第182話 悲しい別れ②

 "ジャンルカ・ブライトマンから伝言よ?"


 帰還は予定では五日後のはずだった。

 なのに、突然イヴァーノ総長から呼び出しを受け、カリストだけ急遽帰還。

 なにかあったのか?と慌てて戻るも、


 "知るか。プラットがうるせえ"


 と、意味不明なことを言われ、そのまま総長の執務室を追い出された。

 夕刻を回った時間だし、ならばその足でビビに会いに行こう、としていたカリストをアドリアーナが呼び止める。

 怪訝そうな顔で見返すカリストに、アドリアーナは苦笑する。


 "ね、私も驚いたんだけど・・・確かに本人からだし"


 言って、メモを渡される。開けば旧市街の住所が走り書きされていた。


 "自宅に、預かったものを引き取りに来て欲しいそうよ?"


 *


 ジャンルカに預け物などしていただろうか?

 思いながら、カリストは乗り合い馬車に乗り込み、旧市街の住宅地へと向かう。

 旧市街へ入るのはずいぶん久しぶりだ。メモを片手に歩きながら、家並みを眺める。カリストが居を構える城下町と比べ、ずいぶん落ち着いた・・・というか古びた家が立ち並んでいる。

 そういえば、旧市街は年配の夫婦が多く、若い家族の姿もほとんど見られない。

 それでも、通り沿いの花壇には綺麗な花が植えられ、清掃も行き届いているらしく、ゴミひとつ落ちていない。


 しばし市街地を歩き、一軒の古びた家の前で足をとめる。

 玄関のベルを鳴らそうとして、カリストは奥のテラスに明かりが灯っているのに気づく。

 そのまま玄関の門を抜け、庭を横切るようにテラスの明かりへと向かった。


 灯り、かと思ったものは、暖を取るためなのか、テラスの隅に置かれた大きめの陶器で燃える焚火だった。

 木のテーブルと、その長椅子に腰かけているジャンルカの姿が見える。ゆったりとした姿勢でどうやら本を読んでいるらしい。

 声をかけようと近づき、カリストは足を止める。

 長椅子には、腰かけるジャンルカと・・・その膝を枕にして、気持ち良さそうに寝息をたてている、ビビの姿が。

 かけてある赤い上着は、ジャンルカのものだろう。ジャンルカは平然と本に目を落としている。

 なんというか・・・貴重、というか、異様な光景にカリストは呆然とした。


 「・・・カリストか」


 本から目を離し、カリストに視線を送る。


 「・・・どうも」


 足音たてないよう、気をつけながらゆっくり歩み寄る。近づいて、傍らのテーブルにワインの瓶とグラスが。

 「・・・飲んでいたんですね」

 珍しいな、と思って言うと、ジャンルカは軽く笑い

 「お前の親父さんが、新年用の新種ワインをいち早く提供してくれた」

 カリストは目を見開く。

 「・・・俺じゃない。ビビ、宛なんだがな」

 まったく、相変わらず気の利く男だな、とジャンルカは口元を緩める。

 そこで、カリストは自分の父親とジャンルカが、幼馴染で若かりし頃はよく飲んでいたと聞いていたことを思い出した。

 ビビが、とジャンルカは続ける。

 「自分は酒が弱いし、味もわからないからと・・・丁度満月だからな。月見酒と称して相伴あずかった」

 飲むか?と瓶をかかげ、視線を向けられた。

 カリストはしばし戸惑い・・・テーブルの、多分ビビのであろう、グラスを手に取る。

 ジャンルカにワインを注がれ、自然に互いのグラスをカチン、と鳴らせる。

 冷たいワインが心地よく喉を流れていく。

 「・・・発泡ワイン、ですか」

 「なかなか、いい出来だな」

 ジャンルカは呟く。


 悔しいが・・・

 カリストは思う。

 落ち着いた物腰も、口調も、仕草も。何もかも大人の余裕、というか・・・男の自分から見ても格好が良いな、と認めざるを得ない。とても魔銃士を引退した熟年の男とは思えない。なんだろう、このイヴァーノ総長にもない・・・色気のようなものは。

 「どうした?」

 「・・・いえ、こうしてゆっくりと話すの、初めてですね」

 カリストは改めてジャンルカに向き直り、頭をさげた。

 「今更ですが。ありがとうございました」

 「なんの礼だ?」

 「以前、フジヤーノ嬢に絡まれていた夜、助けていただきました」

 「礼には及ばない。あの場をおさめたのは、プラットだ」

 「・・・それでも、あの女を衝動的に害しようとした俺を、止めてくれました」

 

 コトリ、とグラスをテーブルに置くわずかな物音に・・・ビビが身動ぎした。起こしたか?と一瞬慌てたが、ジャンルカがかけてある上着をかけなおし、髪をくしゃりと撫でると、ふにゃり、と気持ち良さそうに口元に笑みを浮かる。

 「・・・なんかの小動物、みたいな」

 つぶやいた言葉に、ジャンルカが珍しく小さく笑った。

 「・・・そうだな」

 言いながら、髪をなでる手つきと、そそがれるまなざしのやさしさに。

 こういう表情をする人間だったのか、と。そしてそれがビビに向けられていることに、胸がざわつく。

 「とても、国に脅威を与える人間とは思えない、危機感のなさだ」

 「・・・えっ?」


 キラリ、と緑の光が弾いてビビに目を落とせば。

 胸元から除く金色の光と、その先端を握りしめるビビの手。

 ああ、とカリストは思う。


 ビビを護っていたという、神獣の加護を宿した魔石のネックレスは、フジヤーノ嬢に引きちぎられ、カイザルック皇帝橋から投げ捨てられたと聞いていた。それを、カリストはビビを探して彷徨う森の中で出会った、不思議な少女に"神殿の泉で拾った"と手渡されたのだ。

 見たところ金の鎖はちゃんと修理されたようで、ビビの胸元で輝いている。握りしめたその手のひらには、魔石があるのだろう。


 「よかった」

 安堵の息を落としたカリストに、ジャンルカもまた頷く。

 「これは、ビビと神獣ユグドラシルを繋ぐもの」

 ジャンルカの言葉に、再度カリストは顔をあげ、視線を向ける。

 「神獣・・・ユグドラシル?」

 ふとカリストは、ビビから贈られた指輪を目元に掲げた。

 自分とおそろいだと、いたずらっ子のような眼差しでほほ笑むビビを思い出す。

 神獣ユグドラシルから分離した"ルミエ"の魔石、とは聞いていたが・・・

 

 「カリスト」

 ジャンルカは、グラスにワインを注ぐ。

 「お前には・・・少し長い話を聞いてもらわなくてはならない」


 *


 月が明るい夜、だった。


 ジャンルカは語った。

 ビビとはじめて出会った、ベルド遺跡での事を。

 いきなり現れて、魔銃を召喚し、六体もの甲殻魔銃機兵を打ち落とした事を。


 数百年前に起きたオーデヘイム王国での戦禍に巻き込まれた、"神獣ユグドラシル加護"を受けし、聖女オリエ・ランドバルドの話を。

 ガドル王国で"龍騎士の始祖"と云われながらも、隠蔽されていた二代目龍騎士オリエ・ランドバルドの話を。

 その二人は時代が違えど、転生した同じ人物であることを。


 ビビ・ランドバルドは・・・

 その二人の力を、【時の加護魂の記憶】とともに引き継いだ娘。

 そして、過去でありながらこことは違うレールを刻んでいた龍騎士オリエ・ランドバルドと、カリスト・サルティーヌの娘である、という事実。

 時空を越えてこの国に、この時代に転移した、異質な存在であり。

 転移することにより、歪んでしまったレールを戻すため、そして母親である龍騎士の願いである【時の加護】を解放するための《鍵》として、最果ての地を目指す運命なのだと。


 パチ、パチ・・・

 暖と灯りをとるために焚かれた、陶器の中の炎が音をたてて揺らめく。

 

 「ビビ・・・」

 カリストは語られる話を聞き、愕然として、しばらく言葉を発することができなかった。

 にわかに信じられない話だったが、漸く辻褄が合う。


 どうして、ビビがあれほど、自分を拒んでいたのか。


 そして幾度ともなく、夢に出てきた金髪の老齢の女騎士。

 あれはビビの母親である、オリエ・ランドバルドであり・・・隣で寄り添っていた男は、

 ・・・違う時を生きていた、自分であったのか。


 それよりも、なによりも。

 数百年前に起こったオーデヘイム王国の戦禍は、ガドル王立学園でアルコイリス大陸の歴史の授業で学んだ記憶がある。

 引き起こした原因と云われている、神獣ユグドラシルの加護受けし聖女。

 よりによってその加護を、ビビが引き継いでいるとは。

 そして過去例を見ない、ダンジョンに魔界ゲートが頻繁に現れ、魔物が湧き出ている現状が・・・ビビがこの国に、この時代に現れたことが引き金になっているのだとしたら・・・?


 「あなたは・・・」

 カリストは尋ねる。

 「ビビの持つ神獣の加護が、過去の歴史と同じくこの国を脅かす存在だと、お考えですか?」

 ビビの髪をなでる手が、一瞬止まる。

 ふ、と小さく息をはいた。

 「・・・くだらない」

 ジャンルカは、そっと指の背でビビのすべらかな頬を撫でた。

 

 「誰よりも、他人が傷つくことを恐れている人間が・・・脅威になるなど」

 言って、目を伏せる。

 「・・・誰よりも・・・自分を求め、存在すべき場所を求めているだけだ」

 「その場所が、最果ての地、だと・・・?」

 最果ての地で、神獣ユグドラシルの加護とともに封印されることが、《鍵》としてビビの望んだけじめ、なのだと?

 

 「さあな」

 ジャンルカは顔をあげ、カリストを見る。

 「だが・・・お前なら、本当に還るべき場所へ・・・ビビを導けるのではないか?」

 「・・・っ、」

 カリストは言葉に詰まる。


 ビビを愛している気持ちに嘘偽りはない。

 何かと戦っているビビを護り、隣で共に生き、共に戦えるのは自分しかいないのだと、そう本気で思っていた。

 だが、

 「・・・結局は俺も、ビビの気持ちなど・・・なにもわかっていなかったのか」

 知らなかった、とはいえ。誰よりも愛おしい、誰よりも欲した女が・・・違う時を歩んでいた自分の血を継ぐ娘である、なんて。

 それを知りながら、自分に抱かれたビビの気持ちを考え、カリストは頭を抱え前髪をかきむしった。


 「愚かなことを言う」

 ジャアンルカの低い声に、カリストは顔をあげる。

 金色の冷ややかなまなざしが、カリストを見つめ、

 「ビビがお前を拒む理由が、親子であるという血の繋がりだというのならそうだろう。だが、考え違いをするな」

 ジャンルカは目を細めた。

 

 「お前が本気で欲したからこそ、ビビもまた受け入れたのだ。"魂縛"の誓約魔法により、お前たちの魂は繋がり死しても離れることはない。ビビがお前の魂に応えたからこそ、誓約は成就したのだから」

 「・・・え?」

 「カリスト」

 ジャンルカは真っ直ぐ、視線をカリストに向ける。月の光を弾いて、銀髪が明るく暗闇に映える。

 そして、告げた。


 「俺は・・・もう、長くない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る