第195話 閑話 太陽神ソルと聖女ルナの物語②

 ゆっくりと、アルコイリス全土世界は滅びの道へと進んでいった。

 

 神獣ユグドラシルの力に引き寄せられ、ついに冥府の門が開き、魔界の軍勢が押し寄せた。

 戦禍に巻き込まれた国がなすすべもなく、次々と滅んでいくのを天空で見ながら、ソルは己の無力さを呪った。

 神は人の世界に介入してはいけない。決められた因果律に逆らい、オリエを救う力は・・・自分にはない。


 迎えに行くと、約束した。

 いつか、神殿から連れ出し、自由にしてあげると。

 行かないで、1人は嫌と泣いて離れようとしない幼なかったオリエに、その手を取るとそっと跪き、誓ったことを思い出す。

 

 オリエ、君は僕の半身。この身が滅びようとずっと君に寄り添い、護ると誓うよ。


 神殿で挙式する騎士が、新婦に跪き、その手を取り己の愛を捧げる、その見よう見まねで告げた言葉なのに、オリエは頬を染めて頷いた。


 “約束よ、ソル!大好き!いつかわたしを迎えに来てね。待ってる”

  

 それを信じ待ち続ける愛しい人が、愚かな人間たちに洗脳され、あのあどけない笑顔が壊される様を見ながら歯を食いしばる。

 母である女神ノルンに、オリエの魂の救済を願うも、女神ノルンは悲しげに首を振るだけだった。そして、オリエが担った悲しい宿命を告げられ、動揺し

・・・気づけば女神ノルンが止める手を振り払い、地上に降り立っていた。


 オリエ!!


 上質な絹であつらえた純白の聖衣は・・・煤と鮮血で赤黒く汚れ、白い頬は泥にまみれ。綺麗な赤い髪は地面を強く叩く雨に捩れていた。

 天を仰いでいた視線が、ゆっくり此方に向けられ、血の気のない唇が何かを呟く。


 (ああ・・・)


 差し伸べた手が、痩せた身体を抱き止める寸でで・・・まるで糸が切れた人形のように、その身体は地面に崩れ落ちた。


 (わたしが望んでいたことは、)

 ふ、とその口端が自嘲気味にあがる。


 (こんなことじゃ・・・なかったのに、な・・・)


 ――――――――――――

 

 オリエは死んだ。

 自ら命を絶った。

 自分の存在の意味を知り、課せられた宿命を知り、自分が神獣ユグドラシルの媒体となって、愛する祖国を、世界を破滅に導いたのだと知ってしまったから。


 無数のオーロラがひしめく時の狭間で。降りしきる雨の中、すでに動かぬ躯となった小さな身体を抱き上げ、ソルは泣いた。


 ーーーーーーーーーー

 

 七人の神々が造り出したアルコイリスの世界は、神獣ユグドラシルにより浄化され、その支配を神々から《アドミニア》へと委ねられ、幾多の箱庭GAMEの世界として新たな時を刻みだした。


 ソルは時の狭間に住まう旧知の友である【時の賢者】を訪れ、自分とオリエの魂に魂縛の誓約魔法をかけるよう依頼した。

 互いの魂を縛るという、呪いにも似た究極の誓約魔法。

 成就されればその繋がりは神々の干渉すら不可能といわれ、元々は罪人に絶対服従させるために、この旧知の賢者が気まぐれであみだしたのだという。


 オリエの魂を与えられた宿命より護ることが出来ぬのなら、せめてその魂に寄り添うことを願った。だが・・・創造神より与えられた因果律に逆らう禁忌を犯したソルは、神々の審判を受け、太陽神の名をはく奪され、天界を追放されることになった。 


 『たとえ魂を縛っても、魂を失った肉体を復活することはできないよ』

 やれやれ、気まぐれでつくった誓約魔法をこんなところで君に使うことになるとはね、

 時を管理する賢者は、困ったように肩をすくめる。

 だが、ソルがその名を捨ててまで欲した少女の魂への興味が勝ったらしい。

 『だから、この少女の魂を《アドミニア》の箱庭へ送ろう。彼女の魂が望み、彼女の魂を望む箱庭の世界に』

 

 ただの"黒き鳥"となったソル・・・ソル・ティアは、腕の中の愛しい少女の器から薄い光が溢れ、少しづつ霞んでいくのを見やりほほ笑んだ。

 

 ーーーーーーーーーー後悔はなかった。天界を追放され、太陽神という身分を剥奪されても。この美しく清らかな魂を、護れたのだから。

 

 『いいのかい?彼女の魂の記憶を形成する神獣ユグドラシルは、世界樹に封印されたままだ。転生するその魂には、君の・・・ソル・ティアの記憶はないだろう。彼女が遠い過去にかつて、聖女オリエとして生き、神獣ユグドラシルに加護を授けられた人間であったことも』

 

 ーーーーーーーーーーそれでも、いい。生きていてくれるならば。


 『そうか・・・そして君は探すんだね?この無限にある箱庭の中、たった一つの君の半身を・・・』

 仮面からのぞく口元を自嘲気味に歪め、旧知の友はやれやれ、と首を振る。


 『本当に・・・君の人間に対する愛情は、理解しがたいよ』


 *


 時は、巡る。

 よせてはかえし、寄せては返す、大いなる海の波のように。

 生もまた、死もまた、なんども繰り返し、時と共に巡り、未来へと続いていくのだろう。


 「愛しているよ、オリエ」


 そっと抱き寄せ、消え逝く恋人に最後のキスを送った。一筋の涙が頬を伝っていく。


 「僕がきっと見つけるから。どんな姿に転生しても、僕はきっと君を探しだす。だから、生きてくれ。何度でも・・・」


 もし、次に出会えたら。僕は君を連れていこう。

 もう二度と離さない。こんな思いをするくらいなら、この身ごと滅んだ方がましだ・・・


※※※※※※※

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

自宅で使っているパソコンの新機種への移行作業が難航していて、現在タブレットで執筆しております。正直めっちゃやり辛い!!

というわけで、更新遅れるかもです(涙)

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