第177話 愛を乞う②※

  ※大人向け表現あり。ご注意ください。

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 パン、パン!


 明るく燃え盛る焚火の炎が弾けて音を立てる。


 「お前って、やることなすこと規格外だけど・・・自分のことには、てんで疎い。全然自分を大事にしようとしない」

 「・・・」

 「俺は・・・それがイラついてしかたなかった。いつも何かに耐えているお前が、すぐ泣くくせに頼ろうとしないお前が。わかっている、それがお前の性分で。どんな辛くても苦しくても、お前はいつも無理に笑って、大丈夫だって言うんだ。全然大丈夫じゃないくせに・・・」

 あの時、泣きそうな顔をして、自分に"怖いものはないのか?"と尋ねたビビを思い出す。

 カリストは自分を落ち着かせるように、息をはいた。


 「わかっている。俺じゃ、お前を安心して泣かすことすらできないんだと」


 カリストの大きな手のひらが、そっとぎこちなくビビの頬を撫でる。

 目尻に指先がふれて、ビビはそこで自分が涙を流しているのに気づく。

 「そうやって、泣くお前を・・・俺は黙って涙をぬぐう事しかできない」

 「サルティーヌ・・・様」

 「ずっと・・・考えていた」

 じっとビビを見つめ、カリストは苦し気に眉を寄せる。


 「お前の・・・人を頼らない、んじゃない。頼れない、理由はなんなのかと」

 「・・・っ、」

 ビビは息をのむ。

 「いきなり出国の手続きをしたのも、あの女に抵抗することなく、橋から落とされたのも、いや・・・」

 カリストは言葉を切る。

 「いつも距離を置いて誰も立ち入らせないのは?頑なに帰化するのを拒むのは?理由があるのはわかっている。なのに、俺はお前が居なくなることを恐れて、お前の気持ちも考えず酷いことをした。お前から話してくれるまで、待つべきだったのに・・・こんな俺じゃ、お前に距離置かれて、信頼されなくて当然だ」


 ちかう、そんなんじゃない、と強く首を振る。堪えきれず、ボロボロとビビの目から涙が溢れ落ちた。

 傷つけるつもりはなかった。

 あの時は、お互い離れるのが最善なんだと自分に言い聞かせて。

 でも、この男が自分以外の女を抱くことを考えるだけで、心が引き裂かれるような痛みを覚えた。自分の心を偽って、カリストを追い込み、傷つけたのはこちらの方なのに。

 「サルティーヌ様・・・わ、わたし」

 声が震えて言葉にならない。


 「でも今回は・・・下手したらお前、死んでいたかもしれないんだぞ?」

 カリストの表情が苦し気に歪む。

 「・・・ったく、この馬鹿。お前だけだ。わかっているのか?俺を生かすのも、殺すのもお前次第なんだってことを」

 ビビは目を見開く。差し伸べた手をカリストの手がやさしく握りしめた。

 なのに恐ろしいほど真剣な瞳がビビを射抜き、息が止まる。


 「いいんだ。例えお前に嫌われても、拒まれてもいい。生きてさえいてくれるなら。俺はお前の心を求め、足掻き、縋り続ける。お前に受け入れてもらえる日まで。絶対あきらめない。・・・でも、その前にお前自身、生を諦めてしまったら・・・きっと俺の心も死ぬ」

 「・・・!」

 「ビビが大事だ」

 カリストはビビの両手を包み込み、祈るように額にあてたまま目を閉じる。

 「お前が・・・大事なんだ・・・」

 だから・・・

 すがるような口調でカリストは告げた。その声は、ビビの両手を包み込む手は、かすかに震えていた。


 「お前が、俺・・・いや、俺たちのことを大事に思うなら。少しでもいい、思い出してくれ。俺たちだって、お前を失うことが、何より怖い」

 本当に・・・無事でいてくれて、良かった。

 呟き、カリストは顔をあげた。


 その、まっすぐ見つめてくる真摯な瞳と言葉に、胸がじんわりと熱くなるのを止められなかった。ビビはそのままカリストの肩に額をつける。

 静かに涙を流すビビの横髪を両手でやさしくすき、カリストはゆるい力でビビを抱きしめた。

 「ごめんなさい・・・」

 ビビは声を震わせ、しゃくりあげながら、カリストの背中に腕をまわす。

 「でも・・・嬉しい」

 こんな浅ましい自分を、大事だと言ってくれて。ただのバグで居なくなるしか術のない自分を、理解しようとしてくれて。

 ゆっくり顔をあげ、カリストと目を合わせると、はにかんだ笑みを浮かべた。

 そのやわらかなほほ笑みに、カリストの青い目がやさしく揺れて細められる。


 「・・・キスを・・・しても?」

 カリストに呟くように告げられ、うなずいて目を閉じると、引き寄せられた。

 そっと唇が重なり、ゆるまった唇の隙間から、するりとカリストの舌が滑り込み、ビビの舌に触れ、絡まる。

 「ふっ・・・、」

 ビビは小さく喘ぎ、背中にまわした腕に力がこもる。

 角度を変えながら優しく、労るようなキスに、頭がふわふわして、胸が暖かくなる。

 ゆっくりと・・・流れてくるのは、カリストの魔力なんだろうか・・・?


 気持ち・・・いい


 そっと押し倒され、マントに滑り込んだカリストの手のひらが、ゆっくりとビビの脇をなで、剥き出しの肩と腕をさする。

露になった首筋にカリストが顔を埋めた。

 鎖骨に感じる唇の感触。

 「・・・んっ、」

 そのくすぐったさに、ビビは小さく喘いで身動ぎをする。

 カリストの髪に指を絡め、頭を抱きしめるようにした。


 バグなら・・・消えるしかない。


 ふたつのレールがひとつになり、オリエもビビも、上書きされ存在自体がなくなって。それで、【時の加護】からも解放されて。最初から何もなかったことになれば、すべてが終わる。

 このまま誰も苦しまず、誰も傷つかずに済む。


 そう、思っていた。


 でも、最後に・・・足掻いても良いのだろうか?

 求めても、いいのだろうか?


 キスの、その先をせがんでいるような素振りに、カリストは僅かに目を見開く。

 「・・・ビビ?」

 顔をあげたカリストが、ビビの顔を覗きこんだ。

 「・・・サルティーヌ様・・・」

 カリストの背中にまわした腕に力がこもる。

 「もっとキス、を」


 今だけでいい。

 もっと抱きしめて、離さないで、



 あなたが欲しい・・・


 ※



 「・・・あっ・・・ん、」


 カリストの肩ごしに広がる、樹木の枝の合間に見える星が綺麗だな、と思った。

 加護が施されているマントは温かく、地面に直に敷かれているはずなのに、ふんわりと重なる二人の身体を柔らかく包みこむ。


 「ビビ、」

 ビビを抱きながら、カリストは囁く。


 その熱に翻弄され、ビビは苦し気に息を漏らす。


 「ビビ、目を開けて」

 与えられた刺激とともに、声があがる。

 すがるように背中へまわされた腕が震え、指先に力がこもる。

 「・・・っ、あ・・・」

 「俺を、見て」

 そっと大きな両手が、頬を包み込む。

 ビビは息絶え絶えに、ゆるりと目を開け、カリストを見つめる。


 「サルティーヌ・・・様」

 「うん」

 カリストは涙の滲む目元に、やさしく唇を押し当てる。


 「しっかり、刻んで。俺を」

 更に強い振動と刺激が、揺さぶられ、与えられた熱に堪えきれず声が漏れた。


 「お前を抱いている、俺を」

 離さないから、とカリストは囁く。ビビは呻きながら、必死でカリストの言葉を拾う。


 駄目、と掠れた声でつぶやく。

 大きく弓なりに背中が反り、逃げる腰をカリストが抱く。引き戻され、覆いかぶさってくる身体にビビは小さく声をあげた。


 「あう・・・っ、」


 もがき、両手で胸を押し抵抗するも、ビビ、と切なく囁くカリストの動きは、それでも止まらず。

 聞かせて、俺だけに・・・と耳元で低く囁かれ、ビビは苦しげに呼吸を繰り返し、いやいやと首を振った。


 羞恥に赤く染まった顔を隠したいのに、堪えきれず漏れる声に口を塞ぎたいのに。

 カリストは両手を繋ぎ止め、声を聞かせてほしいと懇願する。

 与えられるその熱は止まらず、ますますビビを高みへと追い詰める。

 朦朧としながら、それでも自分を抱く腕に必死に縋りつき、意識を繋ぎ止めるのに精いっぱいで。



 「・・・!」


 激しく求められて。

 強く抱きしめて。

 奪うようなキスを繰り返し。


 ああ、と思う。


 これが、欲しかったのだと。

 最後に・・・自分だけを求める、その腕が、熱が欲しかった。


 どうせ、消えてなくなるなら・・・

 この腕の中で消えたい。


 その心の声が聞こえたのか。

 カリストの表情が歪む。

 否定するように首を振り、大きな手のひらがビビの頬を包み込んだ。



 「-----」


 カリストの薄い唇が何かを唱える。


 パアッと光が溢れ、抱き合う二人を囲む魔法陣。


 誓約魔法の呪文?

 自分にそそがれる青い瞳に映る、金色の光。

 浮かぶ、どこかで見たような、綺麗に描かれた図式にビビは目を瞬く。

 これは、師匠の・・・言霊の・・・


 ああ、でも

 続く紡がれた言霊にビビは首を振る。



 「我、カリスト・サルティーヌは誓う。汝、ビビ・ランドバルドを我が半身とし。その魂朽ちるとも離れず共にあることを」



 「サ・・・あ、」

 何を、言っているのだろう。

 駄目、そんなこと、誓ってしまったら・・・


 その誓約に、魂が、

 縛る。

 縛られる。


 「許す、と」

 カリストは囁く。

 「許すと言って。ビビ」

 「・・・っ、あ・・」


 「愛している。ビビ。・・・言って」


 ビビの唇が震える。

 自分にそそがれる、青い目が綺麗で。まるで湖の底に沈んでいるような錯覚にとらわれる。このまま溺れてしまいそうな、

 「・・・。許・・・す」

 そのまま口づけられて、ビビは身を震わせた。何かが身体を包みこむ感触に、息を吐く。

 「絶対・・・離さない」

 苦しげに呟くカリストの声を最後に、ビビは意識を手離した。


****

完徹@カエル記憶がなくなる一分前(笑)

おやすみなさい。


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