第165話 夕陽に溶ける
オーデヘイム諸国に向かう商船の乗船名簿が公表されたが、ビビの名前はすでに削除されていた。
輸出品のリストにあった、高級回復薬であるハイヒールは買い手がすでについてしまったため、抑えることはできなかったが、提供者の名前はカイザルック魔術師団と口裏を合わせ、なんとか修正できた、とエルナンドから報告を受け、関係者一同はほっと安堵の息を吐く。
「にしては、エリザベス嬢、元気ないじゃない?」
デリックに声をかけられ、エリザベスは不服そうに頬を膨らませてみせる。
「だって・・・ここの所、エルナンド様忙しくて、お会いできていないんです」
「そりゃ一連の責任者だからねぇ。でもさぁ、仕事しているエルナンドが好きなんですの~♡なんてノロけてなかった?」
「モノマネしないでくださる??そうですけど!だって、忙しい原因があのクソ女のやらかした後始末!なんですもの」
「エリザベスさん、言い方・・・」
ビビは苦笑する。
その日の午後、ビビは城下町でエリザベスと食事をしていた。
エリザベスなりに、今回のビビのオーデヘイム諸国行きの商船に乗る予定だったことや、ビビの錬成した高級回復薬がハーキュレーズ王宮騎士団内で盗難に遭い、ビビの名前が公に出てしまうところだったこと。そしてカリストの不調・・・などなど、心配していたらしく、
"どーせ、ビビさんは魔術師会館に閉じこもって、自分がらみの案件なのに把握されていないんでしょう??"
と突撃してきて、強制的に引っ張り出されたと言ってもいい。
美味しい食事とワインを前に、何故かお怒りモードで、事の経緯を説明されるビビ。
そこに狙ったようにやってきたのが、デリックとカリストだった。
勤務中ではないのか、鎧は身に着けておらず、見慣れた白と紺の団服姿に腰には剣をさげている。
どうやらカイザルック魔術師団を訪ねて、ビビがエリザベスと城下町まで食事へ行っている旨を聞いて、追ってきたらしい。
今までの礼を兼ねてご馳走したい、との申し出に、最近エルナンドの愛が足りていないエリザベスは、イケメン二名相手に目の保養ができる!と快諾。すでにそこにはビビの意思はないもの同然。
カリストは当たり前のように、ビビの隣に迷わず座り、デリックの失笑を買っていた。エリザベスはうふふふ、と意味深なほほ笑みを向けてくるが・・・巷の噂に疎いビビがわかるはずもなく。
給仕にワインをオーダーして乾杯をする。
デリック達は、明日からまた東の森の討伐に派遣されるらしい。そのため今日は第三騎士団は休みなのだそうだ。
そして、冒頭に戻る。
「エルナンドさんの、後始末って?」
ビビが尋ねると、エリザベスは"聞いてくださる??"とキッと目を吊り上げる。美人は怒っても美人である。
「ここ最近、今度は殿方連中がこぞって相談に押しかけていますの!別れた恋人や婚約者とヨリもどしたいって!何よ、今更!!あんなクソ女に鼻の下伸ばして、盛りのついた猿の集団よろしく、ちやほやしていやがったくせに!!」
「・・・だんだん言葉が」
「うん。さすがジェマの従妹だね」
でもさ、とデリックがちらりとビビを見る。
「男連中ってことは・・・やつら、魅了のスキルが解けたってこと?」
魅了スキルのカウンターの魔法陣を展開し、エルナンドの協力のもとピックアップされた独身男性に付与して10日余り。
それほど表面上騒ぎも起きていなかったが、効果は確実に現れはじめたらしい。
「完全ではないと思いますけど・・・七、八割は戻っているかと」
それでもピックアップされたのは、神殿に恋人やフィアンセが相談にきた相手のみ。フリーの独身男性はその数には入らない。
実際のところ、まだかなりの数の独身男性が、フジヤーノ嬢の魅了スキルにかかったままといっていい。
ビビが魔法陣に埋め込んだ、スキルを受けたという証拠データも徐々に集まっている。フジヤーノ嬢が禁忌とされている"女神ジュノー"の【魅了】のスキルを、独身男性に多発しているという証明は、近々神殿に提出されるだろう。
ビビは隣のカリストを見る。
「フジヤーノさん、最近どうですか?」
ワインを飲んでいたカリストは不快気に眉を寄せた。その左手薬指にはビビの贈った、神獣の
結構言い出したら聞かない、やんちゃ坊主みたいな面があるんだな、と思ったのだが。
その駄々っ子をなだめる感覚で、薬指にはめることを良しとしたことが、後々の騒ぎに繋がっていることを、不幸か否かビビは知らなかった。
「視線は突き刺さるけと、特に実害はないから無視している」
神獣の加護の指輪は想像以上に、カリストに馴染み、ガードしてくれているらしいことに安堵する。
「ほら、噂をすれば、だよ」
デリックが声を潜めて軽くあごをしゃくってみせる。
目立たぬよう視線だけ向けて見ると・・・
彼らが座っているテーブルから離れた位置、数人の男に護られながら、こちらを睨むようにしている金髪の女性の姿が見える。
「・・・彼女、あんな、でした?雰囲気変わりましたのね。歪んだ性格が思い切り表面に出ていましてよ」
エリザベスは嫌悪感を隠さずにつぶやく。
「・・・」
憎悪に満ちた、それでもゾッとするほど妖艶で綺麗な顔。
かつて、ビビの最愛の母親が汚されているようで。ビビは胸が詰まる思いに、そっと息を吐く。
思いのほか、スキルのカウンターは成功したのだろう。だが・・・スキル返しをされたであろう、フジヤーノ嬢にどのような異変が起きているのか、わからないのが不気味だった。
前ほど、あからさまにカリストに突撃することもなくなったようだが、気になる・・・。
*
「ビビ」
そっと、カリストの手がビビの手に重なる。
ごふっ、とデリックがワインにむせ、エリザベスはまぁ、と頬を赤らめる。
「さ、サルティーヌ・・・様?」
「話がある」
言って、ビビの手を取り、立ち上がった。
「え、ええ??」
突然席を立ったカリストに、デリックもエリザベスもぽかん、としている。
「なんだよ、お前・・・」
「悪い。こいつと話がしたいから」
手を引かれ、強引に立たされよろめくビビの腰を、カリストの腕が抱く。
「ここの会計、俺にまわして。じゃあ」
言って、さっさとビビの手を引き、腰を抱いたまま歩き出す。ビビは、え?え?え?とわけがわからない風で、テーブルの二人とカリストを交互に見やる。
「エリザベスさん!」
「頑張って、ビビさん」
にっこり笑って、エリザベスはひらひらと手を振っているのが、どんどん遠ざかる。隣のデリックはやれやれ、といった表情で笑って引き留める気配もない。これは助けは期待できない・・・と、そのまま引きずられるようにその場を離れて行った。
*
喧噪とした城下町を二人で歩く。
カリストの手はビビの手をしっかりつないだまま。
以前は困惑しかなかったが、少し風が寒くなってきた今の時期は、この手のぬくもりは心地よい。ビビはつながれた手に目をおとし、そっと指先に力をこめてみた。それにカリストの手がわずかに反応を返す。
裏路地に入りぴたり、と足を止めるカリスト。ビビも足を止め、カリストを見上げた。
「サルティーヌ様・・・?」
「明日から、」
二人の声が重なる。
思わず目を合わせ、次の瞬間、二人で小さく噴き出した。
「ごめ・・・なさい、どうぞ?」
笑いながらビビが言うと、カリストもまた笑いを漏らした。
「明日から・・・また討伐に出る」
「はい」
「多分、しばらくは戻ってこれない」
言ってカリストはビビの手を離し、ビビに向き直ると軽く両手を開いて見せる。
「おまじないの補充、したいんだけど?」
ビビは目を瞬かせたが、くすりと笑い肩を竦めると、そっとその身体に腕をまわす。
「はい、どうぞ」
ぎゅ、とカリストはビビを抱きしめる。
「あのさ」
「はい?」
「おまじない、俺以外の男にもしている?」
「ん~、ソルティア陛下とか?」
それは例外、とため息まじりにカリストは呟く。
「駄目だからね。俺と・・・陛下以外は男にするの、禁止」
「・・・しませんよ。言ったじゃないですか、触られるの苦手だって」
胸の中でビビは笑う。
「異性で平気なの、師匠と師団長と・・・サルティーヌ様だけです」
「どうしても、そこにジャンルカ氏が入るのか」
「え?今なんて・・・?」
「何でもない」
言って、抱きしめる腕に力がこもる。フードを取り、柔らかな髪に鼻を埋めるようにするのがくすぐったくて、ビビは肩を竦めた。
「気をつけて・・・また、回復薬届けておきますから」
「うん。お前もね」
え?と首を傾げると、カリストはそっとビビを腕から解放する。そのまま片手で頬をそっと撫でた。
「お前も、気をつけて。あの女、俺が落ちないから・・・お前に害する可能性だってある」
「・・・まさか」
ビビは眉を寄せ、カリストを見上げた。
夕日の光が射しこんで、カリストの端正な白い顔を赤く照らす。青い目は心配そうに細められた。
「なんかここのところ、大人しいのが気持ち悪い。愛情が、憎悪に代わる時だってあるんだ。俺は身をもって知っているから・・・」
言って、団服のポケットから小さな箱を取り出す。開けると、金色に輝く指輪が。
カリストはビビの左手を取り、その薬指に指輪をはめる。
「・・・すこし大きいな」
可笑しそうにカリストは呟く。
ビビは目を瞬かせ、指輪のはめられた指先を目元に掲げた。
繊細な模様が彫られた金に、青い宝石が埋め込まれている指輪だった。
「・・・これは?」
カリストを見上げると、カリストは少し照れくさそうに口元をゆるめる。
「母さんの形見の指輪。この前、父さんの家に行って貰ってきた」
「え?」
そんな大事なものを!とビビがあわてて外そうとするのを、カリストの手が伸びてそれを制した。
「ビビに持っていてほしい。父さんもそれを望んでいる」
「でも・・・」
「この宝石は」
そっとビビの手を取り、はめられた指輪にキスを落とす。
「俺が産まれた時、瞳の色にあわせて父さんが異国の商人から仕入れたやつなんだ。本当は俺が成人した時に贈ろうと指輪にしていたらしいんだけど、俺が父さんと喧嘩して家を飛び出したから、母さんが身に着けていたらしい」
「・・・そうなんですね」
「お前が俺に贈ってくれた指輪に比べたら、この程度で申し訳ないんだけど・・・御守りと思って持っていてくれたら」
ビビは首を振る。少しサイズは大きめだけど、錬成すれば問題ない。改めて指輪を眺めほほ笑む。
「本当ですね、これ・・・サルティーヌ様の瞳の色、だ」
言ってカリストを見上げた。
「ありがとうございます。大事にしますね?」
「うん」
カリストは眩し気にビビの笑顔を見つめる。
"いつかカリストに愛する人ができたら、この指輪を贈ってあげて?"
亡くなった母親の言葉を思い出す。
自分の瞳と同じ色の宝石を恋人に身に着けてもらうというのは定番だったが、当時のカリストには、自分にそんな異性が現れる・・・いや、自身が異性を愛することができるとは、思っていなかった。それゆえ、形見で渡されても、身に着けることはしなかった。
ビビは、逃げずに答えを出す、と言ってくれた。
だから、それがどんな結果であれ待つつもりでいた。・・・受け入れるかどうかは別として。
ほんの少しだけでもいい。この指輪を贈ることにより、ビビの心を繋ぎ止めておけるのなら。
切なさを含んだその視線に、ビビは不思議そうに首を傾げる。
「・・・サルティーヌ様?」
そっと腰を抱かれ、引き寄せられる。
なんなく胸に閉じ込められ、額を重ね合わせられた。
鼻が触れ、吐息が触れ、ビビは息を止める。
「・・・っ、」
「いますごく・・・お前を抱きたい」
カリストは囁く。
「嫌なら、この腕振りほどいて、逃げてくれ。多分・・・止まらないから」
ビビは小さく息を飲み、身を強張らせる。
「・・・明日から討伐遠征でしょう」
震える声で訴えると、カリストはビビの鼻にキスを落とし笑った。
「うん。だから・・・俺にもっとビビを補給させて」
しばらく会えなくても、戦えるように。その肌と声と吐息を覚えておきたいから。
ビビは真っ赤になって、その胸に顔を埋める。
「もう・・・サルティーヌ様って、本当にずるい・・・」
そんな切なげに求められたら、断れるわけがない。
「あの、わたし・・・」
「うん」
ぎゅ、と背中の団服を握りしめ、ビビは声を絞り出す。
「初めての時はその、酔っていて記憶があまりなくて・・・」
2回目は一方的な行為で、痛かった記憶しかない。
「だから、気持ち的には、その・・・初めてなんです」
言って、更にカリストの胸に頭を埋めるビビの耳と首筋は赤く染まっている。
「ビビ・・・?」
「やさしく、してください」
カリストはビビを抱きしめる腕に力をこめた。
「うん」
「あと、痛いのは・・・嫌です」
小さく笑って、カリストは柔らかな髪にそっとキスを落とす。
「善処する」
*****
言い訳@カエルその②
本日もう一話おまけで投稿します。
次話、情事後の大人向けの内容になりますが、全然飛ばしても大丈夫です。
載せようか悩んだのですが・・・このふたりのやりとりが結構お気に入りなんです(;^ω^)
良かったら読んでみてください♡苦手な方は回避を!気が済んだら後日削除する予定です。
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