第167話 信じる覚悟
今回のハーキュレーズ王宮騎士団の遠征は、来年に控えた隣国グロッサ王国との連携で行われる、大規模な魔の森のダンジョン討伐の先駆け、と言われている。珍しく、いつもは第二騎士団の下に配属されている近衛兵、そして援護部隊としてカイザルック魔術師団の第一魔術師団からも一部派遣されるらしい。
派遣メンバーの中には、ジェマは勿論、通常はイヴァーノを補佐する第一騎士団のアドリアーナも、連絡係として名を連ねていた。
「大丈夫かな・・・ジェマ達」
つぶやくビビに、キッチンでお茶を入れていたマリアが振り返る。
「大丈夫よ。彼女たち、下手な騎士団の男たちより強いのはビビが一番わかっているでしょう?」
言って、目の前に温かな紅茶の入ったカップが置かれる。
早朝、カリストを見送って、ビビはそのまま動けずにベットで寝てしまっていた。
そこへ、定期的に兄の家を掃除に来ているマリアとバッティングし。
寝室で何があったか一目瞭然ながらも、マリアは動けないビビを甲斐甲斐しく世話してくれたのだった。
「しかし、本当にごめんなさいね?兄さんったらもう少し手加減してあげればいいのに・・・」
「前々から思っていたことなんですけど・・・騎士団の皆さまって、やはり見た目の体力どおり絶倫なんでしょうか」
今さら取り繕うのも諦め、ビビは大人しく出された紅茶を飲みながらため息をついた。
「う~ん、デリックの話だと・・・兄さんに関しては商売女相手の時は、そりゃ~タンパクで処理も短時間らしいわよ?」
ぶっ、と軽く紅茶を噴き出し、ビビはマリアを見返す。マリアは苦笑した。
「ほら、兄さんって無駄に外見が麗しいでしょ?お金積んでも夜のお相手したいって、女は後を絶たなかったのよ。ついたあだ名が"夜の女百人斬り"」
「・・・どこかで聞いた名前、ですね」
「もちろん、一晩で百人相手なんかするわけないわよ。それくらい一晩で抱かれたい女がいたって話。本人は性処理としかみていなかったし、女相手するくらいならダンジョンで魔獣相手しているほうが有意義、とまで言い放った男だからね」
マリアの話だと、長期遠征には、そのテの職業の女が派遣されるのだ、という。
独身のフリーの男は、少なからずそのお世話になるのだと。本番までいくかどうかは、交渉次第なんだとか。
「でも中には、男を取り合ってもめ事を起こす女もいるから、だいぶ前からお世話になる男たちには、前もって相手に認識妨害させる魔法を施されるの。提案したのは、なんとジャンルカ氏」
「へええええ」
「これをかけられるとね、相手の女は自分が誰のお世話をしたのか判別できないんですって。だから兄さんに抱かれたって"やたらタンパクで短時間で済む、楽な客"としか認識されないのよ」
「はあ・・・」
朝から聞く話ではないな、と思いながらビビは素直に関心する。
なるほど、記憶操作するスキル、か・・・すごいな、ジャンルカ師匠は。
「・・・認識妨害の魔法って、独身でフリーの男性のみ有効なんですか?」
「そうね、私は魔法陣の仕組みに関しては疎いのだけど。基本・・・婚約した男性には無効だって聞いているわ。もしもめ事になったら、神殿が入ることになるから。既婚者はもちろん、婚約者を差し置いて、他の女を抱くなんてありえないでしょう?」
マリアの言葉にビビは首を傾げる。
「え?じゃあ・・・結婚する前とかした後の浮気とか、不倫とか、そういうドロドロした昼のメロドラマみたいな痴情のもつれはないんだ?」
「結婚や婚約後の浮気はないわね~フリン?めろどらま・・・なにそれ?」
「・・・ないんだ」
ビビは目を瞬かせる。まぁ、健全といえば、健全な世界、なんだろうな。実際"離婚"という概念もないし。しかしながら、ありえないといわれている婚約破棄騒動が、フジヤーノ嬢がらみで現在何件も起きているのは事実で。
「じゃあ、独身でも婚約中の男性に有効な、魅了のスキルって、ある意味かなり強力な・・・」
呟き、ビビは顔をあげる。
「そっか。フリーな独身男性に有効なスキル、なら。カウンターに使えるかも!・・・っ、」
ガタン、と勢いよく立ち上がり、次の瞬間ビビはへなへなと再び椅子に座りこんだ。
「イタタタ・・・」
「ああもう、無理しちゃだめでしょ」
マリアが慌ててビビに駆け寄る。ビビは腰をさすりながらうめき声をあげた。
「ふ、不覚・・・」
テーブルに投げ出されたビビの手に目を落とし、マリアはあら?と声を出す。
「それ、兄さんから?」
薬指に光る指輪の事を言われているのだと察し、ビビはノロノロ顔をあげる。
「あ、はい。すみません」
「やだ、何故謝るの?」
「だって、これお母さまの形見だって、お聞きしているので」
「そうよ?でもいつの間に受け取ったのかしら?渡された時も、見向きもしなかったのに・・・」
言って、マリアはそっとビビの手を取る。
「良かった、ビビにつけて貰えて、母さんもきっとよろこんでいる」
「いや、その・・・わたしは」
ビビは言葉に詰まる。不思議そうな顔をして見返してくる、マリアに苦笑した。
「わたし、卑怯で、ずるい女、です」
「ビビ?」
「本当は・・・サルティーヌ様に選んでもらえるような、人間じゃないんです」
うつむくビビ。
「逃げないって・・・答えをちゃんと出す、って約束しておきながら。本当は逃げたくて逃げたくて仕方が無いんです。なかったことにできたら、どんなにいいかって。今だって・・・」
ぎゅ、と手を握りしめる。
「サルティーヌ様を、フジヤーノさんに渡したくない一心でこの国に留まっている。解決したら、この国を出なきゃいけないのに・・・それでもサルティーヌ様と離れたくなくて。指輪なんて贈って縛りつけようとしている」
「ビビ・・・」
「わたしって、なんて最低なんだろう」
「違うわ、ビビ。それは兄さんにも言えること」
首を振り、マリアはビビの手を包み込む。
「ねえ、ビビ。兄さんの事、好き?」
ビクッと肩を震わせ、ビビはマリアを見返す。問いかけるそのまなざしに、ゆっくりと頷いた。
「好き・・・です」
そう、とマリアはほほ笑んでみせた。
「じゃあ、それを兄さんに言ってあげて?ビビは好きって気持ちだけあればいいのよ。相手の事をいちいち考えるからややこしいんだわ。だって、ビビに好きと言われて、どうするか選ぶのも、決めるのも兄さんだから」
「マリア、さん」
「約束して、ビビ」
そっとビビの髪を撫でながら、マリアは告げる。
「あなたが好きと言った兄さんを信じるって。そしてその兄さんが選んだことを受け入れてほしい」
ビビはうつむく。
フジヤーノ嬢の件が解決したら。ビビはカリストに自分のことを打ち明けるつもりでいた。
正直、信じてもらえるかわからなかったけど。彼の気持ちに応えるには、もうそれしかないと思っていたから。
打ち明けて・・・カリストがどんな答えを出しても。来年、この国を出ていくことには変わりはなかったから。
"信じる"覚悟。
今の自分は、それが足りないのかもしれない・・・。
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