第189話 会いたい気持ち

 ジャンルカの葬儀が終わり、通常の生活が戻った。

 ビビはリュディガーから依頼を受け、ジャンルカの残した研究をまとめる作業に没頭していた。

 当初はジャンルカを慕っていた彼女に、それをさせるのは酷では?と周囲は反対していたが、一番ジャンルカの研究を理解していたビビは、是非自分にやらせてほしいと志願した。

 時折、メンバーが気をかけて声をかけてくれたり、差し入れしてくれたり。申し訳ない気持ちでいっぱいだったが・・・その温かな優しさがありがたかった。


 「ずいぶんな量ねー」

 山積みになった資料を眺め、ファビエンヌは呆れたように言った。

 「いえ、量はありますけど・・・どれもちゃんとまとまっていますから」

 さすがですよねーとビビはてきぱきと束ねた資料を、見かけない機械に投入していく。

 「・・・それ、なに?」

 「スキャナーです」

 首を傾げるファビエンヌに、ビビは紙の資料を画像でデーター保管できる魔具なのだ、と説明する。

 「データーを見る場合は、このケーブルをこっちにさして・・・」

 「・・・相変わらず、奇想天外なもの作るのね。あなたの頭の中身って、どうなっているのかしら?」

 「そんな可哀想な子を見るような目を向けないでください」

 ビビは不本意だ、とむくれる。ファビエンヌは笑って指先でその頬をつついた。

 「もう、そんな顔しないの!可愛い顔が台無しでしょ。・・・そういえば、髪型とか服装変えたのね?」


 以前は目立つのが嫌で、旅人が好んで身に着けるフードつきの上着で髪をすっぽり覆っていたが、最近は同じ年ごろの少女と同じ装い・・・今日は黒のハイネックのニットに、黒の厚手のタイツの上からショートスカートを履いていた。身体のラインがはっきり出るそれは、小柄ながらビビのスタイルの良さを引き立てている。

 珍しい赤い髪はサイドを軽く編み込んで、後ろでゆるく束ね垂らしていた。

 「あ・・・少しは年相応の格好しろ、って。リュディガー師団長が・・・おかしくないですか?」

 「へぇーいいじゃない。前の格好、男の子みたいだったし」

 早速、計画実行なのねぇ、とファビエンヌは笑う。ビビは首をかしげた。

 「それ、なんですか?計画って、最近よく耳にするんですけど・・・」

 「ビビは気にしなくていいのよ。年寄りの道楽だから」

 「・・・はぁ」


 随分、柔らかい表情をするようになったな、と、せっせと手を動かすビビの横顔を眺め、ファビエンヌは思う。

 元々くるくる変わる表情が愛らしい娘ではあったが、どこか人と距離を置いている、というか・・・警戒されているような気がしていた。

 警戒を解くのは、ジャンルカの前くらいだったが・・・何故あそこまで、あの堅物に懐いていたのか未だにわからない。

そのビビが・・・ジャンルカの葬儀以降は、なんとなく歩み寄ったというか・・・前ほど距離を感じない。皆の前で散々泣いて、吹っ切れたのか吹っ飛んだのか?最初は腫れ物を扱うように、周囲は様子を伺っていたが、今では前以上にビビを構い可愛がっている有り様だ。


 武術組織上層部+農業組合長が結束して、なんとかビビをガドル王国に帰化させようとしているらしいが・・・いかんせん、当のビビがこの状態で引きこもっているし、頼みのカリストもあれからほとんど姿を見せない。

 2人が会っている、という噂も聞かないし・・・困った時のファビ頼み・・・ってことで、何故かファビエンヌに白羽の矢がたったのだ。


 「・・・最近、カリストの姿見ないけど・・・会っているの?」

 とりあえず、ストレートに聞いてみる。

 いきなり問われ、ビビは手を止める。

 うん、落ち着いているわね。前は名前出しただけでキョドっていたけど。

 「・・・会うもなにも、理由も用事もないですから・・・」

 でもないか。相変わらずまどろっこしいなぁ。

 「会いたい、ってのは理由にならないのかしら?」

 ファビエンヌの言葉にビビは苦笑する。


 前は彼女の鋭い問いかけが苦手だったが・・・答えへ導いてくれる優しさを知ってから、逃げずに向き合うようにしていた。だから、思ったことを口にする。

 「駄目なんですよね、わたし。相手が自分と同じ気持ちかどうか考えちゃって・・・」

 「会いたいってのは、否定しないのね」

 くすり、とファビエンヌは綺麗な笑みを浮かべる。ビビは赤くなった。

 「会っても・・・なに話していいかわからないし」

 そもそも、今まで会っても会話が弾んだためしがない。

 「そもそも・・・春には出国が決まっているから・・・それまでにこの仕事やっつけるので、今は精一杯です」

 「・・・やっぱり、出ていくんだ?」

 「・・・はい」

 「坊やには・・・カリストには伝えているの?」

 「・・・まだ、です」


 「わからないわ~好きなのに、どうして離れられるのかしら?」

 ファビエンヌは意味深な笑みをビビに向ける。

 「その前に。カリストが大人しくあなたを手放すとは思えないけど?」

 「・・・っ、」

 痛いところを突いてくるのは、相変わらず。しかも返答に詰まることばかり。

 「彼、あなたが思っている以上、あなたに執着しているわ」

 「ふ、ファビエンヌさん・・・っ」

 「あなたが逃げても、絶対追いかけるわね。そして見つけ出す。逃げ切れるとは思わないことね」

 「・・・逃げるつもりはありません。ちゃんと、答え出すって約束しています。でも・・・」

 ビビはうつむく。

 「もし、万が一サルティーヌ様まで国を出る、なんてことになったら」

 「なったら、じゃなくて。確実にあなたと国を出ると思うけど」

 「そんな!」

 ビビはフォビエンヌを見返す。

 「サルティーヌ様はこの国に必要な人です。それを・・・わたしが関与したばかりに」


 「ビビ、」

 ポン、とフォビエンヌはビビの頭に手を乗せる。

 「それはあなたが決めることじゃない。どうするかは、カリストが決めることよ?そうやって相手の事を思うばかりに、あなたたちは拗れてすれ違っているの。何故それに気づかないの?」

 「・・・ファビエンヌ、さん」

 「カリストを本気で愛しているなら。その幸せを願うなら。どうして、そのカリストを信じてあげないの?あなたがしていることはね、自分の本心を偽るどころか、あなたを愛している彼の気持ちも踏みにじっているの。残酷なことをしているのよ」

 「・・・っ、わたし・・・」

 「簡単なことなのよ、ビビ」

 そっとファビエンヌの手がビビの頬を包み込む。

 「あなたは、あなたが愛するカリストを信じればいいの。戸惑うのはわかるけど・・・素直になりなさい?」

 「・・・はい」

 マリアにも同じことを言われたのに・・・ビビは自己嫌悪でうなだれる。


 「ああ、そういえば・・・」

 部屋を出て行こうとしたファビエンヌは、思い出したかのように振り返る。

 「今日、王宮騎士団のトーナメント戦の決勝だったらしいわよ?」

 「えっ?」

 カリストが決勝まで残り、年末イヴァーノ総長戦だ、とアドリアーナが言っていたことを思い出す。すでにカリストはその実力を認められ、来年は第三騎士団隊長の就任が決定している。

 記憶ではカリストの実力が開花するのは30代後半だったから、それに比べるとかなり早いスピードだと言えよう。

 「残念ながら、イヴァーノ総長の圧勝だったみたいだけど。よかったら労いに行ってあげたらどうかしら?」


 *


 いつもは日が暮れるまで・・・気づけば、そのまま夜を明かすこともある。

 でも、何か心がふわふわしていて、ビビは仕事を早めに切り上げ、魔術師会館を出た。

 カイザルック皇帝橋のたもとでは、冬魚を求めて釣糸を垂らしている人々が、ちらほら見える。


 なんとなく、ビビの足はガドル王城の騎士団の鍛錬場でもある王立練兵場へ向かっていた。

 未だ一般の人間の立ち入りは制限されているらしく。それでもビビはソルティア陛下とも懇意にしていることが騎士団内で浸透しているのか、門の衛兵には顔パスだったが、なんとなく気が引けてしまって・・・一般人が立ち入り可能な見学エリアへと、向かう。


 遠くに見える騎士団の練兵場は、丁度練習が終わった後なのか、すでに人影もまばらで、知っている顔はない。

 ビビはホッと息を吐いた。

 「・・・って、なんで安心しているんだろ」

 カリストに会いたかったけど・・・ずっとその気持ちに蓋をしていた。相変わらず誤魔化す自身にため息が出る。

 いろいろバタバタしていたから、正直トーナメント決勝のことなんて忘れていたし。今更ヒョコヒョコ出向いて思い出したように労うのも、白々しく思えて躊躇してしまう。

 ここに来たからって、カリストに会える保証もないし、だいたい多忙な第三部隊に所属しているのだ。会おうとして簡単に会える立場ではないのに。

 「どれだけ・・・受け身だったんだ自分・・・」

 がっくり肩を落とし、くるっと向きを変えて、誰かにぶつかった。


 「わふっ」


 「珍しいところで会うな」


 頭上から降ってくる声に、鼻を押さえながら見上げると。


 「イヴァーノ・・・総長?」

 「よう」


 特徴のある赤い目が、ビビを見下ろしている。いつも、どこか挑んでいるような、凄んでいるような。お世辞でも人当たりのよい顔とはいえない。

 でも、いつも減らず口を叩きながらもビビを気にかけて、見守ってくれている優しい人物なのだ。

 過去何度も彼の言動に背中を押され、救われたことにビビは感謝している。

 「なんだ?人の顔をじろじろと」

 「・・・いえ、相変わらず顔が怖いなって」

 言った瞬間、ガツ!と大きな手のひらで頭を押さえつけられる。


 前言撤回。


 「痛い!やめてくださいっ」

 「久々顔を見せたと思ったら、ご挨拶だな。いや、元気そうでなによりだ」

 わしわし、とそのまま乱暴に髪をかきまわされ、ビビは悲鳴をあげる。

 「痛い~!暴力反対です!」


 「で?なんの用だ?」

 ひとしきり頭を撫でて?気が済んだのか。イヴァーノは尋ねる。ビビは慌てて首を振った。

 「いや、特にないんです。すみません。なんか散歩していたら足が向いちゃって・・・」

 散歩?はるばるガドル王城まで、そりゃないでしょう?うわ~バレバレだし!

 焦るビビ。

 「そそそ、そういえば、イヴァーノ総長、トーナメント戦優勝おめでとうございます。圧勝だったそうですね!すみません、応援に行けなくて、その・・・」

 「・・・へぇ?」

 イヴァーノは腕を組み、ビビを見下ろしていたが。ふいにニヤリ、と笑った。

 あ・・・なんか、凄い凄いイヤな予感が・・・。

 「あの、わたし・・・」

 一歩後退した瞬間。

 

 「つきあえ」

 ヒョイと、お決まりのごとく、肩に担がれる。ビビは悲鳴をあげた。

 「きゃー!何するんですか!人攫い!」

 「暴れるな。スカートの中が見えるぞ」

 イヴァーノは笑いながら歩き出す。ビビは慌てて足をバタつかせるのを止めた。腕を伸ばし、ずり上がるタイトスカートをもどそう と躍起になる。

 「見えません!!タイツ履いてるもん!」

 「いいな、ミニスカートと隠された太ももとのチラリズム。俺的には生足推奨だな」

 「この、セクハラエロ親父!離せ~!」

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