第196話 黒い鳥の告白② 真実
銀月夜に伝えられる、太陽神ソルと聖女ルナの悲哀の物語は。
蓋を開ければ、オーデヘイム王国を含め、かつてのアリコイリス全土を戦禍に巻き込んだ、神獣ユグドラシルに加護を与えられた聖女の伝承と繋がっていて、そして大きく歪曲されていた。
「神獣ユグドラシルの加護を受けたオリエは・・・その神獣の力を戦争に利用され、心が壊される寸前だった。両親の記憶を消され洗脳されたまま神殿に隔離され、・・・自分の存在が望まぬ争いを生み、多くの人間が命を落としていく。救いもなく絶望と悲しみの中で、ただ1人祈るしかできない弱い自分を、何より憎んでいた」
暗い空に浮かび幾重にも広がりうごめくオーロラを見上げ、ソルティア陛下は呟く。
「オリエは最果ての地に渡り、禍の元となった"神獣ユグドラシル"を封印した・・・そして、命を絶とうとしていた。自ら終わりにするために」
何度も見た夢、だった。
流れ込んでくる、聖女オリエの記憶にビビは身震いをする。
ああ、ここと同じ暗い夜空に幾重にも広がるオーロラの下。
降りしきる雨に打たれながら、オリエ・ルナ・ランドバルドは安堵の息を吐いていたのだ。やっと、おわるのだと。
その姿と、目の前に佇むソルティア陛下が重なる。
「あんなに傷ついて、苦しんでね。本当は・・・彼女の望むまま終わらせてあげるべきだったのかもしれない。でも、僕は失いたくなかった。僅かに残る彼女の心の中の未練を探り、つけこむように僕は願った。僕のために生きてほしいと・・・」
「未練・・・?」
(ソルは、わたしの半身なんだって)
ソルが自分を連れ出してくれるのだと。屈託ない笑顔で嬉しそうに半身の話をしてくれた、赤い髪の少女。
この世界から、自分を引き上げてくれる唯一無二の存在。彼がきっと自分を救ってくれるのだ、と信じてずっと待ち続けていた。それは、叶えられることはなかったけれど。
「そして、命尽きる前にオリエは願った。もし、来世というものがあるのなら、力が欲しいと。ただ利用されるだけでなく、愛する人たちを最後まで護れる力が欲しい、と・・・そして、《アドミニア》であった君の箱庭を望み、導かれるまま、【時の加護】を受け、転生をしたんだ。僕は誓った。君の箱庭を必ず見つけ出し、今度こそ迎えに行くと」
「わたしの箱庭を望み、わたしが導いた・・・?」
言いかけてビビははっとする。
(オリエ、わたしがオリエを解放するから・・・)
そうだ、わたしもまた、幼い彼女に生きろ、と言ったのだ。
オリエを自分の"GAME"に、箱庭に引き寄せたのはわたし、だったのか。
《アドミニア》であったわたしは何も知らず、転生したオリエを育てるのに夢中になり、"GAME"にのめり込んでいったんだ。
そして元太陽神【ソル】であった"黒い鳥"は、魂の半身である【オリエ】を求め、《アドミニア》の管理する箱庭の中を、巡り探し求めた。
何千、何万と存在する《アドミニア》の箱庭で、姿を変え、転生をした【オリエ】を見つけ出すのは不可能に近かった。
だが、彼女を見つけ出す方法がひとつだけあった。
愛する者を最後まで護りきる力を望んだ、聖女オリエ。
彼女の望む箱庭に導いた《アドミニア》もまた、彼女を最強に育て上げるはず。
――――――――――――――
「僕はついに見つけた。9年に一度のアルコイリス杯で戦うオリエを」
金の髪をなびかせ。
次々と対戦相手を寸分狂いなく、魔銃で仕留める。
最強の大地の守護龍アナンタ・ドライグに勝利し、人間でありながら、眷族に迎え入れられた者。
盟友でもある、大地の守護龍アナンタ・ドライグ。
彼が勝利した金髪の龍騎士に、語りかける言葉に確信した。
"オリエ・ランドバルド。我は前世のお前を知っている。聖女として神獣ユグドラシルの加護を受けし者"
ーーーー龍騎士、オリエ・ランドバルド
ああ、間違いない。
その美しい勇姿に、一瞬にして心を奪われ・・・そして、確信した。
姿は変われどその魂の輝きは、時の狭間で見送った赤い髪の自分の半身の【オリエ】のものであると。
9年に一度のアルコイリス杯。
戦いを制した優勝者は“勇者”の称号を。そして、大地の守護龍に勝利した勇者には“龍騎士”の称号が与えられ、守護龍より望みを問われるという。それは、《アドミニア》としてPLAYしていた時には伏せられていた事実で、
だが、次にオリエの唇から告げられた望みに、愕然とする。
“終わりたい・・・”
“時の加護から解き放たれ、人として終わりたいのです”
――――――――――――――
オリエの魂の記憶を形成するもののひとつである"神獣ユグドラシル"は、最果ての地の世界樹へ封印されたまま。その影響で、オリエは《アドミニア》から【時の加護】を受けたまま、聖女であった記憶を失っているはずだった。だが・・・徐々に記憶は戻り始め、その魂は非常に不安定な状態だった。その最中で守護龍に問われた、本心からの願いが・・・自らの終焉とは。
ああ、オリエ、
君はまた・・・僕を置いていくというのか。
守護龍はその願いを叶えると誓約を結び、飛び去る間際視線をこちらに向ける。
(友よ)
その宝石を思わせる眼は愕然と立ち尽くす黒き姿の盟友をまっすぐ見据えた。
(今度こそ違わぬように)
その力強い視線と心に響く声。
その声に何度も背を押され戦ってきた日々を思いだし、気づけば闘技場に降り立っていた。漆黒の翼を持つ、黒衣の男のいきなりの登場に・・・場内は騒然となった。
“オリエ・・・”
唖然とこちらを見ている空色の瞳に笑いかけ、抱き締める。
赤い唇が震え、自分の名を告げる声を聞いた瞬間、歓喜のあまり涙がこぼれた。
“やっと、見つけた・・・”
――――――――――――――――
「大地の守護龍アナンタ・ドライグの誓約は神々の中でも絶対無二であり・・・本来なら、龍騎士オリエ・ランドバルドは寿命を迎えると同時に、《アドミニア》から与えられた【時の加護】から解放されるはずだった。それが《アドミニア》や箱庭にどんな影響を及ぼすかは想像はつかなかったけど」
「はずだった、ってことは・・・?」
ビビの問いに、ソルティア陛下は小さく息を落とした。
ゆっくりと歩き出すその後ろを、ビビも付いていく。
「それは不可能だった」
「不可能?」
「ああ、前世の聖女オリエと僕との間に結ばれた魂縛の誓約魔法で、僕の魂もまた消滅することになる。太陽神を剥奪され、天界を追放されてもね。この身は神々の創る世界と深く繋がっているんだ。おいそれ簡単に手離せるものでもないんだ」
「あっ・・・」
ビビは目を見開く。
「守護龍アナンタ・ドライグと僕は盟友だった。僕が何故神々の審判を受け、天界から追放されたかも知っていた」
それでも盟友であるソルと、その半身であるオリエの為に、守護龍は神々ですら介入できぬ誓約のもと、2人のオリエを【時の加護】から解放すべく動き出した。
「君も知っての通り、GAME上オリエを【時の加護】から解放するには、世代交代・・・その力と加護を引き継ぐ者が必要だ。転生したオリエとカリストとの間には子供が二人いたけど・・・すでに成人していて、引き継ぐ資格を失っていた。しかも・・・カリストとオリエの夫婦仲は、冷え切っていた。今更、引き継ぐための子供を作ることは不可能だった」
視線を向けられて、ビビはヒヤリ、とする。
そう、夫婦仲が冷え切った原因は、《アドミニア》である自分にあったから。
オリエを育てるのに夢中になって、家庭を顧みず、ダンジョンに籠ってレベルアップばかりしていた。それはオリエがアルコイリス杯で優勝し、守護龍アナンタ・ドライグに勝利し、"龍騎士"となっても続いていた。
「そんな中で誕生したのが、ビビ。君だった」
ソルティア陛下の言葉にビビは息を飲んだ。
「え、じゃあ・・・」
「君は・・・龍騎士であったオリエを【時の加護】から解放すべく、その力と魂の記憶を引き継ぐ器としてオリエの胎内に宿った、いわば前世の聖女オリエの分身のようなもの。父親であるカリストとは血の繋がりはないんだ」
※※※※
お読みいただき、ありがとうございます。
新しいパソコンへの移行が難航しております。タブレットで執筆していますが、限界で(涙)使いづらいこの上なし。
次回投稿までしばしお時間ください。
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