第191話 キスがしたい②

 ビビはふわふわした足取りでガドル王城の城外に続く廊下を歩く。


 危なかった・・・


 両手で頬を押さえ、息をつく。


 ほんの数時前、カリストと抱擁し、キスをした。


 "サルティーヌ様・・・っ、ここ、お城・・・"

 交わすキスの合間に、ビビは必死で流されそうになる理性を保って訴える。

 聞こえているのか、いないのか。カリストは、うん、と頷き、ビビの頭を肩につけたまま深いため息をつく。

 "やばい・・・"

 "えっ・・・?"

 "このまま押し倒したい"


 パァン!


 咄嗟に平手打ちして、部屋を飛び出していた。


 「・・・ああ、やっちゃった」

 ビビはガックリ項垂れる。

 だって、だって・・・

 カアッと顔に熱がこもる。

 キスをしながら、カリストの手はビビの頬から肩へ。そしてゆるりと腰を撫で・・・

 気づけば壁に押しつけられ、

 「む、胸揉まれたし・・・!」

 あれは、あのまま流されたら、確実にいただかれてしまうケースだ。いくらなんでも、城でいたすのはヤバいだろう。

 かといって、場所を変えたらウエルカム、というわけでもない。

 「・・・って、どんだけ溜まっているんだ」


 ぴょるる~


 足元で声が聞こえ、あわてて視線を落とすと、白い物体が視界に飛び込んできた。

 「あ、あれ・・・?」


 ぷよぷよと白いボディーを震わせ、つぶらな瞳でビビを見上げている。

 「ヘム・ホルツ・・・?」

 しゃがみこんで頭を撫でると、気持ちよさそうにすり寄ってくる。

 「ぴょる、むぐぅ」

 「タマ・・・?あ、そうか。あの時の・・・」

 以前、紛れ込んだ"死者の樹海"のダンジョンで、怪我して動けないところを助けたヘム・ホルツだということに気づき、ビビは笑顔を見せる。

 「良かった、もうすっかり良くなったんだね?」

 壊死して黒ずんでいた足も、元にもどって元気そうなタマは、ぴょんぴょん飛び跳ねてビビの周りをくるくる回る。

 「ヘム・ホルツ同士はあまり仲が良くないって、ラヴィーに聞いていたけど。良かったね?」

 「ぴょる、ぴょるる!」

 数歩先を飛び跳ね、ビビへ向き直りながら耳と手をパタパタ動かしている様が、ビビに"ついてこい"と語りかけているようで。

 ラヴィーのようにはっきりと意思疎通ができないのは、多分"契約"をしていないからだろう。

 ビビは首を傾げ、タマの後を追った。


 *


 タマの後を追ってビビはガドル王城を出る。石壁から突き出たガラス張りの温室を横切り、裏庭へと向かう。

 しんとしていて人影もなく。樹々が覆い繁りさながら森の中のようだ。

 「・・・城の裏庭に、こんなところがあったんだ?」

 キョロキョロと周囲を見渡し、ビビは繁みをかきわけ進むタマに視線を向ける。

 「ぴょる!」

 「えっ?」

 足を止め、ビビは目を瞬いた。タマのぴょんぴょん飛び跳ねている地面に浮かぶ、緑の光を放つ魔法陣。

 「こんなところに、転移の魔法陣・・・?」

 近寄りしゃがみ込むと、そっとそばの地面に手を当てる。ピリッとした衝撃が指先に走った。

 「結界が張ってある」

 ふんわり、と胸元がふいに温かくなって目を落とすと、首にさげた魔石が淡い光を放ち、熱を帯びているのを感じた。

 ・・・結界に魔石が反応している?

 

 「なんだろ?どこに通じているんだろ?ソルティア陛下に聞けばわかるかな」

 なんといっても、国中、ダンジョンに至るまで転移石や転移の魔法陣を張り巡らし、神出鬼没な人だ。多分この魔法陣もそのひとつに違いない。

 そう思い、ビビはそういえば、ジャンルカの葬儀以来、ソルティア陛下に一度も会っていないことに気づく。

 リュディガーの話ではフジヤーノ嬢の一件で、彼女が過去、オリエと因縁があることを、ソルティア陛下は知っていたようだった。

 ビビが無事帰還した時、無事で良かったと笑顔で迎えてくれたが・・・その件に関してはその後話をするに至っていない。

 前は二、三日置きには必ず姿を現し、一歩的にハグをして消えていくお騒がせ人間だったのに。

 ファビエンヌは、カリストに遠慮しているんじゃない?とからかうように言っていたが、あの人に限ってそんな"遠慮"するようには思えない。どちらかといえば、逢瀬中にいきなり現れて、邪魔をして喜ぶタイプだ。

 

 「そう考えたら、陛下も底知れない人、なんだよな・・・」

 フジヤーノ嬢のように、自分に害を成す人間ではないことはわかってはいたけど。どこか飄々としてつかみどころがない。


 「ぴょるるる!」

 隣で跳ねていたタマが突然ビビに体当たりしてきた。ビビはそのままバランスを崩し、前のめりになったまま魔法陣にダイブする。

 「うわっ、ちょ・・・待って!」

 ぐわり、と視界がゆれ。

 そのままビビは魔法陣に飲み込まれていった。


 ***


 「なんだ。まだ居たのか」

 部屋を出たところで、イヴァーノに声をかけられた。イヴァーノはカリストの顔を見て、目を丸くする。

 「・・・何があった?」

 それと見てわかるほど、カリストの左頬が赤くなっている。ぱっと見、自分が負わせた傷は治っているようだが・・・

 「・・・いや、その」

 カリストはばつが悪そうに、イヴァーノから目を反らす。

 「ビビか?」

 なんだ、せっかくお膳立てしてやったのに、とイヴァーノが腕を組むと

 「押し倒したら、叩かれました」

 「・・・は?」

 

 イヴァーノはポカンと口を開けた。鬼の近衛騎士団総長の、滅多にお目にかかれない間の抜けた表情に、カリストも動きが止まる。

 「・・・お前、なにやってんた」

 「あいつが絡むと、どうも駄目です。抑えがきかなくなる」

 ふいっ、とカリストは顔をそむける。さらに赤くなったその横顔をながめ、聞いてはいたが・・・この男もビビを前にしたら形無し、だな。とイヴァーノは思った。

 自分の知るカリストは・・・無表情で、あまり感情を表に出さず、会話も必要最低限で任務を遂行する。

 

 「・・・その様子じゃ、まだビビから返事は貰っていないようだな」

 ため息まじりにイヴァーノは言う。カリストは頷いた。

 「来年早々いつ出陣要請がきても、おかしくない状況だ。喧嘩なんてしている場合じゃないぞ?」

 とっととけじめをつけろ、と言わんばかりの視線が堪える。

 「・・・わかっています。でも、待つ、と決めたので」

 

 喧嘩・・・ではない。むしろ・・・次に会った時、自分が抑えられるか自信がない。

 いつもはフードで覆われて、うつむき加減だから読み取り辛かった表情が露になって。正面から目を合わせて、

 なんて表情豊かな、綺麗な目をしているのだ、と。

 その目を潤ませて、頬を赤く染めて。触れるな、という方が無理な話だ。

 

 「総長・・・」

 「なんだ?」

 「・・・女をその気にさせるには、どうしたらいいんでしょうか?」

 「・・・」

 イヴァーノは言葉が続かない。暫く固まったままカリストを見やり、ため息をつく。

 「今さら、正攻法が通じるとは思えん」

 ぽん、と肩をたたく。

 「もうお前は、そのまま行け」

 ビビも面倒くさい女だと思っていたが、この男も大概厄介だな、とイヴァーノは心底思った。

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