第159話 マリア・テレジェフ
一階に降りると、フジヤーノ嬢の姿はなく。もう一人の女性が食事の準備をしていた。
「あの・・・」
ビビに気づいて、女性は振り返る。
「こんにちは」
ビビと目が合うと、ニコリと笑う。
「兄さん、大丈夫そう?かなり無茶したみたいだけど」
「あ、はい。もうお休みになられました」
「ありがとう。あなたが診てくれたんでしょう?本当は私が行かなきゃいけないのに。父から聞いて慌てて来たの」
言って、手を差し出す。
「妹のマリア・テレジェフ、です。宜しく、ランドバルドさん」
マリアに誘われ、プラットが持たせてくれた料理を2人でいただくことにした。
もちろん、一人分はカリスト用にストックしておく。
「ほんと、あのフジヤーノって女には、参っちゃう」
ただいま絶賛妊娠中のマリアは、素晴らしい食欲で次々を料理を平らげていく。ビビはチョコチョコつまみながら、マリアの顔をまじまじと眺めた。
こうしてみると・・・姉であったイゾルデはマリア似だったな、と思い出した。マリアは黒髪であったが、すこしきつめの目元も、ほっそりした顔の輪郭も良く似ている。
「無茶ぶりの噂は聞いていたんですけど・・・実際関わるとなかなか強烈な人ですね」
「毎日毎晩手料理持って押しかけてきていたから、さすがに上層部も動いてくれて・・・勝手に玄関に料理を置いていけないよう、結界を張ってもらったのよ」
はい、その結界を錬成したのは、わたしです、と心の中で呟き、ビビは相槌を打つ。
数日前にイヴァーノ経由でリュディガーに頼まれ、簡単な結界を錬成し提供したのだ。
最近、ハーキュレーズ王宮騎士団や近衛兵間でトラブル続きで、ガドル王城内も入城規制がかかっている。どうやら、それにペコ・フジヤーノ嬢が絡んでいるらしい。
一方、料理を置くことが出来なくなったうえ、自身も家に近づけなくなったフジヤーノ嬢は、誰かが自分をカリストに近づかせないよう故意にやったんだ!と言いふらしているらしい。まぁ、事実ではあるのだけど。
「そうしたら、今度は私の所に突撃よ。兄さんが寝込んでいると聞きつけて、一緒に家に行くって聞かないの」
家の前で待ち伏せされるとは、ぬかったわ、とマリアは悔しそうにフォークを握る手に力をこめる。
「はぁ」
申し訳ない、と心の中で謝罪するビビ。
結界の発動条件をフジヤーノ単体に設定していたのは甘かったな、と密かに反省している。他の人間と一緒であれば抜けられてしまうとは、明らかにビビの失態だ。ジャンルカ師匠に知られたら、未熟者!と怒られそうだ。これは、そうそうに修正して敷きなおさなければ。
「兄の濡れ場を目の当たりにして、このまま身を引いてくれればいいんでしょうけど・・・」
ごくり、とビーツ果汁のジュースを飲み干し、マリアはようやく手を止めた。
「ごめんなさいね。あなたには迷惑かけちゃったわ。よりによって、あんな女の前で・・・まぁ、私は目の保養をさせてもらったけど」
「えええええ」
ビビは慌てて首を振る。
「目の保養って、その、こちらこそお目汚しなものを」
「あらあら、ご謙遜を?」
マリアは笑う。
「安っぽい恋愛舞台のラブシーンより全然エロくて素敵だったわ。兄だっていうのに、不覚にもときめいてしまった」
「うわあああ」
ビビは真っ赤になって両頬を押さえる。
「わたし、サルティーヌ様とは、そんなんじゃないですから!」
いや、あそこまでやっておいて、何もないとは言えないだろうと、自身に突っ込みを入れながら。
「あら?父からは、お嫁さんはランドバルドさんでほぼ決まりって聞いているけど」
「そうじゃなくて、び、病人は・・・気が弱くなって、人にすがりたくなる時がありますから」
「あら、そうかしら?」
マリアはくすくす笑う。
「そうです。それに・・・あれは、たぶんフジヤーノ嬢に対する牽制だと」
少なくとも、あそこまで見せられて、"お前じゃ、勃たない"とまで言われバッサリ切られ。それでもめげずに付きまとう神経の持ち主は、そうはいないと思われた。自分は、その牽制に利用されたのにすぎないのだと。
「うふふ、デリックが言ったとおりね」
マリアは可笑しそうに眼を細める。その表情が父親であるプラットと重なる。
「ガリガ様、ですか?」
「ええ。ビビ・ランドバルドは、自己評価が底辺を行く人物で、落城させるには"死者の樹海ダンジョン"を攻略する高度なテクニックが必要だって」
「何ですか、それは。全然嬉しくないんですけど」
少なくとも、褒め言葉ではないであろうその言い回しに憮然とするビビに、マリアは声をあげて笑った。
「少なくとも、兄はあなたに執着しているわね。兄って、ああみえてしつこいのよ?気を付けて?」
「し、しつこいって・・・」
「私も、あなたと義理の姉妹になるのは歓迎よ?あ、私のことはマリアって呼んでね?」
ああ、なんでこうなった?
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