第194話 閑話 太陽神ソルと聖女ルナの物語①

 創造神ジュピターと運命の女神ノルンから産まれた、太陽神ソル。

 背には黒い翼をもち、漆黒の髪に紅蓮の太陽の炎を象徴する瞳。全身黒い鎧に身を固め、大空を舞い、時を越え。父である創造神の支配する世界を見守っていると言われている。

 

 そのソルが、母親である女神ノルンの命を受け、創造された世界のひとつであるアルコイリス大陸の、オーデヘイム王国へ降り立った。その日は丁度1年に一度の「銀月祭」だった。

 100年ほど前に訪れた時は、大地は痩せ人口も少なく、人々は最低限の生活をしていると記憶していたが・・・王都は巨大な建造物が立ち並び、市場には人があふれ、港には大きな商船が何隻も寄港していて賑やかで。驚くほど発展しているのが見て取れる。

 だが、それに反して・・・王都を取り囲む大気は淀んでいて、国全体が病に冒されているような。

 ソルは首を傾げた。

 この国は・・・大地の守護龍との契約により、女神テーレを祀る神殿があると聞く。テーレに仕える聖女によって護られているはずなのに?

 

 黒い翼を隠し、子供の姿となり、祭りのお面をかぶって、子供たちと一緒に大人たちにお菓子をねだり、お菓子のない大人にはいたずらして駆け回りながら、王国の人々の生活を視察するソル。

 そして、ふと通りかかった神殿で、一人の少女が羨ましそうにこちらを伺っているのに気づく。


 "こんな辛気臭いところで、何しているの?子供たちは皆大人にお菓子をねだっているのに"


 少女の名前は【ルナ】という。

 女神テーレに仕える聖女は、代々皆この名前を継承するという。

 ならば、この幼い少女は次の聖女になるのだろう。


 "あなたは誰?黒い鳥さん"


 鮮やかな赤い髪に、吸いこまれそうな深緑の瞳。神獣のお面をかぶったままいきなり目の前に姿を現したソルに、その背中から生える黒い翼にも動じた様子もなく、屈託のない笑顔で声をかけてきた。

 その傍らには、少女の瞳と同じ深緑の毛並みの神獣が寄り添っている。

 金の角をはやし、身動きをするたびに金粉がキラキラ舞って、まるで光を纏っているようだ。


 神獣ユグドラシル。

 森羅万象を司る神獣は、創生と破滅、光と闇の相反する力を持ち、ひとつの世界が滅びる時と、続く新たな世界が誕生する時に、最果ての島にある世界樹から産まれる、と言われている。


 ならば・・・この国を含め、アルコイリスの世界は近いうちに終焉を迎えることになるのだろう。

 女神ノルンがこの国を視察するよう命じた理由を、ソルは理解する。

 永い時の中で、神々が創造した多くの世界が誕生し、滅んでいく様を、女神ノルンの命のもと、ソル自身も何度も見届けてきた。そして、そのレールの先々に神獣ユグドラシルは存在していた。

 いつもの、ことだ。

 神々の紡ぐ永い歴史の中の、ほんの一部分が消え、入れ替わるだけ。

 だがそれでも驚かずにいられなかったのは・・・孤高の神獣であるはずのユグドラシルが、一人の少女に寄り添い加護を授けているのが見て取れた、からだ。

 一体、何者なのだろう?この少女は。

 

 少女はその問いに屈託なく笑う。

 寄り添う神獣の首を抱きしめ、頬ずりしながら、ユグドは・・・年に一度のこの銀月祭の時にしか姿を現さないのだ、と言った。

 少女はまだ幼い。神獣を召喚するには魔力が圧倒的に不足していた。年に一度の銀月祭はまさしく一年の中で、少女の体内を巡る魔力が最大に成長するタイミングなのだろう。


 招かれるまま、少女と神獣ユグドラシルの隣に腰をおろし、たくさん話をした。

 少女は産まれてからずっと結界を張られた神殿に隔離されていて、外の世界を知らなかった。銀月祭の話を面白おかしく語ると、少女は目を輝かせて聞き入っていた。


 "綺麗、あなたの髪。その闇色の翼も"


 少女はソルの背の翼を羨ましがった。


 "闇色なのに?君たちが信仰している女神テーレは純白の翼だろう?"


 ソルは神々の中で自分のもつ唯一漆黒の翼が嫌いだった。

 他の神々は皆輝かんばかりの純白や黄金の翼なのに。

 少し拗ねたその声色に、少女は軽く目を見開き、そして口に手をあてるとクスクス笑った。


 "どうして?わたしは好き!だって闇はわたしたちの眠りを護ってくれる夜の色。安心できる色だもの"


 やわらかなほほ笑みと嘘偽りのないその言葉に、ソルは自分の闇色の髪と翼を、少し好きになれた気がした。


 *


 それから、ソルは年一度の銀月祭に地上へ降り、少女に会いに行った。

 一年に一度の逢瀬だったけど。

 少女はソルの語る、遠い国の話を聞くのが大好きだった。


 最初は幼い少女だった。

 でも、会うたびに少しづつ成長していった。

 傍らに寄り添う神獣も、少しずつその姿を変えていく。


 巫女から女神テーレに仕える聖女となった、とルナは言った。


 ある時、ソルはオーデヘイム王国から遠く離れた辺境の土地に降り立つ。

 そこでオーデヘイム王国初代龍騎士の娘であり、女神テーレに仕える誓約の証として選ばれた聖女。その血筋である一人の少女の話を聞く。神獣ユグドラシルの加護を受け、産まれ出でたる少女は、・・・初代聖女の再来だとそのまま神殿に身柄を拘束。その両親もまた姿を消したのだという。


 "オリエ"


 "えっ?"


 "ルナの本当の名前は、オリエなんだって。ルナは女神テーレの名づけた聖女の神名なんだろ?君の名前はオリエ・ルナ・ランドバルド"


 消えた両親が名付け残された名前を伝えると、ルナは涙を流して喜びソルを抱きしめてお礼を言った。


 "オリエ・・・わたしの、名前"


 "いい名前だね"


 "うん!ねえ、じゃあわたしのこと・・・オリエって呼んでくれる?"


 "いいよ、オリエ"

 

 ーーーーーーーーーー

 

 オーデヘイム王国は、初代龍騎士と大地の守護龍アナンタ・ドライグとの契約により、女神テーレに仕える聖女が本心から国を愛し、住まう者たちへの慈悲の心を忘れぬ限り繫栄する、と云われて100年栄華を誇ってきた。

 オリエは歴代の聖女の中でも、最強の力を持つと讃えられていたが、それは神獣ユグドラシルの加護の力があってこそなのに。神殿に仕える者たちはその力に溺れ、オリエの力を利用し始めた。

 繰り返される近隣諸国との争い。聖なるユグドラシルの加護の力を欲し、やがて大地は戦場へと変わっていく。


 "君はその力を使うべきじゃない"


 ソルは警告した。


 "神獣ユグドラシルの力に呼び寄せられて、冥府の門が開いてしまう"


 ”でも、わたしが祈らないと・・・多くの人たちの命が消えてしまうの”


 違う、違うんだオリエ。君は洗脳されているんだよ。君の・・・神獣ユグドラシルの力は、一国で制御できるものではない。

 そう何度も言い聞かせても、オリエは不思議そうにソルを見つめる。

 ああ、出会った頃は瞳をキラキラ輝かせ、よく笑い、泣いたり拗ねたりして困らせた無垢な少女だったのに。いつからかどこか夢を見ているような、不安定な感情が見え隠れするのに、不安を覚える。

 でも、いつでも最初からオリエの望みはひとつ、だった。


 "ソル、わたしは理由が欲しいの"


 理由?


 "ええ。わたしがこの世界に存在する理由。わたし、ずっと一人だったわ。両親の顔も知らない。物心ついた時から神殿に居て・・・誰もわたしに見向きもしなかった"


 白い華奢な手がそっとソルの手を取る。

 深い森の深淵を思わせる深緑の瞳が、悲し気に揺らめいた。


 "わたしが祈ると、皆が幸せになるの。わたしが笑うと、皆が喜ぶの。ありがとうって言われるたび、ここが・・・心が温かくなるの。生きていていいんだって、そう思えるのよ"

 たとえ利用されていてもいい。皆がわたしを必要としてくれるなら、わたしはそれだけで幸せなのだと、オリエは微笑む。

 

 違う!そう、思わせられているだけなんだ、君の本心はもっと自由を望んでいるばずだろう?

 だが、何もかも諦めているようなその儚げな微笑みを前に、ソルは言葉を失った。


 (ソル)

 母親でもある、運命の女神ノルンは告げる。


 やがて訪れるであろう、この世界の終焉。大地の浄化。

 これは最初から決められた運命レールなのだと。

 オリエは、神獣ユグドラシルの力の媒体になるために、創造神ジュピターによる因果律の元、生を受け・・・浄化が終わればそのまま消滅する運命なのだと。


 なんて、ことだろう・・・

 

 (聖女に・・・オリエに恋をしては、いけませんよ)


 それでも、

 僕は、君を失いたくないんだ・・・

 

 華奢な身体を抱きしめ、ソルは首を振る。

 そしてようやく理解した。


 もう随分前から・・・いや、初めて出会った時から、自分はオリエに恋をしていたのだと。

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