第157話 強制的な修正

 「サルティーヌ様の体調不良に関して、イヴァーノ総長からリュデイガー師団長に相談があって、今色々調査しているところなんですけど」

 

 ビビはベットのシーツを取り換えながら、奥の部屋に続くドアへ向かって声をかける。

 「先ほどサルティーヌ様に免疫向上スキルを施した時、引っかかるものがあって・・・」

 

 「引っかかる?」

 

 カチャリ、とドアが開き、長ズボンにバスタオルを頭からかぶったカリストが姿を現す。

 ジャンルカの家と同じ構造のようで、寝室の奥はシャワー室になっていた。

 それに気づいて、汗で湿ったシーツをとカバーを取り換える間、カリストには汗を流してさっぱりしてもらい、簡単な掃除と換気を済ませる。

 逆セクハラまがいなことをしなくても、最初からこうすればよかった、と落ち込むビビだったが、カリストは目覚めた時は力がでなかったから助かったと言ってくれ。ビビに身体を拭いてもらえるなんて、貴重な体験だったと揶揄された。


 黒髪から水を滴らせてベットに腰を下ろすカリストに、ビビはあわててタオルを取り上げ、ガシガシと拭きあげた。

 「もう、ちゃんと拭いてください!冷えてまたぶり返したらどうするんですか」

 「いててて、もっと優しく・・・」

 大人しくされるがままになっているカリストに、ビビは笑いを堪える。

 まるで、犬みたいだな。

 サルティーヌ様なら・・・この毛並みと大きさから・・・うん、ゴールデンレトリバー?

 「なに笑っているの?気持ち悪いんだけど・・・」

 「あ、すみません」

 

 「で?さっき何が引っかかったって?」

 続きを促され、ビビはああ、と頷く。

 「サルティーヌ様に、なにかの加護のスキルを付与?をされた形跡があるんです」

 「え?」

 「えと・・・加護って断言できるものじゃないんですけど」

 ビビは手を止め、唸る。

 「なんていうのか・・・暗示?に近いのかな。なんかこう、鎖みたいな・・・それがサルティーヌ様の精神と反発しあっていて」

 「なにそれ?呪詛みたいな?」

 「そこまで、拘束力のあるものじゃないんです。とにかく、サルティーヌ様の精神が何かに逆らって、それが身体に影響を与えている」

 「心あたりあるわけ?」

 探るように問われ、ビビは口をつぐむ。


 (今回は薬、の類ではなく・・・どうやらスキルを使われたようなんです)

 イレーネ市場で会った、プラットから告げられた言葉。

 間違いなく付与したのは、フジヤーノ嬢、だろう。

 だが・・・魔力のほとんど持たない彼女が一体どうやって?


 本当に・・・【魅了】のスキル、なのだろうか。

 

 憶測で口にしてはいけないような気がして、カリストから目を逸らした。

 「いえ、はっきりとは。・・・カイザルック魔術師団に持ち帰って一度指示を受けたほうがいいと思います」

 「ビビ」

 カリストはタオルごしにビビを見上げる。

 「言って。多分・・・俺が懸念していることと同じだと思うから」

 「サルティーヌ様・・・」

 「俺はお前を信用している」

 ビビはきゅ、と唇をかみ、何かに堪えるような表情を浮かべていたが。意を決したように口を開く。


 「・・・今は調子、どうですか?」

 「悪くない。・・・前回もそうだった。お前がいると、あの忌々しい頭痛も倦怠感も薄れる」

 カリストは眉をひそめる。

 「逆に、フジヤーノ嬢に近づかれると、身体がおかしなことになる」

 

 やっぱり・・・。

 

 「どんな感じか、聞いていいですか?」

 「嫌悪感が強いんだけど、真逆の感情が同時に湧きあがってきて・・・」

 言って、カリストは顔を歪ませる。ビビは慌てて遮った。

 「すみません、本調子じゃないですよね?やめましょう」

 「いや、自分でもわからない。だからお前に聞いてほしい」


 髪をタオルで覆ったまま止まっているビビの手に、カリストの手が重なる。指を絡めるように繋がれ、ビビはコクリと喉を鳴らす。

 ゆっくりと、指をつないだままカリストの前に膝を折って、目線を合わせ・・・口に出せなかった、でも根拠のある意見を述べた。


 「彼女に対し、好意を感じるんですね・・・?」

 「・・・ああ」

 ズキリ、と胸が痛み、一瞬ビビの顔が歪む。

 「触れられただけで気持ちが悪い。でも反面、抱きしめたい衝動に駆られる。声を聞くのも不快だ。でも、キスしたい。・・・まるで蜘蛛の糸に絡み取られたような・・・白昼夢を見るようになってからは、抱く妄想まで」

 「・・・っ、」


 「最悪だ」

 吐き捨てるようにカリストは言う。

 握った指先に力がこもり、怒気を感じてビビが身体を強張らせると、あわてて絡めた指をほどき、持ち直す。

 「ごめん」

 「・・・いえ」

 「誓って願望なんかじゃない。強制的に無理やり見せられているような・・・多分お前の言う通り、なにか呪詛に似たものが付与されているのかもしれないと、自分でも感じてはいた」

 ふう、と息を吐き、ビビに視線を戻した。


 「・・・呪詛的なものかもしれません。でも、」

 ビビは絡められた指に目を落とす。

 「もし、それがバグに対する強制的な"修正"、だとしたら・・・」

 「バグ?」

 聞きなれない単語に、カリストは怪訝そうな顔をする。

 ビビは力なく首を振った。フジヤーノ嬢が単純にカリストに懸想をしていて。振り向かせたいがために、ジュノーの加護の魅了のスキルを使っているのであれば、まだいい。それよりも・・・もうひとつ浮かんだ可能性の方が、怖い。


 「いえ、その・・・相反する側の感情が、従来のサルティーヌ様の本心だとしたら?と」


 「ビビ」

 冷たく自分を呼ぶ声と、やや乱暴に顎を掴まれ、目線を合わせられる。

 よろめいた身体を引き寄せられ、もう片方の手が逃げる腰を抱いた。突然縮まる距離にビビの心臓が跳ねあがる。

 「なにそれ。本気で言っている?」

 その視線は暗い怒りに満ちている。

 「・・・だって、」

 「お前、俺が好きになるのは、自分じゃないって、拒んでいたけど」

 ギクリとしてビビは自分の顎を捕えるその手に、あわてて自分の手を添える。

 「サルティーヌ様、」

 「まさか、その相手が・・・あの女だって言いたいわけ?」

 ビビの瞳が動揺で揺れ動くのを見て、カリストは肯定と捉えた。何故、と声を荒げようとして言葉を飲み込む。

 ビビは周りの噂や憶測でこのようなことを口にする人間ではないことを、カリストが一番知っている。


 少なくとも友人以上の好意はもたれていると思っていた。

 はじめて肌を重ねたあの夜も、お互い酔っていたとはいえ、ビビは拒まず自分を受け入れた。互いに激しく求め合ったあの熱が・・・酔った勢いの過ちじゃないことくらい、ビビだってわかっているはずだ。

 なのに。

 "あなたを絶対、好きになったりはしない!"

 叫ぶように、泣くように。苦し気に眉を歪め、自分を拒絶しながらも、何故助けを請うような、縋るような瞳を自分に向けるのか。


 「ビビ」

 前からずっと疑問に感じていた。

 まだ話せない事情がたくさんある、と言っていたが・・・。


 一体何が、お前をそこまで追い詰めている?

 何を恐れている?


 ペコ・フジヤーノの、何を知っている・・・?


 問い詰めたところで、素直に答えるとは思わなかったけれど。

 結局はそうやって頑なに一人で抱え込み、戦う人間なのだから。


 小さく息を吐くとビビの両脇を抱え、軽々と抱き上げる。そのままベットにごろんと仰向けに倒れこんだ。

 ビビは小さく悲鳴をあげ、咄嗟に両手をカリストの顔の横に置き、その上に倒れこまないように身体を支えた。

 「サルティーヌ様、具合が、」

 慌てて身をどかそうとした腕をとり、やや強引に身体の上へ引き上げた。

 身体が火照ってだるいのは確かだったが・・・今はこのぬくもりを手放したくなかった。


 「フジャーノ嬢には、何の感情もない」

 ポツリ、と告げられる言葉に、ビビは僅かに目を見開く。さらり、とフードからこぼれた髪がやわらかく頬に触れ。

 変わらず香る花の香りにカリストは目を細めた。

 「運命の伴侶だとか、先見のスキルがあるとかほざいているようだけど。俺は興味ない」

 言って、カリストは指先でビビの頬のラインをゆっくり辿った。

 「俺は・・・俺の目に映るものしか、信じない。たとえあの女がぬかす寝言が真実だとしても、構わない。全力で抗う」

 どうやったら・・・この思いを伝えることができるのだろう。


 「・・・サルティーヌ様」


 どうやったら、お前のその抱えている苦しみをやわらげることができるのだろう。


 ビビは泣きそうな表情で、頬をなでる指に手を重ね・・・その温かさにすがるように。すり寄るようにして目を伏せた。


 「お前は?」

 カリストは首を傾ける。

 「お前は、信じるの?俺の言葉より、他人の告げる戯言を?」

 ビビは目を伏せたまま、力なく首を振る。

 「俺は・・・変わらない」

 カリストは囁く。伏せられたビビのまつ毛が震える。

 「今は受け入れられなくてもいい。ただ」

 ふ、と小さく息を落とし

 「俺の気持ちを・・・なかったことに、しないでくれ」

 「・・・」


 そのまま伸ばされた腕が、ためらうように、そっとビビの背中にまわる。

 一瞬身体を強張らせたが・・・ビビはそのままカリストの胸にすがりつくように身を寄せた。

 震える身体を抱きしめると、胸の中でビビが小さな吐息を落とし、首筋に頬をよせる。

 「温かい・・・」

 「ああ、そうだな」

 しばらく抱き合ったまま、熱を分かち合うようにじっとしていた。


 カリストは強い。彼の信じるものは己のみ。たとえ、これが宿命と告げられても、自分の信じる道を突き進むのだろう。それが、全てを敵にまわすことになっても。

 「サルティーヌ様には・・・怖いものは、ないんですか?」

 ふと疑問がわいてわずかに顔を上げて問えば。目が合ったカリストは複雑な表情を浮かべていた。

 「あるよ。教えないけどね」

 その答えにビビはふっ、と笑った。その、無理に作られた笑みにカリストは眉を寄せる。


 「お前はそうやって、笑うんだな・・・」


 髪をなでため息をつく。

 ビビがなにをもって、自分を拒むのか。なににそんなに追い詰められているのか。

 なにと向き合い、戦おうとしているのかは、わからない。

 ひとりで抱え込んで、誰にも頼らずに。どんなにその心を欲し、共に戦うことを望んでも。触れることすら許されないのだと理解していても。

 それでも諦められず、ビビのすべてを渇望する自分。

 今更ながら、自分の執着の強さに驚愕しながらも、この手を離すつもりはなかった。


 「・・・サルティーヌ様?」


 「お前は強いんじゃない」

 カリストはビビをじっと見つめ、口を開く。

 「強いフリをしているだけの、ただの人間だ」

 そう言って、自分をまっすぐ見つめるまなざしは力強く。


 「なぜ・・・」

 ビビは呟く。

 何故、そんな目をして自分を見るのだろう?

 差し伸べられた手を振り払い、逃げようとしたずるい女、なのに。


 「辛かったら、頼れ。絶対助けるから。どこにいても駆けつけるから」

 呼んで、俺を。


 それでも護る、と言ってくれたその言葉に、気持ちが溢れて・・・止まらなくなっていた。

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