第168話 解決の兆し
「・・・あ、雪?」
空からはらはら舞い落ちる白いものが視界を過ぎり、ビビは足を止めた。
周囲でも、空を見上げて声があがる。
「初雪だ~今年はいつもより、早いね」
本格的な冬の始まり。
市場ではそろそろ年を越える準備に賑わいを見せている。
カリストたちハーキュレーズ王宮騎士団が、長期の遠征に出発して一か月が過ぎようとしていた。
今のところ、援軍要請もなく、粛々と任務をこなしていると報告は入っているが、いつ帰還するか未だ決まっておらず。このまま年を越えるのでは?と噂されていた。
年を越せば間もなく。隣国グロッサ王国と連携での大規模な討伐が始まる。
現在も他のダンジョンでゲートが開いて、魔物の出現数が増えているらしく、カイザルック魔術師団やヴァルカン山岳兵団からも、討伐隊が派遣されている。市場は年越しの準備で賑わっていたが、一方で武術組織ではピリピリとした雰囲気が取り巻いていた。
ビビもまたその中で、この国でこなす最後の仕事として、衣類への加護の付与の取り組みに明け暮れ、一日をほぼ魔術師会館で費やし、ベティーの酒場へは寝に戻るのみという生活を送っていた。
そんな中、フジヤーノ嬢が行方不明、という情報を聞いたのは、久々魔術師会館のキッチンでチョコナッツタルトを焼いている時だった。
「フジヤーノ嬢、神殿からの出頭命令に従わず、行方をくらましているみたいよ?」
ファビエンヌに言われ、ビビはオーブンから焼きあがったタルトを取り出す手を止めて振り返り、目を瞬かせる。
フジヤーノ嬢に魅了のスキルをかけられた、残るフリーの独身男性対象に、スキル返しの魔法陣を展開し。今ではほとんどの男性がその呪縛から解かれ、正気に戻って生活していると報告を受けている。
ジャンルカが、遠征に出た武術団の性処理用に錬成した"フリーの独身男性のみ有効の、認識妨害スキル"の魔法陣を応用したのだ。
これにより、神殿で把握できなかったフジヤーノ嬢の魅了スキルにかかった男性に、一気にスキル返しを展開することができた。
さすがに、ジャンルカに提案するのは抵抗があったが・・・ジャンルカはその提案に、珍しく乗り気で、あっという間にスキル返しの魔法陣へ組みなおしてみせた。・・・さすがである。
「ビビが別途回路を組み入れた、フジヤーノ嬢から魅了スキルを受けた記録のデータが、ようやく神殿に受理されてフジヤーノ嬢に出頭依頼が出されたんだけど、本人はここ数日間、どこにも姿を見せていないらしいの」
一体、どこに逃げたのか・・・とファビエンヌは肩をすくめてみせる。
「・・・逃げるような人じゃないと思うんですけど」
あの、カリストに対する執念にも似た執着と、オリエを通してビビに向けられた憎悪。自分の身可愛さにそれら全部投げ出して、逃げ出すようには見えない。それよりも。
「スキル返しの影響を受けて・・・大事に至ってないと、いいんですけど」
「神殿の国民登録は抹消されていないから、死んではいないはずよ?」
ガドル王国では国民が亡くなった時は、神殿に保管されている国民登録欄から自動的に名前が抹消されるという。国民の生活と動きはすべて魔法によって管理され、不法滞在者はすぐに摘発される。国籍をもたないビビのような旅人が、滞在を一年と定められているのも、その管理の一環なのだろう。
「でも、結局は・・・魅了のスキル返しが、発動者にどんな影響を及ぼすのか解明できないまま、実行してしまったから」
浮かない顔のビビに、ファビエンヌは励ますようにそっと背中をさする。
「あれだけ大勢にスキルを施行したんですもの。スキル返しを受けなくても、あのままじゃ多少の魔力の逆流の影響は受けていたでしょうね。なにかあったとしても、あなたのせいじゃないわ」
「お前さん、人の事を心配している場合じゃないよ?」
声が聞こえて振り返ると、リュディガー師団長がジャンルカを伴ってキッチンに姿を現した。
「師団長・・・」
「いいにおいに誘われて、我慢できずに来ちゃったよ」
にこにこしながらキッチンに足を踏み入れたリュディガーは、テーブルに並んだタルトに目を輝かせている。
ビビはあわてて椅子をすすめ、タルトを切ると、お茶を沸かすためにポットに水を入れ奥のコンロにかける。
「師団長、つまみ食いなんて子供みたいですねぇ。ビビに怒られますよ?」
後ろからファビエンヌの笑い声が聞こえる。
「タルトは焼きたてが美味しいんだよ!ほら、ジャンルカも食べてみなよ。これでお前さんも共犯者だ!」
「・・・俺を巻き込まないでください」
お茶を入れてキッチンのテーブルに並べると、すでにリュディガーは二個目を頬張っていた。どれだけ甘党なんだろう?と思わず笑みが漏れる。
「そうそう、ビビに報告があってね」
タルトを食べながらリュディガーはビビにほほ笑む。
「遠征に出ていたハーキュレーズ王宮騎士団が近日中に帰還するそうだよ?」
「本当ですか?」
ビビはパアッと顔を明るくする。
「すでに一陣はこちらに向かっているそうだよ?皆、疲労は濃いが元気だそうだ。お前さんが頑張って錬成した回復薬と、加護を付与した剣帯のおかげだね」
「良かった・・・」
遠征に参加する騎士と魔銃士に支給される、武器を携帯するための帯。ビビはヴェスタ農業管理会婦人部とカイザルック魔術師団の協力を得て、その100を超える帯に前々から提案していた"加護の重ね付け"を施した。実験も兼ねてだったが、効果は思いのほか高かったらしい。
「俺も最初聞いたときは、そんな重ね付けで効果があるのかと思ったけどね。ヴェスタ農業管理会の婦人部では、遠征に行く騎士団の夫や恋人の為にって、かなり張り切って取り組んだらしいし」
実際、ヴェスタ農業管理会とハーキュレーズ王宮騎士団の夫婦の組み合わせは多い。
「今回のデータで、武術団の団服に正式に採用されることが、ほぼ決まるだろう。良かったな」
言って、ジャンルカはビビの頭を撫でる。
「そうね、今回はビビかなり無理して頑張ったもんね?おめでとう!」
ファビエンヌにも言われ、感激のあまりビビの目は涙でうるうるである。
確かに短期間で全数を納品するまで、二回ほど魔力切れで倒れてしまったが・・・多分それも彼らはお見通し、なのだろう。
「皆さんの、家族に対する想いの強さの賜物ですよ。わたしなんて・・・」
「いやいや、家族や恋人の安全を祈願して帯に加護付けするなんて、素晴らしい案だ。手紙と共に贈られた騎士団の連中は、感激して泣いている奴もいたらしいよ?ハーキュレーズ王宮騎士団からは、刺繍糸にも加護付できるかと、カイザルック魔術師団に依頼があった。今後もっと需要は伸びていくだろう。第二魔術師団の連中も、研究のし甲斐があるとはりきっている」
和やかにお茶をしながら、雑談は続く。
「ああ、そういえば・・・」
リュディガーは三つ目のタルトを食べながら、ビビを見る。
「フジヤーノ嬢、なんだけどね。どうやら、ハーキュレーズ王宮騎士団の遠征先目指して国から出たらしいよ」
「え??」
ビビは思わず声をあげた。ファビエンヌは隣で、あらあらと首を傾ける。
「それって、カリストを追って行った、ってこと?」
「神殿からの追跡記録で出ているから、間違いないね。問題は・・・まだ魅了のスキルの解けていない数人の騎士団と近衛兵の男が、どうやら付き添っているらしく。家族から捜索願いが出ている」
多分ジャンルカのスキル返しの魔法陣からすり抜けた、婚約者のいる独身男性・・・相手方が神殿に申告していない、元々見捨てられた者たちなのだろう、とリュディガーは続ける。
「まったく、どこまで人騒がせな・・・」
「陛下は、なんと?」
ジャンルカの問いにリュディガーは苦笑する。
「神殿の判断に委ねる、と言っているけど。今回の一連の騒動ね、エルナンド始め多くの神殿務めの人間がお怒りでね。神殿でスキルを封印されるのはもちろん、国籍はく奪されて追放になる可能性が高いかな」
「まぁ、妥当な線ね。巻き込まれた男性諸君には申し訳ないけど。これに懲り少しは女性を見る目を養えばいいのよ」
「・・・同行された方も処分を受けるんでしょうか」
ビビの言葉にファビエンヌは肩をすくめる。
「少なからずは。って、ビビ?あなただって被害者でもあるのよ?・・・あ、違うか。あなたの場合は逆に感謝しなきゃいけないのかしら?」
「感謝・・・ですか?」
「少なくとも、カリストとイイ仲になれたのは、フジヤーノ嬢がちょっかい出してきたのが原因だし?」
「え、ちょっ・・・」
カチャン、と音がして視線を向けると、表情の抜け落ちたリュディガーが、動揺のあまりカップを手落とした姿が飛び込んでくる。
「え?師団長・・・?」
「ビビ、フジヤーノ嬢にカリストを渡したくないって、必死だったもんねぇ~」
可愛かったわよ、あの時のビビは恋する乙女でさぁ~と、さらに追い打ちをかけるファビエンヌの言葉に、リュディガーは目を見開いたまま固まっている。隣でジャンルカは平然としてお茶を飲んでいるが、カップの取っ手に触れている指先が微かに震えていた。
「ファビエンヌさん、それ以上いいですから!師団長、しっかりしてください!!」
ああ、こんなところに伏兵が!
ビビの苦労はまだ続きそうである。
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伏兵、ファビ姐さんの巻
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