第163話 人を呪わば穴二つ

 ビビがカリストに"おまじない"という名目で指輪を贈ったことや、その指輪の魔石が、ビビの瞳の色と同じで、カリストにしか発動しない強い制約魔法がかけられているらしいことも、あっという間にハーキュレーズ王宮騎士団中に知れ渡ることとなった。

 木造橋で二人が抱き合い、キスしていたところを見た騎士団の面々により、二人がついに恋人同士になった、とも。

 討伐帰りのジェマがそれを聞いて、カリストに詰め寄り・・・その後皆に連れられベティーの酒場で大騒ぎになったとか。


 一部では、カリストがビビに洗脳されている、などと噂も流れたが・・・それまで不調だったカリストが、完全に復活を果たし、今以上の活躍で魔獣相手に戦っている姿を見た第三騎士団の同僚が、ほっと胸を撫でおろし。噂がデマで杞憂であったと納得するのに、さほど時間はかからなかった。


 一方、カリストがハーキュレーズ王宮騎士団に復帰してからも、あまり間を置かずにペコ・フジヤーノは奇襲をかけてきたが、神獣の加護の指輪の効果なのか、それほどカリストが以前のように体調を崩すことはなく。三回に一回は躱せるようになったようだ。

 騎士団トーナメントも、無事にあと二戦となるところまで進んだとアドリアーナから聞いて、ビビはホッとしていた。

 とにかく、あのペコ・フジヤーノの魅了のスキルをなんとかしなければ、とビビはここ数日カイザルック魔術師団、ジャンルカの研究室に閉じこもっている。なのでこの一連の外の騒ぎを知る由もなかった。"知らぬが仏"である。


 *

 

 女神ジュノーの加護のスキル、【魅了】


 異性の精神に影響を及ぼす危険があるため、神殿に申告することを義務づけられ、通常はそのままスキルを封印されるか、魔具を身に付け発動制限処置を施される。

 フジヤーノ嬢はスキルではなく、生まれ持った女神ジュノーの【ギフト】だと主張。以前より彼女を崇拝している若者達より、“女神テーレの先見のスキル持ち”だの、“尊い聖女のスキル”だの持て囃されていたが、神殿の鑑定により魔力なしであることが認められたため、これらはスキルとの認定を受けていなかった。

 だが騎士団、近衛兵をはじめ、王都の商人や一般の独身男性の多くが、彼女の影響を受けているのも事実であり。魔力なしの彼女が魅了のスキルを使っていることを、どうやって立証するか、スキルを管理するジュノー神殿上層部は頭を悩ませているらしい。


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 「人間の精神をゆさぶるスキルは、そもそも厄介なのよね」

 

 ファビエンヌは休憩の合間にお茶を飲みながら言う。

 「人間の精神なんて不安定で、変わりやすいもの。そこに存在して動かない、変わらない対象物とはワケが違う」


 「・・・そうですね。下手したら、スキルの付与がバッティングして解除するどころか二重重ねになる危険性もあります」

 積まれた書物をめくりながら、ビビはため息をつく。

 「せめて、発動しているスキルの構造がわかれば・・・魔法陣に上書きして消滅することができるのに」

 とはいえ、相殺して同時に消滅させる魔法陣を錬成するなど、規格外な芸当をこなす人間は・・・魔術のエキスパートが集まるカイザルック魔術師団の第二魔術師団でも存在しない。それをさも簡単のように、さらりと言ってのけるビビにファビエンヌは苦笑した。


 「あまりにも事例が少なすぎる。過去を遡ってみても・・・二例しかない」

 ジャンルカはビビに開いた書物を手渡し、ページをめくって指で差す。

 「・・・・"パトス・フレイア"?これは、」

 「魅了スキルの一部を魔石に付与したものだ。これを使うと、想い人とその恋人の恋愛感情を消し、使用者に対する愛情へと上書きする」

 「うわぁ・・・えげつないわね、それ」

 「え?これ、売りものだったんですか??」

 書面を見て、ビビが驚いて声をあげると、ジャンルカは不快そうに眉を寄せた。

 「今では禁止されているがな。一時、お守りだの恋を成就させる秘宝だの、高値で売られていたらしい」

 「・・・でも、これ・・・かなり危険な魔石だったんですね」

 加工された魔石の組織図を眺めながらビビは呟く。

 「ああ。使用者の魔力を使って発動するんだが、失敗すると魔力の逆流を起こす」

 「逆流?」

 「ああ。身体の細胞が強い魔力に侵され、壊死する」

 ファビエンヌは小さく息を飲むのに、ジャンルカは机によりかかり、腕を組む。

 「身を危険にさらしてまで・・・恋を成就させる執念とは・・・恐ろしいものだな」

 「使われた方も、たまったもんじゃないわね。もし今も存在していたなら・・・カリストもその餌食になりかねなかった、ってこと?」

 ファビエンヌの呟きに、ビビは唇をかむ。


 最初に入港した時に出会った、ペコ・フジヤーノは・・・オリエと瓜二つの容姿で。

 ふわふわの綿あめのような、柔らかくて甘い雰囲気をもった可憐、という言葉がぴったりの美少女だった。

 それがガドル王国に帰化した今では、とてもビビと同じ歳頃には見えない、妖艶な魅力を持つ美女と様変わりし。

 カリストにすり寄る顔は、妖婦そのもので。同性のビビから見てもゾクリとする危険な美しさだった。

 

 禁忌とされる魅了のスキルは多発すると、その魔力の影響が色濃く表面上に現れると書かれた書面を見つめ。

 「フジヤーノさん・・・魅了のスキルで、ああいう風に様変わりししまったのかな」

 ビビはつぶやく。いくら加護持ちとはいえ、魔力のほとんどない人間があれだけスキルを多発して・・・果たして外見の変化以外に、影響はないのだろうか・・・。

 しばらく無言で魔石の組織図を見つめ、ふと思い当たったように顔をあげた。

 

 「師匠、"パトス・フレイア"、は魅了のスキルの一部を魔石に付与したもの、ですよね?」

 「ああ、そうだが・・・」

 「じゃあ、」

 ビビは書物にかかれている魔石の組織図に目を落とす。

 「人為的に・・・この魅了のスキルの一部を発動者フジヤーノ嬢へ逆流させることも可能・・・」

 「ビビ」

 ジャンルカが咎める。

 

 「消滅できないなら、返すしかありません」

 

 ビビはジャンルカを見る。その目に宿る意思の強さに、ジャンルカはわずかに息を飲む。

 「それが・・・人を害することになっても、か?」

 スキル返しは、高度な魔法陣の展開が必要になる。しかも、返るスキルは発動の倍とも言われ・・・

 「壊死させるような、危険な返し方リターンはさすがにしませんよ」

 ジャンルカの言わんとしていることを悟り、ビビは困ったように笑う。

 

 「わたしのいたところに"人を呪わば穴二つ"ってことわざがあるんです。人を害したり、呪えば、それは必ず自分に返ってくるって意味なんですけど。魅了を魅了で返せばどうなるかは、これから調べなきゃいけませんが・・・やる価値はあると思います」

 「穴ふたつ、って、呪った相手と呪った自分の墓穴がふたつ、ってこと?怖いたとえね」

 ファビエンヌは苦笑する。黙り込むジャンルカに視線を向けた。


 「あなたの言いたいこともわかるけど。ここはビビの意見に賛成ね。フジヤーノ嬢は手を出してはいけない禁忌に手を出したのよ。神殿すらお手上げ状態、手遅れになる前に動かないと」

 「・・・そうだな」

 ジャンルカはため息をつき、ビビの頭をそっと撫でる。

 「だが・・・返すお前が傷つくようなことは、するんじゃない。万が一、墓のひとつに片足を突っ込む事態にならないよう、細心の注意を払え。都度必ず、俺かファビに報告しろ」

 「はい!」

 頬を染めてうなずくビビに、ジャンルカもうなずく。それをファビエンヌは呆れたように眺め笑った。

 「まったく・・・過保護なんだから」


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地獄少女、好きです@カエル


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