第184話 悲しい別れ④
プラットに発泡ワインを持たせてもらって、その足でジャンルカへ会いに行った。
聞けば、プラットが気をまわして、イヴァーノにカリストを呼び戻してもらったという。
フジヤーノ嬢の件から半月あまり。その後の話をしなければならないと思っていても、なかなか会う機会も勇気もなくて、そう言うとジャンルカがカリストにジャンルカの自宅に来るよう、ハーキュレーズ王宮騎士団に伝言をしてくれて。
いざ話すとなると緊張してしまい、知らず発泡ワインを飲みすぎて、カリストが来る前に撃沈するという失態を犯してしまった。
「いつ来てもいいって、言っていたけど・・・」
渡された鍵を眺め、ビビは息を落とす。
押しかけ女房じゃあるまいし、そもそもすべてを打ち明けて・・・カリストがどう判断するか想像もつかなくて。
もし、国を出るのを止められたら?
カリストも共に出国する、なんて言い出したら?
カリストは続く魔物討伐に必要な人間だ。イヴァーノや上層部がそう簡単に出国を許可するとは思えない。
「・・・でも、サルティーヌ様、なんか様子変だった」
まなざしが、いつも以上に優しくて、戸惑う。
思いもよらず家にお持ち帰りされて、同じベットで目覚めた時は驚いたけど・・・。キスはされど、それ以上のいつもの強引さもなく、いたわるような・・・
*
その日。カイザルック魔術師会館へ行くと、いつもと違う空気にビビは戸惑う。
なんだろう?皆の視線・・・違う、わたしと視線を合わせるのを避けているような。
「ビビ、」
声がかかって、振り返る。
「おはよう」
「おはようございます、ファビエンヌさん・・・?」
ファビエンヌの顔色が悪い。首を傾げていると、ファビエンヌはホッとしたような表情を浮かべた。
「リュデイガー師団長がお呼びよ?すぐ、師団長の執務室に向かってちょうだい」
**
バタン!
調薬室の奥の、ジャンルカの研究室の扉をビビは勢いよく開ける。
中に一歩足を踏み入れ、目を見開く。
「・・・結界、が」
数日前まで、その部屋はジャンルカにより結界魔法が張り巡らされていた。
それが、発動者がジャンルカからビビへと上書きされている。
「何故、そんな・・・」
ヨロヨロと部屋に入り、乱雑に積みあがった書籍の山を横切り、さらに奥の部屋へ。
部屋の中は変わりなかったが・・・壁にかけられた、魔銃士を証明する鍔のある黒い帽子と、銃帯にさげられた魔銃はなくなっている。
よく見ると、ジャンルカが愛用していたカップや、ペンなどの小物も片付けられていた。
茫然と立ち尽くすビビに、後から入ってきたファビエンヌが声をかけた。
「今日から、この部屋の所有者は一時的にあなたになったわ」
「どうして・・・」
ビビはのろのろと振り返る。
「師団長から聞いたでしょう?ジャンルカは・・・カイザルック魔術師団を退団したの。後任はあなたを指名している」
「嘘、嘘です!」
無表情で告げるファビエンヌにビビは詰め寄る。
「わたし、ほんの数日前!師匠と会って話、しました。なにも言っていなかった!こんな、こんな・・・!」
「ビビ・・・」
ファビエンヌはそっとビビの頭を撫でる。
「ここまでもったのが、奇跡なのよ」
「え・・・?」
「もう随分前から、わかっていたことなの。あなたがこの国に来る前から・・・」
くしゃり、とファビエンヌの表情が歪む。
「ジャンルカはね?病に侵された彼の妻、ベアトリスの延命のために、ずっと自分の魔力を寿命に代えて与えていたの」
「・・・」
「だからね、その魔力変換の作用で彼はもう10年以上外見の時が止まっている。その分、倍以上の早さで魔力は衰え枯渇していき・・・限界がきたの。・・・言っている意味、わかるわよね?」
「そ・・・んな」
そんな状態で・・・千切れたユグドラシルの魔石のネックレスの鎖を錬成して直してくれた・・・?
ぎゅっと胸元を押さえ、震えるビビに察したようにファビエンヌは首を振る。
「違うわ、ビビ。神獣の加護を持つあなたが傍にいなかったら・・・彼の寿命はもっとはやく訪れていたでしょう」
よろめいたビビを、ファビエンヌが支える。
「これは、ジャンルカが望んだことなのよ・・・わかってあげて?」
「嫌!、そんなの、嫌です!」
ビビはファビエンヌに縋りつく。
「ビビ、」
「だってわたし、まだ師匠になにも返せていないんです。一人じゃなにもできないんです。・・・師匠がいなかったら、わたし、わたし・・・!」
「ビビ、」
「お願いです、師匠に会いたい・・・会って話させてください。わたし、魔力を寿命に代えられるなら、今度はわたしが・・・!」
「やめてくれ!」
叫ぶような声が響き、ビビは振り返る。
部屋の入口にはヴィンターが立っていた。いつもの青い国民服を身にまとっていたが、飄々とした雰囲気はなく、ピリリと張りつめた表情でこちらを見ている。
「・・・ヴィンター・・・?」
「やめてくれ。あんたまで、そんなことしないでくれ」
身体を小刻みに震わせながら、ヴィンターはビビを見据える。ビビは身をひるがえし、ヴィンターに縋りつく。
「何故!わたしの魔力を使えば、師匠はもっと生きられるんですよ?!」
少なくとも、神獣ユグドラシルの魔石があれば、ビビの魔力は枯渇することはない。だが、その叫びを拒むように、ヴィンターは大きく首を振った。
「必要ない」
「そんな・・・!」
「だから!そんなこと、父が望んでいると思っているのか!あんたは・・・!」
「・・・!」
ヴィンターの手がビビの腕を掴む。ギリッ、と力をこめられ、痛みでビビの顔が歪む。
「父は覚悟していたんだ。母が亡くなってから、ずっと。その覚悟を踏みにじることはしないでくれ!」
「ヴィンター!でも、」
ビビの言葉を拒むように、ヴィンターはビビを抱きしめる。
骨がきしむような腕の強さに、ビビは苦し気に息を漏らした。でも、震えるその身体から、怒りが、悲しみが、苦しみが伝わってきて・・・ビビは徐々に落ち着きを取り戻していく。
袖を握り返していた手から力が抜け、ぱたり、と両脇に落ちた。
「俺だって・・・」
ビビを抱きしめたまま、ヴィンターは声を絞り出す。
「俺だって、認めたくない・・・でも、自然の理を犯すことは許されない。例え、あんたにその力があったとしても・・・使うべきじゃない」
「・・・ヴィンター」
「俺たちにできることは・・・受け止め、見送ることだ。それが、どんなに理不尽で、辛いことでも」
ごめん、と小さく謝って、ヴィンターはそっとビビを離す。
その青い目に滲む涙に、ビビは唇をかみ、うつむいた。
「・・・父さんが、あんたを呼んでいるんだ。一緒に来てもらえる?」
*****
本日、もう一話投稿します。
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