第188話 もっと、愛せれば良かった

 "どうしたの?お父さん、ボーッとして"


 新年が明け、ガドル王城でハーキュレーズ王宮騎士団の着任式を終え。ビビは着任式の行われた広い中庭で、ぼんやりと空を眺めている父親を見かけた。

 二人の時は総長、ではなく、お父さん、と呼んで欲しいと望まれそう声をかけると・・・。

 父親は振り返り、ビビに笑顔を見せる。

 前アルコイリス杯優勝、ガドル王国第五代目龍騎士で、現ハーキュレーズ王宮騎士団を統べる総長である、カリスト・サルティーヌ。

 歳は60をとうに過ぎ、髪はすっかり白くなり。でも若い頃はさぞかし女性を惑わせたであろう、その優し気なほほ笑みは歳を重ね色気を纏い、娘の自分でさえドキリとする。

 だがその笑顔が・・・いつもと違って、儚げで。ビビはふいに眉を寄せた。


 "昔のことを、思い出していたよ"

 

 隣に並ぶと、父親は懐かし気に目を細め、再び空を見上げる。

 何かあるのだろうか?とビビも空に目を向けるが、澄んだ青空が広がるだけで、何が父親の思い出に触れたのかわからなかった。


 "昔のこと、って?"

 "守護龍アナンタ・ドライグとの誓約を・・・"


 ーーーーーーーーーーもっと、彼と寄り添えば良かった。


 "思えば、良くこの歳になるまで生きた"

 お父さん?とビビが思わず父親の手を握りしめる。

 その手の冷たさに、ヒヤリとした。


 "ビビ、"


 ーーーーーーーーーーもっと、愛せれば良かった。


 "父さんは・・・もう、長くない気がする・・・"

 言って、ビビの手を握り返し、そっと額にあてて祈るようにした。

 言葉を失い、茫然と父親を見返すビビに、やがて顔をあげるとほほ笑んだ。


 "忘れないで。父さんは、ビビの幸せを願っている"


 ーーーーーーーーーーああ、どこかで・・・どこかで同じことを言われた。あれは・・・


 "父さんは、未来のビビにひとつ、贈り物を残したんだ・・・"


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・・


 最後の夜の事は、あまり覚えていない。

 ただ、あれほど顔を合わせることがなかった、母親のオリエが。その日は朝からずっと家にいて、父親の傍にいた。

 初めて見る、両親の仲慎ましい姿に、違和感を感じながら。

 でも、身を寄せ合い幸せそうに微笑みあう二人が、あまりに綺麗で儚くて。

 ビビは居たたまれなくなって、家を出た。


 部屋を出るとき振り向き際に見えた、父親の肩に浮かぶ、黒い影。

 ああ、冥界ハーデスから間もなく迎えが来るのだろうと・・・。


 (愛しているよ、オリエ)

 (愛しているわ、カリスト君)


 そう、お互い見つめ合い、母親はベットに横たわる父親に、最後のキスを贈る。父親はほほ笑み、震える手で母親の頬をひと撫でし・・・その手からふいに力が抜けたように、ぱたりとベットに沈む。

 ゆっくり閉じられる瞼。口元には薄い、柔らかな笑みを浮かべて。

 

 ーーーーーーーーーーお父さん!


 そして、彼は冥界ハーデスへ旅立った。


 *


 ぼんやりとビビは目を覚ます。

 過去の夢、というよりビビの目を通して、忘れていた記憶が呼び覚まされた感覚。

 一瞬、自分がビビなのかオリエなのか混乱してしまったが・・・結局はどちらでもなく、二人の人格と記憶が入り交じった、自分なんだと無理矢理納得させる。

 「わたしは、わたし・・・か」

 ふう、と息を吐き、身を起こそうとし。

 そこで自分の手が、誰かに握りしめられていて動かせないことに気づく。

 ゆっくりと頭を動かし、視線を向けると、


 「サルティーヌ様・・・?」

 椅子に座って、ビビの手を握りしめたままベットにうつ伏せで寝ている、カリストの黒髪が飛び込んでくる。

 伏せられたまつ毛に、窓からさしこむ薄い光が明るく照らし、白い肌に陰影を落としているのが、相変わらずため息が出るほど綺麗だった。


 「・・・」

 ぴくっ、とまつ毛が揺れて。ゆっくりとひらいた瞼の向こう。

 青い瞳が上目遣いにビビをとらえる。

 うわ・・・綺麗な、青。

 「・・・ビビ?」

 「・・・はい。おはようございます」

 ぼーっとしながら返事を返すと、カリストは何度かまばたきをして、のそり、と上身を起こす。前髪をかきあげ、小さく欠伸をした。

 何故かその仕種にドキリとする。

 「・・・うわ」

 思わず漏れた声に、カリストは片眉をあげて、怪訝そうな顔をした。

 「・・・なに?」

 「・・・いや、欠伸を・・・するんだな、って」

 「なにそれ」

 呆れたように、ため息をつくのはいつものカリストで。

 「お前さ、ほんと俺をなんだと思っているわけ?」

 「・・・サルティーヌ様、ですよね」

 だから自分もいつも通りに受け答えしてしまった。

 いーよ、もう。

 カリストは頭をかき、面倒くさそうな口調で言い放つと立ち上がった。

 「ま、元気そうだし」

 「・・・?」

 きょとん、と首をかしげかけて・・・ビビははっとする。


 「あっ・・・」

 ゆるゆる甦る、昨日の記憶。

 ジャンルカの葬儀で取り乱してしまい、カリストが宥めてくれたのを思い出す。

 カリストが黙って抱きしめてくれるから、我慢できなくて散々泣いて泣いて、それから記憶が・・・ない。

 がばっ、と勢い良くビビは飛び起きると、土下座する勢いでカリストに頭を下げた。

 「ごっ、ごめんなさい!」

 おっと、とカリストは少し驚いた顔をする。

 「わたし・・・取り乱しちゃって、すみません!おまけに喪服、ぐちゃぐちゃにしてしまって、洗って返しますから!」

 ポカンとしたまま、ビビを見下ろしているカリストの視線が痛い。


 「・・・いや、服は着替えたし」

 「・・・え?」

 顔をあげると。確かにカリストは昨日着ていた喪服姿ではなく、いつもの白い団服姿である。そして自分も見慣れぬ夜着を身に着けているのに気づく。


 「お前、寝落ちしたあと、俺の服掴んで離さなかったから。仕方なくマリアに頼んで着替え持ってきてもらうついでに、洗濯も」

 因みにお前を着替えさせたのは、マリアとベティーだからと付け加えられた。

 あわあわと真っ青になるビビ。いくら泣き疲れたとはいえ、気づかず爆睡するとはどこまで神経が太いのか!

 カリストはプッと小さく笑って、手を伸ばす。ビビの髪をわしゃわしゃとかきまわした。

 「・・・っ、もう!やめてください・・・っ」

 「手触り良くて気持ちいいんだよな、お前の髪って」

 「北の森のスノート(毛玉)と一緒にしないで・・・」

 ぐいっ、とそのまま引き寄せられ


 ちゅっ


 ・・・え?


 唇に柔らかな感触。

 軽いリップノイズが鳴り、カリストの顔が離れる。ビビは目を大きく見開いた。


 「・・・な、なにを・・・」

 至近距離のカリストを見返すと、カリストはニヤリと笑みを浮かべ、ペロッと舌を出してみせた。

 「一晩つきあわされたおわび。今日のところは、これでいい」

 「・・・っつ、」

 ふ、不意打ちなんてズルイ・・・

 思わず赤くなるビビ。


 言い返せずシーツを握ったままうつむく赤い髪をひとなでして、カリストはベットに立て掛けてある剣をつかんだ。

 「じゃ、俺いくから」

 くるっと背を向けてドアに向かう。

 ビビは慌て顔をあげた。

 「あ、あのっ・・・」

 振り返ったカリストに、

 「あ・・・ありがとう、ございました」

 赤くなりながらも、カリストの目を見て、しっかり伝えてもう一度頭を下げた。


 いつも・・・

 いつも泣きそうな顔をして、強がってばかりのビビの表情が横切る。

 こんな時なのに。ビビが自分にすがって泣いてくれたことが、頼られたことが嬉しいなんて。


 「・・・泣きたきゃ、言えよ。胸くらいいつでも貸してやるから」


 だから、それとわかるように笑みを浮かべて、軽く頷いてみせた。

 その柔らかな笑みは・・・ビビの心臓を鷲掴みにするレベルの破壊力で。

 思わず両手で鼻を押さえ悶えていたことは、既に背を向けていたカリストは気づかない。

 「ベティーに伝えておく。ちゃんと飯、食えよ」

 後ろ手を振って、そのまま部屋を後にした。


 *


 余談:ガドル王城 ハーキュレーズ王宮騎士団の休息室にて。


 「・・・え?そのまま手を握って、何事もなく清らかな朝を迎えたのか??」

 「お前・・・なに期待してんの?」

 本気で嫌そうな顔をして、カリストはデリックに、しっしっと手で払う仕草をする。

 「だって・・・男なら、ベットの上ならば据え膳は残さず・・・」

 「お前、まじ消えろ」

 「ほんと、お前最低。ジェマにチクるぞ」

 オーガストも参戦する。ジェマの名前が出て、デリックはゲッ、とうなって引き下がる。

 

 「でもな、お前も本格的に警戒しないと。総長も本腰入れるみたいだし」

 クツクツと笑うオーガストに、カリストは顔を顰める。

 「なにそれ」

 「変な薬盛られないよう、気をつけろって話」

 「あー、それマジなのかねぇ・・・昨日、『酒場ベティ・ロード』のトップ会談にて、ビビを帰化させるべく、ヘタレなカリストを男にするプロジェクトが発足されてな」

 「・・・おい、」

 誰がヘタレだ??

 「本人たち無視して、周囲が暴走しているよな。ジェマが反対して暴れて大変だった」

 結局最後はみな酔っぱらって、腕相撲大会になったらしい。

 

 なんとプラットがジェマを下し、会場?は大いに湧き上がり、ジェマはプラットを"師匠!"と呼んで絡んでいたという。

 想像しただけで気が滅入りそうになった。いい歳こいて、なにやっているんだあの人父さんは・・・

 「お前の親父さんまでプロジェクトに参加表明していたからな。もう後はないって感じ?」

 「この際だから、乗っちまうのもテだな」

 「・・・」

 カリストはどこをどう突っ込んで良いのかわからず、頭を押さえる。

 とりあえず、総長の居室で出されたものには、手をつけずにおこうと誓った。


 *****

 追加補足。

 実は過去、プラットは現役兵団兵だったオスカーを押さえて、収穫祭の丸木落とし競技で優勝した実績の持ち主です^^

 農業をやっている方は意外に腕力もあるんじゃないかと思って(笑)

 まぁ、腕力だけじゃなく"気"の使い方もうまいんでしょうね。設定では釣り大会でも何度も優勝しているし。

 何気にスーパーイケオジだったりします♡大好きです、プラット^^

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