第164話 反撃開始
矛盾していることは承知している。
好きだと言ってくれた気持ちに応えることはできなくても。
他の人には渡したくない、なんて醜い感情なんだろうって。
オリエに酷似した、ペコ・フジヤーノ。
彼女だけには・・・彼を、カリスト・サルティーヌを渡したくない・・・。
*
「カウンターの魔法陣を使います」
ジャンルカの研究室の奥、作業机に広げたベルド遺跡の魔銃機兵、対カウンター用の魔法陣を紙に書き、ビビは説明する。
「"パトス・フレイア"の魔石の解析表から、魅了のスキルの一部を分離させて組み込みます。これを今のところ影響の出ている人に付与して、スキルを使われたタイミングで発動させます」
これには魅了にかかった人間を管理している、ジュノー神殿の上層部であり今回の騒動の担当者でもあるエルナンドを始め、ハーキュレーズ王宮騎士団のイヴァーノ、商業ギルドに顔が利くプラットの協力が不可欠であり。両者にはすでに話は通してあった。
「なるほど、こんな使い方があるんだな」
感心したようにジャンルカは言う。
カウンター攻撃を使う、ベルド遺跡の"オレンジ"と呼ばれる魔銃機兵。その攻撃に対しシールドを張り回避するのが一般の戦闘方法だったのを、ビビはその魔銃機兵の展開する魔法陣を瞬時にコピーし、更にカウンター返しの魔法陣を展開し見舞ってみせた。
その新たな攻撃方法は、即魔術師団のダンジョン探索に採用され、他の武術団の管轄のダンジョンでも一部需要され始めている。
「だが、これだけでは不十分だな。発動させるタイミングと対象との距離、時間。あと、他にも影響がでないよう範囲の確定・・・」
言いながら、ジャンルカは魔法陣に図式を書き込んでいく。
「"パトス・フレイア"の魔石からスキルを分離させた解析表が完成したわよ」
ファビエンヌが部屋に入ってくる。ジャンルカに手渡し、魔法陣を覗き込みながら、あれやこれや意見を交わす。
「やっぱり、一人より三人が早いなぁ」
さすが、各方面のエキルパートがいると、違う。二人の後ろ姿を眺めながら、自分ひとりでやろうとしたら、こんなスムーズにはいかないだろう。ビビがつぶやくと、ファビエンヌは振り返り舌を出した。
「今回だけよ?こんな複雑な解析、お金もらったってやりたくないわ」
ジャンルカを見ると、ジャンルカも同感だ、と言いたげに口端をあげる。
「そんな~冷たいじゃないですか」
「そういうビビは何をしているの?」
「魅了のスキルが発動された形跡を残すよう、自動でコピーできる図式を組み込みます。消されたり弾かれたら、発動された証拠がなくなりますからね。神殿で拘束してもらって、彼女がスキルを使えないようにしてもらうのが目的ですから・・・」
正直、このカウンターが
「さすが、抜け目ないわね」
「・・・」
「どうしたの?」
表情を曇らせるビビに、フォビエンヌは首を傾げる。
「大丈夫よ。ここまで綿密に組んでいるんだもの。カウンターが発動しても、大ごとにはならないわ」
あなたの発案なんだから、しゃんとしなさい、とファビエンヌに叱咤されて、ビビは苦笑する。
「いえ・・・怖いなって」
「怖い?」
「人の役にたつはずの加護もスキルも。使い方によっては・・・人を動かし、心までも支配する」
以前、ジャンルカに言われたことを思い出し、ビビは手にした図式がかかれた紙に目を落とす。
「人を幸福にするか、不幸にするかは・・・使う人間次第なんだなって。そう考えたら、今まで簡単・・・でもないですけど、あまり考えずにスキルを多用していた自分が怖くなってしまって」
「そうやって自分と向き合うことはいいことだわ」
ファビエンヌはビビの背中をそっと撫でる。
「少なくともあなたのその加護もスキルも、皆を救うために使われている。人は弱い。弱いからこそ、力を求める。でも強い力は欲を生み・・・行き過ぎた欲は人を不幸にするわ。大事なのはその力に飲み込まれないこと」
「・・・はい」
ビビはうなずき、身を正す。ジャンルカに目を向けると、ジャンルカは軽く頷き返した。
強くなったな、とビビの横顔を見つめ、ジャンルカは思った。
ほんの半年前に出会った頃は、自分自身の力に怯えて泣いてばかりいたのに。
今はこうして自分の足で立ち、すべきことを選び、自ら実行していく。もう、フィオンと別れをつげたと泣いていた面影はなく。どこか吹っ切れたような表情をして、その目は迷うことなく前を見据えている。
"神獣ユグドラシルから分離したルミエの魔石で指輪を造りたいんです"
そう言って、首にさげた魔石のネックレスを外したビビ。
それはもうずいぶん前に・・・ビビのために今は亡き魔術師の同僚に頼んで錬成してもらった金の鎖だった。
神獣の魔石ともなると、その魔量に耐えうる素材は存在せず、それまでビビは空間収納をしていた。
そこで同僚に依頼し、魔量をコントロールするスキルを鎖に付与して錬成してもらい、魔石と同一化させた。かなり難易度の高い錬成だったが・・・魔法陣の回路を教えただけで、ビビはその鎖を分離させ、指輪を錬成させてみせた。
それを見て、ジャンルカは、もう自分が教えることはないと悟った。
頼もしくもあり、寂しくもあり。
苦笑するジャンルカにビビは不思議そうな顔をしていた。
指輪は・・・カリストに贈る、という。
よりによって・・・自身と同じ瞳の色の宝飾品を、異性に贈る意味をわかっているのかどうかは、不明だが・・・
多分全然考えなしなんだろう、と思う。
なにかしらの発動条件でカリストに対し、ペコ・フジヤーノが魅了スキルを使っているとしたら・・・あの強力なスキルに破壊される寸前まで抵抗していたカリストの精神力の強さに驚くが。
それよりもジャンルカが眉をひそめたのは、
"本来であれば、ペコ・フジヤーノとカリストが一緒になるはずだった"
と漏らしたビビの言葉だった。
"人の人生を一本のレールとします。人が産まれた瞬間に、すでにゴールまで決められたレールが最初から敷かれているとしたら・・・"
ビビはジャンルカを見る。
深緑の瞳に金の光が弾いて、揺らめく。
"サルティーヌ様は、その決められたレールの行く末を変えようとしているんです。多分・・・逆らわずにフジヤーノさんの手を取っていれば・・・これほど苦しむことにはならなかったのかも"
そんなはずはない。カリストが欲しているのは・・・執着しているのはビビ・ランドバルド、お前ではないのか?
問うジャンルカに、ビビはゆっくり首を振る。
"違います。わたしは・・・"
言って、ビビは悲しそうな顔をする。
"わたしは最初からレールから外れた存在です。本来なら・・・この国にいるべき人間ではなかった"
レールから外れた存在とは?
"普通なら、神様とか罰当たりなこと言うんでしょうけど、違います。わたしは人間です。ただ・・・【時の加護】を受けているがために、普通なら当たり前のように敷かれているレールから外れているから、自分の行く末が見えない。終わりがわからない・・だから、終わらせるために旅を続けなければ。本当はこの国に留まり、サルティーヌ様の人生に介入してはいけないんです"
ビビは笑う。
17歳になったばかりの少女のものとは思えない、大人びた静かなほほ笑み。
"でも、サルティーヌ様は・・・好きだって言ってくれたんです。こんな、面倒くさい加護持ちの女を、唯一無二の女、だって。何度逃げても振りほどいても。サルティーヌ様は諦めずわたしを求めてくれた。だから手を取れなくても・・・一緒に生きることはできなくても、なにか彼の為にできたら・・・その人生の一瞬に残ることができたら・・・"
それが、たとえカリストのレールの行く末を変えることになっても。彼は強いから。きっとその手で彼なりの真実を掴み生きていくだろう。そしてそれに自分が関与することは・・・多分、ない。
ふふふ、と小さく笑みを浮かべた横顔は、泣きそうで。透き通るほどはかなげで美しい。
"わたし・・・サルティーヌ様を護りたい。あの人には・・・渡したくないんです"
それは、彼女が初めて語った"本心"だった。
それまで、あまりある加護とスキルを二人のオリエ・ランドバルドから【時の加護】とともに引き継ぎ、その力に怯え、自分の存在意味を求めてやまなかった少女が、一人の男を見つめ、ただひたすらその男の幸せを願う。
その男の幸せがすべてであり、自分の終着点であるというように。
お前は、それでいいのか?
ジャンルカは尋ねる。
ビビはジャンルカを見返し、寂しげにほほ笑んだ。
はい。わたしは・・・わたしで、けじめをつけます。
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