第185話 悲しい別れ⑤

 ジャンルカの家に、一歩足を踏み入れた瞬間。重い空気に身体が強張りビビは息を止めた。

 この空気は前にも感じたことがある。そう・・・以前、ジャンルカに連れられ、神獣ユグドラシルの魔石と鎖を錬成させた、あの店。

 ジャンルカの旧知の仲だったのだろう、その男もまた寿命が尽きていた。


 ジャンルカはベットに横たわり、上身を起こして本を読んでいた。

 ビビが入ってくると、本を閉じると顔をあげる。


 「ビビ、か」


 「・・・っ、」


 ビビはベットに駆け寄り、ジャンルカにぶつかるように抱き着いた。


 「師匠!」

 涙があふれる。


 「師匠、師匠・・・っ!」


 「なんだ、騒がしいやつだな」

 ふっ、と頭上で声がして、髪をやさしく撫でる指の感触に、ビビの涙腺は決壊する。堪えきれず声をあげて泣き出した。


 「まったく」

 ぽんぽん、と背中を宥めるように軽く叩く。

 「俺の弟子は・・・いつまでたっても、泣き虫だな」

 「・・・師匠が、弟子に黙って勝手にいなくなるからですっ・・・」

 ぐずぐずと泣きながらビビは声を震わせる。

 「どこにも行かないでって、言ったじゃないですか!わたし、まだなにも返せていないのに・・・!」

 「もう、充分返してもらった。お前に教えることは、なにもない」

 髪を撫でていた指がビビの頬を包む。そっと顔をあげさせられ、目線が交わる。


 冬の月の光のような、冴え冴えとした金の瞳が、ふっと優し気に揺らめいた。


 「ビビ」


 「・・・はい」


 身を起こし、ビビは目を見開く。

 ジャンルカはビビに向き直り、両腕を軽く広げていた。


 「おいで」


 *


 "何者だ?"


 始めての出会いはベルド遺跡だった。

 いきなり魔銃機兵に襲われて無我夢中で撃退して、腰を抜かして動けなかったビビを、抱き上げてベティーの所へ運んでくれた。

ベティーに名前を聞いて驚いた。

 母親だったオリエが"女神ジュノー"の祝福ギフトをもってしても、親しくなれなかった、カイザルック魔術師団の孤高の一匹狼と云われている、ジャンルカ・ブライトマン、その人だったから。


 "落ち着け、無理に聞き出すつもりはない"


 自分が何故ここにいるのかわからなくて、不安に押しつぶされそうだったビビの手を叩き、力強く頷いてくれて。

 金の瞳と淡々と語る口調が冷たく感じるが、宥めるように触れる手はとてもやさしく安心した。

 そしてその後、初めてスキルを発動して二人で甲殻魔銃機兵を解析して。

 まさか、それが歴史史上残る快挙だったなんて知らなくて、その後も存在を公表できないビビの代わりに、議会や学会に引っ張り出されて迷惑をかけた。


 "お前には期待している。膝くらい、いつでも貸してやる"


 あまりに無自覚にスキルを使い、魔力切れを起こすビビを弟子にしてくれたあの日。


 "学べ。そして、選べ。自分がどうあるかを。そのために・・・俺はお前に俺の持つ知識の全てを教える"


 【時の加護】と神獣ユグドラシルの加護、そして自分の犯した罪を知ったビビに、生きろと力強く言ってくれた瞳。


 たくさんのことを教わった。

 "鑑定"をはじめ、たくさんのスキルを学んだ。

 たまに発想が暴走して、最初の頃は心配かけて説教されて。でも、見捨てずいつも根気強く教えてくれた。

 無表情だけど、優しくて。言葉少ないけど、かけられる言葉が温かくて。

 ・・・気づけば惹かれていた。叶わない想いだったけど。


 "俺にはわかる。お前がどんな姿になっても・・・望むなら、俺が探し出してやる"


 "どんな特殊な加護を受けようと、どんな特殊な能力を持とうと。俺にとってお前は・・・不出来であるが、可愛い弟子だ"


 大好きで、大切な、わたしの師匠


 ねえ、ジャンルカ師匠。わたしは、師匠に恩返しできたのかな・・・


 *


 それから二日後の朝。

 ジャンルカ・ブライトマンの訃報が、武術三組織及びヴェスタ農業管理会へ伝達された。

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