第162話 あなただけを、見つめている

 それから二日後、カリストはハーキュレーズ王宮騎士団に復帰した。

 残されたトーナメントはあと三戦。なんとか間に合ったと一番に喜んだのはデリックだった。


 「いや~一時はどうなるかと思ったよ、俺は」

 満面の笑みでカリストの隣に並び、歩きながらデリックは言う。

 カリストは黙っていたが・・・この男がどれだけ影で動いてくれていたか知っている。

 なんだかんだと騎士団に入団してからは一番付き合いが長いし、面倒見も良い。

 

 「ビビちゃんと無事に誤解も解けて仲直りしたみたいだし!」

 ・・・一言多いのが、時にマジでウザイのだが。

 「別に喧嘩もしていなし。誤解されるようなこともない」

 「え?そうなの?だってお前、噛みついたんだろ?」

 「・・・」

 なぜそれを、と言いかけて、カリストはため息を落とす。

 

 「ビビちゃんさ」

 

 デリックは隣で頭の後ろで腕を組み、笑う。

 「来月の出国の手続き、撤回したらしいよ。もう少しこの国で学びたいことあるからって。なんか、吹っ切れた顔していたな」

 カリストはデリックに目を向ける。デリックはその目を見返し、ニヤリと笑った。

 「お前のために、留まったんだぜ?あの子。今まで誰とも関わろうとしなかった、あの子が。お前に関する問題を解決したいからって、イヴァーノ総長にも協力を求めたらしい」

 「え・・・?」

 「ビビちゃん、やっとお前と向き合う気になったみたいだな」

 「なにをする気だ、あいつ」

 思わず表情を曇らせるカリスト。


 "わたしも、あなたを護るから"

 

 熱があがって、朦朧としていた自分の髪をそっとかきあげ、そう囁いたビビの声がよみがえる。

 "早く元気になって・・・"

 こめかみに感じた唇の柔らかな感触。

 

 ああ、そういえば・・・


 突撃してきたフジヤーノ嬢をけん制するため・・・と聞こえはいいが、ドサクサに紛れてビビにキスをし、豊満な胸を堪能した・・・正直あれはヤバい。柔らかくて弾力があって。あれは男を駄目にする。

 はぁ、悩まし気なとため息を漏らすカリストに、何も知らないデリックは無理するなよ、と声をかける。

 しばらくとりとめのない会話をしながら歩いているうちに、ふと、あれ?とデリックは周囲を見渡した。


 「そういえば、今日はいないんだな。あの子」

 

 あの子、とはペコ・フジヤーノのことを言っているのだろう。

 「・・・あの女ならしばらくは姿見せないんじゃねえの?」

 「しばらくって」

 「折っておいたから。・・・まぁ、あのあつかましい性格だからいつまでもつかわからないけど」

 「おい、お前何したんだよ??」

 あのずぶとい神経を折るなんて、とデリックは慌てて後を追い、カリストが足を止めるのに合わせて顔を上げる。

 ガドル城の城門の前。木造橋のそばに植えられた木々の前に、見慣れたビビの姿が。

 

 「あれ、ビビちゃん」

 ビビは二人の姿を見るとペコリと頭をさげた。

 「・・・おはようございます」

 「おはよう?どうしたの、こんな時間に会うなんて珍しい・・・」

 言って、デリックは言葉に詰まる。


 え、なんか・・・雰囲気違う?


 目の前に立つは、いつもの姿をしたいつものビビだったが。

 纏う雰囲気が・・・いつもの、そっけない、なるべく関わりたくない話しかけるなオーラはなく。

 ふわりとした柔らかな、年相応の少女の持つそれで。


 なんか、すごく可愛く見えるんだけど・・・。


 「あの、今日からまた復帰するとお聞きしたので」

 ビビはカリストに声をかける。体調、どうですか?と声をかけられ、カリストは頷いた。

 「すっかり回復した。色々と・・・ありがとう。助かった」

 「いえ・・・」

 うつむき、胸の前で組んだ手を握りしめる姿に、デリックは心がざわめくのを感じる。

 よく見ると、ビビの顔いろは悪く、目の下にはうっすら隈が出ていて、いかにも徹夜明けです!という風情だった。

 フードの中の髪も多分ボサボサなのだろう。

 「・・・なんか、疲れてる?」

 デリックに聞かれ、ビビは慌てたように乱れた髪を手櫛で直すような仕草をした。

 「す、すみません、ちょっと根詰めちゃって、その・・・お見苦しい格好で」

 いや、といいかけたデリックの横で、カリストの手が伸び、そっとビビの頬の添えられる。


 え・・・?


 「・・・顔色が悪いな」

 思いもよらないやさしい口調のカリストに、ビビは赤くなってうつむく。デリックは声をあげそうになった。


 躊躇なくビビに触れるカリストに驚き、それを自然に受け止めているビビにも驚いた。

 

 どうした??なにがあった??

 喧嘩、していたんじゃないのか?

 いや、仲直りしたにしても、この距離は飛躍しすぎじゃね??

 いや、それより・・・


 駄目だ、俺は完全に邪魔だ!


 「あ、俺先にいくわ」

 居たたまれなくてポンとカリストの肩を叩き、背を向けると勢いよく走りだすデリック。


 どうしたんだろう?とその後ろ姿を目で追い、ビビは首を傾げる。

 「ビビ?」

 カリストに名前を呼ばれて、あわてて視線を戻す。両手で包んでいたものを、カリストに差し出した。

 「あの、これ」

 「?」

 カリストは受け取り、手のひらに乗った・・・小さな革の袋を見下ろす。

 「開けても?」

 「はい」

 袋から出たのは、シンプルな指輪だった。

 

 「・・・え?これ」

 手にした瞬間、噴き出す魔力にカリストは目を見開く。

 ビビは指輪を取り、そっとカリストの左の中指にはめた。

 唖然としているカリストの前で、詠唱しながら小さく指で魔法陣を切るビビ。


 パアアアッと光の魔法陣がカリストの手の甲に浮き上がり、光が弾け飛び・・・

 「・・・??」

 くるくると金色の渦をまき、指輪に吸い込まれていくのに、息を飲んだ。

 「・・・これ」

 唖然としてカリストは左手をかざす。

 

 指には深緑の魔石が埋めこまれた指輪。朝日に照らされ、金色の光を弾く美しさに・・・思わず見惚れた。

 「この魔石は・・・」

 「"ルミエ"の花です。神獣ユグドラシルの加護を宿した魔石ですよ」

 ビビの答えに、カリストは息を飲む。

 神獣ユグドラシルの軌跡と言われている"ルミエ"と、その花の存在は知っていたが、実際目にするのは初めてで。しかもそれが魔石となり神獣の加護を宿す、とは・・・?

 あわててビビに目を向けると、魔石と同じ深緑の瞳がいたずらっぽく笑いかけてくる。ニコッと笑って、軽く襟元を広げ、綺麗な鎖骨の位置に輝く、指輪よりふたまわりほど大きい魔石のネックレスを見せた。

 

 「これ・・・以前に、魔術師団を引退された方から作っていただいた、魔力を練りこんだ鎖なんです。普通の金属じゃ、この魔石ルミエと融合できなくて・・・それを少し分離させて指輪をつくりました」

 「・・・え?」

 「これ、身に着けてください。まやかしを防ぐ効果はあるはずです」

 神獣の加護の宿る幸運の魔石ですから、ご利益もありますよ?とビビはほほ笑む。

 

 「ビビ、お前・・・」

 「ふふふ、おそろいですね?それに、これわたしの瞳の色」

 カリストの手を取り、指輪を自分の顔の横に掲げ、目と見比べるようにして肩をすくめる。

 「監視するつもりはありませんが。いつもあなたを護っていると思って・・・わっ、」

 言いかけたビビを思わず抱きしめる。

 

 「なに、おまえ・・・反則なんだけど」

 カリストは呟く。

 「こんなことして・・・俺をどうしたいわけ?」

 「ええええ?どうするって・・・」

 「護るって、なんだよ・・・それ、俺のセリフだろ?ああ、もう」

 言って、ビビの細い首筋に額をすりつける。サラサラした黒髪が頬に触れるのがくすぐったい。

 「駄目だ、俺なんか泣きそう」

 「サルティーヌ様が・・・泣くんですか?見たいです、是非」

 くすっ、とビビは笑う。

 「いつも・・・わたしばかり泣いているんですもん。不公平です」

 「泣いたら慰めてくれるわけ?」

 「まさか?ハンカチくらいは貸してさしあげますけど。じっくり拝見させてもらいます」

 ふふん、とドヤ顔口調のビビに、カリストも笑った。

 

 ゆっくり顔をあげ、ビビの顔をのぞき込む。そっとフードが取り払われ、髪を両手で大きくすくように頬を包み込み、こつり、と額を重ね合わせる。いままでなら反射的に突き飛ばして悶える距離が、触れ合う額と頬を包み込む指先の温かさに、心がほんのりとするのが不思議だった。

 なんか・・・まるで心が通じ合った恋人同士みたいだ、なんて。

 

 「・・・ありがとう。すごく・・・嬉しい」

 カリストは言う。

 「・・・いいえ」

 ビビははにかむように、笑う。

 「本当は、剣の装飾にするのが一番効果あるんですけど・・・神獣の加護の魔石ともなると、いまのわたしにはこれが限界で」

 指輪なんて、男性の方からみれば邪魔でかさばるものかもしれませんが、とビビは申し訳ないような表情で言うのに、首をふるカリスト。


 「キス、しても?」

 断ればいいんだよね?と首を傾げて問うと、えっ??とビビは赤くなる。


 「・・・わたしに、拒否権は」

 言っても強引にキスするのが目に見えているのに、あえて聞いてみる。


 その問いに案の定「ない」、と軽く笑って、ビビの頬を両手で包んだまま引き寄せる。

 ビビは戸惑うようにわずかに身じろぎしたが・・・そっと目を閉じ背中に腕をまわした。

 

 背後に誰かの視線を感じても。

 通りががった騎士団の人間があわてて回れ右をしても。

 カリストは何度もキスを繰り返し、ビビを離そうとしなかった。

 ビビもまた・・・しがみつくように身を寄せ、そのキスを受け入れていた。


 ****

 こいつら・・・朝からイチャイチャ禁止(# ゚Д゚)ゴルァ

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