第179話 ウイルス

 「さて・・・」


 ソルティア・デル・アレクサンドル陛下は、ガドル王城玉座謁見の間。

 椅子から立ち上がり、少し離れた階下で、衛兵に後ろ手を縛られたまま膝まづかされている少女を見下ろす。

 普段は笑顔を絶やさず、どこか間延びした気さくな雰囲気が、笑顔ではあるが目は無表情で。周囲の家臣は、ただならぬ王の様子にひやひやしていた。


 「ビビの無事も確認できたし。あとは君の処分だけだよね」

 そう告げる王の声は、どこまでも冷たい。

 イヴァーノは階下でそれを眺めながら、ため息をついた。

 国の警察組織である騎士団やベロイア評議会を差し置いて、王自ら罪人に判決を下す、など聞いたことがない。

 まったく、この男をここまで怒らせるとは。

 いくらカリストに懸想していたとはいえ、民衆の真ん前で恋敵を橋から突き落とす、など・・・かわいい顔をして、女の執念の怖さにイヴァーノはヒヤリとする。

 彼女に加担していた男たち・・・近衛兵はその職を解かれ一般国民へ。騎士団においては、近衛兵へ降格。

 そして一般国民の独身青年に関しては、ヴェスタ農業管理会のプラットにより、1年間のオーロックス牛小屋の清掃の無償労働の提供、という形で収まった。

 恋人には愛想をつかされ、婚約は破棄され・・・と、ジュノー神殿の住民管理役所はその後処理で残業続きと噂されている。


 「お言葉ですが」

 顔をあげ、壇上に立つソルティア陛下を正面からキッと睨み付け、ペコ・フジヤーノは声をあげた。

 綺麗だった金髪はくすみ、顎の下あたりの位置で無造作に切られている。

 最初見た時は、可憐で清楚な少女だと思ったのに。今では歪んだ暗い瞳がギラつき、何かに取り憑かれたような・・・精神を病んだ人間そのものだった。

 何が彼女をそこまで変えたのだろう?と思う。

 ただ、カリストに懸想し、ビビを憎み・・・ただそれだけでここまで豹変するものだろうか?

 

 「わたくしは!バグの修正をしただけです。ビビ・ランドバルドはバグです!彼女の存在が箱庭のレールのバランスを歪めているんです。いてはいけない存在なんです!どうして、わかってくださらないんですか?!」


 フジヤーノ嬢の言葉に、さらに眉を寄せるイヴァーノ。

 隣でオスカーもまた、

 「・・・なに言ってんだ?意味がわからん」

 と呟いている。

 リュディガーは黙って、じっとフジヤーノ嬢を睨みつけるようにしていて答えない。

 以前・・・イヴァーノとビビの加護について話をした時、ビビも同じように姿なき守護龍アナンタ・ドライグと・・・不思議な言語で会話をしていた。

 言葉は聞き取れても、意味が分からない。

 ソルティア陛下もまた目を細め、フジヤーノ嬢を見下ろしている。


 「だって、そうでしょう?」

 フジヤーノ嬢は口元を歪める。

 「彼女はありとあらゆるスキルを持ち、"龍騎士の始祖"と呼ばれたオリエ ランドバルドの力を引き継いだ超越者であり、かつてこの箱庭を管理していた《アドミニア》。いきなり完璧な状態で、全てを無視してこの箱庭に転移するなんて・・・加護とスキルを使いまくって無双するなんてありえない。あの女のせいで、この時代に生きる人々のレールが狂いだした。だから、修正すべくわたくしが来たんです!オリエ・ランドバルドのために。彼女もそれを望んでいる!」


 理解できない単語を連発している娘に、さすがに周囲のイラつきが積もる。

 "アドミニア"だの"バグ"だの"レール"だの、一体なんだというのか。


 クックックッ・・・


 漏れる笑い声に、皆一斉にギョッとしたように玉座に視線を送る。


 「ふふふ、オリエのため・・・か」

 ソルティア陛下は可笑しそうに肩を震わせ、笑いを漏らす。

 「君は・・・過去のオリエ・ランドバルドにとって代わるために、いや、オリエ・ランドバルドに復讐するために、何度もこの世界・・・いや、君の言うところの箱庭内で転生を繰り返し、この時代にきたんだね?」

 冷ややかに告げるソルティア陛下に、フジヤーノ嬢の表情が固まる。

 

 「・・・え・・・?」

 「運命の相手がカリストだとか、半身だとかね。口では美しいことを言っているようだけど?結局のところは・・・オリエ・ランドバルドの亡霊にとりつかれた愚かな娘にすぎない。オリエの願いで"修正"?笑わせる。君のしていることは、この世界を正常に戻すどころか、更にバランスを崩し、あろうことか存在してはならない女神ジュノーのスキル【魅了】まで引っ張り出し、若い青年を混乱させた。本来の彼女なら・・・そんな姑息な加護やスキルを使わずとも、自然に皆が集まってくるだろう。君のまがい物のスキルと違って、オリエは存在するだけで愛される女神ジュノーの祝福ギフト持ち、だからね」

 フジヤーノ嬢はソルティア陛下を凝視したまま、震えだす。

 

 「な、何故それを・・・?」

 ソルティア陛下は冷酷に笑う。

 空気がピンと張りつめ、誰も言葉を発することができなかった。

 ソルティア陛下もまた、不思議な言語で会話を始めたからだ。


 「《アドミニア》を知る人間は、自分だけだと思わないことだ」


 カツン、と足を踏み出し、玉座の台から一段降りる。

 カツン、カツン、と。ゆっくり階段を降り、茫然と座り込んでいるフジヤーノ嬢の前に立つ。


 「さて、君の言うところの、"バグ"・・・、なんだけどね。残念ながら・・・カリストはビビを選んだよ?」


 「・・・え?」


 「彼は・・・誓約魔法により、魂にビビの名を刻んだ。別なレールを刻んでいた、"龍騎士の始祖"オリエ・ランドバルドと、その"夫"であったカリスト・サルティーヌの魂は彼らの魂により上書きされた。"龍騎士の始祖"オリエ・ランドバルドは・・・間もなく事実上歴史からいなくなるだろう。わかるかな?君の言う"バグ"は、カリストの誓約魔法により、ビビ・ランドバルドの魂が上書きされ"修正"された。めでたし、めでたし、っと」


 「そ、そんな」

 

 「だから、その上書きされた"龍騎士オリエ・ランドバルド"の外見を、コピーしただけにすぎない君も、間もなく消えることになるんだろうね・・・ふふふ、どこを"修正"するつもりだったか知らないけど」


 ソルティア陛下は暗く笑う。


 「嫌な予感はしていたんだよね。オリエの姿をした君を見た時、本当は帰化なんてさせたくなかったんだ。でもまぁ、カリストを焚きつけるには使えるか?と楽観視していたら・・・まさか、ここまでやらかしてくれるとは、甘かったな」


 ソルティア陛下から放たれる怒気が増し、周囲が凍り付く。

 中には失神する家臣もいて、一瞬にして玉座の間は騒然とする。

 それをまったく気にしていないそぶりで、ソルティア陛下はフジヤーノ嬢の前に膝を折り目線を合わせると、凶悪に満ちた視線を向ける。


 「不愉快だったよ。よりによってオリエに成りきろう、なんて。彼女の足元にも及ばないただのザコのくせに。《アドミニア》の手のひらの上で転がされて、・・・あの時あのまま大人しく消えていれば良かったのにね?」


 囁くように。そして、笑う。

 でも確実にそれは猛毒となって、目の前の娘の、残されたなけなしの正気すら破壊する。


 「あ、あ・・・」


 ガタガタ震え出す、ペコ フジヤーノ。


 「わかりやすく言おうか?もし君の言うように、ビビが"バグ"というのなら・・・」

 にっこり、といつもの気さくな笑みを浮かべるソルティア陛下。


 ーーーー君は、予測なく突然変異で湧いて出た、ウィルスだ。


 修正され、消えるべき存在は、ペコ・フジヤーノ。君の方なんだよ。

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