第180話 目覚め

 三日後、ビビとカリストは無事にガドル王国に帰還した。

 ビビは緊張が切れたのか、そのまま熱を出してしまい寝込んでしまった。

 熱が下がって、起き上がれるようになって、そこからは次から次へとお見舞いラッシュで。

 ジェマから始まり、なんとヴァルカン山岳兵団からは、オスカーに伴われてカルメンが。カルメンはビビに抱き着き、無事で良かったと大泣きしていた。

 フジヤーノ嬢の噂は聞いていたが、カルメン自身も討伐に駆り出されていたので、連絡ひとつとれなかったことを詫び、居合わせたジェマとタッグ組んで、あの女ヤッちゃう??と目をギラつかせていたのが、見ていて怖かった。

 ミラー家には、来年に長子が誕生するらしい。

 フィオンは会いに来ることは叶わなかったが・・・楽しく元気に活躍している話を聞いて、ホッとしたビビだった。


 五日目に、ジャンルカとリュデイガー師団長が部屋を訪れた。

 「ビビ、具合はどう?」

 ビビが行方不明だった時は抑えが利かぬほどの取り乱しを見せ、カリストによって無事保護されたと報告を受けた後は、フジヤーノ嬢に対する殺気を隠そうともしなかったリュディガーだったが、ここ数日ようやく落ち着いたようだった。

 リュディガーを見た瞬間、思わず抱き着いて泣き出したビビを、リュディガーは黙って抱きしめ返し、落ち着くまで背中を撫でてくれた。

 

 「すみません、ご心配かけてしまって・・・」

 「いや、お前さんが無事で何よりだよ。今回は・・・災難だったね」

 苦笑するリュディガーを見返し、ビビは胸に手をあてる。

 「・・・あの、今回のことは・・・」

 その後のフジヤーノ嬢の事を聞きたくても、皆殺気がすごくて、怖くて口に出せなかった。唯一、ファビエンヌがまだ処分にもめていて、決まり次第リュディガー師団長から説明があるだろうから、と答えてくれていた。


 「お前がフジヤーノ嬢からカイザルック皇帝橋から突き飛ばされて、転落したのを何人も見ているんだ」

 その筆頭が、なんとカリストだった、とジャンルカに淡々と告げられ、ビビは息を飲む。

 「理由はどうであれ・・・あの高さから落ちたら、無事では済まない。通報されてそのまま騎士団に拘束されて、ガドル王城に連行された。先日の議会で・・・永住権は剥奪されて、ジュノー神殿でスキルを封印後、国外追放が決まった」

 「そう・・・ですか」


 リュディガーはため息をついた。

 「陛下がね・・・未だかつてなくお怒りでね」

 「陛下が?」

 「うん。法で裁き、罪を洗うレベルじゃない、この国の国民であることを許さないって」

 あの、穏やかなソルティア陛下が、そこまで怒るとは。

 「手続きが済み次第、近日中に強制的に船に乗せられて出国するだろう。出港日は極秘扱いされている」

 ジャンルカは言う。ビビと目が合い、苦笑する。


 「お前が以前、人を呪わば穴二つ、と言っていたが、まさにその通りになったな。スキルの影響を受けて、恋人や婚約者を失った男たちが・・・今では率先して彼女を害する勢いだ。スキルも使えず、誰も彼女をかばう者はいないだろう」

 「・・・」

 ふと胸が突かれる思いがして、ビビは息を止める。前世のように、魔力の逆流で命を失うまでには至らずとも、国を出た彼女の行く末は・・・お世辞にも明るいとはいえないだろう。

 「お前にもし何かあれば、黙っていない連中がこの国には多い。今回のことは、すでに知り渡っているし、スキルも封印されて使い物にならない。国に残れば罪人として吊し上げ晒される。害されても文句は言えまい。国外追放は陛下の温情だな」

 その厳しく突き放した口調は・・・少なからずジャンルカも、彼女に対し怒りを抱いているように思えた。

 「ジャンルカ」

 リュディガーが穏やかに咎める。

 ビビは胸に当てた手を握りしめた。


 おかしい・・・

 彼女がバグの修正で現れたのなら、こんな流れにはならないはず。

 逆に国を出るべき立場は、バグである自分であるはずなのに。


 「ビビ・・・」

 リュディガーは黙り込むビビの手を、そっと取る。

 「陛下は・・・フジヤーノ嬢がカリストに執着していたのは、"龍騎士の始祖"オリエ・ランドバルドとカリストが関係している、ようなことを言っていた。・・・多分、言っていたんだろうと思う」

 ビビは目を見開く。何故それを、ソルティア陛下が知っているのだろう。

 「お前さんは・・・仮にもそのオリエ・ランドバルドの力を引き継いだ娘。お前さんが今回彼女に殺意を向けられたのは・・・単純にカリストに横恋慕したフジヤーノ嬢の嫉妬心だけじゃないだろう?」

 リュディガーは震えるビビの目をのぞき込んだ。

 「話してくれないか?ビビ。俺はね・・・去る者は追わない主義だったが・・・もう、あんな思いをするのはごめんだ」

 「リュディガー・・・師団長」

 「少しでもいい。お前さんを知りたい。そして考えたい。俺が・・・お前さんにしてあげられることを」

 ビビはリュディガーを見、そして後ろに立つ、ジャンルカを見る。

 きゅ、と唇を噛んでうつむいた。


 「わたしが【時の加護】を母・・・龍騎士オリエ・ランドバルド、から引き継いだことはご存じだと思います」

 ビビの言葉にリュディガーは頷く。

 「ランドバルドは母の姓なんです」

 ビビは口元を何か堪えるように歪ませた。

 ガドル王国は夫婦別姓を認められている。子供も、両親のどちらの姓を名乗るか、成人後に自由に選べる。

 「父の姓は・・・サルティーヌ」

 「・・・??!!」

 リュディガーとジャンルカが息を飲む気配がする。

 「サルティーヌ・・・?」

 「・・・はい、わたしは・・・カリスト・サルティーヌとオリエ・ランドバルドの間に生まれた娘。本名は、ビビ・サルティーヌ、といいます」

 「まさか・・・カリストは、」

 「はい、もうひとつの、わたしの生きていた時代では・・・父親だったんです」

 「・・・っ、」

 ビビの手を握るリュディガーの力がわずかに強くなる。

 「まさか・・・」


 「わたし、母が死んで・・・【時の加護】を引き継ぐと同時に、もうひとつの・・・この時代に飛ばされたんです。母が旅人としてガドル王国を訪れたこの年に」

 じわり、と涙が浮かぶ。

 「リュディガー師団長も、ジャンルカ師匠も、イヴァーノ総長も。母親の記憶として知っていました。わたしがこの時代に転移することによりレールを歪めてしまった影響か、多少皆さんの年齢とか、環境とか変わっている点はありましたけど、おおむね記憶の通りで」

 「お前さんの生きてきた、もうひとつの時代・・・とは、一体」

 混乱し茫然とするリュディガー。

 リュディガーが戸惑うのは当たり前だ。過去であり、未来でもある。この箱庭のレールに沿って流れる、もうひとつのレールがあるなんて、どう説明すればいいのだろう。

 だが、ジャンルカはしばし無言の後、漸く納得したように頷く。

 「・・・・本来、自分がいるべきではないと言っていたのは・・・オリエ・ランドバルドが生きてきたもうひとつのレールをなぞるように、遡り転移していた、からなのか」

 「はい」

 ジャンルカの問いにビビは頷く。


 「もうひとつのレールで母は・・・18歳の時にこの国を訪れ、当時30歳のカリスト・サルティーヌと出会い、恋に落ちて結婚しました。その時・・・同じレールで彼に同じく恋をしていたのが、ペコ・フジヤーノ」

 「なんと・・・」

 ようやく理解したリュディガーは二の句が繋げず、押し黙る。

 「"パトス・フレイア"の魔石を用いても、カリスト・サルティーヌの心を得ることができなかった彼女もまた、何度も記憶を持ったまま転生を繰り返し、外見を憎きオリエ・ランドバルドに姿を変えてまでして、カリスト・サルティーヌと結ばれる為に・・・このもうひとつの時代へ転生を果たした、と言っていました」

 「・・・それでも、カリストはその手を取ることはしなかった。オリエ・ランドバルドに代わる、お前という存在があったから、か」

 ジャンルカはつぶやく。

 「そうか・・・それで合点がいく」

 リュディガーはビビの手をそっと撫でるようにした。


 「フィオン君は、わたしの生きていた時代では、幼馴染で婚約者だったんです。サルティーヌ様同様、年齢に違いはありますが・・・母親を看取って、力を引き継いだ後、本当は・・・ヴァルカン山岳兵団へ嫁入りする予定だったんですが、そこでなにかの力が働いて、もうひとつの・・・この時代に飛ばされてしまって」

 ビビはふと顔をあげ、苦笑する。

 「でも、ここで、この時代でわたしは・・・フィオン君を選べませんでした。それどころか・・・」

 うつむき、肩を震わせるビビ。

 「よりによって、父親であるサルティーヌ様を・・・求めて・・・っ、」

 言葉が続かず、手で顔を覆ったまま声を絞り出す。

 「ビビ・・・」

 過去と未来、ふたつのレールが交差し、干渉しあう歪んだ箱庭の世界。《アドミニア》の管理から外れたこの世界の行く末は一体、どうなるのだろう?

 

 「わたしがこの時代に遡り介入して、本来皆が進むべきレールが歪んでしまったんです。フジヤーノ嬢は、それを"バグ"といい、わたしが消えることにより本来の正しい時代の流れになるのだと言っていました。だから、わたしは・・・」

 ぽたり、と涙があふれ零れる。

 「本当は、わたしはあのまま・・・消えなきゃ、いけなかったんです」

 「ビビ!」

 リュディガーが叫ぶ。

 「それは違う!お前さんが消えるのが正しいなど・・・ありえない、そんなの俺が許さない!」

 「でも・・・わたしは、っ」

 「ビビ」

 ジャンルカもまた、ビビの髪をそっと撫でる。

 「たとえお前が消える運命だったとしても。それに逆らい、こうして今、俺たちの所へ戻ってきてくれた。それが真実だ」

 「っ・・・」

 「よかった、お前を失わずに済んで」

 ぎゅ、とリュディガーに抱きしめられ、ビビはその胸にすがりつく。

 辛かったな、と言われビビは首を振る。


 「ビビ」

 リュディガーは震える背中を優しく撫でる。

 「お前の生きていた時代と・・・今俺たちが生きている時代は、違う。お前は今こうして俺たちと出会い、もう別の時間を紡いでいる。だから、もう別のレールに縛られるのはやめるんだ。大切なのは・・・今だから。そして、これから、どう生きていくか、だから」

 いいね?と言われてビビは涙で濡れた顔をあげる。

 「お前の生きていた時代でカリストが父親であった、というならばそうなんだろう。だが、今あの男が欲しているのは・・・オリエ・ランドバルドでもなく、その娘のビビ・サルティーヌでもなく、ビビ、お前なんだよ。むしろ、この時代で出会い、惹かれあうべき半身だったんだ。お前たちは・・・」

 「師団長・・・」

 くしゃり、とビビの顔が歪む。

 「・・・カリストを愛しているんだね?」

 「・・・はい」

 「そうか、」

 穏やかにほほ笑み、リュディガーはビビをもう一度抱きしめる。

 「とりあず、今は休みなさい。元気になったら・・・今後のことを、カリスト含めてちゃんと話し合おう」

 「・・・はい」

 ビビの頭をひとなでし、リュディガーは部屋を出ていく。

 ジャンルカも続くのかと思いきや、そのまま残り、リュディガーの座っていた椅子に腰を下ろした。


 ジャンルカはビビを見つめ、わずかに眉を寄せた。そっと手が伸びて、長い指先がビビの頬をそっと包み込む。

 ビビは目を瞬かせ、その金の瞳を見返す。

 「・・・師匠?」

 なにか温かいものがふわり、と身体を包む感触に、ジャンルカが自分の身体の状態を"鑑定"しているのだと知る。

 「・・・ちゃんと定着しているな」

 「えっ?」

 いや、と短く呟き、ジャンルカはビビから手を離すとふっ、と表情を緩める。

 「陛下のおっしゃった通りカリストは・・・俺の誓約魔法の付与を無事受け取り、完遂させたらしい。・・・さすがだな」

 「誓約魔法を・・・完遂、ですか?」

 魔術嫌いなカリストに、制約魔法の付与とは?聞き返しビビは、ん?と首を傾げる。

 

 「そういえば・・・サルティーヌ様が転送されてきた時はびっくりしましたけど・・・師匠の采配だったって」

 「おかしなことを」

 ジャンルカは口元に笑みを浮かべた。

 「発動した魔法陣は、導蝶アンバーを仲介するよう回路を組んでいるから、最初からお前が蝶を送った人間しか転送できない」

 「あら・・・」

 「そもそも、あれは魔銃騎兵のカウンター攻撃の回路を、お前が分解して組み直した魔法陣だろう?」

 ジャンルカに言われて、ビビはあっ、と漸く気づく。

 「で、でも、師匠に指名受けて頼まれたって、サルティーヌ様が・・・」

 「可愛い弟子に助けを求められなかった師の、単なる嫌がらせだ」

 「えっ?」

 「・・・ふっ、魔法陣に立ったカリストの顔は見ものだった。奴には貸しひとつ、だな。いや、二つか・・・」

 珍しく思い出し笑いを浮かべるジャンルカに、ビビは唖然とする。

 ジャンルカは目を和ませ、ビビの頭を撫でた。

 「弟子が手を離れるのも、寂しいものだな・・・」

 「師匠?」

 「だが、安心している。カリストは・・・不器用だが、決して揺るがない、真っ直ぐな男だ。あいつの手を離すな」

 「師匠、わたしは・・・」


 ビビはふと感じた違和感を拭えず、手を伸ばし、ジャンルカの袖口を掴む。

 「わたし、まだ話せていないことがあるんです」

 縋るように見上げてくる、弟子の頭を撫でていた長い指先が、滑るように頬を撫でる。

 その指先の冷たさに、ビビはドキリ、とする。

 「ジャンルカ師匠」

 「俺からは何も聞かないよ、ビビ。そして、言うつもりはない。・・・カリストに託した」

 言って、ジャンルカは儚げな薄い微笑を浮かべた。


 ※


 さらに数日後。


 ようやく自由に動けるようになって、ビビはペコ・フジヤーノが、ガドル王国からすでに居なくなっていることを知った。

 あれだけの騒ぎを起こした少女の、出国は極秘とされていたため、いつどの国へ向かったのか誰も知らず。


 ただ、エルナンド・ウィンタースの話では、ジュノー神殿で管理しているの住民名簿から、いつの間にか名前が消去されていたという。


※※※※※※

お読みいただき、ありがとうございます。

次回より新章となります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る