを愛し、その子供たちを愛したこの気持ちに偽りはない。
(愛しているよ、オリエ)
(愛しているわ、カリスト君・・・)
今なら、信じられるよ。
君は愛する妻で、唯一無二の人。オリエ、君に会えて俺は幸せだった。
ビビが成長するにつれ、前世の記憶が戻って行ったオリエとカリストの距離は、カリストが亡くなる最期まで縮まることはなかったけれど。二人の間には・・・確かに愛は存在していたのだろう。
父親が亡くなった夜。ふたりで寄り添いほほ笑みあっていた後ろ姿を思い起こしながら、ビビはぼんやり思った。
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