第178話 閑話 魂縛の誓約魔法

 それは、ビビが旅人としてガドル王国を訪れる数年前。


 (魂縛の誓約魔法・・・ですか?)


 ガドル王城の奥にある国王の居室に呼び出された銀髪の魔銃士の男は、ソルティア陛下の言葉にわずかに眉を顰める。


 (うん。君ならこの過去の文献から、この"奇跡"と呼ばれている究極魔法を、再現することが出来るんじゃないかと思って)


 テーブルに並べられたのは、王家が管理する古い書物たち。中には遠く離れた大陸の国々に伝わる禁術の参考文献の類のものもあった。ソルティア陛下はそれら国王以外閲覧禁止とされている書物をパラパラとめくり、訝し気にこちらへ視線を送る金の瞳に笑いかける。

 

 ジャンルカ・ブライトマン。

 カイザルック魔術師団の第二魔術師団、鑑定のスキル持ちで魔法陣の解析のエキスパートとも言われている人物。ガドル王国第三代龍騎士であるリュディガー・ブラウン師団長が最も信頼している男でもある。

 齢は60を過ぎているはずなのに、外見はさほど老いたようには見えない。老化を止める魔法を研究し、自らを実験台にしているとか、実は不老不死の薬を飲んでいるとか・・・人間嫌いであまり人前に姿を見せないのをいいことに、魔術師団では好き勝手言われているらしい。


 (すごいよね、互いの魂を縛り、肉体が消滅しても離れることはないといわれている、究極の誓約魔法だよ。魔術を扱う者なら誰でも一度は自分で再現したいと願う。あまりに解析が難解、発動方法が不明瞭で、実は展開不可能な架空の魔法ではないかとも云われている)

 ソルティア陛下はパタンと書物を閉じ、軽く肩をすくめる。椅子をすすめたが長居をするつもりはないらしく、ジャンルカは軽く首を振り辞退を示した。


 (過去、文献で読んだことがあるくらいですが・・・それをなぜ、私に?)

 

 (君の奥方・・・ベアトリス、容態あまり良くないようだね)


 (・・・・)


 (君が自身の魔力を展開して、ベアトリスへ魔力提供しているのは、知っているよ。そのために君の外見はもう10年以上も老いることを止めている)


 ソルティア陛下の言葉に、無表情だったジャンルカの金の瞳にわずかな動揺が走る。

 最愛の妻である、ベアトリス・ブライトマン。過去事例のない"魔力枯渇症"を患い、数年前に魔銃士を引退した後はずっと寝たきりとの噂だ。それまで妻と共に第一魔術師団の前線で活躍していたジャンルカが、これを機に攻撃部隊から退き、第二魔術師団に自分の研究室を設けて引きこもったまま、取りつかれたように魔法陣の研究をしていると。


 魔力枯渇症は、その名の通り身体を巡る魔力がどんどん失われていく不治の病だ。魔力を練ることができず、徐々に身体の自由が利かなくなり・・・最後は死に至るという。ベアトリスは第一子であるヴィンターを出産後、突然発病した。以降この病に苦しんでいるという。この病の進行を止めるには、外部から魔力を供給する必要があり、基本的には魔力を宿した魔石を媒体にして延命を行う。だが、それなりの魔力が籠った上級魔人や魔獣が残す魔石以外は、効果がほとんど得られず。上級魔石ともなれば国の管理となり、治療のために提供されるのは、よほど地位の高い上位軍人貴族に限られている。

 ジャンルカは魔石を使わず、自らの魔力をベアトリスに供給していた。違法魔術ではなかったが、例をみない治療のため、本来であれば神殿を通し、ベロイア評議会で承認を得る必要がある。妻の寿命を考慮すれば、その時間さえ惜しかったジャンルカはあえてその治療法は伏せ、妻に施行していた。それは、誰も知らないことであるはずなのに。


 ソルティア陛下は冷静を装うジャンルカに笑いかける。


 (そう、警戒しなくていいよ。これは僕しか知らないし、他言するつもりもない)

 

 (・・・・)


 (驚いたよ。転移移動の時空間魔術を応用して、身体の細胞の時を遡らせ体内魔力を倍増し、その分を外部ベアトリスに供給するなんて、ね。その分、本来の君の体内の魔力はどんどん枯渇していくというのに。命を削ってまで愛する妻のために編み出した、これこそ究極の魔法だろう?君はもっと誇るべきだ)


 だけど、とソルティア陛下は苦笑する。


 (君の魔力量をもってしても、そろそろ限界がくる。さて、魔力供給する君が先か、供給される愛する妻が先か・・・そして、残された息子は・・・?)

 先、とは限界。すなわち"死"を意味する。


 (・・・っ、)

 ジャンルカの顔に明らかな動揺が走る。


 (話を戻そうか)

 対するソルティア陛下は薄い笑みを浮かべたまま、淡々と言葉を続ける。


 (これは知られていないことなんだけど。魂縛・・・この誓約魔法はね、その名前とおり魂と魂を縛る。対象の魂は生命はもちろん、魔力もすべて共有することになる。要は・・・君が死ねばベアトリスも死に、その逆もありき。まぁ、互いの魂が真に呼応し同調しなければ、成しとげられないんだけどね)


 (・・・死しても魂にも影響する、と)


 (そう、云われているね。互いの魂に記憶が刻まれる。例え違う時代、場所に生まれ変わったとしてもね、永遠に呼応しあうのだと。まぁ、死んだ後のことだからね、真偽は定かではないんだけど。ロマンティックだと思わないか?まるで悠久に流れる時の神に与えられた加護のようじゃないか)


 さあ、ジャンルカ・ブライトマン。どうする?


 (ベアトリスの寿命を・・・伸ばしたくないか?)


*******


 「ああ、よかった・・・」

 

 ガドル王城、自室の大きな窓から夜空の星を眺め、ソルティア陛下は安堵の息を落とす。

 

 発動条件があまりにも不明瞭で展開は不可能、と云われている"魂縛"の誓約魔法・・・数年前ジャンルカに託したのは偶然ではなく、必然。

 いずれガドル王国に旅人として現れるであろう、《鍵》となる少女が・・・自ら選択するために必要となるものだったから。

 

 「まさか、ジャンルカがこのタイミングで"魂縛"の誓約魔法をカリストに付与するとは驚きだけど・・・結果オーライってやつかな。どちらにしろ、ギリギリ間に合ってよかった」

 

 元々は・・・寿命のなくなった彼の妻、ベアトリストに施すため見出した誓約魔法なのに。結局ジャンルカは妻の死んだ魂まで縛れない、と数年前そのまま彼女の魂を解放した。


 「わからないよね。人間の愛って・・・」


 『それを、君が言うのかい?私にしてみれば、何故そこまで彼らに肩入れするのか・・・人間でもない君や守護龍の方がよっぽど理解しがたいけどね』


 この場にいたら肩をすくめ呆れたように告げるであろう、仮面で半分顔を覆った、かつての友人の声が耳元に聞こえるようで。思わずソルティア陛下は小さく笑いを漏らす。


 「本当だよ。僕の願い事はひとつ、のはずなのに・・・欲深くなったものだ」

 


 コン、コン


 控えめなノックの後、ドアの向こうから声がかかる。

 「陛下、お時間です。玉座の間で皆さまお待ちです」

 「うん、わかった。すぐ行くよ」


 ソルティア陛下は頷いた。


 ****

 ここでひとつ訂正。

 序盤の登場時ソルティア陛下は、去年即位したばかりの新しい王、と紹介しています。

 数年前、まだ妻のベアトリス存命中にジャンルカに"魂縛"の誓約魔法の依頼をしているわけですから、時間軸に差異が発生しております(;^ω^)スミマセン

 あ~こういうつじつま合わせ、出てくるんだろうなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る